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拉致  作者: 影都 千虎
3/4

03

 ナイフがダメになったのと、腕が疲れたのを理由に水葵はチェルカに対する拷問を休憩にした。ついでに吊るしていたチェルカを下ろして「暫く楽にしてていいですよ」なんて言う。痛みの余韻で全く楽にできないのだが。

 チェルカはぐったりと横になった状態のまま一点をぼーっと見つめて動かなかった。正確には痛みのあまり動けないでいた。

 ぼーっとしていると、段々脳内で過去の記憶が甦ってくる。そのなかには、一回は手放したもののその後返してもらった幼き日の記憶もあった。


「……あの性悪……どんな気分、だったかな……」


 意図せずもれた言葉。

 昔、魔力や金を目的に誘拐されたとき、チェルカと一緒に誘拐された男がいた。彼はチェルカとは全く違い、なんの魔力も持たないただの人間だった。だというのに、ただの人間である彼は幼いチェルカを庇い、守り続けた。

 チェルカを守るために傷を負い、血を流し、叫び声をあげた。彼はあのとき、一体何を思っていたのだろうか。

 弱いくせに、なんて思ってしまう。弱いくせにこんな痛みに耐え続けるなんて、と考えてしまう。


「……クソッ」


 毒があろうがなかろうが、チェルカは暫く動けない。下手に動けば、セレスがどんな危険に晒されるか分かったものではない。仲間がいる可能性が否めないため、水葵を押さえたとしても不安が残る。水葵に危害を加えた瞬間に、他の仲間がセレスに手を出してしまったら意味がないのだ。

 一緒に捕まってしまっているのが運のつきだった。せめて、もっと近くにセレスがいればどうにかなったのだが、モニターでしか彼女の姿を見ることができない以上、あまり近くにいるとは考えない方がいいだろう。

 だが、だからといってこのまま捕まり続けるわけにもいかない。どうにかして隙をつかなければ、チェルカの精神がもたないだろう。こんな痛覚を何倍にもされてまともでいられるわけがない。


「休憩できました? あ、丁度いい、そのまま四つん這いになっててくれます?」


 なんてことを考えているうちに水葵が戻ってきてしまった。そして水葵はチェルカに四つん這いになるように命じる。

 ロクなことにならないと分かっていながらも、セレスの安全を最優先したいチェルカは素直にそれに従った。

 すると、それを即座に後悔したくなるような激痛が背中に走った。


「ぐぅあッ……!?」


 チェルカの背中から勢いよく血が吹き出した。

 その光景をうっとりとした表情で見ながら、チェルカの背中を斬りつけた水葵は刀を投げ捨てる。それから腰にくくりつけた鞘から別の刀を取り出した。

 その刀の刃は短く、真っ赤に焼けている。


「すみませんね、君の身体が再生していく様子を見たくて、邪魔な服をどかさせてもらいました。……ふふ、すごいですねぇ、もうさっきの傷が塞がっていく」


 焼けた刃を持ったまま水葵は剥き出しになったチェルカの背中に触れた。背中の傷はみるみるうちに元から無かったかのように消えていく。

 だが、痛みはそうではない。ジリジリと焼けるような痛みが斬られた箇所に残り続けている。


「これだけすぐ治るのなら、好きなだけ絵を描けそうですねぇ」

「絵を、描く……?」

「はい。こんな感じに」


 水葵の言っている意味を理解できないチェルカのために、水葵は言ったことを実践する。それは、言ったことを即座に理解できなかったことを死ぬほど後悔するような激痛だった。


「ぎィッ!? ガっ、あッ、づうぅぅぅぅあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」


 チェルカの口からおかしな声が漏れる。手足を繋ぐ枷が壊れんばかりの力が入る。その痛みに耐えようと、四つん這いのまま暴れまわる。

 しかしそんなこと水葵が気にするわけもなく、むしろ楽しんでいて、暴れる手や足を適度に足で押さえつけながら焼けた刃でチェルカの背を刻む。まるで絵を描くかのように細かな、複雑な線を刻んでいく。

 痛みのあまりなにも考えられない。痛みが思考をすべて消し去っていく。痛みだけが脳内を支配していく。


「うーん、あんまり動かれると上手く描けませんねぇ」

「っづああッ!?」


 最初は暴れているのも込みで楽しげにしていた水葵だったが、やはり邪魔になってしまったらしい。チェルカの手足すべてを太い杭で貫いて床に無理矢理縫い付けた。

 それからはロクな抵抗もできず、ただただ焼けた刃で背中を切り刻まれ、壊れんばかりの勢いでチェルカは絶叫する。

 痛すぎて痛くない。嘘だ、絶え間なく激痛が脳を揺らし続けて身体を駆け回っている。ただ、余りの痛みに段々チェルカの精神が『痛みに絶叫をあげ続ける自分』と『それをただ見ている自分』に分離しつつあった。

 そして、見ている側の精神でまた過去の記憶に思いを馳せる。そういえば、昔チェルカが拐われたとき、それを守り抜こうとした人がいたとき、その時も彼はこんな風に背中を焼かれ続けていたっけ、なんて。

 痛々しい火傷の痕は確か完治しなかった。ただの人間だったのだから当たり前だ。そして、どんな傷も即座に治せるような魔法もなかった。あったとしても彼に使うことはできなかった。

 その点チェルカは幸いと言えるのだろうか。傷はどれ一つ例外なく完治する。残ることは一切ない。きっと、古傷が痛むなんて経験もないだろう。

 だけどそれが、今痛みを耐え続けられる理由にはならない。傷は何一つ残らないが、着実に心は蝕まれていた。


「セレ……ス……」


 そろそろ意識が飛んでしまいそうだ。

 そんなチェルカを繋ぎ止めるのはただ一つ、セレスの存在だけだ。

 ここでチェルカが痛みに負けて意識を失ってしまえば、セレスが一生消えない傷を負うことになる。目の前で、最も見たくない瞬間を迎えることになる。

 それをなんとしてでも避けるために、ただそれだけのために、チェルカは永遠にも思えるような痛みに耐え続けた。

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