境界のリンカーネーション 2話 リバース
境界のリンカーネーション
2話 リバース
夢を見ている。
自身を包み込むその暖かさに、直感的にそう察した。
微睡む意識の中で『起きなくては』と言う義務感と『もう少しこのままで』と言う甘えが鬩ぎ合う。
そんな中誰かに呼ばれた気がして、飛び起きた。
「…………う、ん…………?」
開いた視界に飛び込んできたのは草。ちくちくと感じる鬱陶しい刺激と共に全身を襲うのは猛烈な痺れだった。感覚を失う寸前のそれは起き上がろうとしたことで急速に元へと戻る。結果として長時間の正座に耐えた後のような悶絶をセイに齎した。
「あ、いたたた……」
ようやく戻った感覚にセイはゆっくりと立ち上がる。まだ少し足が覚束ない物の、凡そ行動するのには問題ないと周囲を見回したことで、自身が置かれていた状況を少し思い出し、把握することができた。
「剣? そう言えばここって……そうだ! 俺は討伐依頼でここ、に……」
連鎖的に蘇る記憶が意識を失う前のことまで思い出させた。
無意識に当てた自身の腹に、しかし記憶と一致する傷はない。遅れて気付いたそのことに疑問を抱くが頭のデキがよろしくないことを自覚するセイは喉の渇きを覚えたことで一先ずそのことは置いておこうと剣を拾い上げると何処へともなく歩き出した。
しばらく歩いていると耳が川のせせらぐ音を捉えた。その音源に向かって進むと川を発見できた。直ぐに駆け寄ると両手で掬って喉を潤す。しかしその程度では到底足らずに顔ごと川に突っ込んでから思い切り水を口に吸い込んだ。
「ぷはーっ」
呼吸が苦しくなるまで続けるとようやく渇きも治まり一息付けた。そのまま顔を洗う。冷たい水が意識を引き締めたことで余裕を取り戻すとふと違和感を覚える。
「え? ってなんだこれっ!?」
その余りのみすぼらしさに絶句した。
着ていた服は空いた穴が広がったのかボロボロとなり、控え目に言っても布を体に巻き付けたとしか言いようがなかった。更には血が固まった所為で見た目も輪を掛けて酷い。こんな恰好で街に足を踏み入れようものなら即座に衛兵が駆けつけて拘束されるだろう。
悩んだセイが最終的に解決を見たのは葉や蔦で編んだ簡易のカッパだった。
流れる水面に映る自身の姿を見て頭を抱えたくなる。しかし先程よりはマシだと断言できる程には改善できた。そのことが余計に頭を痛くさせたが、最終的には開き直ることとした。
例えコートを羽織っただけだとしても、全裸よりはマシの筈だと言い聞かせて。
一応の解決が見えたことで街に戻ろうと考えたところで自身が一文無しであることに気付いたセイは当初の目的通りにハウンダーを狩ることに決めた。
一度戦って度胸が付いたのか、それとも単なる開き直りか、それ程恐ろしいと言う認識はなく、そのお蔭か、冷静に周囲の状況を観察することができた。
明確な目的があるお蔭か、自身の知ってる知識と照合・精査することであっさりとその痕跡を発見できたセイは拙いながらも追跡して行く。程なくして探し物は見つかった。
(5匹、か)
茂みから覗き込むセイの前には5匹のハウンダーが屯していた。
以前セイが所属していたパーティーが襲われた時には覚えてるだけでもこの6倍はいたことを考えるとこの数は少なく、安全圏と言えるだろう。
しかしそれはこちらがパーティーを組んでいる場合の話だ。
(どうしたものか。こっちは1人であっちは5匹じゃ、明らかに分が悪いよなぁ。でもこいつら群れでいるのが常って言うし、今度見つけたのがこれより少ないって言う保証はないし。むしろこれが一番少ないって言う方があり得るんじゃないか?)
割と暢気に考えていると群れの1匹が鼻を上に向けて喉を鳴らす。周囲もそれに触発されてか同じような仕草を取り始めた。
(見つかったか)
その内の1匹がこちらを真直ぐに見据えると残りのハウンダーも一斉にこちらに向き直った。最早戦闘は避けられないことを悟ったセイはようやく戦う意志を固めると剣を抜き放ち、全身を露わにした。
視覚的にも捉えたハウンダーたちは疎らに広がるとセイを半包囲するように位置を取る。それを待っていたかのように群れの中の1匹が少しだけ突出する。それに追随するように左右に1匹づつ付き従った。それで配置が完了したのだろう、ハウンダーたちが呻り出す。
(正面は囮か。両翼にいる奴らは隙を付いて、ってところかな? かと言ってそいつらばかりに注意をしていたら正面の3匹に殺される。それなら――)
方針が決まったセイは自ら踏み出した。
その行動が意外だったのか、僅かに反応が遅れたハウンダーだったが正面の3匹が駆け出すと両翼に位置する2匹が回り込むように走り出す。
両翼の2匹が瞬間的に孤立する。その機を待っていたセイは突如として直角に方向を変えると無防備な横っ腹を曝け出していたハウンダーに渾身の一撃をお見舞いするべく剣を振り下ろした。
握り込む剣の感触があの時戦い、貫いたモンスターの肉の感触を想起する。しかし実際に伝わって来た感触は違った。
「……あれ?……」
戦闘には全く似つかわしくない気の抜けた声が木霊する。少し遅れてそれが自身が放った物だと認識したセイは内心焦りながら前転し、次いで素早く向き直った。
懲りずに半包囲しようと広がりを見せるハウンダーに今度は正面から駆け寄る。先程同様、一撃で相手を絶命させるべく渾身の力を込めて横薙ぎに薙ぎ払った。
「は?」
またしても気が抜けた声を上げながらも横から襲い掛かったハウンダーが振り抜いた硬直を狙って飛び掛かってくる。辛うじて剣を盾にすることができたものの、セイは攻撃の手段を封じられてしまった。そうこうする内にも背後から近寄る獣の足音。
半ば勘に任せて剣を背後に向かって振り下ろす。急襲するハウンダーもこれには意外だったのか碌に反応できずに真っ二つに両断された。一方剣に食らい付いていたハウンダーは勢いに耐え切れずに放り出されていた。運悪く木にぶつかり悲痛な悲鳴を上げるとそれきり動かなくなった。
セイが最後の1匹に向き直るとちょうどハウンダーの尻が遠ざかって行くのが見える所だった。どうやら勝ち目がないと悟り撤退したようだ。
しばらくは周囲を警戒していたが他に襲い掛かってくるモンスターがいないことを確信するとセイはようやく構えを解いた。それから記憶にあるハウンダーの証明部位を思い浮かべて死体へと近付いて行く。
自身が切り捨てたハウンダーの遺体を見る。その切り口は到底そこらにある鈍らによる物とは思えなかった。思わず剣を見るが、少なくとも、こうして見る分には記憶にある通りの剣にしか見えない。何処からどう見ても自身の記憶にある愛用のショートソードだ。しかしそれが違和感を助長させる、が、それも直ぐに気にならなくなったセイはテキパキと作業をこなし、森の中へと消えていった。




