EPILOGUE
長い夜が明けた。
そびえたつ要塞を眺めていたロメオの横に、アルマが顔を出す。
「みんなは無事、なんでしょうかね」
「大丈夫だ。簡単にやられるような天使ではない。それは小隊長である私が保証しよう」
「みんなはこれが終わっても、次の戦場に行くんですよね」
「そうだな」
アルマは頷く。
「ワタシはこの戦争のことが、ずっと疑問に思ってたんです。何で戦うのか、何の為に戦うのかって。アルマさんは……どうして?」
「家に帰り、帰りを待つ人の元へいく。それだけだ」
「みんなも、きっと同じように、希望をもって戦っているんでしょうね。天使も、獣人も」
戦場で変わった者は多くいる。だが誰もが、最初はきっと戦場になど行きたくなかったはずだ。それを考えると、ロメオは次の言葉が出てこなくなる。
「考えても仕方ないさ。まずは自分をしっかり保つといい。そうでなければ、周りも守れない。だろう?」
「はい」
アルマは笑って、ロメオの肩に手を置いた。
突如、轟音と共に、遠くで要塞が爆発した。
「ッ!?」
ロメオは咄嗟に散弾銃を構える。
「あれは……」
一方のアルマは小銃を構えることなく、じっと爆発を見る。
「戦闘?」
「いや、違う。音をよく聞け」
ロメオは耳を澄ます。二度、遠くで響くような音がして、その数秒後に要塞が再び二回爆発した。
「あれは艦砲射撃だ」
「……そっか。フィールドが剥がれたから」
それはフォーリン・エンジェル作戦が第三段階に入った証拠だった。フィールドが解ければ、周りに待機していた艦隊が動き出す手筈だ。毎朝行われる天使達の降下も、今日はない。おそらく強襲揚陸艦による侵攻にシフトした為だろう。
「巻き込まれないようにしなければな。私はマリア達に状況を伝えてくる」
アルマは小銃を肩にかけ、ATVへ向かって歩き出していく。
一人取り残されたロメオは、破壊される要塞をじっと見つめていた。
あの天使達は、爆発に巻き込まれていないだろうか。心配ごとは他人のことばかりだ。解放軍の勝利はほぼ確定。負けた獣人は制圧され、ある者は生き延び、ある者は蹂躙されるだろう。これが戦争。戦場の掟。
ロメオは高鳴る鼓動を抑えきれずにいる。自分達がこの戦場から抜け出せることより、この戦争そのものの仕組みが気になっていた。
“この戦争はクソッタレだ”と、あの女は言った。
ただ、言いようのないもどかしさだけがあった。
―――
「この辺もそろそろ砲撃に巻き込まれるかもしれない。移動しよう」
「うん」
昼前。四人は森の外でATVに乗り込み、移動の支度を始める。
「…………くる、ま?」
「そう」
「どうしたの? 皆行くの? 私、置いていかない?」
「行かない。どこにも」
夜を越し、マリアは別人のように臆病になった。シエラは何事もなく彼女に寄り添っている。驚いたアルマとロメオは事情を聞いたが、シエラは一言「何だかわからないけど、大人しくなった」とだけ答えた。そういうものかと、二人も納得した。
「それじゃ、行きますですよ」
と、ロメオがATVのキーを捻ろうとした瞬間、遠くから耳障りな音が聞こえてきた。
がらがらがらがらがらがら。
音は小高い丘の向こうから聞こえてきた。
「ひっ」
マリアが身をすくめる。アルマとロメオは武器を取り出し、音のする方向へと銃を構える。やがてそれは稜線を越え、現れた。
「……何だ、あれは」
ロメオが再び双眼鏡を覗き、確認する。
「て、天使、です」
「天使? 味方か」
「はい。でも、あれって……」
ロメオがアルマに双眼鏡を渡す。
「ロメオ? どうしたの?」
「ちょっとここで待ちましょう、です」
「驚いたな。こんなものまで……」
双眼鏡を覗いたアルマが、驚嘆の声をあげる。
「――戦車だ」
―――
向こうもこちらに気付いたのだろう、サンドブラウンに塗られた一台の戦車が、ロメオ達の前に来た。ATVとは比べものにならない巨体。多く続く戦争の中でも数えるほどの投入例しかない……MBTである。
土煙と共にけたたましい音を上げ、MBTは四人の前に止まる。
ハッチが開く。顔を出したのは、CVCヘルメットをかぶった一人の金髪の天使だ。
ロメオがおそるおそる声をかける。
「あなた達は、先行部隊ですか?」
CVCヘルメットの天使は羽根を巧みに使って戦車から飛び降り、そう訊ねた。
「はい」
「……」
天使は無言のまま、頷くロメオをじっと見る。
「この場所は今から2時間10分後に砲撃されます。離脱を推奨します」
天使は淡々と答える。
「待て。この戦車はどこから来た。何人乗りだ?」
横からアルマが訊ねる。
「ちょ、ちょっと、アルマさん」
「揚陸艦搭載の、四人乗りMBTです」
天使はまたも淡々と答える。“こんなもの”まで投入するとは、ロメオ達にとっても予想外のことだった。
MBTの上部ハッチ、そして車体のドライバーハッチから、残る三人の天使が現れる。
四人は目を見張った。
誰もが皆、同じ顔をしていた。いや、厳密には同じではない。だがMBTから出てきた“A”、そして“R”“M”“S”……分隊と思われる彼女達は、全員……皆一様に“表情がなかった”。
「あの」
CVCヘルメットの天使は踵を返し、MBTへと戻っていく。続けて他のクルーもMBTに吸い込まれていく。
ハッチを閉める間際、天使はロメオをじっと見つめ――そして、こう言った。
「“私達”の目的は、任務の遂行です。邪魔をする獣人は、全て排除します」
―――
「おーおー、凛々しくなっちまって。小隊長サン。あの倉庫ん中で怯えてた時とは大違いだな」
輸送車の上に乗り、煙草をくわえたオードリーはそう言った。遠くでは、アルマに代わり小隊長となったロジーナが、部隊に次なる命令を飛ばしている。
「あんたも行ったら?」
隣で同じように煙草をくゆらすマゴットが、にやにやと笑う。
「や、ゴメンだね。新兵の俺が言ったところで、役に立つことなんかねえや」
「偉そうなんだか、謙虚なんだか」
「俺ァ、俺の出来ることをやるだけだぜ。いつでもな」
磁気フィールドが消失した瞬間、部隊は歓喜に包まれた。要塞に突入した四人がうまくやったのだろうと確信した。
ロジーナ達は撤退をはじめた獣人達を追う事なく、しばらく四人の帰りを待った。だが、スカー分隊はただの一人も帰ってくることはなかった。
最初から全員で要塞に突撃していれば結果は変わったのだろうか。少なくない死者も出た。だがそれは、今となっては過ぎたことだ。
やがて部隊はようやく移動を開始した。要塞に艦砲射撃が降り注いだのは、それからすぐのことだった。
部隊は隊長の判断で動く。それには相応の結果が伴う。小隊ともなれば、背負う人数は分隊の数倍だ。例えばあのままもう少し要塞の前で待っていたら、小隊は砲撃に巻き込まれていただろう。ロジーナは改めて、人を率いることの責任と重さを感じていた。
作戦通りならば、ここより後は海からの後続隊が上陸するだろう。上空からの降下とは比較にならない大部隊が。ひとまずはそこに合流する判断を下し、ロジーナは命令を締め括った。まずは一息。ようやく一息、だ。
「あっ、ロジーナさん! もう大丈夫ですか?」
「うん。なんとか。疲れるッスね、こういうのは」
「オードリーさん、待ってますよ?」
駆け寄ってきたシアリィはいたずらっぽい笑みを浮かべ、輸送車を指差す。その上では、オードリーとマゴットが手を振っていた。
「あいつら……むう……きっと、ボクのこと見て笑ってたッスね……」
ロジーナは口を尖らせ、シアリィに手を引かれるまま、走り出していく。
そうして四人は、同じ青空を見上げる。
「アルマもサーニャも……彼女達、帰ってこなかったッスね」
「ぜったい生きてますよ。どこかで会えます。ここじゃなくても、次の戦いでも、きっと」
「次、ねえ。どうなんだろうな、俺達」
「ボクと一緒でなかったら、承知しないッスよ」
「ロジーナさん……無茶を言いなさんなよ」
「生きてれば会えるわよ。いつか必ず」
「そうです。シアリィもずっとマゴット様の傍にいるって決めたんです!」
「ええ」
「だから、露骨にヤな顔しないで下さいってばあ……」
「……みんな、生きて帰れるといいッスね。ボク達も頑張らないと」
「うん」
「――いつか、平和な世界で、会える日が来るまで」
艦砲射撃の轟音が、遠く響く。
青い空の先。
ロジーナは、自分達を見下ろす一機の影を見つけていた。
―――
磁気フィールドを失ったラオ島に、天使達が侵攻していく。
多くの天使を撃ち落した対空砲も、獣人達の拠点も、全ては等しく艦砲射撃によって破壊されていった。海岸線には多くのLCU(揚陸艇)が接岸し、絶えず天使達を吐き出している。
こうしてフォーリン・エンジェル作戦は終わりを告げた。
生き残った者は次の戦場へ、あるいは、そうでない場所へと行くだろう。
死んだ者は朽ち果て、やがて土に還るだろう。
そしてまた、戦いは繰り返す。想いも意思も、全てを飲みこみながら。
――無人の高高度輸送機「ウィリー・ミリー」が、ただ一機、上空を悠然と飛んでいた。
End
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GAYAN=HISED:おーい
――― GAYAN=HISED からの不在着信がありました ―――
――― 通話が終了しました ―――
GAYAN=HISED:今日もいないんか
あれから連絡つかんのは流石に気味悪いんだが
知ってると思うけど一応。
GAYAN=HISED:なんかよくわからないけど、前のやつは勝ったらしいぜ
これで、こっち側の生活もかなり楽になるな
・・・まぁなんだ
次もまたやるらしいし、手空いた時でいいから返事くれよ
割と暇で仕方ないんだ
GAYAN=HISED:ほいじゃ、また。




