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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
ALICE THE COLDBLOOD
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 “彼女”に最初に気付いたのは、一人の新米天使だった。


「あれ?」

 要塞中庭。軍勢が押し寄せる外側に向けて天使達が防衛線を張る中、天使は建物近くまで後退し、弾倉に銃弾を詰めているところだった。そこにふらりと、彼女は姿を見せた。

 見慣れぬ髪色。見慣れぬ服装。見慣れぬ顔。

「あなた……見たことない顔だけど。いつの間に?」

 彼女は答えず、すたすたと外に向かって歩いていく。天使は無邪気に、その進路を塞ぐように立つ。

「どこの部隊? 武器はないの? それに、そんな恰好じゃ危ないよ」


「退くにゃ」


 ぼそりと、彼女は言った。

 異変に気付いたのか、周りの天使達も遠巻きに視線を向ける。

「や、そんなこと言われても。危ないし」

「いいから、退け、といってるにゃ」

「胸のあたり、怪我してる。大丈夫? ……ていうか、どこから来たの? 要塞の中?」

 質問を浴びせる天使を、彼女はじっと見据える。

「それに、その髪の色――」


「忠告はしたにゃ」


 右手に持ったハンマーが横薙ぎに一閃し、天使のこめかみを振り抜く。

 天使の身体が真横に吹き飛び、地面に転がった。


 周りの天使達から悲鳴が上がる。


 ―――


「何があったッスか!」

「え、あ、その……わからないです……でも、いきなりあの子を殴って、それから……!」

「白髪の、天使。それに……猫耳?」

「そんなの聞いたこともないッスよ」


「聞きました?」

「穏やかじゃねえな。少なくとも、味方や増援じゃねえ、か」

「シアリィ、見て来ます」

「おい、シアリィ!」

「大丈夫です。それに、ここに居てもやることないですし」


 弾の切れた銃座から降り、シアリィが小走りで現場まで行く。

 そこにいたのは、ジャージ姿の白髪の少女。……ペーパーバッグ、だ。

 血に濡れたハンマーを片手に、周りを見渡している。

「待って! 待ってください! あなたは誰なんですか! いきなり、こんな……」

 到着したシアリィが最初に見たのは、頭部から大量の血を流す天使の死体だった。

「……やっぱり、味方、じゃないみたいですね」

 シアリィは短機関銃のトリガーに手をかけ、銃口を向ける。

 ただならぬ殺気。そして他の天使達とは決定的に違う特徴。猫耳。

 ペーパーバッグは銃口を向けられてなお動じることもなく、さらに周りの天使達の顔を一人ずつ確認している。

「誰、なんですか」

 殺気に気圧され、シアリィが半歩後退する。

「ここには居にゃいよう……にゃ」

 やがて小さく息をつき、ペーパーバッグは呟く。

「な、何だか知らないけど、仲間を殺したのは許せないです。撃ちます。撃ちますよ」

 ぎろり、とペーパーバッグがシアリィを睨む。


「邪魔をするにゃら、お前も殺すにゃ」


「――このおおおおおおッ!」

 短機関銃が弾を吐き出した。ペーパーバッグは前へとダイブするように飛び出し、地面を転がりながらシアリィへと接近する。全身のバネを使った、流れるような動作だ。

 シアリィは照準を定めることを諦め、腰だめで短機関銃を乱射した。

 地面に着弾したいくつもの銃弾が、ただの一発も当たることなく、ペーパーバッグの周りに小さな土煙を昇らせる。

「にゃああああっ!」

 低い体勢のまま、ペーパーバッグは懐に潜り込む。動きが追いきれなくなったシアリィが怯む。ペーパーバッグはハンマーを振り上げる。ハンマーの先はシアリィの左手に握られていた短機関銃を粉砕し、宙へと放り飛ばした。

「こンのぉ!」

 それでもシアリィは退かず、痺れる左手を右義手にまわす。

 ――誰だか知らないけど、このコは危険だ。

「当たればいい。当てればいい。……当てればッ!」

 倒れないようしっかりと腰を落とし、義手に仕込まれたパイルバンカーを、躊躇なく作動させる。

 爆音が響き、超硬質金属製の杭が打ち出された。


 だが。

「遅いにゃ」

 杭は虚しく空を切り、ペーパーバッグはシアリィの肩に乗っていた。

 ペーパーバッグの両脚がシアリィの首に絡みつき、ぎりぎりと締め上げる。

「…………ぐ、が……」

 両脚はさらに食い込み、シアリィの意識を遠のかせる。腰が抜け、その場にへたり込む。ペーパーバッグはそれでも絡みついたままだ。シアリィが白目を剥き始める。


 左手から、たたたん、と小気味良い銃声。


「クソ猫があ! そいつを離しやがれ!」

 ろくに照準もつけぬまま、オードリーが小銃を乱射していた。

 首にかけていた両脚を外し、ペーパーバッグはシアリィの肩を蹴って空中へと飛ぶ。シアリィは蹴倒されたまま地面に倒れ、激しく咳き込んだ。

「うるぁああああッ!」

 標的を追い、空中へと放たれる小銃弾はでたらめな方向へと飛ぶ。ペーパーバッグはくるくると身体を回転させ、オードリーへと鋭い飛び蹴りを放つ。重力を乗せた蹴りが胸を穿ち、オードリーが吹き飛ぶ。

 着地したペーパーバッグは、追い打ちとばかりに倒れたオードリーに近付き、ハンマーを掌で半回転させ、脇腹を釘抜きで抉る。鉄の爪がめり込み、オードリーが血を吐く。

 ペーパーバッグは馬乗りになり、ハンマーを振り上げる。

「邪魔するからこうにゃる。お前も死ね、にゃ」


 続いて、右手から甲高い銃声。


―――


 ペーパーバッグの頬ぎりぎりを、狙撃銃の弾が掠め飛んでいく。

「好き勝手やってんじゃ……ないッスよ!」

 怒りに満ちた目で、短い黒髪の天使が狙撃銃を構えていた。

 オードリーから身体を離し、ペーパーバッグは天使へと向き直る。

 ペーパーバッグはすぐに遅いかかることもなく、憎悪の視線を返す。

「……あんた、天使じゃないッスね。いい加減、何者なのか答えるッス」

 見る限り、この天使達は統制が取れている。絆とか戦意とか、そういうもので結ばれているようだった。

「私は天使にゃ。間違いにゃく、お前らと同じ天使にゃ」

 ペーパーバッグが答えると、天使の目は驚きへと変わった。

「……それが、なんで。天使が天使を殺すなんて、おかしいことッス」

「そういう身体にされた。それだけ、にゃ」

 周囲から一人の天使が駆け出し、打ち倒した二人の天使を引きずっていく。殺してやろうかと思ったが、止めた。ただの気まぐれだ。

「お前らも、私みたいに身体をいじり倒されればわかるにゃ」

 絆。仲間たち。そういうものが、遥か遠くの記憶に思える。怯えながら、それでも仲間たちの為に武器を捨てようとしない天使達に囲まれ、ペーパーバッグは呪詛のような呟きをこぼす。被っていた紙袋を外され、意識を取り戻してなお、自分の居場所はもはやここにないことに気付く。


 求めている“対象”は、ここには居ないようだ。ペーパーバッグは遠く獣人達の軍勢に視線を向ける。

「待っ……」

 天使の制止を聞かず、ペーパーバッグは要塞の外へと走っていく。途中で数体の獣人が敵意を露わにして襲い掛かってきたが、すれ違いざまに頭部を粉砕し、打ち倒した。天使も獣人も、今は邪魔をする者全てが敵だ。


 軍勢の中では、数体の天使が獣人達と交戦していた。ペーパーバッグは、ふと、毛が逆立つような感覚をおぼえた。あの中にいる。そんな気がする。

 殺すべき、対象がいる。


 さらに速度を上げ、ペーパーバッグは戦場を駆けていく。


―――


「へ、へへ。ドジっちまった」

「……どうしてあんな無茶をしたんスか。ヘタクソのくせに」

「ああでもしねえと、シアリィがくたばってたろうが。……ぐふっ」

「はいはい、ちょっと口閉じてて」

「マゴット。オードリーは」

「大丈夫。致命的じゃないわ」

 輸送車の中で、マゴットはオードリーの治療をしていた。傍らには横になって身体を休めているシアリィと、心配そうにオードリーの手を握るロジーナの姿がある。

「ああクソ、気持ち悪ィ。マゴットさんよ、この感覚、なんとかならねえのか」

「そんだけ悪態つけるなら、もう治療の必要なんかないわね」

「待て待て待て。まだ傷口開いてるじゃねえか……痛てて」

「死んじゃったかと、思った」

 ロジーナがこぼす。その目には涙が浮かんでいる。

「俺ァ生きるって決めたんだよ。最後はロジーナさんが助けてくれなきゃ、ヤバかったけどな」

「だって……」

「お熱いこと」

「あの、オードリー。さっきは、どうもありがとう、です」

 横になっていたシアリィが小さな声で呟く。

「車ん中で待機してるだけじゃ、格好つかねえだろ」

「……でも、シアリィはオードリーに惚れたりしませんからね」

「言ってくれるぜ」


「マゴット。あの子は、一体」

 治療を終え、服を着込むマゴットに、ロジーナが問う。

「身体をいじられたとかなんとか、言ってたッスけど」

「間違いないでしょうね。私も遠目から見ただけだけど。さしずめ、鹵獲兵器ってところかしら」

「そんなのって、アリなんスか」

「私達は生物兵器なのよ。向こうも同じ。何があっても不思議じゃないわ」

「あの目……怖かった」

 シアリィが恐怖に震える。

「戦いの形がどんどん変わってきてる気がするわ。なりふり構わなくなってる」

「ボク達も、どうなるんスかね……」

 視線を落とすロジーナの肩を、マゴットが叩く。

「へこんでる場合じゃないわよ、小隊長さん」

「うん」

「シアリィ達もまだ戦えます。まずは、生き残ることだけを考えましょうよ」

「言うじゃない。強くなったわね」

 マゴットが笑う。

「えへ。へへ」

 決心したように顔を上げ、輸送車から出ていこうとするロジーナに、オードリーが声をかける。


「なァ、ロジーナさん」

「なんスか」

「もし戦いが終わったら、俺達は離ればなれになっちまうんだよな」

「同じ戦場になれるとは限らない……ッスね」

「それでも、俺達はまた会おうぜ。どこかで。絶対に。何が何でも、生き延びてよ」

 こくん、とロジーナは無言で頷く。

 そして両手で頬を叩き、輸送車の後部扉に手をかける。


「当たり前じゃないッスか」

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