IX
「チェエエエエエストォオオオオ!」
重力を味方につけ、鋭さを増した銃剣が一体の獣人の脳天を貫く。倒れる獣人を蹴り上げ、天使は羽を広げて再び跳躍する。
サーニャ、マリアに続き、獣人達に飛び込んだもう一人の天使。それがアルマだ。薬物によって強化された背中の羽は身体を易々と持ち上げ、空中戦を可能にさせている。
銃を持った数人の獣人が、空中に向けて発砲する。アルマは身体を捻りながら銃弾を交わし、滞空しながら射手を小銃で撃ち抜く。ここに飛び込んで、アルマはほとんど地に脚を付いていない。身体にかかる負担は相当なものだが、今は構ってなどいられない。
ここにきて、アルマは弾薬庫襲撃前のキャンプを思い出していた。あの時は一方的に爆撃され、多数の部下が死んだ。今は逆だ。小動物を捕える鷹のように、アルマは一方的に獣人達を屠っていく。可哀想などと思う感情はなかった。やられた分だけやり返す。それだけのことだ。
空からの恐怖に怯え、腰を抜かした一体の獣人を、他の獣人が立ち上がらせようとしていた。手を差し伸べた獣人を上空から撃ち抜く。目の前で戦友が倒れたのにショックを受けたのか、腰を抜かしたままの獣人が吠える。アルマはその獣人に向けて急降下し、首に銃剣を突き立てる。返り血を浴び、自然に口元が歪む。
……屈服させる、悦び?
これまでは戦いに狂うこともなく、常に冷静だった。だが強制賦活剤は肉体だけでなく、精神にも影響を与える。自制を保ったままでは、この戦況は切り抜けられないだろう。そう自分を納得させ、アルマは再び高く飛ぶ。
遥か彼方には、島の周りを覆う磁場に歪んだ水平線。
ふと、離れた要塞の方に異変を感じ、視線を移す。
人影がひとつ、窓から飛び降りていた。
「?」
アルマは目をこらす。
よく見えない。天使? アリスか?
違う。
誰だ?
―――
一方、戦場の中心で、空を裂く音と共に、二つの刃が斬り結んでいた。
「この……この……お前達はッ! そうして、私の大切な人をッ!」
サーニャは激昂し、左義手から飛び出したブレードを振るう。対するレッドウルフは軍刀の鞘で冷静に弾く。体勢を崩したサーニャに凄まじい速さで軍刀が抜き放たれる。素早く振り返されるブレードが受け止める。火花が散る。
赤い毛並みの獣人と赤い髪の天使の危険な舞い。かちん、かちん、と軍刀が鞘に収まる音がアクセントのように響く。両者の競り合いに、周囲の獣人は援護も忘れ、ただ見入っていた。
「死ねえッ!」
左義手に握られたPDWが、至近距離で乾いた音を立てる。レッドウルフは大きく身を捻って弾道を見切り、勢いのままサイドキックを繰り出す。サーニャは右肩に蹴りを受けてよろめく。レッドウルフは鞘から抜きざまに軍刀を振り上げ、垂直に斬り下げる。サーニャは咄嗟に右脚で地を蹴り、間一髪で避ける。はらり、と赤髪の毛先が切れた。
並の天使なら、今の垂直斬りで両断されていたところだろう。摂取した薬物により、サーニャの反応速度は限界まで高められていた。だがそれをもってしても、軍刀の刃先を完全に見切ることが出来ない。苛立ちを募らせるサーニャとは対照的に、レッドウルフはあくまで冷静に、無駄のない動きで攻めてくる。
逆袈裟。振り下ろし。真一文字。攻守のアドバンテージを取られたか、レッドウルフは一歩ずつ踏み込みながら着実に斬りかかってくる。対するサーニャはかろうじてこれを受け、あるいは避けるのに精一杯だ。せめて一太刀。五度目の斬撃にやや大振りな動きを見出したサーニャが、隙を突いてブレードを振るう。だが。
「うぐ」
ぐにゃりと視界が歪み、一瞬だけ全身の力が抜ける。
それは、強制賦活剤の効果が切れかかっていた合図だった。
ブレードの振り抜きが出遅れる。まずい、と思った瞬間には、鞘から半分ほど抜かれた軍刀の刀身によって受け止められていた。そのまま前のめりに躓くサーニャを避け、がら空きになった首筋にレッドウルフが視線を定める。
サーニャの感覚が、スローモーションになる。
――軍刀が鞘走る、冷たい刃鳴りの音が響く。
殺される。
殺される? こんなところで。
こんなところで。
――。
「――――きっっっっひゃあああああああああッ!」
そして、再び彼女は現れた。
―――
周囲にいた獣人の一体の背中を踏みつけ、一人の天使が高く高く飛び出した。
手にした消火斧が、低い風切り音を立てて空中から振り下ろされる。
「ウヴウッ!」
レッドウルフは危険を察知し、その場から飛び退く。ほんのコンマ数秒前まで立っていた場所に、消火斧の刃が突き刺さった。
現れたのは、全身を返り血で濡らした狂人。
「じゃっじゃじゃーん。……また来ちゃった」
マリアは深く地面に刺さった消火斧を右脚で蹴り上げるように抜き、肩に担ぐように構える。そして、悠然と周りを眺める。
「きひ、私のカンもぜっこーちょー、ってやつだねええ」
「……」
「殺意を嗅いで来てみれば、そこは敵のボスさんと、今度は首をスッパリやられる寸前のおまぬけ天使さんが一人」
「“おまぬけ”なんかじゃ、ない」
「ばーかばーか。このばか。暴走して突っ込んで、二回も死に損なって二回も助けられてりゃ、立派なおまぬけ天使さんだっての」
「それでも、戦わないとダメだから。私は戦う。戦うんです」
ふらつく足取りに気合を入れ、サーニャは再びしっかりと立ち上がる。ブレードを左義手に収め、手の甲で垂れたままの鼻血をぬぐう。
「右手、どっかいっちゃった?」
「……あの右手はサニーの……私……」
「お、クスリやってる目だ」
「うるさい、です」
「サーニャ、ただでさえつまんないんだから。つまんない死に方されても、こっちが萎えるっての」
成り立っているようで成り立っていない、狂人同士の会話だった。
レッドウルフは闖入者を見据え、一定の距離を取ったまま、微動だにしない。周囲の獣人はマリアの威圧感に圧され、じりじりと後退している。
サーニャは再び気迫を漲らせ、片腕の左義手からブレードを展開させる。
「で、どっち殺る? あの赤いワンちゃんと、まわりの雑魚」
「あいつはサニーを奪った。生かしてはおけない」
「フクシューするはわれにあり! ってことねええ。きひ、悪くない」
「復讐……私の敵」
「よし、んじゃ任せた。つまんなくない生き方っての、私に見せてよ。死にそうになっても、今度こそ助けられないかもだから、そこんとこヨロシク」
「私は。……私は、殺す。殺して……みんな取り戻す」
「あら、キマっちゃってる。聞いちゃいないか」
「その、なんだ。ま、いいか」
――こうして、死地に三つの刃が交わった。




