III
身体が軽い。
サーニャは熱っぽい息を荒く吐き、獣人の群れへと向かう。血管を通して身体中に行き渡った強制賦活剤の効き目は“てきめん”だ。
果敢に襲い来る獣人をしっかりと捉える。獣人の動きが鈍く見えた。……違う、自身の反応速度が速くなっているのか。懐へと接近し、左義手のブレードを腹部へ深々と突き立てる。ごふ、と血を吐いた獣人の顎下に右手のPDWの銃身を当て、トリガーを引く。スイカのように頭部が爆ぜ、獣人が絶命する。
背後からもう一体。見ずとも気配でわかる。左脇腹に潜り込ませるようにPDWを背面に向け、そのまま撃つ。ヒット。ダウン。
続いて四方から獣人の影。ブレードを引き抜き、両手のPDWを左右に構えて身体をスピンさせながら弾をバラ撒く。何体殺したか。確認する暇もなく次の敵。振り下ろされる手斧をハイキックで叩き落し、勢いのまま流れるようにブレードで首を刎ねる。
身体が軽い。
瞳の奥。サニーもサーリャもアメリアも、姿を見せなくなった。だが自分が自分であるという意識は確かにそこにある。はっきりとある。
もっと。もっと殺さなくては。自分が自分であるために。
返り血を義手で拭い、狂戦士は笑う。
―――
そして他方、狂戦士が、もう一人。
赤い刃の消火斧が獣人を袈裟懸けに両断する。刃が地面に突き刺さる。振り下ろした遠心力に任せて、斧の持ち主はそのまま半円を描くように跳躍。
「きっひひひひ!」
道化じみた笑い声をあげつつ、マリアは着地。そのまま刃を引き抜き、再び斧へと伝わった遠心力を速度に変えて薙ぐ。本能と衝動が、彼女の小柄な身体を躍動させる。
振るわれた斧によって短機関銃を構えた獣人の腕がはね飛ばされ、宙を舞う。マリアはそれを掴み、獣人の指ごとトリガーを引く。短距離で乱射される銃弾が周囲を打ちのめしていく。残弾数ゼロ。短機関銃を掴んだままの手首は近くの獣人に投げつけられ、怯んだ隙に惨殺。
「これよこれ。これなの。やっぱ、こうでなくちゃ」
周囲からの殺意を浴び、マリアの精神はさらに昂ぶっていく。
―――
二人の天使を中心として、二つの混乱が渦を巻きはじめた。じりじりと動いていくその先にあるのは、軍勢の指揮を執る特異種、レッドウルフ。
「……」
レッドウルフは双方に目を光らせながら、冷静に指示を飛ばしていく。連携が取れているようには見えない。それでも、それぞれの戦闘能力は決して侮れまい。どちらか一つでも潰せば流れは変わるか。レッドウルフが次の手を打とうとしたその瞬間、彼方から轟音が響き、近くで護衛を務めていた獣人の頭部が爆ぜた。
狙撃か。おそらくツインチャージャーを仕留めた天使だろう。
再び轟音。より近くにいた獣人の胴体が両断される。射角と音から判断し、レッドウルフはそちらに目を向ける。いた。軍勢から離れた場所に、一台のATVが停車している。銃を持つ獣人に、応戦の命令を下す。
当初は、要塞を背にした天使達をすり潰すだけのつもりだった。そこに紛れ込んだ二人の天使と、突然現れた狙撃手の天使。これが作戦を狂わせる要因となった。
「オオオオオオオッ!」
たった数人の天使に、軍勢がここまで翻弄されるか。レッドウルフは鼓舞の遠吠えを上げ、天使達の殲滅を開始する。
ここで果ててなるものか。レッドウルフは腰に下げた軍刀の柄を指でなぞる。その腕には、4つの勝利を刻んだ証があった。
―――
シエラが重狙撃銃のレバーを引く。大型の空薬莢が放物線を描いて落ちていく。熱を持った銃身の先から、煙が立ち上っている。
ATVに乗った三人は、目視で、あるいはスコープごしに、じっと彼方を見つめている。
「派手にやっているな。手前にサーニャ。奥にいるのはマリアだろう」
「こっちは指揮官らしき特異種を捉えましたです。うまく姿を隠してますね。シエラ、狙えますか?」
「無理。それより、向こうがこちらに気付いた」
シエラが首を振る。ロメオはスコープを横に置き、アクセルを踏み込む。
「近づけるか」
アルマが問う。
「応射が厳しいです」
「援護しよう。その隙に、少しでも近づいてくれ」
アルマは小銃の弾倉を外し、残弾を確認しながら提案する。
「……降りるんです?」
「状況を切り崩さねば。私のインジェクタを使ったのは二人のうちどちらか……いや、おそらくサーニャだろう。このまま時間をかけていれば、彼女はあの群れに飲みこまれてしまう」
ロメオの心配を余所に、アルマはポーチに一本残ったインジェクタを取り出す。
「このままあの二人に注意を引かせて、背後を突くほうが良いと思うのだけれど」
「戦術のセオリーではそうだろうな。被害とリスクを少なくし、着実に攻める。だがその手段では決め手に欠ける」
隊長としての顔ではなく、それは戦士としての顔だった。
「あなたも、そんな事を言うのね」
「も、とは?」
「私達はそういう天使達を何人も見た。勇気とか責任感とかで勝手に突っ込んでいって、それを助けるためにまた他の天使が行って、それで誰も帰ってこなくなるの」
「シエラ」
重狙撃銃のスコープを覗きながら呟くシエラを、ロメオが制す。アルマは口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと首を横に振る。
「大丈夫だ。何度も言っただろう。私は死ぬ気はないと。その為に、君達を“利用させてもらう”のだ」
「言っておくけど」
「?」
「この戦いに負ければ、私達は死ぬ」
「シエラ、その事は……」
「まさか、その首輪か?」
「そうよ。詳しく話す時間はないけど。とにかく、この状況じゃチャンスは何度もない。だから私は全力を尽くしたい。失敗は許さない」
「……わかった」
ロメオがハンドルを切る。土煙を上げ、ATVが獣人達の軍勢に向けて走りだす。同時に、助手席から立ち上がったアルマが首筋にインジェクタをあてる。
リミットは十分。いや、今の気力と体力ならもう数分は伸ばせるだろう。
「指揮官を倒し、二人を連れて帰る。援護と回収を頼む。なに、速攻で終わらせてやるさ」
―――
両手のPDWに最後の弾倉を叩きこんだところで、サーニャはレッドウルフの姿を捉えた。取り巻いていた獣人の数が少なくなった今が好機か。
――あいつを殺す。
興奮物質と強制賦活剤をのせた血液が、脳と身体中を駆け巡る。高まった本能と反比例して、思考能力が低下しかけていた。深く考えるな。ただ今は目の前の敵を殺せ。
野を駆ける獣のように姿勢を低くし、獣人達の間をすり抜けるようにサーニャは走る。左義手のブレードが展開し、鋭く光る。
目の前に立ち塞がる巨躯の獣人。
「邪魔だッ!」
すれ違いざまに首を刎ねる。噴き上がる血飛沫を浴び、サーニャは一際大きく跳躍。空中で身体を捻り、ブレードをレッドウルフへと向けた。
殺せ。
殺す!
「オオアアッ!」
レッドウルフは飛び込んできた天使に向けて軍刀を抜き、振り上げざまに襲い来るブレードを受け止める。刃同士がかち合い、火花が散った。
跳ね飛ばされ、サーニャは後宙しながら着地する。
単騎で指揮官の元へと突撃してきた天使に、周囲の獣人が動揺気味に銃を向ける。どこかから、あるいは天使から奪ったと思しき、形も種類もバラバラの銃だ。レッドウルフはしかしそれを制し、軍刀を再び鞘に納める。柄に手をかけたまま、腰を落とし、こちらを見据える。居合じみた独特の構えだ。
「あなたを殺せば、私は私でいられる」
言葉は通じない。
「そうすれば、みんなが帰って来てくれる。私は私でありたい。私でなくちゃいけない」
「……」
「だから! お前は! 死ねぇ!」
叫びと共に、サーニャはPDWのトリガーを引いた。レッドウルフは左に避けながら軍刀を抜き、凄まじい勢いでいくつかの弾丸を弾き落としていく。トリガーにかけた指を緩める。レッドウルフもまた懐から拳銃を抜き、撃つ。サーニャは右へと飛び、これを避ける。
サーニャとレッドウルフは再び互いに向き直る。並外れた反応速度。ヘタに動けば命はあるまい。目をこらし、集中を高めていく。こいつを討てば。こいつさえ討てば。サーニャの鼻から血が垂れる。薬物に対する拒否反応。構うものか。
その一瞬の隙を突いてレッドウルフが飛び出した。地を蹴り、一気に距離を詰めていく。サーニャがPDWで応射するが、銃弾は虚しく横をかすめ飛ぶ。
速い。速い!
レッドウルフがサーニャの懐に潜り込む。咄嗟に右義手で身を守る。軍刀が鞘から抜き放たれ、逆袈裟に閃く。
肘から下が両断された。トリガーが引かれたまま、銃弾を吐き出しながら、断たれた義手とPDWが放物線を描いて飛んでいく。その光景に、視線を奪われた。
「あ……」
――サニー。サニーが。
サーニャが名を呼ぶ。私の一部。私の、大切な人が。
「…………お前ぇえええええええッ!」




