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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
ALICE THE COLDBLOOD
78/91

II

 要塞内で、ミントは気絶から目を覚ました。


 腹部がずきずきと痛む。まだ少し嘔吐感が残っている。ミントはそれに構わず、壁に手をつきながら歩き出す。

 スカーに見捨てられたことがショックだった。あの獣人は何なのだろう。そして、アリスはどこへ行ってしまったのだろう。

 いつしか、ミントはスカーではなく、アリスの名前を呼びながら要塞内を歩いていた。


 曲がり角を行った先に、ミントは廊下にいくつかの弾痕を見つけた。吸い寄せられるようにミントは歩き出し、周囲を探し出す。

 廊下に靴跡。それも、何人かの。ミントはそれを辿りながら、もう一つの角を曲がる。


 曲がった先に、倒れたアリスの姿があった。

 その傍らには、あの獣人と……そしてスカーもいた。


―――


 アリスは寝息を立てていた。獣人とスカーは、既に息絶えていた。


 周囲には二人の血と思しき血痕が飛び散っている。

「……!」

 言葉を失った。その凄惨な光景を理解しようとする。脳が混乱する。

「や、嫌だ。うそ」

 ミントは膝をつき、へたりこむ。

「どうして……どうしてえええ??」


 しばらく呆然とした後、ミントはようやく現状の理解をしはじめた。

 地面にはリボルバーが一丁落ちている。スカーのものではない。スカーのホルスターベルトは、何故かアリスが身に着けている。

 リボルバーは獣人のものだろうか。獣人がスカーを殺し、そしてアリスが獣人を撃った?

「あ、あ、アリスさん……アリスさんッ!」

 やがてミントは跳ねるように立ち上がり、アリスの元に駆け寄った。

「起きて下さい! 起きて下さいアリスさん! ねえ! 何があったんですかッ! 一体、ここで……ッ!」

 アリスの身体を起こし、肩をがくがくと乱暴に揺さぶる。ミントは息を荒げ、眠ったままのアリスに詰め寄る。


 ぱちり、とアリスが目を覚ました。


「目を覚ました!」

 ミントとアリスの視線が合う。良かった。無事だ。これなら。

 ほっと安堵し、ミントは手を差し伸べる。だがアリスはその手を掴まず、一人で立ち上がった。

「アリスさん?」

 アリスは何も言わず、ミントを一瞥し……そして、踵を返して歩き出した。

「あ? え? あ、アリスさん……ねえ、アリスさん!」

 何が起きたのか、理解が出来なかった。廊下をすたすたと歩くアリスに駆け寄り、ミントは声をかけ続ける。

「どうしたんですか、アリスさん! 答えて下さいッ!」

 返事はない。ミントはアリスの行く手に立ちふさがり、さらに言葉を続ける。

「何があったんですか! どうして隊長は死んじゃったんですか! ねえ! ねえ!」

 わけもわからぬまま、ミントの瞳からは涙が零れ出していた。せっかく見つけた拠り所なのに。せっかく、傍にいれると思ったのに。

 アリスはぴたりと足を止める。

「!」

 反応があった。ミントの表情に希望が宿る。しかし。

「……じょ……」

「え?」

「排除します」

 アリスはホルスターから拳銃を抜き、AP弾で容赦なくミントの右足を撃ち抜いた。

「っ!」

 ミントがバランスを崩し、その場に転がる。

「があッ!」

 痛みにもんどりうつミントを退け、アリスは再びゆらゆらと歩き出す。

「いっ、痛い……痛……ま、待って、アリス……さ……!」

 すがろうとする。うまく立ち上がれない。アリスの背中が、暗闇に消えていく。

 どうして。どうして。一体どうして。

 蹲るミントを振り向きもせず、やがてアリスの姿は闇に消えた。


―――


「何で……何でアリスさんが……私を……」

 再び廊下に取り残されたミントは呻く。わけがわからない。


 がらん。がらんがらん。


 何故、隊長は死んでしまったのか。アリスはどうしてしまったのか。いつもの目じゃない。あのアリスじゃない。あの目は……まるで、機械のように冷徹な。


 がらがらがらん。がらがらん。ががががが。


「うう……ひっく、っく……なんで……なんで皆、私の傍から……」

 廊下に、ミントの嗚咽が響き渡る。


 がががががががが。


 それに混じって、背後から“何かを引きずる音”。何か、重いものを引きずる音。


「私……悪いことなんてしてないのに……どうして」


 がががががが。がん。


 ひゅ。


 ごん。


―――


「くそ。くそったれ。畜生」

 誰にともなく罵倒の台詞を吐き続けながら、レイチェルは要塞内を行く。

 いつもこうだ。外れクジばかり引く。『グローイング・シー作戦』のことを思い出す。勝てそうな戦いだったのに、よりにもよって天使内でつまらない内乱が起きて、戦線が崩れてしまった。

「撃って当てて、殺せばいい。シンプルなこと。なのに、揃いも揃って……」

 欲求。レイチェルの中には、ただそれだけがある。キル数を稼ぐ。自分が気持ちいいと思ったことだけをやる。歪んだ欲求。

 レイチェルにとって、自分の“記憶”はハッキリとしている。こんな身体になる前も、撃って当てて、殺す遊びばかりしていた。ただし画面の中でだけだ。ネットの向こうにいる連中は友人などではなかった。意思を持ち、動く的。それを殺すのが楽しかった。

 リアルの人生がどうなろうと、知ったことではなかった。暗い部屋が世界の全てだった。やがて親も死に、家族からは見放され、家畜以下の生活に堕ちた。

 何もかもがどうでもよくなった。やがて“彼”は自ら死を選んだ。飽きたから。理由はそれくらいだ。リセットボタンなどないことはわかっている。わかっていて選んだ。

 彼は溜め込んだ致死量の睡眠薬を流し込み、その場に倒れた。


 目を覚ましたのは揚陸艇の中だった。忘れもしない、初めての戦場。自分が自分でなくなっている。“彼”は“彼女”になっていた。

 夢か現実かどうかすら分からない状況、それでもやることは変わらない。撃って当てて殺す。快感を享受すること。行動原理はただ一つ。

 最初の頃は楽しかった。だがやがてストレッサ―が現れた。敵でもこの状況でもなく、それは味方そのものだ。どこでも同じような奴がいるものだ。ろくな腕もないくせして、指示ばかり飛ばす連中。使い物にならないnoob。混乱して予定を乱す、頭の悪い奴ら。

 感情。激情。嫉妬。恐怖。救いようのないクソったれども。


 キル数に飽き足らず、レイチェルはさらなる欲求を求めた。ここは戦場。何をやっても構わない。だから、やりたいようにやる。

 ここにきて、再びその欲求は限界に達した。

「ミントぉー。どこにいるってのよ」

 にたり、と笑いながら、レイチェルは名を呼んだ。抵抗されるだろう。構うものか。レイチェルは口元を歪め、歩みを早める。


 たん。と、銃声。


 レイチェルは肩に下げていた狙撃銃を構え、銃声がした方へと向かっていった。


―――


 痛い。痛い痛い。

 ミントは震える手で後頭部を触る。ぬめりのある、嫌な感触。

「うぐ……あ……」

 殴られた? 何に? 揺さぶられた脳を働かせ、状況を把握する。

 考えがまとまる暇もなく、続いて腹部に蹴りが放たれた。

「ぎゃあっ!」

 ごろりと転がされ、仰向けにさせられる。視界が裏返る。そこには、自分を見下ろす一つの影。アリスではない。隊長でもない。……レイチェルでもない。


 紙袋を被った……何者か。


 影はおもむろにミントの服に手をかけ、乱暴に引き裂く。白い肌と大きな胸が露わになった。その双房の中心には“M”特有の水晶が光っている。

 身体が動かない。ミントは恐怖と羞恥に悲鳴を上げる。紙袋を被った影――“ペーパーバッグ”はその場にしゃがみこみ、空いた二つの穴からこちらを覗いている。

 怒りでも嘲笑でもない、感情のない瞳。アリスのそれに、とてもよく似ていた。

 ミントの胸を……水晶を見つめ、ペーパーバッグはやがて立ち上がる。壁に向かう。


 がががん。がらがらがらがががん。


 重いものが床にぶつかる、無慈悲な音。視界の隅でミントはそれを見る。

 長い柄を備えた、スレッジハンマーだ。


 何をされるか、ミントは理解した。


 理解してしまった。


「嫌」

 ミントは懸命に首を振る。

「いや、嫌、やめて。やめて下さい。お願いです」

 懇願の声にも、ペーパーバッグは耳を貸さない。

「何でもします。何でもしますから。お願いですから。ねえ。やめて」

 ペーパーバッグはスレッジハンマーを振り上げる。

「やだやだやだやだやだやだやだ嫌だやめてやめてやめて」


 ――私だけが、どうしてこんな目に。


「嫌ぁああああーーーッ!」


 鉄槌が振り下ろされた。

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