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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
ALICE THE COLDBLOOD
77/91

I

 数刻ほど前のこと。


「――調子はどうかな、お二人さん」


 二人の首輪から突然聞こえた声に、シエラとロメオは驚いた。

「ああ、何、そんなに驚かなくてもいいじゃないか」

「……その声」

 自らの首輪に手を触れ、ロメオが警戒しながら言う。

「大丈夫。聞こえてるよ。その首輪にスピーカーとマイクが仕込んであること、言ってなかったかな? 言ってなかったか。ついでに君達のことも見ている。上からな。ハハハ。ハハ」

 低いトーンの、女の声。聞き覚えがある。二人が降りた輸送機の中からの声だ。輸送機に乗っていたものだとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。

「ワタシ達を、監視していたんですか」

「特殊な任務だからねえ」

「……それにしては、随分と杜撰なようだけれど」

 シエラが口を開く。

「あれこれ命令を下すのは禁じられているんだ。本当はこうして回線をつなぐのも許可されていないが、今は特別だ。本当だぞ?」

 粘つくような口調で話す“女”の声と対照的に、シエラとロメオの顔は固く強張っている。首輪に仕掛けられたとされる爆弾がいつ発破されるともわからないからだ。

「お二人さん。私の命令を忠実に守ってくれているようだな」

「守らないと爆発させる、というんですから、仕方ありません」

「そりゃそうか。何せ“特殊な任務”だからな。ハハハ。……と、それはいい。こうして回線を繋いだのは他でもない。任務変更の為だ」

「変更?」

 シエラもまた、首輪に手を触れる。鈍色に光る無骨な首輪は、ひんやりと冷たい。


「シエラ。ロメオ。アリスの援護は只今をもって解除、これより先は戦場に介入することを許可する。この戦いを全力で勝利に導け」


 シエラとロメオは目をむき、しばらくの後、お互いに顔を見合わせた。


―――


「ワタシ達はあなたの命令に従っています。……でも、こんなタイミングで変更と言われても、納得はできません。詳細な理由を求めます、です」

「納得しないと戦えないのかい、君達は」

「なら、言い方を変える。“そうでなければ、私達は任務を成功に導くことができない”」

 シエラは要塞の方角を注視しながら、強い口調で言い放つ。

「ハハ、なるほど。そうきたか。ハハハハハハハ!」

 “女”は笑う。

「ハハハ。いや、まいったね。わかったよ、降参だ。どうせ私も、これっきりだろうしな」

「?」

「なに、こちらの話だ。……そうだな。詳しいことは言えないが、こう言っておこう。君達が守ってきたアリスは、他の天使とは違う。だから“特別扱い”する必要があった」

「特別扱い」

 ロメオが聞き返す。

「深くは聞かないでくれよ。だが、とある理由でその必要が無くなった。だから上層部は彼女への干渉を止めた」

「つまり、見捨てた、ということですか」

「人聞きの悪い事だな。まあ、間違ってない。ともかく君達の任務はキャンセルだ」

「じゃあ、この首輪を解除して」

「残念だがそれは出来ない」

 シエラの抗議に“女”はきっぱりと断言する。

「この戦場が我々の勝利に終わるまで、その首輪が持つ役目は有効になっている。だが代わりに、勝てば星二つ、というのも続行だ」

「それって」

「色々あるのさ。私達にもな。――そういうことだ。そろそろ回線も切る。わかったな?」

 自嘲するように笑い“女”は変わらず低いトーンでそう伝える。シエラとロメオは再び顔を見合わせ、アイコンタクトで意思を交わす。そして。

「ワタシ達は、あなたが誰だかも知らない。ただ首輪に命を取られ、言われるようにやってきました。だから、任務も続行します。……約束は、守ってくれるのですよね?」

「心配するな。私が嘘などつくものか」

 二人は同じタイミングで、こくん、と頷く。そしてその場に展開していた重狙撃銃を折りたたみ、移動の準備を始める。

「ああ。それでいい。向こうの戦況も良くないようだ。すぐにでも援護に言ってやってくれ。もう姿を隠す必要もないからな」

「勝たなきゃ、死ぬ。私達は」

「ハハ。そうだな」

 吐き捨てるシエラの声に“女”は笑う。その笑いに嘲りの色はない。


「なあ、お二人さん。最後に一つだけ、言っておく」

「?」

「この任務もこの戦争もクソッタレだ。だからせめて、どんなことをしてでも、お前さん達は、勝って、生きてくれ」

 “女”は諭すように、ゆっくりと呟く。シエラとロメオは、声を合わせて答える。


「「言われなくたって」」


―――


 そして二人は要塞へと急行し、獣人に気付かれることなく壁上に位置を取った。


「ヒット。ターゲットダウン」

 ロメオが双眼鏡から目を離す。

「まだ撃つ?」

 短くなった煙草を地面に擦り付け、シエラはスコープを覗いたまま答える。

「次に回しましょう。それより」

 ロメオはおもむろに立ち上がり、眼下の天使達に視線を向ける。


「どうも皆さん。増援に来ました、です」


―――


 どこから持ってきたのか、二人はロープを壁の縁から垂らし、アルマ達の元へと降りて来た。小柄な黒髪の“R”が巨大な狙撃銃と、もう一人の、ギリースーツの天使を背負い、軽々とロープを滑り降りていく。

 “R”がてくてくとアルマに寄り、挨拶をした。

「小隊長、アルマだ」

「ワタシはロメオです。そして、こちらが」

 ギリースーツの天使はフードを取り払う。長い赤髪が零れ出て、その顔が露わになる。

「……シエラ」

 一目見て、アルマは驚く。

 シエラと名乗る天使は、両手だけでなく両脚も義肢に換装していた。さらに二人は首に無骨な首輪を嵌めていた。自分達とは何かが違う、と、アルマだけではなく、他の天使も気付いたようだ。

「まずは礼を言わせてもらう。援護、感謝する」

「いいえ。遅くなって、どうもすみません、です」

 ロメオがぺこり、と頭を下げる。一方のシエラは不愛想な顔を崩さない。

「さて……状況は、どうなっていますですか?」


 アルマは二人に現状を伝え、このまま小隊に加勢してほしいと頼んだ。二人はそれを引き受けた。大口径狙撃銃による遠距離からの支援射撃は、心強い一手になる。

「それで……ロメオ、狙撃の位置だが」

「へ?」

 ロメオが目を瞬かせる。

「?」

「え? あ、いやいや。撃つのはワタシじゃないです。撃つのは」

 そう言って、ロメオは隣のシエラに目をやる。

「しかし、彼女は“S”では」

「そうよ」

 シエラは平然と答える。

「Sniperの“S”」

「なんと」

「ワタシは観測手です。撃つのは、シエラ」

 “R”とは違い、完全に狙撃(Snipe)に特化した特殊な天使。それがシエラだ。

「なるほど……噂には聞いてたんスけど、見るのは初めてッス」

 いつの間にか近くにいたロジーナも、シエラに驚いたようだった。

「ロジーナか。状況は?」

「さっきの狙撃で向こうは一旦引いたみたいッスね。マリアは突っ込んだままだし、相変わらずサーニャもいないッスけど……」

「彼女も、あの群れに向かっていったと見るのが妥当だろうな」

「そうッスね。なんとかしないと」

 アルマとロジーナが話している横で、ロメオは周りを見渡していた。

「どうしたの、ロメオ」

「いや……」

 シエラの問いに生返事をしながら、やがてロメオはある一点に指を差した。

「あ」

 差した方向には、門の傍に乗り捨てられたATVがあった。

「ATV?」

「あれなら、ワタシ達は場所を変えながら撃つことができます」


―――


 二人はATVに乗ることを提案した。

 ロメオをドライバーとし、獣人の群れから距離を保ちつつ、狙撃と移動を繰り返す。シエラの重狙撃銃は特異種でさえも一撃で仕留める威力があり、そのことは天使だけでなく獣人にも印象付けられている。あの轟音が響けば、統率も乱すことが出来るだろう。

「でも、注意がそちらに行ったら、ボク達はうまく支援しきれないッスよ。効果的な作戦かもしれないけど、一斉に攻撃が来る危険が……」

 ATVの傍で心配そうに伝えるロジーナに、ロメオは笑って応える。

「大丈夫ですよ」

「私達は、二人で一人」

 シエラがそう呟いた。

「死ぬときも」

「二人」

 おもむろに、シエラとロメオはキスをした。

「わ、ちょっと!」

 ロジーナは手で顔を覆いつつ、指の隙間からその光景を覗く。長い、長いキスだ。

「な、なにを……」

「集中力を高めるおまじない、みたいなものです。ね、シエラ」

「ん……」

 ちょっと変わった二人だ、とロジーナは思った。


 シエラは後部座席に腰を下ろし、サイドドアの縁に左義足を乗せた。そしてその上に重狙撃銃の銃身を置き、安定させる。独特の狙撃スタイルだ。

 続いてロメオが運転席に乗り込む。

「ロメオ、運転、出来るの?」

「たぶん。なんとかなると思うです」

 と、その時、隊の中央で指揮を執っていたはずのアルマが駆け寄ってきた。

「アルマ」

 ロジーナが気付く。

「まだ出ていなかったか」

「持ち場離れちゃって、大丈夫なんスか?」

「ああ。ロジーナ、一つ、頼みがある」

 神妙な面持ちで、アルマはロジーナに目線を合わせた。

「私もこの二人のATVに同乗し、獣人達の元へ飛び込む。そこで、君に小隊長を任せたい」

「なっ、いきなり、何を……っ!?」

 突然の申し出に、ロジーナが驚く。

「あの獣人達を崩すには、もう一押しする必要があると感じた。そこで、私が背後から奇襲し、叩く」

「一人で、ッスか」

「違う。二人の狙撃と連携を取りながらだ。それに、群れの中にいるマリアとサーニャも心配だ。……申し訳ないが、回り込めるか、ロメオ?」

「やってみるです」

「でも、アルマまでいなくなったら……」

 表情を曇らせるロジーナの肩を、アルマはぽんと叩く。

「なに、無理などしないさ。私は常に最善を尽くす。生きるためにな」

 しばらくそのままの体勢で視線を彷徨わせていたロジーナだったが、やがて自らの頬を叩き、決心した。

「わかったッス。アルマ、シエラ、ロメオ。……無事で」

 力強く言うロジーナに、三人は深く頷いた。


―――


「何が起きてるのか、私はよくわからないんだけど……本当は、どういうつもりなの?」

 ATVの車内で、狙撃銃を構えたままのシエラが、アルマに訊ねる。

 アルマは銃身に装着した銃剣をなぞりながら、一拍置いた後、こう答えた。

「一人の天使が戦況を覆す。私はそういう場面を何度か見て来た。その事が本当なのか、私がその存在なのか、それを確かめたくてな」

「そう」

 興味があるのかないのか、シエラは短く返す。

「もし私の攻撃がこの劣勢を覆す一手となり得るなら、身を打ってでも賭けに出よう。何より、自分が生き残るために」

 アルマはそう言って、注入器インジェクタを己のポーチごしに触れる。


「死ぬことなど考えていない。きっと、いや、必ず勝つ。そう……家には、ねこちゃんが待っているのだからな」

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