Aliec in Nightamre
ママに起こされて朝を迎える。
パパはもう出かけた後。いつも寝坊をする私は、ばたばたと支度をして学校へと出かける。いつもの朝。幸せな朝。繰り返し見る夢。繰り返し、繰り返し見る夢。
私は幸せな夢を見る。
―――
そんなに成績の良いほうじゃなかったけど、学校は楽しかった。友達がいたから楽しかった。私にとって友達は、何よりかけがえのないものだった。お昼を一緒に食べてくれたり、他愛もない会話をしたり、たまにノートを貸してくれたり。
クラスの先生はちょっと怖かったけど、勉強の相談にも乗ってくれたし、ぶつぶつ言いながら、面倒を見てくれた。
幸せな朝。幸せな日々。びっくりするようなことは起こらなかったけど、穏やかな毎日だった。いつまでも続けばいいなと思っていた。
いつからだろう。それが突然変わってしまったのは。
―――
クラスには一つの“いじめ”があった。同じクラスの、同じ年の女の子同士。何をしたわけでもないのに、何をされたわけでもないのに。
すごく恥ずかしいことだけれど、私は見て見ぬふりをした。幸せな生活の片隅にあるそれを。周りの友達もみんなそうした。先生は気付いていたのだろうか。
仕方ないよね。あの子なら仕方ない。本当に?
私は、穏やかで目立たない女の子であり続けようとした。悪意など抱かないように。悪意など向けられないように。幸せな日々を送り続けようと思った。友達を……“仲間”を大切にして、いつまでもそうあろうと思った。
失うのが怖かった。
それが、どうしてあんなことになったんだろう。
私は何もしていないのに。何も。
―――
そうして私は戦場に降りた。銃声と悲鳴、そしてサイレン。銃弾、血飛沫、そして死体。私が何をしたというのだろう。わけもわからず、私は必死に戦い続けた。
残っていたのは、幸せな夢の欠片。私は、その記憶だけを大事にしまいこんでいた。それは唯一の希望であり、私が私であるための命綱だった。
戦った。とにかく戦い続けた。“仲間”もいた。私は仲間に付いていった。足手まといにならないように頑張った。でも、彼女達は次々に倒れ……あるいは離ればなれになった。
いつしか、私の周りには自然と仲間が集まるようになっていた。みんな、私の事を信頼してくれていた。私は仲間の……“友達”の為に頑張った。友達は、私の為に頑張ってくれた。これなら大丈夫だと思った。希望を捨てずに済んだ。いつしかあの幸せな日々に戻る為に。もっと、もっともっと強くなろうと思った。
やがて私は、あと一回勝てばいい、というところまで辿り着いた。
もうすぐだった。あの幸せな日々は、もう手の届くところに来ていた。
―――
そんな私のことを疎ましく思うひとがいた。私はそのひとの為にも頑張っていた。それでも、あのひとは私の為に頑張ってはくれなかった。
あの日、私はそのひとの為に、前線まで行った。でも、それは彼女のついた嘘だった。
私はたくさんの敵に囲まれた。敵にとって、私は忌むべき対象だった。どうしてこうなったのか分からずに、私は戦い続けた。彼女の元に戻って、どうしてあんな嘘をついたのか聞いてみようと思った。でも、それは叶わなかった。
次々と敵が現れた。その中で、思い出したくなかった記憶を思い出してしまった。踏みにじられ、身体中をめちゃくちゃにされた記憶。その黒い手を振りほどこうと、私はもがき、足掻いた。
ふと、私は視線に気付いた。戦う私をただ見ている視線に気付いた。それは、私に嘘をついたあのひとだった。あのひとだけではなかった。周りの、私の為に頑張ってくれていたひと達も、みんな私のことを見ていた。
視線は語っていた。
「お前だけ幸せにはさせない」
と。
やめて。
やめて。そんな目で私を見ないで。やめて。やめろ。見るな。見るな。そんな目で私を見るな。刺され、撃たれ、蹂躙され、ぐちゃぐちゃにされていく私を見るな。
見るな。
見るな。見るな。私が何をしたというのか。私は皆の為に戦っていた。それだけのはずなのに。見るな。私は何もしていないのに。見るな。私を見るな。
見
―――
幸せな日々に帰ることは出来なかった。ならばいっそ、何もない真っ暗な闇の中で過ごそうと思った。私はいのちを置いていこうと思った。叶わないなら、もう何もかもを捨てていこうと思った。
やがて彷徨う私の心を、誰かの手が掴んだ。
その手はおもむろに私の心臓にナイフを刺した。激しい痛みに私は喘ぎ、抵抗した。でも、その手は止めてくれず、やがて鋭い刃で私の部分を削り取りはじめた。
消えていく。削がれていく。切り取られていく。私のいのちが、痛みと共にバラバラにされていく。
そうして私は空っぽになった。
それでも大事な記憶だけは、最後まで隠し通すことができた。あの手に、なんとか見つからずに済んだ。幸せな夢。その記憶。私のすべてが削り取られても、それだけあれば、何もいらない。
空っぽになった私を、その手は無造作に掴む。
針を刺され、何かを入れられた。それは冷たい血だった。その血が、私のいのちを侵食し、押し流していく。私が私でなくなっていった。なにもかもがどうでもよかった。
ただ、あの夢が消えなければそれでよかった。
―――
私はもう私じゃない。それでも私は語りかける。冷たい血に包まれながら、どこともなくメッセージを発し続ける。私を見て。私は私。私を見るな。私を見て。誰か。私を見るな。見るな。
―――
そこは、私が私である為の、たった一つの部分。
けっして消えないように。消さないように。
ALICE。それは私じゃない、誰かの名前。冷たい名前。
―――
帰りたい。あの幸せな日々に。




