#個人ログ【X88-002】
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―――
アー。
マイク入ってるか?
テス。テステス。あー、あーあー。
うん、入ってるな。
―――
『おはよう、天使の諸君。快適な空の旅は楽しめたか?』
……なんてな。
忘れないように、最初に添えておく。
このログは、言ってみれば“内部告発”みたいなものだ。この音声データが流出すれば、確実に、物理的に、私の首は飛ぶ。
もっとも、今のところ誰に公開するわけでもない。これは私の独白だ。井戸の中に向かって叫ぶように、私はこの“独り言”を録音している。マヌケな女の戯言だ。ハハハ。ハハ。
これから話すことには、二つの機密事項が含まれてる。
それでも、話さずにはいられない。
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前提から話そう。私達が日頃から“観戦”している戦争。これはその話題だ。
我々が“自軍”とする天使側。“敵軍”とする獣人側。一応、私は天使側……“解放軍”と称される団体の幹部、ということになっている。
天使達も皆、私のことをそう信じている。しかしそれは嘘っぱちだ。言ってしまえば、私はただのオペレーターであり、あの“戦争”のコマとしてモニタから観察する役に過ぎない。任務を果たしていればカネがもらえる。ただの仕事だ。それ以上でもそれ以下でもないし、そこから先を知るつもりなどなかった。
――さて、突然だが歴史の授業だ。
遥か昔、国同士が諍いを続けていた頃、領土やら宗教やらの理由により、国民が兵士となって戦っていた時代があったという。その話をすると皆一様に“愚かだ”と言って笑う。何も知らなかった頃の私も、同じように笑った。
それから先、現代では世界が統一され、平和な時代になった。
平和になった世界では人類が爆発的に増加し、やがて人間は増えすぎた人口をもう一つの“世界”に振り分けた。
だが数百年経って、二つの世界は資源を巡ってすれ違うようになった。それでも、双方の人類は過ちを繰り返そうとはせず、隣人同士、代理戦争を行うという形で物事を決めるようになった。“仮の人格”を持った人工生命体による、国民は誰一人として傷つかないクリーンな戦争。
政府高官はこの戦争をフェアな交渉の手段として活用している。学者達は機械工学、生態学、脳神経機能学、あるいは医学的分野の発展につながる人工生命体の実験場として観察している。深い理由を何も知らず、娯楽に飢えた一般市民は、それをある種のスポーツ観戦のように観ている。
誰も傷つかない戦争。人道的戦争。そこまでは、誰でも知っている。送り込まれる天使や獣人以外は。
では、戦うことになってその“人工生命体”は、一体何者だと思う?
研究者達が作り出した優秀なAI? 答えはNoだ。
真実を言ってやる。――あれは紛れもない“一般人”だ。
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正確に言えば、一般人の魂、ということになるか。
死んだ人間の魂を“再利用”し、記憶を抹消した上で天使、あるいは獣人という人工生命体に注ぎ込み、それを戦場へ送り出す。我々は双方、そいつらを使って戦争をする。それがこの戦争における隠されたルール。
人材が人材だから、罪悪感も薄れる。使われるのは、例えば自ら死を望んだ人間。大罪を犯して刑罰を受けることになった人間。社会不適合者。いわば“どうでもいい命”を依代に注ぎ込むことで、人道的戦争の名目を維持している。
笑うだろう?
ここで重要なのは、その魂を“加工”する時に、全ての記憶を消さないことだ。そうすることによって奴らには“未練”“希望”が生まれ……あるいは“狂気”に導かれ、戦いの糧となる。誰が初めに考えたか知らないが、どうしようもない論理だ。そして、それは概ね上手くいっていた。
……突拍子もない話だろう。こんな事、言ったところで誰が信じるものか。陰謀論。根拠のない妄想。何とでも言えばいい。この事が明らかになれば、世論は黙っちゃいないだろう。双方の統一政府上層部どもがひた隠しにするトップシークレットというやつだ。
今回の戦場ではイレギュラーなことが一つあった。それに気付く奴が出てきたということだ。それも獣人側にな。驚くべきことに、あいつはこれまで我々の監視を掻い潜り、独自に活動を続けていた。今回ようやくそれを捉えた。だからあの部分の“放送”は丸ごとカットされてる。違和感を覚えた奴も少なくないはずだ。
これが第一の機密事項だ。
その“どうでもいい命”が集められるのは全世界から。
だが“再利用”できる魂には限りがある。しかもそれが役に立つかどうかは誰にも分からない。役に立たないことの方が圧倒的に多い。そりゃそうだ。実際のところ、今まで戦ったこともないような一般人が戦場に送り込まれて、それできちんと兵士として育つ確率なんぞ、ダイスで6の目を連続で出し続けるようなものだからな。
それでも、それが“人道的な戦争のルール”だと上層部は言って憚らない。
偽善と狂気の産物だ。
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さる機関で、私はこの戦争を監視する役目を担っていた。難しい条件における不利な立場でも着実に勝てるように、記録し、分析する係だ。
……過去の戦闘データを解析するうち、ある事に気付いた。それは戦術や戦況の良し悪しよりも、一握りの天使が活躍することで勝利を得る方が多いということだ。私や機関の人間はこれを“英雄論”と呼んでいた。その英雄様の活躍にあてられて、他の天使も強くなるわけだ。
向こう側はそれにいち早く気付いて、天使達の呼び名で言えば……“特異種”というヤツを作り、送り出した。あれはやられたよ。フェアじゃないだのなんだのと論議が分かれたが、魂が入っているとのことで“有り”ということで通ってしまった。
これがケチのつきはじめだった。
対抗するため、こっちでも色々と案が出た。最初は向こう側に倣い、身体を改造しまくった“改良型天使”も作ったことがあった。だが情緒が不安定になりすぎて実験段階で破棄された。あの時は研究所が燃えて大騒動だったな。ハハ、ハハハハ。
そんな中、一つの極秘プロジェクトが立ち上がった。一般人の魂を再利用しているという事実だけじゃない、そんなことまで計画されていたとは、さすがの私も驚いた。
このプロジェクトの到達点は一つ。器の強化が無理なら、中身の方を強化しよう、というわけだ。人工的な、それでいて複製も可能な“量産型英雄”。つまり、それだ。
生物学者、脳科学者、プログラマ等々……どちらも、世界中から集められた優秀なブレインによって構成された集団だ。奴らは一つの到達点に向け研究を進めていった。
ああ、そうだ。
プロジェクトが極秘扱いされた理由がわかるか?
この人道的戦争において、それは明確な“ルール違反”の行為だったからだ。
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一度知ってしまった事に対して、私は知りたいという欲求を抑えられなかった。
任務の間、私は手がかりを求めてあちこちを奔走した。
これらが、私の話す、第二の機密事項だ。
このプロジェクトで行われたのは、魂の“再々利用”だった。
まず、魂の“再々利用”は違反行為だ。理由は二つ。一つは自我が崩壊し、使い物にならなくなるから。さらにもう一つ、“再利用”を終えた魂を元の世界に戻すことによって、生命科学の見地からその分野におけるサンプルとして活用できるから、というものがある。
つまり、天使や獣人となって送り込まれていった連中に抱かせる希望――“五回勝てば戦いを終えられる”は、一応、真実ということになる。元に戻ったとしてどうなるかなんて知らないがな。この社会の何パーセントが“元天使”なのかも、誰も知らない。
“どうでもいい命”を骨の髄までしゃぶり尽くして人類に貢献させる。
何から何まで、まったく大変人道的な戦争だ。
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前置きが長くなったな。
ともかく、このプロジェクトはそのルールを侵すものだった。
ほら、よくあるだろう?
異世界に乗り込んだ、最初から無敵でチートな英雄様。わけもわからぬまま、持ち前の才能でどんな困難も軽々と乗り越え、ハッピーエンド。
ハハ。ハハハハ。まるで、よくある流行りの小説みたいだ。
連中は大真面目にそれを作り出そうとした。
方法はこうだ。戦争において高い能力を獲得しながらも戦死してしまった天使の魂を回収し、それを解析、再構築し、扱いやすく複製も可能なクローン魂を作ること。
かなり前から計画は実行に移されていたらしい。数々のサンプルが集められたと聞く。ほとんどは星4つの……引退まであと一歩というところで戦死した天使の魂だ。
クソみたいなデータが多く残っていた。再構築段階で霧散した魂。別の個体に移した瞬間に発狂した魂。初めて見た時は参ったね。私はそれほど信心深い心の持ち主じゃないが、イカれてるということくらいはわかる。
そして、連中はある一つの優秀な魂を適正化させることに成功した。
先の『グローイング・シー作戦』で戦死した一人の天使。そいつの特徴は、飛び抜けて高い戦闘能力だった。指揮能力はそれほどでもなかったが、従順であり、戦闘に際しては誰よりも強かった。“もってこい”の人材だったわけだ。
高い戦闘能力は本能として残したまま、余計な人格を抜いた。曰く、それは“最高傑作”だったらしい。
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間もなく、実践の機会は訪れた。
統一政府が“あちら側”にふっかけた無茶な交渉条件。その代償として提示された、困難な作戦。それが今回の『フォーリン・エンジェル作戦』。
困難も困難だ。対空砲火で埋まった空に向けていきなりHALO降下、なんて、普通に考えれば失敗するに決まってる。今にして思えば、統一政府のおエラいさんも、交渉条件を提示した時点でこの計画の実験場にすることを決めていたんだろう。あのプロジェクトに対して、どこにそんな自信があったのか知らないが。
そして、私はわけもわからず、一体の“英雄”……実験体の監視役として選ばれた。極秘裏に、二人の天使をお目付け役に据えてまで。
上層部には「何も聞くな」と言われた。
――結果として“英雄”はああなった。暴走だ。元の人格が、最後の最後に現れて邪魔をした。喋る獣人のようなイレギュラーな事態があったせいもあるだろう。あれは上層部も随分と気を揉んでたみたいだった。ハハハ。上手いところまで行っていたんだがな。ハハ。
だがあの獣人だけじゃない。輸送船の放送と共に“英雄”を送り出し、観察を続けるうち、私の心にも違和感が芽生え始めていた。“あれ”は一体何者なのだと。あの無垢な心の中に、私はどこか怨念じみた気を見出した。抑えきれなくなった。それで私はこの計画を、いや、この戦争の真実を探り始めた。
結果が、これだ。
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……真実を知った今、私はかつての世界を笑っていられなくなった。
むしろ、よりタチが悪い。あのプロジェクトの発足が、それに拍車をかけている。
だからもう、私はこの仕事を降りると決めた。
なにもかもがどうでもよくなった。クソッタレに思えた。
繰り返すが、これは私の独白だ。公表したところで、誰が信じるわけもない。だがこれは全て真実だ。上層部以外で真実を知る者は私くらいなものだろう。万が一このデータが流出したとしても、既に私は全ての痕跡を消している。探そうとしても、きっと見つかるまい。
さて。機密の計画がバレそうになり、放送は前回でめでたく“打ち切り”になった。だが、その後のデータはここに残しておく。これは置き土産だ。見たければ見るがいい。彼ら、彼女らを見届ける権利は、誰にだってあるだろう。なんてな。ハハハ。
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さっきも話したが、この世界のどこかには、無事に天使としての役目を終え、“医学的見地”のサンプルとして戻ることのできた魂がいる。もちろん、天使としての記憶は都合良く消され、彼ら彼女らは社会に紛れ込んでいる。つまり、この真実を実感の伴う形で語ることはできないわけだ。
だが例えば……どこかに、何かの手違いでその記憶を持つ奴がいたとしたら、あるいは真実を公表することができるだろうか。
私は天使ではない。だからその役目は私じゃない。
けれど、これらの事実を公表して、世界がどうなるか、少し、見てみたいと思う。
何かが変わるだろうか。変わらず、クソッタレだろうか。
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さて。もう行かねばならない。
願わくば、あの“どうでもいい命”達に幸あらんことを。
なんてな。ハハハ。
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