#12
「……今」
「何よ。後ろがどうしたってのよ」
「要塞ん中から、銃声が聞こえたような」
「戦争やってんのよ。ドンパチしないで何すんの」
「いや、そーじゃなくて」
「知らないっての。それより、目の前のこと見なさいよ。死ぬよ」
―――
要塞前では、体勢を立て直した獣人達と、主要メンバーを失った天使達の戦闘が再開されようとしていた。
「しょ、小隊長! やっぱりいないです! ミントさん、どっか行っちゃってます!」
「……わかった。捜索は中断する」
アルマが唇を噛み、伝達を出す。旗色は悪い。後方に控えた要塞は未だ沈黙を保っており、それが余計なプレッシャーとして天使達の動揺を誘っている。さらに貴重な“M”であるミントさえ飲みこまれた。
「各員、突撃は抑えろ。無用な損害はジリ貧を招くだけだ」
時間をかけすぎたか。壁を無理やりよじ登ったのか、いまや獣人は正面だけでなく左右の壁にも姿を現している。要塞内にまで歩を進めていれば、あるいは戦況もここまで悪化しなかったかもしれない。
「なァーに辛気臭いツラして震えてんのさ、小隊長サン」
ぬ、と横から現れたのは、小銃と短機関銃を一丁ずつ両手にしたマリアだ。戦死した天使から拾ったものらしい。
「マリア。君は“M”だろう。すまないが、怪我人の治療をしてほしい」
「ヤだ」
「なっ……」
予想外の一言に、アルマが面食らう。
「他人の治療なんて、そんな細かいの、やったことないし」
「だが、それでは」
「それではも何も、ヤるこた一つよ。突撃。突撃しないで、何するっての」
マリアの口元が愉悦に笑う。
「……“活路は死中にアリ”ってねええええッ!」
アルマが制する暇もなく、先陣を切って獣人の群れへと突撃していく。
ろくなカバーもせず、再び単身で駆けてきたその天使に、獣人達は予想外の反応を示した。侵攻が、ほんの少しだけ停滞したのだ。冷静に対処できていれば、集中砲火で仕留めることは造作もなかっただろう。だが獣人達における特異種がそうであるように、天使側にもずば抜けた能力の持ち主がいる。それを警戒したからこそ、獣人達はマリアの姿に集中力を奪われた。
無論、ただのハッタリなどではない。単騎駆けに相応しい実力を持つ天使。それがマリアである。
「死ぃいいいいねええええええ!」
照準をろくに付けることもなく、マリアはフルオートで両手の銃を乱射し、弾幕を張りながら接近していく。緑髪を振り乱しながら迫りくる外套姿の狂戦士に気を取られ、反応の遅れた獣人が弾の餌食となって倒れる。
連射力の高い短機関銃が先に弾を吐き出し尽くす。マリアは即座にそれを捨て、外套の下からコンパクトな短機関銃をもう一丁取り出す。当然、これも天使の死体から回収したものである。勢いは止まらない。
背後からは天使達の援護射撃が続く。その中にはアルマの姿も含まれている。先行するマリアに当たらぬよう慎重にトリガーを絞る。アルマの表情は複雑だ。だが今はこれに乗るしかない。
右手の小銃が沈黙。小銃を投げ捨て、背中に背負った消火斧を取り出す。
「血を吸いたくて、たまらないんだってさぁ!」
獣人達の戦列に肉薄したマリアが狂気に目を輝かせて叫ぶ。獣人達が怯む。
「オォオオオオオオッ!」
それに重なるように、戦列の奥から遠吠えが一つ。レッドウルフが軍刀を高々と掲げる。獣人達が威勢を取り戻し、マリアに立ち向かっていく。
マリアが笑う。消火斧の柄を強く握る。
「……狙うは大将首、てか……ッ!」
―――
「あーっ! あそこにもいる! 右! 右の壁! また登られちゃってるじゃないですか!」
「後ろはロジーナさん達が抑えてる! シアリィ、弾数なんて気にせずバラ撒け! ぶっ放せ! どうせこんなデカブツ、要塞内にゃ持ち込めねえんだからよ!」
「シアリィの腕をなめんじゃねえ! です! オードリーもちゃんと避けて下さいよ!」
「だーれにモノを言ってやがる! なめんじゃねえ!」
要塞の真下では、左右から顔を出しはじめた獣人達を制圧すべく、天使が戦力を振り分けて応戦している。右壁は輸送車を担当するオードリーとシアリィが中心、左壁がロジーナとレイチェルをはじめとする“S”の天使達。一方は多数の銃弾で獣人達を制し、一方は正確に一体ずつ仕留めていく。
「ふっ!」
ロジーナの狙撃は近、中距離においてもっとも腕前を発揮する。一刻も早く体勢を立て直すため、そして背中のオードリー達を守るため、その狙いは撃つごとに研ぎ澄まされていく。
「レイチェル! そっちに一体! 集中するッス!」
「わかってるよ!」
対するレイチェルは苛立ちを隠しきれていない。自分以外の分隊は全員要塞内に消えた。グダグダもいいところだ。何もかもが思うように行かず、レイチェルの狙撃もそれに影響されている。
やがて獣人達が侵攻を諦めたのは左壁だ。もう登ってこないことを確認し、ロジーナは続けて右壁の支援に移る。
「って、ちょ、どこ行くんスか、レイチェル!?」
「うるせぇってーんだよ!」
支援もそこそこに、レイチェルがどこかに向かって駆けていく。ロジーナは後を追おうとしたが、ひとまずは右壁の制圧が優先と判断。
分隊の仲間が消えたことによる統制の乱れ、メンバーの動揺はよくわかる。だがそれを言えば、ロジーナも先ほどからサーニャの姿を見失っているのだ。
「駄目ッスよ。もっと冷静に……目の前のことから、ひとつずつ……ッ!」
壁の上から顔を出した獣人の頭部にスコープの照準を合わせ、ロジーナは自分に言い聞かせるようにそう呟き、トリガーを引いた。
―――
その頃、サーニャは再び戦列を離れ、門の前にいた。
襲い来る獣人を反射的に撃ち倒してはいたものの、意識は常に違う方にあった。単身で獣人の群れへと飛び込んでいったあのマリアという天使へと向いていた。
いかに高い戦闘能力を持っていても、一人で突撃するなど無為無策もいいところだ。先ほど自分もやっていたあの行為、俯瞰視するとよく分かる。
何の為に戦うのか。マリアは“戦うとワクワクする”と言っていた。理解はできない。ならば自分がしていたことは何だというのか。敵を引きつけ、皆が安全に対処できるように。マリアにはそう答えた。だが本当にそうなのか。
自分は一体誰なのか。そんな事を考えてしまう。サニーか、サーリャか、あるいはアメリアか。少なくとも、この戦場で自分は変わってしまった。
あの忌まわしい弾薬庫での一件から、頻繁に頭痛がする。飲みこんだはずの三つの魂は、網膜の裏に現れたり消えたりするようになってしまった。自分は一体誰なのか。自分は。
虚ろな瞳で、サーニャは思考を巡らせる。そうして一つの答えを導き出した。
そうか。これはきっと、まだ皆の期待に応えられていないからだ。
「ああああああああああッ!」
戦場の真っ只中で、サーニャは吠えた。余計な雑念を振り払い、獣人の群れを見据える。
迷ったか。迷ってなどいるものか。注意を引きつけるだけでは足りない。この戦場を覆すような戦果を上げれば、自分は自分でいることができる。頭痛も治まり、あの三人も自分に微笑みかけてくれる。間違ってはいない。戦うのは自分の為。戦って戦って、自分の居場所を獲得する為。
弾薬を確認する。PDW用の特殊な弾丸はありったけ補充した。これを撃ち切れば、残りはもう無い。続けてサーニャはポーチの中から注入器を取り出す。アルマはこれを“一時的に能力を増幅させる薬”だと言っていた。隙を見て、一本くすねていた。
勇気を。誰でもない自分が、本当の自分になれるように、勇気を。
サーニャは襟をずらし、首元を露わにする。祈りを込めるように、インジェクタの先端を肌へと当てた。




