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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 2 _ ステーション・ブラボー・トゥエルブ
7/91

#1

 B-12近辺に小さなキャンプがある。

 通信施設を制圧すべく集まった2つの分隊が組んだ、即席のキャンプだ。


 キャンプから偵察にいった二人の“R”によって、目的の施設は意外なほど守備隊の多いことが判明した。一人の“R”は潜んでいた敵に討たれ、死亡。

 もう一人は無事に帰還し、内部の情報を伝えることに成功していた。


―――


 19:00。

 ベッドにうつ伏せで縛り付けられたロジーナは、斬首台に立つような面持ちでいた。中性的な顔立ちと短い髪だが、彼女もまた天使である。

 嫌そうに首を振るたび、後頭部から生えた特徴的なホイップアンテナが大きくしなる。

「……あの、その、マゴットさん。ここに来ておいて言うのもなんですが……出来れば、その、アレは止めてほしいかな、と」

「無理ね、ロジーナ。その傷じゃ、そのうち肩ごと腐って使えなくなるわよ。カカシになりたいなら別だけど。ほら、観念なさい」

「そんなぁ」

 キャンプに建てられたテントの一つには、手書きの赤い十字マークが書いてある。

 そこの主である白衣の天使マゴットは、テントのベッドにベルトで固定されたロジーナの傷を見るなり、赤いフレームの眼鏡を光らせてそう言った。

「負傷したくないならあんな真似しなきゃいいの。“R”のくせに、近寄って撃つのが戦い方だなんてさ」

「マゴットさんだって知ってるじゃないスか、ボクのレーダー、そんな遠くまで見れないことくらい。それに狙うのだって上手くないから、近づけば当たるかも、って」

「はいはいわかったわよ。……さ! それじゃ、さっそく始めましょうか!」

 勢いよく椅子から立ち上がったマゴットは一転して眼鏡を輝かせ、おもむろに白衣ごと服を大きく脱いだ。ウェーブがかった緑の髪が揺れ、大きな胸と、その間にある結晶が露わになる。それを見たロジーナは顔を引きつらせる。

「ひぃっ!」

「何よ、失礼ね」

「ち、違うんスよ。マゴットさんのハダカがどうとかじゃなくてですね、その」

 言い訳も聞かず、マゴットはそそくさとロジーナの包帯を外していく。獣人にやられた右後肩の傷。出血は止まったが、決しては浅くはない傷だ。

「これはこれは……これなら五分はかかりそうねえ」

「ごっ、五分! ごふんも!?」

 絶句するロジーナと対照的に、期待と好奇心に満ちた目で傷口に触れるマゴット。

「じゃあ、いくわよー。そうそう、なるべくなら、今どんな感覚か解説してくれると助かるわ。いい記録が残せそうだし。うふ……うふふふふ。うふふふふふふふふ」

「い、嫌ぁーーーーッ!」

 ロジーナの絶叫は、テントの外にいる天使の耳にもはっきりと届いていた。


 12番機降下隊ロジーナ分隊、マゴット。戦闘こそ不得手であったが、彼女の本領は回復魔法にこそあった。先の戦いにおいても、そして今回も、致命傷とも言える深手を負った天使の傷さえ彼女は治してみせた。それは魔法の力というより、彼女が持つ天使の身体への深い造詣に寄る部分が多い。生物学的な知識と研究意欲を有するマゴットは、どこの細胞を活性化させればより効率的に回復できるのかを追及し、実践を重ねていった。

 だが、マゴットの治療を受けた者は「二度と受けたくない」と口を揃える。魔法による治癒自体に痛みはない。それどころか治癒者によっては快感に近いとも言われる。では、そうでない場合はどうなるか。


 “マゴットセラピー”。別名、蛆虫療法。

 あまりにそのままの名前であるが、彼女の治療を、人はそう呼ぶ。

 つまりは、その通りの感覚である。


「あひいいいいいいっ! あっ……うぅ、うっ、うっ、ひぃいい!」


「叫んでちゃ分かんないの、ロジーナ! ね、どう、どう? どんな感じ!?」

「きもっ、き、気持ち悪っ、気持ち悪痒ぃいいーっ! もうやだぁあーーっ!」

「おかしいわね。最初に嫌がってたパターンほど、次第に脳が勘違いして、場合によっては性行為にも近い感覚を得る……はずなんだけど。もうちょっと深くまで浸透させてみようかしら」

 もはや言葉にならない意味不明の絶叫を上げ続けるロジーナと、馬乗りになって好奇の表情を浮かべる半裸のマゴット。その狂気の光景は、マゴットの宣言通り五分続いた。それはロジーナにとって永遠とも思える時間だった。


「…………ボク、もうお嫁にいけない、ッス」

「だらしないわね。せっかくの実験た……患者だったのに」

 ベッドの上でさめざめと泣くロジーナと、その横でタバコをふかすマゴット。

 ロジーナの傷は痕もなく完治している。代わりに、精神的外傷が残った。

「入ってもいい?」

 テントの外から少女の声。

「あらサーリャ」

「サニーだけど」

「どっちでもいいわ。入って」

 テントの入り口をくぐって顔を見せたのは、背の小さな少女、サニーだ。

「なんかスゴい声したけど、大丈夫?」

「……ほっといてくらさい、ッス」

 “S”であるサニーは、右側にまとめたサイドポニーに右の義手という、特徴的なシルエットをしていた。

「ロジーナのメモを見てわかった。もうちょっと、人手がないと無理そう。マゴットさんを含めても、こっちは五人しかいない」

「なにより、ラズベリーを亡くしたのは痛いッス。あの子、あれで感度だけはボクなんかよりずっとよかったのに」

 ベルトを外され、ようやく一息ついたロジーナがこぼす。

「とりあえず、ボクもそっちに行くッスよ。……マゴットさんは?」

「あたしはパス。戦いとか、よくわかんないし。また負傷したらいつでも来なさいな。なるべく時間がかかりそうな深いやつをね。うふふふふ」

 奇妙な笑い声を浮かべるマゴットを、ロジーナはきっと睨む。

「……もう二度と怪我なんてしないッスからね」


―――


 キャンプの中心部には、二人の天使がいた。アメリアとサーリャである。合流した二人とマゴットを含めると、このキャンプにいるのは“S”が二人ずつに、“A”と“M”、そして“R”が一人ずつだ。

 元より、ロジーナ分隊はロジーナとマゴットの二人だけだった。激しい対空砲火に晒され、島への突入前に他の二人を失ったのだ。

 降下直後、ロジーナ達は運よく同じ輸送機にいたアメリア分隊と合流した。アメリアにサニー、サーリャとラズベリーである。欠けた編成ながら、二つの分隊は連隊として日中を行動し、通信施設を発見。また、途中で取得した輸送機からの降下物資を展開し、近くにキャンプを設営する(物資の中には弾薬、医療品、替えの衣類、嗜好品や、折りたたみ式のテントなどが入っていた)。

 だが、数刻前に行われた施設への偵察中、敵の戦力の把握と引き換えに“R”であるラズベリーは死亡。連隊は五人に減り、突入に必要なメンバーを欠いた。


「遅せーし。待ちくたびれたし」

 嗜好品のガムを噛みながら、アメリアはロジーナに言った。

 アメリアはこのキャンプにおける唯一の“A”である。腰まで届く金髪に浅黒い肌。スタイルの良い体格の持ち主だ。

「怒るのはお肌によくないですよ、アメリアさん」

 横にいたサーリャがアメリアをなだめた。サニーと瓜二つの顔。サニーとは逆の、左側にまとめたサイドポニーと左義手。二人は、珍しい双子の“S”であった。

「このメモだけじゃ、何がどーなってんのか、細かいとこわかんねーし」

 ロジーナの書いたメモを睨んで、アメリアが言う。

「ロジーナさん、傷は大丈夫なんです?」

「う、うん、まあ、何とか」

 遠くを見ながら答えるロジーナに、サーリャは目を瞬かせる。

「……ここでしばらく待つの?」

 やがてロジーナがアメリア達に状況の詳細を説明し終わった頃、サニーが小さな声で呟いた。大人しく冷静なサニーと柔和な性格のサーリャ。同じ顔でも性格は違う。

「暗い夜に動く意味はないし、そうするしかないんじゃないスかねえ。さすがに」

「いつまで?」

「ここで一晩明かして、朝になればまた降下作戦が始まると思うし、そこで誰か来てくれればあるいは、って感じで」

「でもさ、どんだけの人数が投入されて、どんだけの人数が降下前に死んだんだか、こっちはちっとも把握できてねーし。どうだかなー」

 髪の先をいじりながらアメリアはこぼす。あの対空砲火の密度は予想外だった。作戦通りに合流し、行動を開始できた降下隊は少ない。各々の降下隊が手分けして制圧を開始するという作戦に、事前に何らかのバックアップを持たせず連絡を取り合えないという現状がそもそもザルなのだ。それは誰もが認識していた。だからこそ、通信施設の利用は急務。

「仲間を集めるための通信施設を奪回するのに仲間が必要……じゃ、詰んでるッスよね」

「それは言うなし」

 アメリアとロジーナは肩を落とす。

「とりあえず、今日はもう休みません? 明日になればいいこともあるかもしれません!」

 沈んだ場を盛り上げようと、サーリャがつとめて明るく言う。

「ポジティブ、ッスねえ」

「アタシまだ疲れてないし……19:30……こんな時間に休むって、ジジイかよ」

「まあまあ。じゃあ、私から歩哨に立ちますね!」

 こうして、即時待機となる衛生担当のマゴットを除き、五人は交代で歩哨に立ちつつ、休息をとることにした。


―――


 天使達の身体は生体である。故に、疲労や痛みはある。だが食事や排泄など生理現象を必要としない面においては、人間と大きく異なっている。

 よって、睡眠欲というものもない。休息といっても、身体を休め、余計な緊張をカットし、身体的な疲労を抜くことに集中しているだけだ。そういった理由により、座禅や瞑想のようなことをする者もいる。そうでなければ……後は暇潰しだ。

 ロジーナはテントに寝そべったまま、目を閉じて呼吸をゆっくりと繰り返している。

 アメリアは携帯していたヤスリと物資の中にあったグル―で、ネイルケアの真似事をしていた。


 そして。

「交代時間はまだでしょ? 休んでなきゃダメだよ、サニーちゃん」

「だって、眠くない」

 サーリャが歩哨に立って一時間ほど経った頃、彼女の元にサニーがやって来た。

 二人はそれぞれ義手がある側の腰に、独特なフォルムのPDW(個人防衛火器)を手にしていた。左右対称(右がサニー、左がサーリャ)であるが、PDWのデザインはどちらにも対応している。

「なんか変だよね、私達。前の時も、ずーっと戦ってたし」

 義手でない方の手でPDWの銃身をなぞりながら、サーリャは呟く。

「うん」

 サニーとサーリャの首筋には星が一つずつ。二人は前の戦場でも一緒になり、今回もまた一緒であった。

「目を閉じて休んでるとね、なんか寂しくなっちゃうよね。サニーちゃんは?」

「私も、なんか、寂しい」

「……うん。もやもやってするよね」


「サーリャ」


 固くなっていた表情を少しだけ緩めて、サニーは名前を呼ぶ。

「うん、なに?」

「この戦いに勝っても負けても、私達はきっと次の戦場に行くんだよね」

「きっと、そうだろうね」

 サーリャはサニーの不安げな顔に気づき、優しい笑顔を向ける。

「サーリャ……ねえ、サーリャ」

「うん」


「次も絶対、一緒に、なろうね」


「……もちろんだよ、サニーちゃん」

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