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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 5 _ フォーリン・エンジェル
69/91

#■■

 一捻りで、獣人の身体がくるりと反転し、背中から叩きつけられる。グゥ、とくぐもった声を上げ、豚頭の獣人は気を失ったようだった。


 ただの一発も撃たせることなく、流れるような動きで獣人を投げ伏せたのは、同じく猪頭をした獣人――クレイジーボアだ。

 掴んでいた腕を離し、両掌をぱん、と鳴らして払う。

「……護身術、ってか」

 抜きかけた拳銃を元に戻し、スカーは感心する。

「なるべくなら、殺しはしたくない」

「とても獣人の台詞とは思えねえな」

「クレイジーと呼ばれるのも、無理はない。だろう?」


 クレイジーボアとスカーは、二人並んで要塞内を出口へと歩いていた。まずは天使側――アルマあたりの元まで戻り、現状を説明する。これが目的だ。天使と獣人が言葉を交わし、協力して進むこの光景は、これまでに類を見ない事例だろう。

「簡単に事が済むとは思っていない。出た瞬間に蜂の巣にされても、それは仕方ない事だと腹を括っている」

「そうさせねえために、俺が付いてきてるんだろうが」

「……本当に、それで良かったのか?」

「何がだ」

「道案内ももうすぐ終わりだ。この場で私を倒し、即座に天使の元に帰れば、あるいはこの戦いに勝てるかもしれん。この要塞内にある“フラッグ”を取られれば、この島での戦いは天使優位に傾くだろう。そうして勝てば、お前は戦いの日々から離れることが出来る」

「お前は俺を後ろから撃ってねえ。それと理由は同じだ」

「なるほどな」

 クレイジーボアは気絶した獣人の身体を廊下の隅に寄せ、鼻を鳴らす。

 “元の世界に戻れる”。他の天使と同じく、それだけを希望に動いていた。だがここに来て、スカーはその希望に疑いを持ちはじめていた。

 戦場から身を引くことが出来る。根拠はないが、それだけは事実なのだろう。スカー自身もそれを望んでいる。だが“その先にあるもの”は、本当に自分の望んでいたものなのか。あるいは――誰も真実を知らない――“元の世界”とは何なのか。皆が信じているそれが、果たして本当に望まれているような代物なのか。

 命を争う最中に、そんな事を考えている。

「俺も、イカれちまってんのかもしれねえ」

「そうだな」


 二人で歩き出してから、数体の獣人に遭遇した。どれもが皆一様に驚き、ある者は(スカーには分からない言葉で)疑問を投げかけ、ある者は言葉もなく反射的に銃を突きつけた。そのたびにスカーの拳銃が火を吹き、またボアは腰に装着したリボルバー銃を抜かず、流れるような動きで制圧せしめた。今のところ、二人に加わろうとする者は皆無である。

「予想通りの展開、ではあったが」

「そりゃ、要塞ん中にいるとなれば、獣人どもはピリピリしてるだろうからな」

「天使ならば、話は出来ると思うか?」

「向こうも戦ってる。だがお前さんは単体行動、俺はこれでもまだ分隊長だ。言って聞かせれば、なんとか――……ちょっと待て」

 スカーが歩みを止め、平手を横にクレイジーボアを制する。

 誰かいる。また獣人か。いや。


「……隊長?」


 暗い廊下の奥から、怯えた顔の天使が一人。緑色の髪。やや大柄な体格に、軽機を構えた姿。

 ミントだ。


―――


「戻りましょう?」

 会うやいなや、ミントはスカーに微笑みかける。目が赤い。泣き腫らしたような顔だ。

「ミント。お前、戦列はどうした」

「追いかけてきたんです。隊長を。アリスさんもいなくなっちゃったし」

「アリスが……?」

「だから私、連れ戻しに来たんです。良かった。隊長に会えて」

 ミントは安堵の表情を浮かべる。その瞳の先にはクレイジーボアの姿もあるはずだが、気にも留めていない様子だった。一方のクレイジーボアは一言も発さず、腰を低く落として構えている。いつ撃たれても避けられるようにしているのだろう。

「確かに、俺は要塞を出て戻るつもりだ。だが俺には一つ目的が出来た。ミント、お前にも協力してほしい」

 説得を試みるスカー。ミントならば無用な戦いは望まないはずだ。そう考えた。

「上手くすれば、このワケのわからねえ戦いの謎を解けるかもしれねえ。戦列を離れたことは置いておくが、ここで会ったのも丁度いいタイミングだ。だから――」

「ね、隊長。いいから、早く戻りましょう。そいつを倒して」

 どこか虚ろな瞳で、ミントはおもむろに軽機を構える。

「待て。待て、ミント。そうじゃない。違う。こいつは倒すべき獣人じゃない」

「何を言ってるんですか、隊長?」

「こいつが鍵なんだ。頼む、俺に……俺達に協力してほしい。お前なら」

「協力します。隊長の傍に居れるなら何でもします」

「違う。まず銃を下ろせ」

「だから早く」

「――話を聞け、ッつってんだろうがッ!」

 スカーは語気を強めてミントを制す。

 ミントはその声にびくっと身を縮ませ、硬直する。

「……悪ィ。脅かすつもりはねえんだ。ただ、状況が変わったんだ」

 目線を落とし、震えるミントに、スカーは問いかけるように話す。

「クレイジーボア。こいつは普通の獣人じゃねえ。なあ、お前も話してみてくれ」

「ああ。……ミント、といったか。彼女が私のような獣人と共にいること、驚いているのも無理はない。だがこれは君に対するスカーの裏切りではない」

 クレイジーボアは静かに前へ出、敵意が無いことを示す。

「我々はこの戦いに疑問を持った。そして単なる勝敗ではなく、戦いの終結に向けての新たな道を探し出している。無論、私も君に敵対しようとは思わない。だから――」

 言いかけた瞬間、けたたましい音と共にミントの軽機が火を吹いた。

 ボアは素早く横へ回避する。

「ミント!」


「“それ”は、誰なんですかッ!」


 顔を上げ、ミントは怒鳴る。その言葉は、獣人が喋ったことに対する反応ではなかった。

「隊長の傍にいるべきなのは私なんです! そこを退いて下さいッ!」

「待て! 銃を下ろせ!」

「見つけたのに! せっかく隊長を見つけたのに!」

 軽機をグリップを握る手がわなわなと震えている。発砲音。誰かに気付かれたか。早くこの場を収めなければ。

「わかった。もう俺は何処にも行きゃしねえ! だがこいつの存在は重要なんだ。それを理解してくれ、ミント!」

「違う違う違う違うッ! それじゃダメ、ダメなんです! 隊長の傍にいるのは私だけでなくちゃダメなんです!」

「てめえミント、この分からず屋がッ!」

 言った直後、横からクレイジーボアが跳んだ。ミントは一瞬の隙を突かれ、構えた軽機の銃口を掌底で無理やり下される。

「すまんな、出来れば、少し落ち着いて欲しかったのだが」

 懐に潜り込み、クレイジーボアはもう片方の手を固く握り、ミントの鳩尾に向けて突きを放つ。

「――げぅッ」

 潰れた喉から空気を吐く音と共に、ミントが白目を剥き、ぐったりと倒れ込んだ。


 崩れ、もたれかかったミントの身体を抱きとめ、クレイジーボアは静かに下ろす。気を失った身体は相当に重いはずであるが、それを捌く腕は手馴れている。

「クレイジーボア」

「……やはり、一筋縄ではいかないようだな」

「こんな奴じゃあなかったはずなんだが」

 嘆息し、スカーはミントを見下ろす。明らかに様子がおかしかった。戦列を離れたこともそうだが、あの目つきは尋常ではなかった。

「誰しも、予想外の出来事に巻き込まれれば、正常な判断が出来なくなる。まして戦場という極限下にあればなおさらだ」

「ミントだって、もういくらかの戦場を経験している。ここまで取り乱す奴じゃあなかったはずなんだが」

「それで、この娘はどうする。要塞内にこのまま放っておくわけにもいくまい」

「仕方ねえ。担いでいくか。目を覚ましたらもう一度話す。確かに落ち着いた方がよさそうだ」

「私がやろう」

「重いぞ」

「その言葉は、年頃の娘にかけるべきではないな」

 ふ、とクレイジーボアが笑う。

「年頃の娘、ねえ。わかるのか? 見た目と中身が一致してねえのはそっちも一緒だろ」

「何となくな。色というか気配というか、そういったものが感じられる」

 そう言ってミントの肩を持とうとするクレイジーボアの後ろ姿を見つめながら、スカーはふと思い出す。

 ミントが口にした台詞。スカーの後を追って要塞内に消えた天使がもう一人いる事。

「アリス」

 その名が、口をついて出た。


 その瞬間、一発の銃弾がクレイジーボアの右肩を抉った。


「グッ」

 狙いどころを外したか、傷は浅い。素早く拳銃を構え、銃弾を放った者へと対峙するスカー。そこにいたのは――。


「スカー隊長」


 ――アリスだった。

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