#11
「ギィッ!」
現れた獣人を素早く仕留めて、アリスは残弾数を数える。今ので三体目。撃ち込んだ銃弾はそれぞれ三発ずつ。
単身で要塞内に乗り込んだアリスは、スカーを探していた。おそらく連れられたのは高層階。接敵した数は多くない。だがどこかにいる。どこかに潜んでいる。慎重にクリアリングしながら、アリスは奥へ奥へと行く。その目に焦りや動揺はなく、ただ冷静だ。
「クリア」
小部屋の一つを確認し、アリスは一人呟く。足元には血を流して倒れた獣人の死体。邪魔をする獣人は排除しろ。その通りに動く。
要塞内はしんと静まり返っている。湿気を含んだ空気に包まれた廊下に、アリスの小さな足音だけが鳴っている。
階段がある。アリスは階段を登ろうとする。その瞬間、一発の銃声と共に、目の前の壁に銃痕。
「誰か」
アリスは素早く振り返り、小銃を構えて誰何をする。返事もなく、銃撃の主は暗い廊下の奥からぬっと姿を現した。護衛も付けず、一人立っていたのは、レバーアクションライフルを手にした虎頭の獣人――特異種“ブラックタイガー”。
―――
「排除します」
確認するや否や、アリスは迷わず引き金を引いた。ブラックタイガーは横に飛び、銃撃を回避、高い身体能力で廊下を駆け、アリスへと肉薄。撃つ。至近距離で放たれた銃弾がアリスの傍を飛んでいく。アリスは背中の羽を勢いよく羽ばたかせ、埃を舞い上げながらブラックタイガーに抵抗、小銃を連射する。
ブラックタイガーは一歩後退し、レバーが引く。腰だめでライフルを撃つ。独特な銃声が廊下に響き渡る。レバーを引く。もう一度撃つ。放たれるたび、かすめ飛ぶ銃弾の距離が徐々に縮まっていく。単発の射撃ながら、アリスの動きを予測した正確な偏差射撃。あの乱戦の最中で天使を仕留めたのも、この腕があってこそだろう。
勢いよく左に飛ぶ。ライフルの銃口が動きを見据え、着地点付近に大きく向く。アリスはしかし再び羽を動かし、後ろへ宙返りして挙動を変える。同じタイミングでブラックタイガーの引き金が引かれ、銃弾は虚しく床へと着弾。跳弾し、天井へと突き刺さる。
アリスは小銃で牽制射撃を試みながら曲がり角へと逃げ込む。ブラックタイガーもまた反対側の角に身を隠す。きん、と地面に薬莢が落ちる音を最後に、お互いの間に静寂が訪れる。緊張感に満ちた静寂。
背中の、羽の付け根に違和感。アリスは慎重に羽を動かす。動く。問題ない。
ブラックタイガーは吠えも唸りもせず、アリスと同様に沈黙を貫いている。威圧感。おそらくは、要塞内の獣人を率いるリーダー。何故一人でそこにいるのか。ともあれ、あの獣人を倒せば統率は崩れるだろう。ならばここで決着をつける。
カバー姿勢を取りながらアリスは小銃を撃つ。向こうからも銃弾が飛んでくる。壁に着弾。再び姿勢を戻し、思考を巡らせる。身体能力は互角か、向こうが上。だが手にしているのは単発の旧式ライフル。得物の優位はこちらにある。
アリスは身を乗り出し、距離を詰めた。角に向かって小銃をフルオートで撃ちながら廊下を駆け抜け、一気に仕留める。途中で弾倉内の弾丸が撃ち尽くされる。即座に弾倉を反転、互い違いにケーブルタイで留めた弾倉へと素早くマグチェンジし、さらに撃つ。ブラックタイガーの潜む角へ辿り着き、小銃を構え直す。
角を曲がった瞬間、ブラックタイガーが大きく距離を離し、ライフルをこちらへ向けているのが見えた。
独特な銃声が響き、銃弾が飛んでくる。アリスはその場でくるりと宙返りし、銃弾をかわす。着地後に地面を蹴り、羽を大きく羽ばたかせて突進。ブラックタイガーがレバーを引く。もう一発来る。間に合うか。間に合わせる。身体を捻り、飛び蹴りを敢行する。
「……グゥッ」
速度を乗せたキックが鈍器のようにブラックタイガーの腹部へ突き刺さった。さしものブラックタイガーも低く唸り、痛みをこらえる。手元からライフルが落ちる。隙が生まれた。アリスは小銃の照準を頭部に合わせる。
その瞬間、ブラックタイガーの胸元から何かがきらりと光り、殺意をもった銀色が一閃された。アリスはすんでのところで一歩引き、それを避ける。
コンバットナイフだ。距離を取るべく、羽を用いてバックステップを試みる。
「……っ」
――動きがおかしい。油を差していない歯車のように、背中が軋む。
思うように跳躍できず、アリスはブラックタイガーの接近を許す。横薙ぎに振るわれるナイフを小銃で受け止め、右肘でブラックタイガーの肩を殴りつける。浅い。ブラックタイガーは構わずに再びナイフを袈裟掛けに振るう。ボディアーマーの一部に切れ込みが入る。だがアリスもそれに臆することもなく、振り終わったナイフの柄を左手でしっかりと掴む。
格闘戦に一瞬の間が訪れる。ナイフを封じられたブラックタイガーは機先を制し、空いた手でアリスの顔を殴打する。アリスは怯まず、右手に持った小銃の銃口をブラックタイガーの足元に向ける。足を狙えば、あるいは。
その瞬間――背後から銃声。
背中の羽が銃弾で抉れ、白い羽根が舞う。
付近の小部屋から獣人が数体出現。気付けなかった。自らを囮にアリスを誘い込んでいたのか。ブラックタイガーは拘束を解かれたナイフを逆袈裟に振り、アリスのボディアーマーにもう一筋の傷をつけて距離を離す。
沈黙を保っていたブラックタイガーが、初めて口元を歪め、にやりと笑った。
―――
上の階から複数の銃声。ミントはびくっと身を縮こませ、おそるおそる天井を見やる。
「……今のは……」
アリスか。スカーか。銃撃戦が始まっている。無事だろうか。軽機のグリップを強く握り、ミントは不安を抑えようとする。
彼女がしでかしたのは、ほとんど任務放棄だ。目の前で繰り広げられた戦いと、次々と来る負傷者に耐えられなくなった。今までこんな状況がなかったわけではない。
それでも平気だったのは、常にミントの傍には誰かがいたからだ。
今はいない。それで、耐えられなくなった。
行くか。引き返すか。まだ間に合う。けれど、引き返したところで自分は責められるだろう。ただ今はスカーかアリスを探し出し、合流したい。心の拠り所を取り戻したい。周りを警戒することもなく、ミントはふらふらと要塞内を進む。
「隊長。アリスさん。私、このままじゃ……」
歩きながら、ミントは自らの気持ちに整理をつけようとしていた。
そもそも、どうして自分はこうなのだろう。誰かがいないと耐えられない。極度の依存気質。それとは対照的な、苦手な者への警戒心。
何かを思い出しかける。それは決して愉快ではない記憶。ぞく、と背筋に冷たいものが走る。
「……もう嫌。嫌なの。私の傍からいなくなるのは……。あんな事をされるのは……」
不明瞭で不穏な独り言が口をついて出る。
“私の傍”? “あんな事”?
何なのか。自分は一体何をされたというのか。目の前でスカーが連れられ、アリスまでいなくなったあの瞬間。それをきっかけに、記憶の断片がもぞもぞと蠢きだしている。
――あのこは私の元からいなくなった。そこから全てがおかしくなった。全てが崩れ始めた。新しい拠り所を見つけようと思った。でも、ようやく見つけた“それ”は間違いだった。向けられたのは、欲望に満ちた目線。
「いやだ。嫌。私は――」
ぶつぶつと勝手に言葉が漏れてくる。そこから“先”がわからない。私から離れていったあのこを、それからどうした? 絶望の淵で、薄暗い路地で欲望をぶつけられたあいつらを、それから私はどうした? そうだ、私は――。
「?」
思い出せば消えていく。黒く汚いモヤを両手ですくう不快な感情。出来るなら思い出したくはない。それでも思い出そうとしてしまう。まるで治りかけの傷を弄る指先のように。
自然と涙が出る。もうこんなのはたくさんだ。早く会いたい。あの安息に、早く戻りたい。
吸い寄せられるように、ミントは要塞の奥へと消えていく。
―――
――追手は来ない。
アリスは壁に背をもたれ、荒く息を吐いていた。
獣人の奇襲からは退くことができた。だが無事では済まなかった。まず羽に銃弾を受け、ろくに動かすことが出来なくなった。加えて、後退中に右脚腿に銃弾を受けた。それでも、アリスは血を流しながら走った。
残してきた血痕を気にしつつ、無造作に傷へ指を突っ込み、弾丸を摘出する。溢れ出た血を包帯で止め、何重にも巻いて縛る。脚を動かしてみる。多少反応が鈍くなったが、問題はない。アリスは顔色一つ変えることなく、流れるような動きで一連の動作を行う。
先ほどの銃声はスカーの耳に入ったか。ならばこの場に留まるか否か。おもむろに立ち上がる。またもや身体が軋む。くらり、と眩暈がして、アリスは再び壁に寄りかかる。羽を酷使し過ぎたのと、血を失ったのが効いている。
痛みは感じない。ただ、連戦につぐ連戦で身体のあちこちにガタがきているのは事実のようだ。
今は動かないほうが賢明か。もう少し経ったら、捜索を再開する。




