#10
――死んだと思った。けれども、生きていた。
気付いた時には、深い森の中で倒れ込んでいた。戦っている最中で気を失った。気まぐれに生かされ捨てられたのか、自力で潜り抜けたのかはわからない。消火斧の赤い刃がひんやりと冷たかった。それから島中を彷徨い、あてどもなく歩いた。一日、二日。
そして今、一人きりになった獣は、新たな戦場を嗅ぎ付けた。
戦いこそが私の価値。私が見出す価値は、戦いの中にこそ。
―――
「こぉんな新しいオモチャがあるなんてねぇえ」
ニヤニヤと愉悦に笑いながら、緑髪の天使……マリアは乱暴にアクセルを踏む。後方からは獣人達がATVに向けて追撃を行っている。
乱戦の最中、マリアは助手席にサーニャを乗せ、素早くそこから撤退した。撤退という言葉は当てはまらないかもしれない。彼女にとって、それはもう一度甘美を味わうための“仕切り直し”だ。
「あ、その辺にさっき拾った武器があるからさあ、撃っちゃってよ、ばばばーっと」
ATVの後部席に、雑多な銃器がいくつか置かれていた。ATVで斬り込んだ際に奪ってきたものらしい。
「あいつらにゃ勿体ないよね。こんな武器」
「これ、使いやすそう」
サーニャはその中のカービン銃を手に取り、獣人達へ応射を試みる。がたがたと振動する車内で、うまく照準が合わない。1マガジン分を撃ち切り、小銃ごと車外へと放る。
「照準、合ってない?」
「はずれぇー」
マリアがおどけて舌を出す。
「じゃ、もう一度仕掛けなくちゃ」
遠くを見ながら、サーニャがATVから身を乗り出す。
「お、何さ、もう一回行くの? べつにいいけど」
マリアは引き留めない。行くなら行けばいい。その程度の口調だ。サーニャはやや逡巡して、乗り出した身を助手席に戻す。
「やっぱり止めときます」
「なんでぇ」
「遠いし」
「つまんないの」
「たぶん、聞いてなかったと思うんですけど。あなたの名前は?」
「はいな。アタクシのお名前はマリアでございます」
緑髪の天使……マリアは妙な言葉で応える。
「マリア。武器、どこかいっちゃった?」
「私、武器になんてこだわってないし。拾ったのを使うだけって感じ。好みはでっかくて太いのだけど。……そういや、その銃、面白い形してるよね。貸してよ。ちょっと撃たせてみて」
「ヤです。これは私達のだいじな武器なんです」
「私達ぃ?」
「そうです」
真面目な顔でサーニャが言う。
「……きひ。きっひひひひひひひ。なるほど。なーるほど」
何かを得たように、マリアが頷く。
「つまりアレだ。二人とか三人とか、いっぱいいるわけね。あんたの中には」
「はい」
聞き返しもそれ以上の追求もせず、マリアはにやりと笑う。面白い奴を拾った。そんな顔だ。
「なるなる。そーゆーのもアリだねえええ」
「マリア。どうしてあの場所から助けてくれたの?」
首を傾げるサーニャに、マリアは鼻を鳴らす。
「べっつにぃー。助けたっていうか、私はさ、ただ楽しそうなことしてるなって思って来ただけよ。ちょうどいいオモチャもあったしね」
ハンドルを手荒に叩き、不敵に笑う。
「あんた、あんな大勢の中に突っ込んでさ。獣人に囲まれて暴れてりゃ、ムボーかバカのどっちかだよ」
「ムボーだとは思いませんでしたけど? だって、私は一人じゃないから」
「んむ、そーだったね。こりゃシツレイ。……あ、どうしてもお礼がしたいっていうなら、ゼリービーンズでいいよ。持ってる?」
「チョコレートなら」
「私、チョコ嫌い」
「じゃ、あげないです」
サーニャはポーチからチョコの包み紙を取り出す。戦闘による衝撃でチョコは砕けて小さな欠片になっていたが、彼女は気にせず口に放り込む。
「でさ、“あんた達”に聞きたいんだけど」
「はい」
「ワクワクしなかった?」
「ワクワク?」
「あんな大勢の敵に囲まれてさ。私なんか、あいつらの敵意を一身に受けるだけで、身体が疼いてくるんだよねえ。ほうら、今も」
そう言って、股間をまさぐるような動きをするマリア。
「なにしてるんですか?」
「んふ。見てわかんない? 運転変わってくれる?」
「私、ヘタですし」
「ちぇ」
「囲まれるのは嫌いじゃないです。みんなの目線がこちらへ向くなら」
「だよねえ」
「私が奴らを引きつけて殺せば、みんなが安全だから。一体でも多く獣人達を倒すことが役目だと思っています。それだけが……戦うことが、みんなから寄せられた望みの全てだから」
「……んえ?」
「何、どーゆーこと?」
その台詞に、マリアは引っ掛かりを覚える。
「なにそれ。みんなからの望み? 役目? それだけ?」
「それだけです」
「あんた自身の楽しみもなく? 疼くようなワクワクもなく?」
マリアがサーニャを助けた理由はただ一つ。単身で獣人達の中に突っ込む無謀さを見て興味を持ったからだ。もしかしたら自分と同類かもしれない。ここで見殺しにするには少しだけ惜しい。そう思っただけだ。
けれど、この天使は自分とは違う。何かが違う。
「楽しいって思わないの?」
「楽しいとか、そういうのはわからないです」
「……」
「……」
二人の間に沈黙が訪れる。
「……なぁーんか、つまんないのね、アンタってば」
口を開いたのはマリアだ。
その台詞には“期待と違っていた”という感情がありありとこもっている。
「つまんなくはないです」
「みんなの為に戦うだけーなんて、それってなんつーか、シュタイセイがなくない?」
「シュタイセイ?」
「そ。シュタイセイ。私にはあるよ。そりゃもう、シュタイセイの塊みたいなもんだから」
「へんなこと言うんですね」
「ま、いいや。それよりさ、もっといるんでしょ、戦ってるやつら。そこまで案内してよ」
―――
「お、お腹、お腹が……あの、何にも痛くないんですけど、けど……!」
「落ち着いて下さいッ!」
軽機を後ろに回し、ミントは負傷者の救護に当たっている。銃創、切創と、傷を負った天使達が次々に転がり込んでくる。場所は要塞内部。潜伏している敵がいつ襲ってくるともしれない、極限の状況下。精神の乱れは施術にも影響を及ぼす。うまく治療が出来ない。その苛立ちがさらに施術に伝わる。悪循環。
「ぐ、う……トんじゃう、だめ、これじゃ……ぐふっ」
「あ……」
びくびくと痙攣し、天使は口から赤黒い血を吐いて絶命した。
どうして。どうしてこんなことに。うまくいかない。拠り所が見つからない。ミントは要塞の中に視線を移す。スカーもアリスもあの中に消えた。二人が戻ってきてくれれば、一人でも自分の元に来てくれれば。自分は。
「ああああーっ! シルヴィア、どうしてぇえええっ!?」
駆け寄ってきた天使が、亡骸を抱いて泣き叫ぶ。
「ミントさん! このコ、助からなかったんですか!? 一緒に生きて帰ろうって約束してたのにっ! それなのに!」
親友か恋人か、残された天使がミントの肩を掴んで詰め寄る。別離に望みを失った顔。何故か見覚えのある顔。掴まれた肩を無言で振りほどいて、ミントはその場からゆっくりと歩き去る。
「ちょ、ちょっと!」
ダメだ。こんな状況ではダメになってしまう。拠り所がないとダメになってしまう。いかなくちゃ。自分には安息が必要だ。ミントはぶつぶつと独り言を呟きながら、要塞内部へと歩みを進めていく。
―――
「負傷者は!」
「マゴットさんと、それにミントさんが!」
「間に合わない! 軽い傷なら我慢してって伝えて。本当にヤバい奴だけ!」
「って、ミントさん、どこ行ったんです?」
「いない? マジ? 中にも!?」
「……ああぁぁんのバカ! いい加減にしろーっつんだよ!」
突然の知らせを受け、レイチェルが怒りに歯を剥く。スコープを覗き込む。一発。当たらない。“M”の施術と同じく、冷静さを欠いた射撃は如実に結果へと出る。
どんな状況であれ、やらなきゃやられる。少し考えればわかるはずなのに、それが出来ない奴が多すぎる。
「――チェエエエストォ!」
気合と共に銃剣を突き刺し、アルマは獣人を屠る。すぐに頭を切り替え、周囲の状況を見る。乱戦の最中。思考の切り替えに一歩でも間違えば待つのは敗北だ。一瞬の間に深呼吸をし、現状を飲む。そして次の一手を画策する。ミントが消えた。このままでは押し切られてしまう。あれを使うべきか。ポーチの中にあるインジェクタに意識を移す。だがまだだ。まだ早い。せめてスカーだけでも戻ってきてくれれば。
怨嗟の声を出しかけ、喉元で抑える。
その瞬間、正門の外からATVのエンジン音。と共に、獣人の断末魔。
「きっひひひいいいい! マリア様のお通りだぁあああっ!」
狂気に満ちた、見知らぬ天使の嬌声。いつの間にか姿を消していたATVが、二人の天使によって乗り回され、数体の獣人を轢いていく。
一人はサーニャ。一人は、緑髪の……あれは?
フロントバンパーに血を滴らせたATVがドリフト気味に停車。二人の天使は跳躍し、獣人達との攻防に加わる。
「サーニャ!」
ロジーナが叫ぶ。
「大丈夫ですよ。私、死んだりしてませんから」
「そういうことじゃないんスよ!」
悲壮な声を上げるロジーナに、サーニャはにこりを微笑み返す。
「あんたが隊長サン?」
消火斧を背中に納め、堂々とした風に近寄ってくる緑髪。
「ああ、すまん。増援か。助かる。他に仲間は?」
「は? いるわけないじゃない、そんなの」
―――
窮地から生還したサーニャの報告により、あの大群を率いている特異種“レッドウルフ”の存在も確認できた。将を討ち取れば統制は乱れ、勝機は見いだせる。だがそう簡単にもいくまい。それに、その論理はこちらにも当てはまる。
「一人や一体の存在が、こうも戦況を分けるものか……」
アルマは唸る。集団戦にして、集団戦に非ず。これまでもそうだった。誰かの存在、不在が命運を分ける。まるで歪な戦い。
自分が“そういう存在”でないことは自覚している。サーニャは単身で突入したが、戦局を変えるには至らなかった。マリアと名乗るあの天使はそうなり得るか?
あるいはスカー。いや。
あるいは――。




