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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 5 _ フォーリン・エンジェル
67/91

#10

 ――死んだと思った。けれども、生きていた。


 気付いた時には、深い森の中で倒れ込んでいた。戦っている最中で気を失った。気まぐれに生かされ捨てられたのか、自力で潜り抜けたのかはわからない。消火斧の赤い刃がひんやりと冷たかった。それから島中を彷徨い、あてどもなく歩いた。一日、二日。

 そして今、一人きりになった獣は、新たな戦場を嗅ぎ付けた。


 戦いこそが私の価値。私が見出す価値は、戦いの中にこそ。


―――


「こぉんな新しいオモチャがあるなんてねぇえ」

 ニヤニヤと愉悦に笑いながら、緑髪の天使……マリアは乱暴にアクセルを踏む。後方からは獣人達がATVに向けて追撃を行っている。

 乱戦の最中、マリアは助手席にサーニャを乗せ、素早くそこから撤退した。撤退という言葉は当てはまらないかもしれない。彼女にとって、それはもう一度甘美を味わうための“仕切り直し”だ。

「あ、その辺にさっき拾った武器があるからさあ、撃っちゃってよ、ばばばーっと」

 ATVの後部席に、雑多な銃器がいくつか置かれていた。ATVで斬り込んだ際に奪ってきたものらしい。

「あいつらにゃ勿体ないよね。こんな武器」

「これ、使いやすそう」

 サーニャはその中のカービン銃を手に取り、獣人達へ応射を試みる。がたがたと振動する車内で、うまく照準が合わない。1マガジン分を撃ち切り、小銃ごと車外へと放る。

「照準、合ってない?」

「はずれぇー」

 マリアがおどけて舌を出す。

「じゃ、もう一度仕掛けなくちゃ」

 遠くを見ながら、サーニャがATVから身を乗り出す。

「お、何さ、もう一回行くの? べつにいいけど」

 マリアは引き留めない。行くなら行けばいい。その程度の口調だ。サーニャはやや逡巡して、乗り出した身を助手席に戻す。

「やっぱり止めときます」

「なんでぇ」

「遠いし」

「つまんないの」

「たぶん、聞いてなかったと思うんですけど。あなたの名前は?」

「はいな。アタクシのお名前はマリアでございます」

 緑髪の天使……マリアは妙な言葉で応える。

「マリア。武器、どこかいっちゃった?」

「私、武器になんてこだわってないし。拾ったのを使うだけって感じ。好みはでっかくて太いのだけど。……そういや、その銃、面白い形してるよね。貸してよ。ちょっと撃たせてみて」

「ヤです。これは私達のだいじな武器なんです」

「私達ぃ?」

「そうです」

 真面目な顔でサーニャが言う。

「……きひ。きっひひひひひひひ。なるほど。なーるほど」

 何かを得たように、マリアが頷く。

「つまりアレだ。二人とか三人とか、いっぱいいるわけね。あんたの中には」

「はい」

 聞き返しもそれ以上の追求もせず、マリアはにやりと笑う。面白い奴を拾った。そんな顔だ。

「なるなる。そーゆーのもアリだねえええ」


「マリア。どうしてあの場所から助けてくれたの?」

 首を傾げるサーニャに、マリアは鼻を鳴らす。

「べっつにぃー。助けたっていうか、私はさ、ただ楽しそうなことしてるなって思って来ただけよ。ちょうどいいオモチャもあったしね」

 ハンドルを手荒に叩き、不敵に笑う。

「あんた、あんな大勢の中に突っ込んでさ。獣人に囲まれて暴れてりゃ、ムボーかバカのどっちかだよ」

「ムボーだとは思いませんでしたけど? だって、私は一人じゃないから」

「んむ、そーだったね。こりゃシツレイ。……あ、どうしてもお礼がしたいっていうなら、ゼリービーンズでいいよ。持ってる?」

「チョコレートなら」

「私、チョコ嫌い」

「じゃ、あげないです」

 サーニャはポーチからチョコの包み紙を取り出す。戦闘による衝撃でチョコは砕けて小さな欠片になっていたが、彼女は気にせず口に放り込む。

「でさ、“あんた達”に聞きたいんだけど」

「はい」

「ワクワクしなかった?」

「ワクワク?」

「あんな大勢の敵に囲まれてさ。私なんか、あいつらの敵意を一身に受けるだけで、身体が疼いてくるんだよねえ。ほうら、今も」

 そう言って、股間をまさぐるような動きをするマリア。

「なにしてるんですか?」

「んふ。見てわかんない? 運転変わってくれる?」

「私、ヘタですし」

「ちぇ」

「囲まれるのは嫌いじゃないです。みんなの目線がこちらへ向くなら」

「だよねえ」

「私が奴らを引きつけて殺せば、みんなが安全だから。一体でも多く獣人達を倒すことが役目だと思っています。それだけが……戦うことが、みんなから寄せられた望みの全てだから」


「……んえ?」


「何、どーゆーこと?」

 その台詞に、マリアは引っ掛かりを覚える。

「なにそれ。みんなからの望み? 役目? それだけ?」

「それだけです」

「あんた自身の楽しみもなく? 疼くようなワクワクもなく?」

 マリアがサーニャを助けた理由はただ一つ。単身で獣人達の中に突っ込む無謀さを見て興味を持ったからだ。もしかしたら自分と同類かもしれない。ここで見殺しにするには少しだけ惜しい。そう思っただけだ。

 けれど、この天使は自分とは違う。何かが違う。

「楽しいって思わないの?」

「楽しいとか、そういうのはわからないです」

「……」

「……」

 二人の間に沈黙が訪れる。

「……なぁーんか、つまんないのね、アンタってば」

 口を開いたのはマリアだ。

 その台詞には“期待と違っていた”という感情がありありとこもっている。

「つまんなくはないです」

「みんなの為に戦うだけーなんて、それってなんつーか、シュタイセイがなくない?」

「シュタイセイ?」

「そ。シュタイセイ。私にはあるよ。そりゃもう、シュタイセイの塊みたいなもんだから」

「へんなこと言うんですね」

「ま、いいや。それよりさ、もっといるんでしょ、戦ってるやつら。そこまで案内してよ」


―――


「お、お腹、お腹が……あの、何にも痛くないんですけど、けど……!」

「落ち着いて下さいッ!」

 軽機を後ろに回し、ミントは負傷者の救護に当たっている。銃創、切創と、傷を負った天使達が次々に転がり込んでくる。場所は要塞内部。潜伏している敵がいつ襲ってくるともしれない、極限の状況下。精神の乱れは施術にも影響を及ぼす。うまく治療が出来ない。その苛立ちがさらに施術に伝わる。悪循環。

「ぐ、う……トんじゃう、だめ、これじゃ……ぐふっ」

「あ……」

 びくびくと痙攣し、天使は口から赤黒い血を吐いて絶命した。

 どうして。どうしてこんなことに。うまくいかない。拠り所が見つからない。ミントは要塞の中に視線を移す。スカーもアリスもあの中に消えた。二人が戻ってきてくれれば、一人でも自分の元に来てくれれば。自分は。

「ああああーっ! シルヴィア、どうしてぇえええっ!?」

 駆け寄ってきた天使が、亡骸を抱いて泣き叫ぶ。

「ミントさん! このコ、助からなかったんですか!? 一緒に生きて帰ろうって約束してたのにっ! それなのに!」

 親友か恋人か、残された天使がミントの肩を掴んで詰め寄る。別離に望みを失った顔。何故か見覚えのある顔。掴まれた肩を無言で振りほどいて、ミントはその場からゆっくりと歩き去る。

「ちょ、ちょっと!」

 ダメだ。こんな状況ではダメになってしまう。拠り所がないとダメになってしまう。いかなくちゃ。自分には安息が必要だ。ミントはぶつぶつと独り言を呟きながら、要塞内部へと歩みを進めていく。


―――


「負傷者は!」

「マゴットさんと、それにミントさんが!」

「間に合わない! 軽い傷なら我慢してって伝えて。本当にヤバい奴だけ!」

「って、ミントさん、どこ行ったんです?」

「いない? マジ? 中にも!?」

「……ああぁぁんのバカ! いい加減にしろーっつんだよ!」

 突然の知らせを受け、レイチェルが怒りに歯を剥く。スコープを覗き込む。一発。当たらない。“M”の施術と同じく、冷静さを欠いた射撃は如実に結果へと出る。

 どんな状況であれ、やらなきゃやられる。少し考えればわかるはずなのに、それが出来ない奴が多すぎる。


「――チェエエエストォ!」

 気合と共に銃剣を突き刺し、アルマは獣人を屠る。すぐに頭を切り替え、周囲の状況を見る。乱戦の最中。思考の切り替えに一歩でも間違えば待つのは敗北だ。一瞬の間に深呼吸をし、現状を飲む。そして次の一手を画策する。ミントが消えた。このままでは押し切られてしまう。あれを使うべきか。ポーチの中にあるインジェクタに意識を移す。だがまだだ。まだ早い。せめてスカーだけでも戻ってきてくれれば。

 怨嗟の声を出しかけ、喉元で抑える。


 その瞬間、正門の外からATVのエンジン音。と共に、獣人の断末魔。


「きっひひひいいいい! マリア様のお通りだぁあああっ!」

 狂気に満ちた、見知らぬ天使の嬌声。いつの間にか姿を消していたATVが、二人の天使によって乗り回され、数体の獣人を轢いていく。

 一人はサーニャ。一人は、緑髪の……あれは?

 フロントバンパーに血を滴らせたATVがドリフト気味に停車。二人の天使は跳躍し、獣人達との攻防に加わる。

「サーニャ!」

 ロジーナが叫ぶ。

「大丈夫ですよ。私、死んだりしてませんから」

「そういうことじゃないんスよ!」

 悲壮な声を上げるロジーナに、サーニャはにこりを微笑み返す。

「あんたが隊長サン?」

 消火斧を背中に納め、堂々とした風に近寄ってくる緑髪。

「ああ、すまん。増援か。助かる。他に仲間は?」

「は? いるわけないじゃない、そんなの」


―――


 窮地から生還したサーニャの報告により、あの大群を率いている特異種“レッドウルフ”の存在も確認できた。将を討ち取れば統制は乱れ、勝機は見いだせる。だがそう簡単にもいくまい。それに、その論理はこちらにも当てはまる。

「一人や一体の存在が、こうも戦況を分けるものか……」

 アルマは唸る。集団戦にして、集団戦に非ず。これまでもそうだった。誰かの存在、不在が命運を分ける。まるで歪な戦い。

 自分が“そういう存在”でないことは自覚している。サーニャは単身で突入したが、戦局を変えるには至らなかった。マリアと名乗るあの天使はそうなり得るか?

 あるいはスカー。いや。


 あるいは――。

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