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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 5 _ フォーリン・エンジェル
66/91

#9

「目視確認! 来ます!」


「突出するなよ。総員、配置についたか」

 アルマが命令を適切に伝えていく。まずはレイチェルやロジーナをはじめとした“R”が遠距離から数を減らし、その後、輸送車を中心として“A”“S”が迎え撃つ。未だ沈黙を保っている要塞内部の軍勢も気がかりだが、今は追手に戦力を割く必要がある。


「う……」

「何してんのさ、ミント」

「だって」

「だって、も何も。いつまでも隊長のこと気にしてる場合じゃねーっての」

「わかってますッ!」

「ちっ」

 ぶんぶんと首を振り、ミントは軽機を構える。レイチェルは苛立ちつつ配置へと走っていく。今はいなくなった天使を気にしている場合ではない。戦わなければこっちが死ぬ。

「来た!」

「近づかせないで! あいつら、真正面から突っ込んでくる」

「早い。もうあんなところまで来た」

「狙いがつけられない!」

 獣人の大群が来た方向は、先ほどまで天使の小隊がキャンプとして使っていた森の中からだ。車両を用いているわけではないが、身体能力の高さを生かして、一直線に要塞へと駆けてくる。その数およそ四十体。こちらの戦力の倍以上だ。狙撃や遠距離射撃だけで仕留めきれる数ではなく、向こうからも応射が飛んでくる。応援に来たのか、あるいはこちらが逃げられない場所に入ったのを確認して現れたのか。

「こりゃ殴り合いになるのは避けられそうにねえぞ、小隊長さんよ! こいつを前に出して片付けるか?」

 輸送車の運転席で、オードリーが叫ぶ。

「また爆発物を持っていないとも限らない。それに、飛び移られて奪われでもしたら厄介だ」

「だってよ。こっちも撃ちまくるしかねえみてえだぜ。シアリィ!」

「了解ですッ!」

 銃座から顔を出したシアリィが、機関銃の引き金を絞る。一度撃たれた恐怖感も、今の彼女にはないようだ。

 小銃の射撃音に混じって、レイチェル達“R”の銃弾が冷静に獣人達を狙う。

「ダウン!」

「ははっ、いいねえこりゃ。キル数稼ぎ放題じゃないの」

「キルマーク書き込んでる暇はないッスよ!」

「うるっさいなあ」

「接近戦は避けられないようだな。総員、準備をしろ! 負傷者はいるか!?」

「だいじょぶです! いまのところ……」

 アルマの号令で、周りの天使達も弾倉の交換や位置取りの変更を行い、来たるべき接近戦に備える。

「あ、ああ……こんなのやだ……怖い、怖いよ……」

「ばか! だからって、こんなとこでしゃがみこんでてどうすんの!」

 恐怖のあまり身体を震わせて硬直する天使に、同僚と思しき天使が声をかける。それでも動こうとしない天使に、すっと一本の手が差し伸べられる。

「怖いか。なに、心配するな」

 アルマだ。銃剣付きの小銃をスリングで肩に下げている。

「た、隊長」

「きっと勝てる。今は私と一緒に戦ってくれ」

 泣きじゃくる天使はおずおずとアルマに手を伸ばす。アルマはそれを掴み、強く握りしめる。


「“R”は撃ち方止め、位置を移せ! “A”および“S”は近接戦用意!」


 叫んだ後で、アルマは気付く。

 それは誰もが気付かなかった、ほんの些細な異変。


 ない。

 正門前に留めておいたはずのATVが、一台、ない。


―――


 迎え撃つように正門を飛び出し、獣人達の渦中に飛び込んでいったのはサーニャだ。

「サーニャ! 突出はマズいって……!」

 移動途中のロジーナにすれ違いざま、声をかけられる。サーニャは無言でにこりと笑い、制止を無視する。

 外から来る獣人達の軍勢は二つのラインに分けられている。どこからこれだけ集めたのか、形も種類もバラバラの銃を携えた獣人が後方に配されており、その前方は素手や近接武器が主の獣人達。

 まずは前方を崩す。背後から飛んでくる天使の銃撃を追い風に、サーニャはスピードを増して獣人達の集団へ向かう。

「前へ出るな!」

 数人の“A”を従えたアルマが後方から叫ぶ。

「大丈夫ですってば」

 いま前に出なくていつ出るというのか。誰にも聞こえないような小さな声で呟き、サーニャは両腰のPDWを抜く。低く体勢を変え、スライディングで地を滑りながら最前列の獣人の足元へと銃撃を行う。躓いた獣人に足をとられ、つられてもう二体の獣人が転ぶ。その隙を逃さず、サーニャは地を蹴り、前方へと宙返りをしながら大きく跳躍。躓いた獣人の上を飛び、越え際にPDWを撃ち下ろす。

「ガアアアアッ!」

「ゲエエッ! ゲエエエッ!」

 一気に懐へと潜り込んだ一体の天使に、手斧やマチェットを持った獣人が襲いくる。着地際、サーニャは二つのPDWを大きく広げ、左右の目標に向かって撃つ。腹部と頭部に銃弾を叩き込まれた獣人が、血を噴きながら伏す。続いて前方に獣人。すかさず義手のブレードを展開させ、下から上に向かって逆袈裟に切り裂く。返り血がサーニャの身体を汚す。

 倒す。一体でも多く、獣人達を倒さなければいけない。


―――


「サーニャが前に出た。あの付近の獣人を狙え! 味方に当てるなよ!」

 隊列の乱れた箇所を指差し、アルマが号令をかける。火線が集中する。これ以上の進攻をさせまいと、足元に向かって牽制射撃を続けるのは、銃座に構えたシアリィとミントの軽機だ。

「なんで、こんな……みんな、邪魔をして……これ以上、来ないでください……ッ!」

 軽機のトリガーを絞りながら、ミントは呻く。要塞前の地面が大量の機銃弾によって抉れ、土埃が舞い続けていく。やがてその合間を縫うように、獣人達が速度を上げて突っ込んでくる。

「来るぞ、接近戦!」

 後方から銃撃の援護を受け、獣人達の群れが要塞外壁に取り付いた。天使達と獣人達の叫びが飛び交う。

「グアアアアアアッ!」

「いや、いや、こっちに来るな、来るなってんのよ……ぎゃあっ!」

 小銃を乱射していた天使の背後から手斧が振り下ろされる。振り下ろした獣人は間もなく頭部を吹き飛ばされ、天使の死体に重なるように倒れる。

「こ、こんなめちゃくちゃな戦いになるなんて聞いてなかった!」

「うるさい! いいから黙って撃て!」

「死ね! お前らなんか、みんな死んじゃええ!」

 小隊の天使達の大半は戦闘経験が少なく、倒されても倒されても次々と来る獣人達の気迫に圧倒されている。アルマ達が率先して数を減らしにかかっているが、後方からの銃撃により思うままにいかない。じりじりと、天使達は要塞内部に押し戻されている。


「ふッ!」

 ロジーナは“R”でありながら積極的に獣人達へと近付き、狙撃銃を棍のように振り回しながら戦っている。横から襲い掛かってきた獣人を銃床で打ち伏せ、くるりと半回転させて頭部へ一発。そのまま弾倉を落とし、素早くリロード。

 ……サーニャのことが気になる。

 大丈夫です、と彼女は言った。ばかな。一人で突っ込んでいって、大丈夫なわけはないのに。

「これじゃ、仲間がいる意味なんて無いんスよ……サーニャ!」


―――


「あああっ!」

 気迫を滾らせ、サーニャは敵陣の真ん中で奮闘を続けていた。

 獣人の一体に足払いをくわえ、転んだその頭に銃口を突きつける。狙いを定めるその一瞬に、横から銃弾が飛んでくる。サーニャは素早く側転し、これを避ける。

 数が多い。牽制することは出来ても、数を減らすことにはつながっていない。後方まで踏み込んで、銃を持った獣人達が現れはじめた。斬り込みには成功。だが退くタイミングを誤った。息が切れる。スタミナが続かない。この渦中から逃れることが出来るか。

「サニー?」

 もっと力が欲しい。サーニャは内なる彼女らに問いかける。

「サーリャ?」

 答えはない。

「アメリア?」

 誰も答えない。

 背後からの気配を察知し、振り向きざまに射撃。二、三発を吐き出したところで、かつん、と両方のPDWから同時に手応え。弾がない。リロードの時間はあるか。

「ウォオオオオオオオオ!」

 突然の咆哮。思わずサーニャの身体が竦む。獣人の軍勢の中、姿を現したのは赤い毛並みをした狼頭の獣人。一段と強い殺気。特異種……“レッドウルフ”だ。その咆哮によって周囲の獣人達はいよいよ闘気を漲らせ、戦場に食い込んだ天使を排除せんと目を血走らせる。

「ぐっ!」

 気圧される。一瞬の隙に、両サイドから銃口。

 しくじった。


 その刹那。


「――きっひぃひぃひぃひゃっはっはっはあああああ!」


 左奥から、ATVのエンジン音と、聞いたことのない嬌声。と同時に、血飛沫が噴き上がる。レッドウルフをはじめ、獣人達の視線が一斉にそちらへ注がれる。サーニャは腰をかがめ、その場から離脱する。軍勢を掻き分け、嬌声の上がった方へ向かう。


 やがて姿を現したのは。


 ATVに乗り、片方の手で消火斧を振り上げる、外套に身を包んだ緑髪の天使。


「……なァーーーにを、楽しそうなことしてんのさああああ?」

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