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「これでいいか」
猪頭の獣人が足元に武器を落とし、敵意がない事を伝える。
「ああ」
スカーもまた、それを確認し、拳銃をホルスターに収める。
「――それで、お前は……クレイジーボアといったか?」
スカーは驚いた。獣人が喋ったこと。それ以上に、その事実に動じない自分がいたこと。
「お前を呼んだのは正解のようだ」
「あのカメレオン野郎は、お前の手下か?」
スカーが窓を見やり、そう問う。
「連れて来てくれないかと言っただけだ。愚直に言うことを聞く獣人だったので、利用させてもらった」
「余計なことをしてくれたモンだ」
「今となっては私も早計が過ぎたと思っている。すまない」
「さすがに俺も、獣人に謝られるとは思ってなかったぜ」
「だがおかげで、こうして対話ができる」
「それがお前の目的か」
要塞の中の小さな部屋。戦略上重要でないこの場所は、獣人が配置されることもない。その真ん中でスカーとクレイジーボアは胡坐を組んで座っている。二人の間には、どちらもが使えるようスカーのライターが置いてある。
「意外と、冷静なものだな」
「何がだ」
「いつものように、もっと混乱して、話にもならないかと思っていた。お前も、その前の天使も」
「その前の?」
「対話は出来た。それでも、この戦場を変えることは出来なかった」
クレイジーボアはライターを手に取り、煙草に火をつける。
「時間が惜しい。……まずは、私から話そう」
「――なるほどな。俺も完全に信じたわけじゃねえ。だが、この状況が普通じゃないことはわかる。自分自身がなっちまってる、その“天使”が一体何者かもわかってないなら、向こうも同じなんじゃねえかって、そう考えたこともある」
クレイジーボアが語った前置きを聞いて、スカーは唸る。
「概ね予想通りだ」
「それに、俺達の上層部である“解放軍”が何だかも俺達は知らない。倒すべき“獣人”が何者かも教えられていない。ただ任務をこなし、目的を遂行しろ。何度戦場に駆り出されようと、いつもそればかりだ。これで狂うなってほうがおかしい。戦争がどういうものかは理解しきってるわけじゃねえが、あまりにも脈絡がなさすぎる。……それと」
スカーは一息おいて、クレイジーボアをじっと睨む。
「今回の戦場は、何かがおかしい」
「……推察を聞こう」
「特異種が多すぎる」
「特異種? ああ、そちらではそう呼ぶのか。……その違和感については私も同様だ。今まではもっと少なかった。だからこそ、私は危機感を抱いた」
スカーは深く呼吸して、口を開く。
「単刀直入に聞くぞ。お前の目的は何だ、ミスター・クレイジー」
「この戦争を、終わらせる」
―――
要塞内の空気はしんとしており、今は銃声も聞こえることがない。嵐の前の静けさか。
クレイジーボアは自らのことを語りだした。
この戦場に投入されて以後、ずっと疑問に思ってきたことがある。それは“何故自分達は戦わなければならないのか”ということ。獣人だけではない。おそらく、お互いにそう思っている者がいるはず。何の為に、誰の為に戦っているのか。そう考えた彼は、積極的に戦うことなく、仲間の目を盗み、ただ天使の会話を聞き取り、独学で天使の言葉をマスターした。そうして“頭は切れるが行動不審な獣人”として、彼はクレイジーボアの二つ名を得た。
時間は有限だ。繰り返される戦場。その戦いに“勝ってしまえば”自分は勝者として1つカウントされる。このカウントが5回になれば、自分はこの戦場から離脱する。皆、それを希望に戦ってきた。だがクレイジーボアは違った。この戦争の心理を突き止めたい。その為だけに彼はひたすら暗躍し、天使達とのアプローチを試みていた。
そうして分かったことがある。それは、姿こそ違えど、天使と獣人のシステムはまったく同じであること。推測が確信に変わった瞬間。――ならば、この戦争そのものを無にすることが出来るのではないか。クレイジーボアはそう考えた。平和主義というわけではない。ただ彼は、この理不尽な環境に我慢が出来なかっただけだ。
だがそれは今のところ、どれもが失敗に終わっている。対話を試みた天使は誰しもがリタやスカーのように冷静なわけでもない。ある者は混乱し、銃口を突きつけてきた。そうした天使に対しては、クレイジーボアは躊躇わず引き金を引いた。
まともに対話の出来た天使もいる。この話が天使内にも伝われば、あるいは和解への道、そしてこの戦争の真実を突き止めることが出来るのではないか。だがその希望も、戦いの火によってどれもが燃え尽きた。
どんなことをしても、狂気や暴力の中に全てが埋もれてしまう。そうこうしている内にクレイジーボアのカウントは4つになった。
このままでは、真相は闇の中。今回の戦いにおいて、彼は多少の危険を冒してでも天使へのアプローチを試みた。結果として、彼は他の獣人からも目を付けられた。この要塞においても、正式参加ではなくほとんどゲリラ的に潜り込んだだけだ。戦闘をかき乱すクレイジーな存在。背中を狙われるのも時間の問題だろう。そうしてクレイジーボアは、単純な思考の持ち主だったあの特異種を利用して、スカーを対話に引き込んだ。
チャンスは残り少ない。うまくいってくれ。
「スカーレット。そもそもお前は、天使になる前は何をしていたか覚えているか?」
「……なんとなくな」
「その記憶は、最初からあったものか?」
「いや。戦いを繰り返すたびに、思い出そうとしていたら思い出すことができた。まるで雑に切り分けられた欠片を放り込まれるように」
「力を望めば力を得ることができた。記憶を望めば記憶を得られた。違うか」
「……ああ。その通りだ」
「まるで」
「レベルアップの“ご褒美”のように」
そう言って、互いに押し黙る。
「とことんまで“ゲーム”だな」
「そう。これは戦争などではない。誰かが仕組んだゲームだ」
スカーは煙草に火を着け、クレイジーボアを真正面から見据える。
「……ある程度まで記憶を取り戻して、わかったことがある。こうなる前の俺は、たぶん何かを“やらかしてる”」
スカーは煙を吐き出し、訥々と話し出す。
「天使になっちまったのは、その罰か何かだろうと思った」
「続けてくれ」
「元の世界に帰りたいかと言われれば、俺ははっきりと答えることができない。記憶を完全に取り戻したいとも思わなくなった。だが少なくとも、今のこのおかしな戦場に留まり続けるのだけは勘弁だった。何の罰ゲームかは知らんが、この状況はあまりにも理不尽だ」
「その理不尽や狂気に飲まれて、ただ戦場で暴れることに目的を切り替えた者もいる」
「そうだ。それが、この状況をより複雑にしてる」
手応えがある。もしや、この天使なら。
「お前は、この戦場を本当に変えられると思うか」
そう切り出したのはクレイジーボアではなく、スカーだ。
「そのために、私は動いてきた」
ほぼ同じタイミングで床に煙草を擦り付け、二人は立ち上がる。
足元には大量の吸い殻。スカーは空になった煙草のケースを握り潰し、その場に捨てる。
「難しいだろうな」
「だが私が見る限り、そちらはまだ説得の余地があるとみている。獣人達はなんというか、一般的に血の気が多い」
「同じようなモンだよ。狂っちまった奴もいる。あるいは“まったく戦場が初めてなクセに、戦闘能力だけは異常に高い奴”とかな」
その言葉に、クレイジーボアが動きを止める。
「何?」
「……いるんだよ。俺も今まで見たことのないようなタイプがな」
頭の中で、何かが引っかかった。
「その天使のことを、詳しく教えてくれないだろうか」
「ああ。それはな――」
銃声が、スカーの台詞を遮る。
「今のはどこからだ?」
「外だ。正門の方だな」
「冷静に説得してる時間はなさそうだ」
「戻るか?」
互いの視線が交錯する。




