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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 5 _ フォーリン・エンジェル
64/91

#8

「手当の必要な天使は他にいないわよね?」


 輸送車から降りたマゴットが周囲を見渡す。目線のあった天使達が数人、ふるふると首を横に振る。彼女の治療に伴う独特の不快感は(約一名を除き)一瞬で小隊内に悪名を轟かせていた。

 不幸にも戦死した四人の天使は広場の隅に寝かせられ、布をかけられている。この被害を少ないと取るか多いと取るかは、未だ誰にも判断がつかない。

「まあ、こんなものね」

 一人呟くマゴットの傍に、シアリィが駆け寄ってくる。

「身体、もう大丈夫?」

「はい! おかげさまで!」

「ヨダレ垂れてるわよ」

「へふぇ」

 ガーゼでシアリィの口元を拭く。

「それにしても、すごいんですね、あの治療。……あ、いえ、マゴットさんのは特別とか……じゃなくて」

 シアリィは上気した顔で腹部をぺたぺたと触る。銃弾で掻き回された内臓はすっかり痕もなく治りきっている。

「さすがに疲れたわ」

 マゴットだけではなく、今この場にいないミントも、最終的には怪我人の治療に専念していた。この小隊規模となればもう一人二人は“M”が欲しいところだが、贅沢は言えない。

「どういう仕組みなんですかね、これ」

「あたしにも分からないわ」

「そうなんですか?」

 おそらくは新陳代謝を活性化させ、自己回復を促すものなのだろうと推測は出来る。だがそれだけ損傷した内臓が元通りになるわけはない。回復魔法とも呼称される“M”の力か、あるいは天使の身体が特殊なのか。

「考えたところで説明がつくわけでもないのよね」

 生物学的な知識を有するマゴットにも、否、なまじ生半可な知識があるからこそ、余計に謎が深まる。

「なんでもいいです。シアリィとか他の子達がぴんぴんしてるのは、マゴットさま達のおかげなんですから! 戦場の天使、ってやつですね!」

「天使、ねえ」

 シアリィの物言いはあくまで無邪気だ。つい完治させてしまったが、これで良かったのだろうか、とマゴットは思う。戦いが始まれば、シアリィはまた前線で銃を手に取るだろう。治療もそこそこに、輸送車の中で寝かせていれば、少なくとも死の縁にまた立たせることはなかったかもしれない。シアリィに限った話ではない。そのマゴットがこの間、何度も考えてきたことだ。

「シアリィの顔に、何かついてますか?」

 無意識にじっと顔を見てしまったらしい。マゴットは無言でシアリィの頬をつねる。

「いひゃい、いひゃいでふ」


「マゴットさん」


 思わず振り返る。いつの間にか、傍にサーニャがいた。

「サーニャ」

「はい」

「あのさ、あんたも怪我はない?」

 あれだけの大立ち回りで、サーニャは傷一つついていない。見ればわかる。わかってなお、マゴットはそう声をかけた。そう問う他に、かける言葉が見つからなかった。

「大丈夫ですよ。ね、サニー」

「うん」

 シアリィがびくっと身体を震わせ、マゴットの影に隠れるように移動する。

「あんたのおかげでさっきの戦いはうまくいった。でも、あんまり無理しないでよね」

「無理?」

 サーニャが小首をかしげる。

「私はやるべきことしているだけなんです。それに、あれからどんどん身体も軽くなってる」

 サーニャが笑いを浮かべる。それはどこまでも無邪気な笑いだ。

「敵を殺せば殺すほど、どんどん力が湧いてくるんです。これが天使の力なのかなあって」

 人間ではなく、戦闘用としての生物兵器。大きな傷も治ってしまう特殊な身体。それが天使だ。その意味では、確かにサーニャの言葉は正しい。だがそれを操るのは、悩み、死に怯え、希望にすがるか弱い意識。――それが欠落したのが、今のサーニャそのものだ。

「あたしはさ、あんたの……あんたらのことを、それなりに長く見てきたつもりよ。だからこそ心配なの。お願いだから、一人で、死に急ぐような真似だけはしないで」

「いえ、死に急いでるつもりなんてありませんよ? 私達にはみんなを守る役目があって、その為に戦っているだけです。それに、一人でもありません」

「そういう事じゃないのよ」

 先陣を切って、勇敢に戦う天使。それは正しい。だがマゴットのような天使からすれば、その姿は異様そのものだ。おそらく小隊にいる新兵達も、同じことを思っているだろう。

「守りたい気持ちはわかる。それで戦いはうまくいってる。でも一人で先に行かないで。もっと、頼るの。もっと一緒になって、信頼するの。後ろにいる私達を」

「信頼ですか? でも」

「でも、じゃなくて」

 次に紡ぐ言葉が見つからない。

「マゴットさま?」

 険しい顔をしていたのを察知されたか、シアリィが心配そうに声をかける。


「行くわよ、シアリィ」


―――


 言葉の意味がわからなかった。


 戦って、憎い敵を殺す。目的を果たす。それが天使の役目。自分にはみんなを守れる力がある。信頼? 役割を決めて、敵に立ち向かうことではなく?

 サーニャは一人、広場を歩きながら考えていた。

「やらないと、みんなやられちゃうのに」

「怯える必要なんてないのにね。そう思わない? サーリャ」

「だからこそ、私達は戦っているのに」

「みんなを守らなくちゃって」

 周りを見渡す。天使達は皆、誰かと共におり、心配そうに、あるいは支え励まし合っている。その中心で一人、サーニャだけが幽鬼のようにふらふらと歩いている。

「次の作戦、聞かないと」

 サーニャはそう呟き、アルマではなくロジーナの元に向かった。彼女の中の認識では、未だにロジーナが隊長としてある。


「ロジーナさん」


 ロジーナは弾倉に弾を詰めながら、輸送車の運転席の傍にいた。

「あ、サーニャ……」

 楽しそうに天使と談笑していたその表情が変わる。

「次は、あの要塞を攻めるんですよね?」

「う、うん。でも、今はアルマの判断待ちッスから。スカー達が先発隊として中に入って」

「ロジーナさん? どうかしたのかよ?」

「あ」

 運転席の天使が声をかけ、ロジーナは言葉に詰まっている。

「それで、私はどうすればいいのかなって」

「後ろから敵が来るかもしれないって、アルマが言ってたッス。今といえば、それに備えるくらい、かな……」

「警戒ですか?」

 ロジーナの言葉はぎこちない。

「じゃあ、私、門の外まで行ってきますね」


「あ、ちょっと!」


 踵を返し、そこを去ろうとするサーニャに、ロジーナが声をかけた。

「はい?」

「ああ、その、うん。サーニャ、ボクが言えることなんてあまり無いのかもしれないけど。……できれば、あまり無理はしないほうがいいと思う、ッス」

「無理?」

 またその言葉か、とサーニャは思った。

「無理はしていませんよ? 私は、みんなを守るために戦ってるんです。それが私の役目なんですから」

「そりゃあ、役目って。それはわかるんスけど。もっとこう、援護とか、背中を任せるとか。ボクも前はそうだったし、でも今は、みんなと力を合わせて戦うことが大事かもって」

「そうだぜ。サーリャさんめちゃくちゃ強いけど、俺も何だかちょっと心配になる。俺も含めて新兵だらけで役に立たないと思うかもしれねえ。でも、せっかくだから一緒に戦おうぜ」

「援護?」

 ロジーナの方を向いて、サーニャは問う。

「私が出れば、敵は私のほうに向くんです。ロジーナさんはそこを撃つ。それで今のところは上手くいっていると思うんですけれど」

「や、その、そういうことじゃなくてッスね。自分が引きつけて、とか……確かにみんなのためにはなってるのかもしれないッス。でも」

 歯切れが悪い。

「私は、これが自分の役目だと思っているんです」

「うん。……でも」

「“信頼”?」

「そう。もっと、信頼してくれていいんスよ」

 ロジーナは言葉を反芻する。信頼。それに従って行動することが、本当に最善の手なのだろうか。

「でも、それじゃ他の天使が危ないかもしれないじゃないですか」

「……」


 ロジーナが視線を彷徨わせる。

「……?」


「……あのさ、ロジーナさん。悪いんだけど、ちょっとこっち来て手伝ってくれねえか。今のうちに車の調子を確かめておきたくてよ」


「あ、うん。今行くッス。……あの、じゃあ、サーニャ。また、あとで」

「はい」


 再び一人になったサーニャの脳内に、マゴットとロジーナの言葉が渦巻く。信頼。力を合わせて一緒に戦う事。仲間。仲間とは。

「ねえ、アメリア。……どうしてあの時、私を追ってきてくれたの?」

「……」

「アメリア?」

 返答はない。自分の中にいるはずのアメリアは、何故か答えてくれない。


「おかしいなあ」


―――


 今回の作戦から加わった新兵達の中に、一人の“R”がいる。銃など撃ったこともなく、戦闘能力は皆無。キャンプ中に行われたロジーナとの教練では、至近距離のターゲットでさえ外したほどだ。だが彼女には、それを補って余りある才能があった。遥か遠くまで獣人の気配を察知することのできる、超広範囲の感応性である。

 そして彼女は今、輸送車の車内で凄まじい吐き気に見舞われていた。


「頼む。辛いのはわかっている。だがもう一度教えてくれ。“何体いる”?」

「あ、あ……うう……た、多分、数十体だと思います。でも、でもその、一つ一つの“気”が……あまりにも強くて……」

「どういうことだ」

「たくさん……とにかく、たくさん……その中でも、一番強いのが……一つ……ぐ……」

 どういうことだ、とアルマが次の句を告げようとした瞬間、“R”は白目を剥いて気絶した。強烈な殺気にあてられたのだろう。

 ――追手が来ている。それも手強いものが。

「総員、よく聞け。追手がくる。まもなくこの場所は前後に獣人を配されての総力戦になるだろう。気を引き締めろ!」

 小隊の天使達に伝え、アルマは唇を噛む。“一番強い”のはおそらく特異種だろう。


 特異種。


 ――アルマは違和感を覚える。


 この戦場は何かがおかしい。もっと具体的に言うならば、これまでとは比べ物にならないほど特異種が多い。どこにこれほどの戦力があるというのか。何故ここに来て、大量に投入され始めたのか。

 それでも、今それを考えている暇はない。

「……激戦になるな」

 アルマは独り言ち、ポーチの中のインジェクタを確かめる。


「?」


 一本足りない。インジェクタが。

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