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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 5 _ フォーリン・エンジェル
63/91

#7

「――あなたのせいじゃないですかッ!」


 屋外に引き返してきたミントが、突然レイチェルにそう叫んだ。アルマをはじめ、周りの天使達が何事かと振り向く。

「し、仕方ないじゃん。あの状況なら」

「レイチェルさんが先に発見していれば、隊長も捕らえられなかったし、アリスさんも後を追わなかったんですっ!」

「だぁーから、気配を消してたんだよ。あんなの、あたしも気付きっこないって」

「そんなのわかんない! もう、わかんないですっ!」

「っ、あたしだって……!」

 堰を切ったように、ミントが髪を掻きむしる。異常事態だと察知したアルマが駆け寄り、二人の間に割って入る。

「どうした、二人とも。何かあったか報告しろ。早急にだ」

「う、うう……」

 その場にうずくまるミントを一瞥し、レイチェルがため息をつく。

「中で何があった」

「それがさ――……」


 スカーが獣人に捕らわれたこと。アリスがそれを追いかけ、単身で突入してしまったこと。レイチェルの口から語られたのを聞き、即座に反応したのはロジーナだ。

「……マズいッスね」

 何が“マズい”のか、ロジーナはよく知っていた。単身での突入。それと同じようなことが、ついこの前にも起きたばかりだからだ。ロジーナは遠くにいるサーニャに視線を送る。サーニャは誰からも離れた位置で、獣人達の追撃を警戒していた。小隊に統合されてからも、彼女はずっと他者との接触に消極的だ。

「誰を捕えればいいか、奴らもよく知っていたようだな」

 アルマが唸る。ミントでもレイチェルでもアリスでもなく、分隊長であるスカー一人を狙ったのだ。もっとも、それだけで分隊全体が混乱に陥ることまでは予想外だっただろう。そしてそれは間もなく、他の天使達にとっても良くない影響を与える。

「わかった。輸送車を中まで進めよう。その後、調査兼捜索隊を再編成する。急げ。時間はないぞ――総員、移動準備!」

 アルマはあくまで冷静に次の一手を打ち、輸送車の運転席へと走っていく。

 再び、ミントとレイチェルはその場に取り残された。

「ちっ」

 レイチェルはうずくまったままのミントを見やり、舌打ちをした。

 ここに来て、苛立つことが多すぎる。


―――


 ミントは言いようのない感情を抑え込もうとしていた。


 今回の戦場における彼女にとっての“頼り”はスカーとアリスだった。その前は誰だったか、今は思い出せない。ともかく、ミントはいつも誰かに依存して行動してきた。誰でも良い、というわけではない。ほとんど直観的に、ミントはその“誰か”を見つけ出していた。それがミントの行動原理であり、時折彼女はそのことに自己嫌悪を覚える瞬間がある。自分に“前世の記憶”はない。心の中に、どす黒く渦巻く何かだけがある。こうなる前は、一体どんな人物だったのだろう。

 好き嫌いで人物を判別して行動するべきではないのはわかっている。わかっているだけに、余計に意識してしまう。


 目の前でスカーもアリスもいなくなった。正体のわからぬ喪失感がミントを襲う。と同時に、自分の中の“黒いもやもや”がますます膨らんで、とうとう口から出てしまった。


 ――大切な“誰か”を奪われた。さて、自分は次にどうすればいい?


 抑えきれない。この感情を、ミントは抑えきれない。


―――


 生暖かい舌に巻かれながら、スカーは古城の廊下を引きずられていた。


「コフッ……コココフッ……」

 スカーは一気に上層階まで飛ばされ、バニシングタンによってどこかへ連れられようとしている。前方を行くバニシングタンは舌を出したまま涎を垂らしながら歩いており、地面にその跡が点々と残っている。

 舌に巻かれながらも、スカーは少しずつ体勢を変えていた。間もなく、その体勢も“ベストな位置”に収まろうとしている。あと少し。もう少し。

「コココココ……」

「おい、カメレオン野郎」

 答えはない。

 ここがどこなのか。どこへ連れていこうというのか、それを探りたい気もあった。だが今は一刻も早く抜け出すことが先決だ。ならば。

「俺を分隊長と知って引き離したのはうまいやり方だ。おかげで俺達の隊はバラバラになった」

「コココココフッ」

「だが」

 右義手に力を込める。弾かれたように手首が伸び、右腿のホルスターに収められたバースト拳銃を掴む。


「俺を“囚われのお姫様”だと思ったのが悪かったな」


 手首が元に戻った刹那、スカーは束縛されたまま狙いも付けずに撃つ。撃つ。撃つ。小気味よい音が断続的に響き、数発がバニシングタンの背中にヒット。

「コゴゲェエエッ!」

 バニシングタンは怯み、涎を撒き散らしながら舌が戻っていく。束縛が解けた隙にスカーはハンドスプリングの要領で飛び起き、素早く拳銃を構えなおす。

「コココゴフッ! ココゴフッ!」

 予想外の奇襲にバニシングタンは狼狽えるも、同じようにスカーに向き直り、腰を低く落として構える。数発の拳銃弾では大した傷にもなっていないようだ。

「――かかってこいよカメレオン野郎。引導を渡してやる」


「コゲェッ!」

 先に動いたのはバニシングタン。舌を勢いよくスカーへと伸ばす。スカーは横へ転がりこれをかわす。素早くバースト拳銃を構え、撃つ。だが当たらない。バニシングタンは跳躍し、壁や天井を蹴りながらパルクールで翻弄していく。伸ばしたままの舌が鞭のように暴れ、廊下の至るところを打擲していく。スカーは左右や後方へと転がり続け、舌の攻撃を巧みに避ける。

 一瞬の隙を突き、スカーは拳銃を続けざまに撃つ。バニシングタンもまた巨体に見合わぬ素早さでスカーの銃撃を避けていく。風を切る音と共に舌が乱舞し、スカーを狙う。

「コココココ!」

 天井に張り付いたバニシングタンが舌を戻し、再びスカーへと放つ。間一髪で避ける。転がり終えたタイミングを狙っての攻撃。思ったより頭は回るようだ。

 数発撃って、バースト拳銃のスライドが後方でロックした。弾切れか。マガジンを替えている暇はない。後腰部の拳銃に切り替え、射撃を続行する。ホローポイント弾。舌を引き戻したタイミングで射撃。ヒットせず。


 その瞬間、バニシングタンの身体が七色に光り、姿を消した。


「……」

 静寂が訪れた。スカーは銃撃を止め、辺りを警戒する。どこだ。どこからくる?

 薄暗い廊下の窓からは陽の光が差し込んでいる。光によって反射した埃がきらきらと舞っている。スカーはそれをじっと見る。


 埃が、不自然にふわりと動きを変えた。スカーは拳銃を構え、撃つ。何もなかったはずの空間に血飛沫が舞う。

「ゲェッ」

 迷彩が解け、姿を現したバニシングタンがもんどりうって倒れる。

 スカーがとどめを刺そうと照準を合わせる間に、再び舌が飛んできた。咄嗟に右義手を構え、手首を伸ばす。伸ばした義手に舌が巻き付く。手首を戻す。義手の機構に舌が挟まれ、スカーがバニシングタンの舌を捕える。

「うらぁっ!」

 スカーは全身の力をもって舌を引っ張り上げる。右肩に血管が浮かび上がるほどの力で、舌ごとバニシングタンを引く。巨体が浮き、バニシングタンは壁に叩きつけられる。潰れた鳴き声が響く。

 まだだ。もう一度。スカーは舌を捕えたまま地を蹴り、走る。前転しながら勢いをつけ、バニシングタンの身体を逆方向の壁に叩きつける。

「ゲフェッ! ココゲフェッ!」

 舌を巻き取ることも出来ぬまま、バニシングタンは翻弄される。

 続いてスカーは身体ごと右義手を捻り、渾身の力でバニシングタンの身体を放り投げる。宙を舞ったその先は、大きく開いた窓。放り出されたバニシングタンの舌がぴんと張り、スカーの身体も引きずられる。縁で踏ん張り、共に落下するのを堪える。

「ココココゴフェッ! コゴフェッ!」

「っ……残念ながら、てめぇと心中する気はねえ、ん、だ……よっ!」

 空中にぶら下がったまま抵抗できぬバニシングタンに、スカーは左手の拳銃を手放し、左胸のホルスターに収められていた拳銃に替える。


 スカーは身体中に装着した拳銃を、用途によって使い分けている。後腰部のホローポイント、左腰のAP強装弾、左脇のサプレッサー付、右腿のバースト拳銃、……そして残る左胸の拳銃は――通常の9mm弾モデルとは違う“とっておき”の40口径カスタムだ。


 ……冷徹な眼差しが照準ごしに見つめる先は、バニシングタンの口元、舌の付け根。ワンポイント。


―――


 舌を千切られ、遥か下の地面に落下し肉塊と成り果てたバニシングタンを一瞥すると、スカーはその場で煙草をくわえた。


 例えようのない違和感。これまで幾度もの戦場を経験してきたスカーが、この島に降りてから抱いていたものがそれだ。以前の戦場の記憶もおぼろげだが、この戦場は何かが違う。何かがおかしい。その違和感だけはどうあっても拭えない。

 手が震えている。肉体を酷使したせいか、あるいは緊張によるものか。ライターを取り出そうとして、地面に落とす。

「ザマぁねえな」

 自嘲して屈んだ瞬間、落ちたライターを拾う手が視界の外から伸びた。

 毛むくじゃらの手。即座にスカーは拳銃を構えなおす。だがその手の持ち主は銃口を向けられたことにも動揺せず、悠々とライターの火を着ける。


 スカーは気付けなかった。


 ほんの一瞬で、自分と同じように煙草をくわえた“猪頭”が、すぐ傍まで近づいていたことに。

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