#6
「点呼終了!」
「今のうちに弾数と装備を確認しろ!」
正面広場、突破成功。死者4名。負傷者5名。いずれも星なし、あるいは星一つの新兵。
「ここから先は室内戦だ。獣人達がどれくらい潜んでいるのかもわからない。だが我々は先へ進む」
「皆で入るのか?」
「いや。おそらくこの騒ぎを聞きつけて、外からも獣人が攻めてくるだろう。中の状況調査と現場維持、そして後方を警戒するメンバーとを分ける。慎重に進みたい」
「まずは先発隊を、ってか」
「ああ。それを……君達、スカー分隊に任せたい」
こうして、四人は要塞へ踏み入っていく。
中は吹き抜け構造の大きな広間になっており、上へ向かう為の階段がいくつかある。
「外から見るより大きいようです」
上方へ向かって小銃を構え、警戒しながらアリスが言う。
「この大きさなら、輸送車ごと突っ込んでも問題なさそうだ。障害が無いことを確認したら、本隊も進ませよう」
「あのさ……あの小隊長サン、あんなこと言って、あたし達を良いように使ってるだけなんじゃないの」
「合理的な判断ってやつだ。戦い慣れしていない奴を突っ込ませても、帰ってこれるかわからん」
「本当にそう考えてる?」
「黙ってろ。敵の反応は?」
「ちっ。……無いわよ。今んとこね」
四人は全方向をくまなく見渡し、潜んでいる敵がいないか慎重に探っていく。前方にレイチェルとスカー、後方にアリスとミントが位置する。
「あの、先ほどはありがとうございました、アリスさん」
「いえ」
視線を向けるミントとは対照的に、アリスは照星を覗きながら、どこか機械的な動きで素早くクリアリングを行っていく。
「あのままなら、私――」
「隊長。気配も物音もありません。残存部隊はおそらく上階か、地下があればそこに引いているものと思われます」
「そうか。あまり深追いするなよ。ここの危険がないことを確認したら、一度戻ろう」
「はい」
ミントの言葉を遮るように、アリスとスカーがやり取りを交わしていく。無視された。本人にそのつもりはないのだろうが。
「ね、ミント。もちょっと後ろに下がろう? あの二人に任せてさあ」
いつの間に移動したのか、横からひょっこりとレイチェルが現れる。ぞくり、とミントの背筋が反射的に粟立った。
「集中してください」
「つれないこと言わないでよ。さっきからさ。もしかして、この前の、気にしてる?」
「いいえ」
嘘をつく。前回の防衛戦での一件から、ミントはレイチェルがますます苦手になっていた。一見、小柄な少女のような天使。純真無垢な瞳。その奥にある異質な何か。
苦手だった。あの視線に潜む感情に、ミントはすっかり気付いてしまっていた。この人は怖い。スカーやアリスとは違う。自分を見る目。いつかどこかで、ずっと向けられていた視線。
沈黙を交わす。小さく鼻を鳴らして、レイチェルは再び狙撃銃を覗き込みはじめる。ミントもまた、レイチェルとは違う方向に視線を向ける。
吹き抜けの天井。ど真ん中。スカー達の真上。薄暗闇の中で揺らぐ空間。
「?」
違和感を覚える。ミントが声を上げようとした瞬間“空間”の歪みが大きくなった。
「隊長!」
ミントが叫んだ。“空間”から下一直線に、高速で何かが伸びてくる。向かう先にはスカーの姿。“空間”の歪みはやがて、一体の獣人へと姿を変えた。
「コココココココココココ!」
「ぐぅっ!」
スカーの身体が一瞬で締め付けられた。ピンク色をした帯状の何か。舌だ。
姿だけでなく気配すらも消し、天井に張り付いていたのは一体の大きな獣人だった。表面を七色に波立たせた緑の皮膚、ぎょろりと回る大きな目。特異種“バニシングタン”である。
「隊長!」
ミントが叫ぶ。スカーは両手を縛られた体勢のまま、何とか抵抗しようと足掻く。もがけばもがくほど、生暖かい舌はぎりぎりと身体を締め上げていく。
「コッ! ココココ!」
「ッ……の、野郎!」
アリス、レイチェル、ミントの三人が天井に向けて発砲を開始する。バニシングタンは舌を伸ばしたまま高速で天井を這い、銃撃を避けるように上階のベランダへと身を隠す。
「舌だ、舌を撃て!」
本体から舌へと目標を変え、三人は銃撃を続ける。だが、そのしなる舌はまるで意思を持ったように巧みに動き、銃弾をするりと避けていく。
「コヒュッ!」
下げられた舌がぴんと張る。途端、スカーの身体が勢いよく宙に浮き、吹き抜けの空間を飛び上がっていく。
ミントが悲鳴を上げる。その横から滑り出していったのはアリスだ。
「アリス、どこ行こうってんだよ!」
「隊長を助けに行きます。レイチェルさんとミントさんは後続に状況報告をお願いします」
言うが早いか、アリスは壁を蹴りながら、上へ上へと飛んでいった。
吹き抜けには再び静寂が訪れ、がらんどうの広間にはレイチェルとミントだけが取り残された。
―――
その頃、屋外では。
「んんんんん…………ふっ、くう……んん……」
輸送車内から聞こえる嬌声に、新兵達は戦場のど真ん中であることも忘れ、耳をそばだてていた。
「何やってんのよ……あれ」
「治療だって」
「あの“M”の?」
「さっき機関銃撃ってたコだよね」
「うーわ。うわ。中で何が起こってんだろ。気になる。気になる」
「あんまり見ない方がいいんじゃないのかな……」
輸送車内。
「出血は止まったけど、後は内臓ね。時間がかかるわよ……さあて、どこから弄ったものかしら」
「お、お願いです……お願いですから、もっと優しく」
「あら、いいの? あまり“感じないように”してもいいけれど」
上半身をはだけたマゴットが蠱惑的な笑みを浮かべながら、掌をゆっくりと開閉する。その傍らで横になっているシアリィは顔を上気させて、荒い呼吸を繰り返していた。
一時はどうなることかと思ったが、ヤマは乗り越えた。呼吸も問題ない。このまま安静にしていれば、戦闘はできないまでも、死ぬことは避けられるだろう。
その後、意識を取り戻したシアリィは、完治させてくれと懇願した。他の軽傷者は既に全員が治療済。ならば。
「ゆっくりやってあげてもいいけど、少し時間がかかるかもね」
「……い、いえ、シアリィは……早くみんなと戦いたいんです。だから、その、少し荒っぽくてもいいですから、そのう」
「理由はそれだけかしら?」
「え、あ、その……ひっ!」
マゴットは掌を患部ぎりぎりまで近づけ、焦らすように触れたり離したりを繰り返す。シアリィは時折自らの腹部を襲い来る“不快感”に身悶える。暴れたりしないよう、その手足は輸送車内の手摺に包帯でしっかりと結び付けられていた。あどけない天使の身体は、いまや為されるがままだ。
「本当の、理由は?」
「ひぅ! あっ、えあっ! いひっ! あ、あの……っ!」
一杯まで焦らす。
「う、うるせぇえーーーーっ!」
運転席から怒号。オードリーだ。腹に据えかねたらしい。
「なァーにをやってんだよ! 戦場のド真ん中でンなことしてる場合か!」
「あら。ごめんね」
遊び過ぎたろうか。マゴットは一息つき、シアリィの腹部にぴったりと掌を当てる。
「じゃ、一気に行くから。オードリー、耳塞いでてもらっていいかしら」
「ああ、クソ……とっとと済ませろ!」
運転席に深く腰を下ろし、オードリーが耳を塞ぐ。
「え、その、一気にって……ふぐっ!」
再びシアリィの口にガーゼを詰め込み、マゴットは意識を集中させる。豊満な胸元から生える水晶が一際明るく輝く。
「一気に、してあげるってこと」
「ん、んん……んんー!」
シアリィの瞳が恐怖と渇望に見開かれる。間髪おかずに、腹部をまさぐられるような“不快感”が来た。
「んぐーーー! ふぐぅーーーーーっ!」
シアリィの身体が跳ねる。必死にもがくが、手足を縛られているせいで抵抗が出来ない。緩急も焦らしも容赦も一切なし。悪名高き“マゴット・セラピー”が全力でシアリィの身体を掻き回していく。
「んひ! んひいいいっ! ぃいいいーっ!」
痛みでも快楽でもない、耐えがたい熱と“身体の中を蛆虫が這いまわるような不快感”がシアリィを襲う。
「うふふふふふ。これが欲しかったんでしょ? ずっと待ってたって言ってたじゃない」
「ふひぃ! ひぃ! まっひぇ、まっひぇはんれふ! れも、れも、ほんあのぉお!」
戦闘能力を持たないマゴットは、代わりに他の天使の傷を癒す回復魔法の効能に優れた特性を有している。だがその治療は曰く“不快感の塊”であり、好んで受けたがる者はいない。ただ一人、その虜になったシアリィを除いては。
「なら、ここで止める?」
力を込めれば込めるほど激しく喘ぐ。初めは“変なのに懐かれた”くらいしか思っていなかった。だがこうして反応を返されるのを目の当たりにし、マゴットの施術はいよいよ昂っていく。
「へひぇ? ……いやれふ……ほんふぁほほえ……」
「いいコね。なら、ご褒美にとっておきのをあげる」
シアリィは首を振り、懇願に震える。マゴットは怪しく笑う。オードリーは歯ぎしりをして耐える。輸送車内は異質な空間と化していた。
「キツいわよぉ……うふふふふうふふうふふふふふ」
「ふひぇ……ひひ……ひへぇ! ひっ、ひぃいいいいいーーーっ!」
「ぐあああーっ! なんでもいいからとっとと終われってんだよぉお!」
――やがて“治療”が終わり、シアリィは失禁と共に気絶した。マゴットは満足げな顔で、オードリーはこの世の地獄を見たような顔で、同時に煙草に火を着けるのだった。
―――
「随分と時間がかかっているようだが。なあ、車内で一体何をしているんだ?」
輸送車の周りには新兵達が神妙な表情をして集まっている。それを訝しげな視線で見るアルマに、ロジーナはどこか達観したような顔で一言こう答えた。
「“治療”」




