#4
戦争とは集団戦である。規律を保ち、統制された部隊による軍事行動。勇気や気迫でどうにか出来る範囲はほんの僅かであり、戦局の大半は上部による判断と命令により優劣が決まってしまう。兵士はその駒に過ぎず、個人の能力が戦局を動かすことなどありえない。個々人の活躍で状況を覆すスーパーヒーローなど存在しない。スカーはそう思っていた。
だが今はどうだ。上部からの命令もなく、決められた役割こそあれど、各々は偶発的に集まり、繰り返されるのはどれもが軍事行動とも呼べぬものばかり。
決して戦争などではない。これでは……まるでゲームだ。
「突入せよ!」
アルマの号令で、天使達が散開する。
爆破された門の先には左右を10mほどの高い内壁に囲まれた広場。天使達はATVを捨て、兵員輸送車を中心に侵攻を開始。
飛び込むなり、前方や側面から次々と銃を持った獣人が現れる。いの一番に飛び出したのはアリスだ。先ほどの戦闘をこなしてなおその勢いは衰えない。戦闘経験の多いアルマ、スカー、ロジーナ、サーニャが続く。ミントとレイチェルがそのすぐ後ろに位置を移し、好戦準備に入る。一方、戦いに慣れない新兵達は低速で動く輸送車を盾にして、側面の獣人に対応している。迎撃態勢が整っていない今が好機。
「ロケットやら、デカいのを持ってる奴がいたら最優先で倒せ。フッ飛ばされたら、後ろの奴らもただじゃ済まねえからな!」
スカーが叫び、周囲を見渡す。輸送車が来たのは予想外だったのか、獣人達は今でこそ固定機銃や軽火器での応戦に留まっている。だがこれだけの施設だ、爆発物を持ち出されるのも時間の問題だろう。
「アリス。君の腕前は確かなようだ。私と一緒に、左方の壁を落とせるか?」
アルマが問う。アリスはしかし彼女ではなくスカーに視線を送る。
「……あくまで俺の命令待ちか」
スカーは一言呟くと、無言で頷く。
「了解しました」
「よし。残りの皆は正面と右方を任せる! 慌てるなよ!」
命令を下したアルマが、アリスと共に左方へと走っていく。
―――
「……まだ、使うのは早いな」
「?」
「いや、こちらの話だ。ところでアリス、飛ぶのは得意か?」
「はい」
アリスが応えると、アルマは手早く戦法を伝える。
「……やれるか?」
「大丈夫です。ですが、そちらが耐えられますか?」
「なに、身体だけは頑丈でな」
「わかりました」
言うなり、二人は銃弾をかいくぐり、壁面へと走る。壁からの距離が短くなるほど、上からの銃火は少なくなっていく。備え付けられた固定機銃の射角が合わないためだ。
「私から飛ぶ。いち、にの、さん、で行くぞ」
「はい」
「いち、にの……さん!」
アルマが壁面へ向かって飛んだ。羽を使い、ふわりと上昇、そのまま壁を蹴る。大きく後退し、アルマはくるりと身を翻して空中に一瞬留まる。
ワンテンポ遅れてアリスも飛ぶ。同様に壁を蹴り、その身体は空中のアルマに向かう。
「今だ!」
アルマが叫び、防御するように小銃を構える。空中で衝突する寸前、アリスはアルマの構えた銃身を蹴り、壁に向かって再び大きく飛んだ。
「ぐっ」
勢いよく蹴られたアルマが体勢を崩し、受け身を取りながら地面へと叩きつけられる。素早く上を見たアルマが目にしたのは、壁の高さを超えるまでに飛んだアリスの姿だ。
“羽付き”二人による強引な三角飛び。アリスを壁上に送り込むため、アルマは即座にこの戦法を編み出し、実行に移した。お互いの身体能力、そしてアリスの単独戦闘能力に確信があったからこそ、アルマはこれを可能と判断したのだった。
「――制圧しろ、アリス!」
突然目の前に飛び上がってきた天使に、左方壁上の獣人達は混乱に陥った。
地上へと銃を向けていた獣人の一体が反射的に闖入者へと照準を移す。だが遅い。アリスは空中で小銃を構え、豚の頭をした獣人の眉間に5.56mmを叩き込み、素早く着地する。壁面上の獣人は残り五体と確認。
続いて反応した猪頭が、横合い至近距離から手斧を振りかぶって向かってくる。胴体に三発。ボディアーマーを着込んでいるのか、その勢いは止まらない。小銃を素早く反転させ、銃床で横殴りに打ち付ける。再度回転させ、怯んだ猪頭の顎に向けて一発。ダウン。
血を噴き、ぐったりとのしかかってきた猪頭の身体を盾にして、アリスは残る獣人達へ迫っていく。ようやく照準を変えきった獣人が応射するも、銃弾は全て猪頭の死体に吸い込まれていく。
近くにいた二体の獣人に向かって死体を投げ飛ばす。倒れ込んだ二体の頭部に小銃を構え、指切りで二発ずつ射撃。ダウン。
固定機銃を構えていた山羊頭の獣人が懐から短機関銃を取り出し、銃口を向ける。アリスは姿勢を低く保ったまま走り出し、フルオートでトリガーを引く。獣人は照準を合わす暇もなく身体中に穴を開けられ、固定機銃にぶつかりながら絶命した。
一瞬で五体の獣人を倒され、残り一体の豚頭は闖入者の脅威に戦意を喪失していた。条件反射的に拳銃を構えるものの、トリガーにかけた指は震えている。
一歩、また一歩と、羽を生やした悪魔が近づいてくる。
接近したアリスは恐怖にいななく豚頭の顔面を素早く掴み、石造りの手摺に打ち付ける。一度、二度、三度。後頭部から出血し、豚頭は白目をむく。アリスは力の抜けた身体を押しやり、容赦なく豚頭を地上へと突き落とした。
壁上で銃声を聞いていたアルマは、やがて固定機銃の傍からひょっこりと顔を出したアリスを確認した。制圧までわずか数十秒。あまりにも手際が良すぎる。星無しと聞いていたが、彼女は異常なほどの戦闘能力を有している。
「頼もしい限りだな」
だがその理由など、アルマにとっては二の次だ。今はその能力を活用させてもらう。固定機銃を水平に――つまり対岸へと向けたアリスは、そのまま右方への援護に回りだす。アルマもそれを追うように、新兵達が応戦する右方壁面へと駆け出していった。
―――
「おい、あんまり顔出すんじゃねえぞ。横からも狙われてるってこと、忘れるなよ!」
「シアリィが撃たないと、みんな出て来ちゃうじゃないですかあ!」
前方、一際大きくそびえる建造物の窓や入口からは、いくつもの銃火が咲き乱れている。輸送車の銃座についたシアリィは、地上で戦うスカー達の援護射撃を担当していた。
「っ……っうぅー!」
門の破壊にと放ったパイルバンカーの衝撃で痛む肩に、さらに重機関銃の振動が響く。シアリィは痛みをこらえながら左右に銃身を向け、獣人達の抵抗を抑え込んでいた。排莢受けに大量の薬莢が盛られていく。トリガーを持つ手が痺れる。それでもシアリィは撃つのを止めない。雷のような重い銃声が轟く中、じりじりと前進する輸送車の周りでは戻ってきたアルマの指揮の元、新兵達が左方へと周りこんでいる。背面から撃たれる心配がなくなった為だ。
「さすがにこの距離じゃ、拳銃もろくに当たらねえな!」
「いい加減、その戦い方変えたらどーよ、隊長!?」
「今さら矯正できるか!」
狙いを定められぬよう素早く動きながら、スカーは拳銃を構え、獣人に向かって撃つ。その後方、輸送車の傍ではレイチェルが狙撃銃のスコープを覗き込み、迂闊に顔を出した獣人の頭部に穴を開けていく。ヒット。身体を捻り、銃撃を避けつつボルトを引く。排莢、装填。再び身体を戻し、次の目標に照準を合わせる。撃つ。
撃った瞬間、ぶれるスコープの端に、嫌なものが見えた。
「ロケット!」
レイチェルの叫びにすぐさま反応したスカーが拳銃で抑え込む。遠距離であったが、銃弾は着実に獣人の肩を射抜いた。――だが浅い。距離減衰の激しい拳銃弾では致命傷に成り得ない。獣人は撃たれた傷をものともせず、ロケットを構えなおす。
まずいか。スカーが舌打ちをした次の瞬間、小気味よい音と共に獣人の周りに大量の銃弾が浴びせられた。
「……私だってっ!」
片膝をついたミントの軽機から煙が立ち上っている。目標を定めた一点集中。獣人の身体がぐらりとよろめき、一瞬の後、爆発が起きた。暴発したのだろう。
「っしゃ、ナーイス、ミント!」
「や、やりました!」
ミントはレイチェルでなく、スカーに視線を送る。だが当のスカーは爆発を確認した後、慌てて入口から出てきた獣人に対処をはじめていた。
「……」
暴発で正面の獣人は混乱。ロジーナとサーニャがその隙を逃さず、頭や身体を露出させた獣人を冷静に仕留めはじめる。輸送車の銃座にいたシアリィもまた、機銃で援護に入る。猛烈に吐き出される大口径の機銃弾が要塞の壁を打ち砕いていく。
「まだまだまだぁーッ!」
「おい、深追いすんじゃねえ、シアリィ! 横も警戒して――」
運転席にいたオードリーが注意を喚起しようとした瞬間……一発、どの銃声とも違う乾いた音が響いた。
「――えあっ?」
脇腹に血の華が咲き、シアリィの身体がぐらりと揺らぐ。脱力した身体は銃座から転げ、輸送車の内部へと落ちていった。
ロジーナが銃口の向きを変え、シアリィを撃った獣人を捕捉する。右方壁上。撃ったのは、他の獣人とは違う特異な影。
黒い毛並の虎頭。スコープ付の、古めかしいレバーアクションタイプの銃。一瞬だけ見えたその影は壁の手摺に素早く身を隠し、カウンタースナイプを免れる。
「今のはッ!?」
「撃たれた! あの機関銃のコ!」
「どこよ、撃った奴は――ぎっ!」
突然の事態に動揺し、迂闊に頭を出した天使の一人が頭部を撃ち抜かれる。
「ひっ……何、今の……死、死ん……!」
正確に眉間を撃ち抜かれた天使は膝をつき、その場に崩れ落ちる。
「きゃああああああ!」
「隠れろ! 頭を出すな! 腕のいいヤツがいる!」
スカーが新兵達の混乱を制し、自らも輸送車の影へと滑り込んでいく。ミント、レイチェル、アルマ、サーニャも同様だ。
左方壁上からアリスが固定機銃で対面を薙ぎ払う。獣人が一体、直射を受けて吹き飛んだが、件の虎頭ではない。もう一度狙いを定めようとするも、今度は正面からの銃撃が入り、アリスは傍の手摺に身を隠す。
「あの野郎、一発で流れを変えやがった」
忌々しげに右方壁上を見つめ、スカーは舌打ちをする。
「古い銃で、あんな正確に……」
「うそでしょ」
「他の奴らより狡猾に動いてやがる。間違いねえ、特異種だ」
スカーの言葉に、新兵達から口々に不安そうな声が漏れる。レバーアクションライフルの独特な発砲音。意図して撃ったか、それとも。
その間にも、攻勢を止め身を隠した天使達に、今度は右方、そして体制を立て直した正面から銃撃が再開されていく。
たった一人の機転、一発の銃声により、戦場の状況は急変する。
それは、いとも簡単に。




