#3
進軍途中で、部隊は木の枝にぶら下がった天使の死体を見つけた。死体は硬直しきっており、死後しばらく経っているようだった。
降下に失敗してそうなったわけではない。それは明らかに人為的に、まるで見せしめのように吊られていた。近付けばお前もこうなるぞ、と言わんばかりに。
幾人かの天使が顔をしかめる。戦場に降りたての新兵ばかりなら、鋭気をそがれて立ち去ってしまうだろう。例えベテランの天使でも、その場を警戒して足を止めるだろう。
だが今、要塞へ向かおうとしているのは散逸的な分隊ではなく、複数台の車両に乗った小隊規模の天使達だ。アルマの指揮の元、天使達は要塞へ向けてスピードを上げていく。
「見えてきたぞ」
「なにあれ。ほとんど壁じゃない」
「本当にやるっての。あれを? あたし達で?」
丘を越えた天使達の前に、要塞が姿を現す。山の上に建てられた、古城跡を改造したと思しき建物だが、屋上に設置された対空砲と周りを囲む防壁以外は、中の様子も分からない。恐れおののく天使達は、しかしやがて対抗策を模索しはじめる。
「門はどこよ、門は」
「あれじゃないかな。大きいやつ」
「爆弾は?」
「弾薬庫からたっぷり持ってきた」
「あっ、それ私に任せて。昨日、扱い方は覚えたからさ」
天使達はATVを寄せ合い、口々に話しはじめる。
森の中、獣人に気付かれぬギリギリの距離で全車が停止し、アルマが作戦を伝える。
「要塞は周りを壁に囲まれている。あの大きな門も堅牢そうに見えるかもしれないが、古城跡を利用した建物だ。これまでと違い、火力を集中させれば打ち破れる可能性はある。まず我々は一気に正面の門前まで肉薄し、これを突破、侵入する。……特務班!」
「「はいっ!」」
特務班、と呼ばれた天使達が声を上げる。
「君達は爆薬を使い、門を発破してくれ。その間、私達が皆で援護する。スカー分隊もこれに加わってほしい。戦闘能力のある者は積極的に頼む」
アルマの指示は慎重かつ大胆なものだった。星の数で能力を早計せず、適材適所を見抜いていく。
「隊長」
ATVの助手席でそれを見ていたアリスが、運転席のスカーに声をかける。4号車に搭乗するスカー分隊は、特務班の援護をするのが役目だ。
「何だ」
「私は、どうすればいいのでしょう」
真面目な顔で、アリスが訊ねる。話を聞いていなかったのだろうか。
「……アルマの言う通りだ。俺達は――」
言いかけたスカーに、アリスの声が重なる。
「隊長。“作戦”をお願いします」
スカーはアリスを見る。コード。アリスは今、確かにそう言った。小隊長であるアルマではなく、分隊長のスカーにそれを求めたのだ。何かを察したスカーは、口にする言葉を慎重に選ぶ。
後ろでは、ATVから降りたレイチェルが狙撃銃を構えている。その銃身は壁の上にいる見張りの頭部を捉えている。これを合図に、小隊は作戦を開始する流れだ。
スカーは他の車両と同じくエンジンをかけ、アクセルに右足を置く。
――アリスは言われたことを吸収し、遂行する。完璧に、徹底的に。ならば。
「“仲間を守れ。邪魔をする獣人は排除しろ”」
「了解しました」
レイチェルが引き金を引く。
乾いた音が、小隊全員の耳に入る。当たったか外したかはわからない。だが、レイチェルなら外さないだろう。
「――全員、突撃!」
―――
そびえ立つ壁は、時にその威容だけで敵の侵入を拒む。精神的優位な状況を把握していたのか、あるいは慢心か、それは要塞内の獣人に侵略者の察知を遅らせる結果となった。
「スピードを上げろ! 敵の火力が集まる前に出来るだけ近づくんだ!」
「こちとら、とっくにアクセルはベタ踏みだっつーんだよ!」
「ホー! ホー! ホー!」
土煙を上げ、全車は一直線に扉前を目指す。
「……っ!」
ATVのフレームにしがみつき、身を縮ませているのはミントだ。どうもスピードを上げられるのが怖いらしい。
「……ビビってんの、ミント? 大丈夫だって」
レイチェルが声をかける。ミントは何も答えない。レイチェルは諦めたように顔を逸らし、小さく舌打ちする。
門の前まであと少し、というところで、ようやく壁の上から獣人達が顔を出すのが見えた。それを素早く仕留めたのは、別のATVに搭乗していたロジーナの狙撃銃だ。その顔に迷いはない。
「あたしのキル数稼ぎを邪魔すんじゃねえっつーのよ」
苛立ちまじりに言い放ったレイチェルも狙撃銃を構え、別の獣人を捉えて撃つ。銃弾は標的の腹部に命中。いつもなら頭部を吹き飛ばしているところだ。慣れない車上での射撃に、フラストレーションは増していく。
「そろそろ止まるぞ!」
スカーがハンドルを切り、急激なブレーキで門前にATVを付ける。他の車両も同様だ。中心にいた兵員輸送車は見事なドリフトターンを決め、後部ドアを門の前に向けて停車した。
「特務班、頼んだぞ! 他の者は援護を!」
アルマの号令と共に、兵員輸送車から爆薬を持った天使達が出てくる。その中にはシアリィの姿もある。義手の能力を買われたのだろう。
「あのー。シアリィ、やっぱりやらなきゃダメなんですかねえ」
「ちゃんと構えてれば大丈夫よ……たぶん」
「たぶん、って何ですかぁ! ちゃんと支えてて下さいよ!」
強力なパイルバンカーとはいえ、一発で門を破れるほどの威力はない。穿った穴に爆薬をしかけ、門を吹き飛ばす作戦だ。
「よし、俺達も出るぞ」
門の前で特務班が準備を始める中、スカー分隊も行動を開始する。
―――
意外にも獣人達の抵抗は少なかった。門の真下に張り付いた天使達に対して射線が通らないのだろう。時折、散発的に狙撃があったが、レイチェルとロジーナのカウンタースナイプで排除されている。
「これならいけるぞ! 特務班、行動を急げ!」
「ほ、ほんとうにやるんですか……」
「あったりまえじゃない! そのレバー引けばいいんでしょ! あたしが引いてあげようか!?」
「け、結構です! やればいいんですよね、やれば!」
「根性見せろぉ!」
門の下でゴゥン、と爆音がする。と同時に、シアリィの悲鳴。
「いっ、痛あああああいいいいいい……!」
「よっしゃ! 穴開いた!」
「このコは下がらせて! あとはあたし達で――……」
言いかけた天使に、突如として影が落ちた。
「ッ!?」
太陽の光を遮る何か――大きい何かが、上空から落ちてくる。
「ターーーーーーンク!」
門の真上から落下し、地面を砕きながら現れたのは――特異種、マッドタンクだ。
「ひ、ひゃああああ!」
「ななななな、なに、何あれ? あのデカいの!」
「怯むな! 各員、特務班を守れ! 特務班は工作を続けろ!」
アルマの号令が飛ぶ。
「いいか、奴の弱点は足だ。近付かずに、まず行動を封じろ! ブン殴られたらタダじゃ済まねえぞ!」
続けてスカーが対策を伝える。
「対策は把握しています。私が交戦します。援護を」
真っ先に飛び出したのはアリスだ。小銃を手に、地面を滑るようにタンクへと走っていく。
「ちょ、ちょっと、危ないって、アリスちゃん!」
遠目にその光景を目撃したシアリィが、肩の痛みも構わずに叫ぶ。アリスも自分達と同じ“星無し”。その認識は、しかし一瞬で覆る。
「グ……ガァアアアアアッ!」
タンクがアリスを確認し、巨大な右腕を振り回す。アリスは羽を使って飛び上がり、これを回避。一瞬の挙動の中で、タンクの右肩に向けて小銃を叩き込む。タンクの肩が銃弾によって引き裂かれ、肉片が飛び散る。
「へ?」
一瞬のことに、シアリィは口をぽかんと開けた。
続いてミントが地面に寝そべり、伏射姿勢で軽機を構えた。その横ではレイチェルが壁上の獣人に備える。スカーはホローポイント弾を装填した拳銃を取り出し、タンクの足へ向けて射撃を開始する。スカー分隊にとってタンクは見知った相手であり、因縁の存在だ。
それ故に、反応も早かった。
「アリスの事は構うな! 今なら、ありったけの銃弾を足にブチ込んでやれる!」
アリスの動きに一切の不安は感じられなかった。流れるような動きで、タンクを翻弄していく。そこにいたスカー分隊以外の全員……アルマでさえも、その光景に一瞬目を奪われていた。
「……よし。我々も援護するぞ。誰でもいい、輸送車の機銃を使え!」
「もう着いてるよ! 忙しいこった!」
アルマの号令に、運転席から銃座に移動していたオードリーが応える。
「アリスに当てるんじゃないッスよ!」
「わーってるよ!」
続けてその横を、サーニャが飛び出していく。
「サーニャ!」
「大丈夫ですよ。あれくらいなら」
マゴットの声にサーニャは事も無げに応え、アリスと同様にタンクへと接近していく。
アリスとサーニャがタンクの周りを素早く飛び回り、その隙に周囲の天使達が足元へと銃撃を加える。強靭な耐久力を持つタンクといえど、この猛攻には対処が出来ない。
やがて。
「ガアアアアアアッ!」
そのアンバランスな脚を粉々に砕かれたタンクが地に伏せる。アリスとサーニャは無言で視線を交わし、素早くタンクの背に立つ。アリスは逆向きに連結された小銃のマガジン(物資の中にあったケーブルタイを用いた急ごしらえのダブルマガジン)を反転させ、素早くリロードを行う。サーニャは二挺のPDWをタンクへ向ける。両名とも、息一つ切らさずに。
「死ね」
「……」
そして大量の銃弾を後頭部に叩き込まれたタンクは、その脳漿を撒き散らしながら絶命した。
やがて天使達から歓喜の声があがるのと、特務班が門に爆薬を設置し終えたのは、ほぼ同時だった。




