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A1ice in W0nderland

 白い部屋。真新しいベッド。


 窓から差し込む、気持ちのいい朝の光。

 季節は春になったばかり。朝の空気は少しだけ肌寒くて、温かいお布団はなかなか私を離してくれない。

「アリス。起きなさい」

 一階からよく通る声。私は応えて、ベッドから起きる。

 ちくん、と腕に痛み。ベッドの上にはチューブが一本。

 リビングに降りると、ママが朝食の支度をしていた。部屋の隅にはやたらに大きな灰色の掃除機が転がっている。パンと、ベーコンの焼ける匂い。

「昨日はしゃぎすぎてたし、まだ眠いのよね。でも、早くしないと遅刻しちゃうわよ」

 そうだ。思い出した。昨日はパパとママとで遊園地に出掛けたんだ。十五にもなって親子で遊園地だなんて、子供っぽいのかもしれない。それでも、私は楽しかった。

 パパは?

「とっくに会社に行ったわよ」

 ママは苦笑いした。私も早く学校にいかなくちゃ。アイロンのかかった制服に袖を通す。昨日の夜から降り始めた雨は止んでいて、澄み切った青空が広がっていた。


「お、おはよう」

 通学路の途中で■■■に会った。大人しいけれど、とっても優しい、私のクラスメイト。

「アリスさんは朝から元気なんですね。私、まだちょっと眠くて」

 ふわ、と■■■は小さくあくびをする。私はといえば、家から出かける頃には眠気もすっかり吹き飛んでいて、今にでも飛べそうなくらい身体が軽かった。

「あの、数学の宿題、やりました?」

 宿題?

「え……もしかして、忘れちゃったんですか? ■■■■■■先生、とっても厳しいのに」

 思い出そうとしても思い出せない。やった記憶もない。私がそう応えると、■■■はママみたいに苦笑いして、それからノートを手渡した。

「アリスさん、貸してあげます。授業までに、ちゃんと返して下さいね?」

 私は■■■にお礼を言って、ノートをカバンにしまう。持つべきものは友達だなあ、と思った。


―――


 学校につくなり、肩をちょんちょんと後ろから突つかれた。

「聞いたよ、アリス。あんた、まーた宿題やってこなかったんだって?」

 いじわるそうにニヤニヤと笑うのは、同じくクラスメイトの■■■■■だ。明るくて、すごく鋭いところもあるんだけれど、たまにガサツなところもある。黙っていれば小さくて可愛いのになあ。

「さっき■■■と話してたんだ。あんた、いつもマジメなくせして、宿題だけはしょっちゅう忘れるんだから」

 ■■■ったら、私の事を話したみたい。私はちょっとだけ怒って、■■■■■の頬を指で突つき返した。

「いひゃ、いひゃいって……っぷは。へこみっぱなしになったらどーすんのよ。アリス、手加減ってモンを知らないよね」

 しばらく二人で頬を突つきあって遊んでいたら、チャイムが鳴り、ほぼ同時に教室のドアが開いた。

「おーっす。静かに。ホームルーム始めるぞ」

 ■■■■■■先生が入ってきた。このクラスの担任にして、数学の先生だ。クラスを見渡して、先生は鼻を鳴らす。

「何だ、せっかくの気持ちいい朝だってのに、眠そうな奴が多いな。休みボケが治ってねえか?」

 私達の通う高校は女子高で、先生も女性が多い。その中でもこの先生は風変わりなところがあって、身体も大きくて口調も荒っぽいところがある。話してみればすごくいい先生なのだけど……。

「ああ、休みといえば、お前ら宿題はやってきただろうな。五時限目が楽しみだ。……で、まさか今になって他人のノートを写そうなんて奴ァいねぇよな?」

 後ろの席の■■■■■がおもむろに手を挙げようとする。私は咄嗟にその手を掴んで止めた。

「痛い、あ痛、いたたたたたっ……!」

「……アリス、何してんだお前。頼むから、俺のクラスで暴力沙汰は起こすなよ?」


―――


 あっという間に午前中の授業が終わり、私達はお昼を食べに屋上へ向かう。■■■から借りたノートも、何とか写すことができた。……たぶん、■■■■■■先生にはバレちゃってるかもしれないけど、まあ、いいよね。

 コンクリ建てになった校舎の屋上は周りをフェンスで囲まれていて、昼休みには自由に出入りできる。東側には一か所だけ大きな銃が外に向けて設置されているのだけど、こんなもの、何に使うんだろう?

「あっ、アリスさん、こっちです!」

「おっそーい。モタモタしてると、先に食べるよ」

 ママに作ってもらったお弁当を持って屋上へ向かうと、給水塔の真下には既に■■■と■■■■■の姿があった。ここで友達と一緒に食べるのが、いつものお昼だ。


 お昼を食べ終えても、昼休みはもう少しだけ続く。

「――だからさあ、あたしはそいつにガツーンと言ってやったの。だってモタモタしてたら出遅れちゃうじゃん?」

「でも、もう少し良く考えてから行動した方がいい気もしますけど」

「わかってないなー、■■■は! あんたもさ、気になってる人いないの? あたしが手伝うよ?」

「え……」

「いないの? 何ならあたしが■■■を……」

 言うなり、■■■■■はおもむろに■■■の胸を揉む。

「ひゃ、ひゃあ! 止めて下さいってばあ!」

 脇腹に手を回されてくすぐったかったのか、■■■は笑いながら■■■■■の手を押し退ける。スキンシップなんだと彼女は言うのだけど、毎回、ちょっとやりすぎな気もする。

「アンタら、昼間っから何してるし……」

 呆れたような顔で近づいてきたのは、クラスメイトの■■■■だ。

「あっ……た、助けてくださーい!」

「いいじゃん、減るもんじゃないんだからー」

 わきわきと手を動かす■■■■■を、■■■■はひょいと抱きかかえてその場から離す。

「嫌がってるのに続けるのは良くねーし。あと、メシ食ったばかりで動くと身体にも良くねーし」

 ■■■■はそう言ってガムを口に放り込む。食事は? と聞くと、別のグループとの中で既に済ませたみたいだった。

「何だよ、あんたも変なところでマジメなんだから」

「変なところは余計だし。アタシは、友達ならもっと大事にしろって言ってるだけだし」

 どこか大人びた雰囲気を持つ■■■■はクラスの中でもひときわ目立つ子だ。しっかりとした性格で、色々な子から頼られている。勉強もできない自分はリーダーなんてガラじゃない、と言っているけれど、周りにはいつも人がいる。私も彼女から「友達を大事にすること」を教えてもらった。とっても大事なことだと、教えてもらった。



―――


 午後、どうにか■■■■■■先生の授業を終え(宿題の件はやっぱりバレてたみたいだったけど、先生は何も言わなかった)、あっという間に一日が終わった。

 学校の終わりを告げるサイレンが鳴り響く。

「放課後、どこかいく?」

「あのね、■■ちゃん……私、アイス食べにいきたい。駅前の」

「フォーティーファイブ? この前も行ったような」

「う……だって、今だとダブルカラムがオマケだって……」

「わかった。まったく、■■■には敵わないな」

 仲が良さそうに出ていく二人組の背中を見ながら、私も帰る準備をする。■■■がこちらに気付き、ぶんぶんと手を振っている。

 その手が、ぴたりと止まる。

「……! …………!」

 クラスの隅。喧噪に紛れた、ちょっとだけ嫌な空気。

 一人の女の子が、周りを囲まれていた。一人? ううん、違う。傍にもう一人いる。

 一人は……確か名前は■■■といったはずだけど……彼女は周りからの声に反論するように、荒っぽい声を上げている。その傍にいるもう一人は、怯えたように耳を塞ぎ、背を小さく丸めていた。名前は? 忘れてしまった。

「アリス……」

 ■■■が近寄ってきて、私に耳打ちをする。何だか穏やかじゃないけど、どうしたんだろう。それに、あれは誰?

「あのね、あの子……最近、よく色んな人とトラブル起こしてるから、それで」

 よくわからないけど、誰か止めないのかな。■■■■■■先生とか?

「二人とも、何してんの。モタモタしてさ。さっさと帰ろうっつーの」

 いつの間にか、■■■■■が横に立っていた。

「時間あるし、どこかいく? フォーティーファイブはヤだよ。あそこカップルばっかりなんだもん。あたし的にはさ、ゲーセンいって、それから――」

 私は彼女の話を遮るように、教室の隅に目線を移す。すると■■■■■は眉をひそめ、露骨に嫌そうな顔をした。視界には入っていても、話題にしようとしていないようだった。

「――放っておけばいいんだよ」

「■■■■■……でも……」

 ■■■は何か言いたげに、もじもじと視線を落とす。

「アリス、覚えてないんだっけ」

 私は問い返した。何かあったんだっけ、すっかり忘れてしまった。

「あいつったら、前に文化祭でやりたい放題やってさ、しっちゃかめっちゃかに乱しまくって、それで結局ハブられたんだ。■■■■■■先生だって、口には出してないけど、厄介な子だって言ってたよ」

 ■■■■■■先生が? 本当なのかな。周りを囲まれて反論している光景からは、とてもそうは見えない。クラスはみんな友達だと思っていた。■■■■も、友達は大事にしろって言っていた。

「あーゆーのがいると、クラスがうまくいかなくなる」

 ■■■■■も、嫌そうにちらりを目をやる。ちょうど口論の間に、背が高い一人の子が仲裁に入っていた。それでも口論は収まるどころか、余計に広がっているようにも見える。

 私は考えた。■■■■は友達を大事にしろと言っていた。■■■■■■先生も■■■■■も、クラスを乱す子は良くないと言った。


 ああ、そうか。私は気付く。

 きっと、■■■は私達の友達じゃないのだろう。

 私は心配そうに隅を見る■■■の手を引き、教室を後にする。


 背後から何かの視線を感じたけれども、私はそれを気にしないことにした。


―――


 学校の外に出ると、一面の野原、山、そしてその向こうに海が見えた。

 青く晴れた空の上には、小さな影がいくつも飛んでいた。そこからまた、何かがぽろぽろと吐き出されていった。

 いつの間にか■■■■■■先生も横にいた。とっても頼もしい、私達の先生。三人の友達。


―――


 もう一度、サイレンが鳴り響く。けたたましいサイレンがなる。

 うーうーと。うーうーと鳴る。

 そこら中から。耳元から。頭の中から。


 次第に音が大きくなる。


―――


 うーうーと鳴る。

 鳴る。鳴る。


―――


 私は、友達を守ると決めた。

―――


 そうしろと言われた。それを学んだ。


 うーうー。


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