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繧ィ繧ケ 2

 日が落ち、夕闇に包まれた島内。小高い丘の上。

 一丁の重狙撃銃を構えた天使スナイパーと、それに寄り添い観測鏡を見るもう一人の天使スポッター


「はい。シエラ。あーん、して下さいです。あーん」

 スコープを覗くシエラが言われるままに口を開くと、一粒のゼリービーンズが放り込まれる。

「タバコを頂戴、って言ったのに」

「撃てませんですか? 何度も言うけど、やりすぎは毒ですよ」

「……まあ、いけるけど」

 距離800。南南西に0.7m/sの風。右回りのライフリング。

「標的は一体。歩哨みたいですね。大丈夫だとは思いますけど、キャンプ地に近づいたら厄介です。撃っておきましょう」

 シエラは頷き、トリガーにかけた指に力を込める。鉄の塊とも形容すべき重狙撃銃には、相応に巨大な銃弾が一発装填されている。

「……止まりました。あとは任意のタイミングで」


 ファイア。


 銃身から反動制御のガスが噴出し、轟音と共に弾が射出される。獣人は頭部を破壊され、膝からその場に崩れ落ちた。夕闇の中での超長距離狙撃。おそらく、何が起きたかもわからずに死亡しただろう。

「ターゲット、ダウン」

 シエラは小さく息を吐いて緊張の糸を解き、スコープから目を離す。

「鎮静剤無しでも撃てるじゃないですか。シエラ。今度からは、お菓子を食べながら待ちましょうか?」

 ロメオが冗談交じりに笑う。シエラは何も言わずに腰を上げ、その場に座り込む。

 正直なところ、狙撃に用いるタバコ(鎮静剤と向精神薬入りの特別製だ)も、使い過ぎで効能が怪しくなってきていた。彼女の身体を蝕むものであるのは事実だ。ロメオなりに、身体を気遣ってくれているのだろう。


―――


「“対象”は?」

「今夜はもう動かないみたいです」

「そう」

 スコープから頭を上げ、シエラは首をこきこきと鳴らす。

「起こして」

「はいはい。……よっと」

「どこ触ってるの?」

「ほんのスキンシップじゃないですか。――それにしても、地下に入った時はびっくりしましたよ。中で“対象”がやられちゃって、ワタシ達の首もぼかーん、なんてことになったらどうしようかって」

 ロメオはそう言いながら、地図を確認する。


 夜になっても、島のあちこちに戦火が上がっていた。

 作戦も三日が過ぎ、いよいよ島内の各所で戦闘が広がりつつある。数々の天使を屠ってきた連装対空砲も、そのいくつかが既に沈黙していた。


 シエラとロメオ。アリスという“対象”を守れという特命を受けた二人は、通常の分隊としての任務ではなく、ただそれだけの為に動いている。それを示すのは、二人の首に着けられた特別製の首輪だ。“対象”の死亡、あるいは作戦の失敗により、首輪に内蔵された爆弾が弾け飛び、二人も死亡する。代わりに、作戦が成功すれば、異例の星2つ授与。既に3つを持つ二人は晴れて任務終了となる。つまり、アリスと二人は一蓮托生だ。


「次は?」

「戦力も整ったみたいだし、“フラッグ”を奪いに行くみたいですね。たぶん朝……次の部隊の降下を待って」

「そう」

「通信施設を落としたり、拠点を守ったり、一方で他の天使達が対空砲潰したり。……ねえシエラ、変なこと言っていいですか」

「うん」

「――こんなこと……まるで、ステージを追って攻めていく“ゲーム”みたいだなって」

 シエラは無言でそれを聞く。

「ロメオ」

「はい?」

「私達は、言われたことだけをやるの」

「……そうですね。シエラの言う通りです」

 頷くロメオに、シエラは二の句を告ごうとして止めた。矛盾と思惑に溢れた異常な戦場だと感じるのは彼女も同様だ。だがそれを知ってどうなる。二人の手元にある地図を誰かに広めるか。そんなことをすれば、自分達がどんな目で見られるかわかったものではない。

「ロメオ。不安?」

「正直に言うと、そうです」

「こっち来て」

 シエラは前の戦いにおいて両脚を失い義足に、両腕は狙撃用の義手に換装されている。精密な射撃のスキルと引き換えに、彼女は助けがなければまともに動けない身体になっていた。

 ロメオは促されるままに傍にやってくる。

「キスしよ」

「え」

 ロメオが動揺する。

「嫌?」

「嫌じゃないです。……――」

 二人は唇を重ねる。一度。二度。もう一度。

 言いたい事、口に出してしまいそうな事を飲みこむ為に。


―――


「こうしていると、なんだか、二人だけでいるみたい」

「実はこの島にはワタシ達二人だけで、他には誰もいないのかも――なんて、思ったりしません?」

 すっかり晴れ渡った夜空には、無数の星が瞬いている。

「この空も、スコープの向こうも、双眼鏡の向こうも、全部、まぼろしの世界」

「うん」

「どうしてワタシ達がここにいるのかも」

「わからない」

「もし夢が終わるとしたら」

 二人は無意識に首輪を撫でる。

「その時は、一緒。あっと思ったら、それで終わり」

 シエラにもロメオにも、細かな前世の記憶はない。ただ“いつも二人でいた”という記憶だけがある。二人には、それだけで充分だった。

「それでも、現実なんですよね、これはきっと」

 シエラの義足を見つめ、ロメオが言う。

「私が両脚を吹き飛ばされた時のこと、覚えてる?」


 シエラが両脚を失ったのは、前々回の戦場、終盤でのことだ。森に潜み、場所を変え、狙撃の機会を狙う二人に業を煮やした獣人達は、遠距離からの榴弾で一帯を丸ごと吹き飛ばしたのだ。たった一人の狙撃手を倒す為に、そこまでした。

 火のついた木々が、逃げ出そうとする二人に倒れ込んできた。命の危機に瀕したロメオを、シエラは身を挺して庇った。倒れた木はシエラの両脚を挟み、肉を焦がし、その骨を粉々に砕いた。

 業火に包まれる森の中、シエラは「逃げて」と言った。ロメオはしかし自らの手が焼けるのも構わず、倒木を押し退け、シエラを救い出した。

「ロメオ、ずっと泣いてばかりだった」

「あ、あの時は……」

「私が死んじゃうんじゃないかって思ったの?」

「そんなこと」

「思ったの? ……思ってくれてたの?」

 シエラがじっと見つめる。いつものように感情の見えない、それでいてどこか蠱惑的な顔。

「……お、思ってました、ですよ」

「そっか」

 ふっと目線を逸らし、シエラは己の義足を指でなぞる。かちん、と固いもの同士がぶつかる無機質な音。

「両脚を失ったことは辛かった。でもそのおかげで、私は絶対にこの身体から離れてやるんだって決心できた。普通の身体に戻って、それでまた自分の脚で歩くんだって」

 首筋の星が5つになれば、この戦場から免れることができる。天使達は皆、そう希望を抱いて戦っている。根拠などなくても、皆そう思っている。

 いつになく、シエラは饒舌だった。

「それに、もう一つわかったことがある」

「うん」

「ロメオの背中が温かいのを、私は感じることができた」


―――


 朝になり、二人は移動を開始した。ロメオはいつものように、シエラと無骨な重狙撃銃を背負う。“対象”はまだ動いていない。次に向かうのはおそらく島の中心部。“フラッグ”のある、あの要塞。


 これまで見てきた中でも、何人もの天使が死んだ。“対象”以外に危機が迫っても、シエラはトリガーを引かなかった。勘付かれてはしまっては、その役目を果たせない。

 そして、これから何人が死ぬだろうか。“対象”もやられてしまうだろうか。中に入ってしまえば、こちらから援護することはできなくなる。結局、最後は運頼みだ。だが出来ることはやる。

「守りも監視も厳しいみたいです。迂闊に動けば、こちらも危ないです」

「うん。でも、なるべく近付こう。いざという時の為に」

 周りに獣人の姿はないだろうか。ロメオは神経を最大限に高めながら、慎重に行動する。シエラだけでなく、ロメオの精神も相当に疲弊していた。それでも冷静に動けるのは、まさに“二人でいるから”こそだ。

 プレッシャー、そしてストレス。例え接敵しなくとも、二人は戦場の渦中にいる。


 島中に四度目のサイレンが響く。雲一つない青空の上では“空飛ぶくじら”の群れが小さく、しかしはっきりと形を見せていた。

 小さな影から、さらに小さな粒が次々と吐き出されていく。まるで爆弾のように投下されるあの粒一つ一つに、全てが誰かの命が入っている。


「“フォーリン・エンジェル”」

「?」


「天使が落ちてくる、なんて、笑っちゃうね」


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