#17
島内を覆う雲から、いよいよ雨が降り出す。遠くでサイレンが鳴り響く。午前8時。本来であればここもけたたましいサイレンが鳴るのだろう。だが、今やこの基地は静寂に包まれていた。
それからの事。
サーニャの持ち帰ったナイトアイズの首を掲げるや、獣人達は統制を失い、散り散りに撤退していった。天使達は弾薬庫内で見つけた部材から起爆装置を作り、遠く離れた場所に下がっていた。
天使達の疲労はピークだった。周囲を警戒しつつ、昼過ぎまで休息を取り、しかる後に弾薬庫を爆破。それで作戦は終わる。
作戦の成功と引き換えに彼女達が失ったのは、多くの仲間の命。
―――
弾薬庫内を捜索するメンバーは、ナイトアイズ、リタ、そしてアメリアの亡骸を見つけた。迷ったが、回収するのは止した。サーニャにこれ以上負担をかけるのは良くないと判断したからだ。
「――結局、アメリアのこと、救ってあげられなかったんスね」
倉庫の軒下。膝を抱え、遠く弾薬庫を見つめながら、ロジーナは呟く。付近では天使達が悪戦苦闘しながら起爆リールを敷いていた。
「俺なんかより、よっぽど仲間の死ってヤツを見てきたんだろうな、ロジーナさんは」
紙マッチを擦り、煙草に火をつけるオードリーが言う。
「そりゃあ、ね。戦場では当たり前のことだとは思うけど――慣れろと言っても、説得力ないッスよ。ボクなんかじゃ」
「背負って生きてくしかねえのかもな。因果なもんに巻き込まれたもんだ」
額に着けられたエイプリルの形見を、オードリーが指でなぞる。
「あんたにゃ、それでもまだ仲間がいる」
二人は少し離れた場所にいるサーニャとマゴットに視線を向ける。
「重いッスね」
「重けりゃ、俺もちっとは負担するからよ。俺が生き延びたのも、なんかの縁だ」
オードリーの一言に、ロジーナは顔を上げ、その横顔をじっと見た。
「何なん?」
「や、別に。なんでもない。……ッスよ」
サーニャにかける言葉が見つからず、ロジーナはここに距離を置いていた。そんな中でかけられた言葉に、彼女は安堵し、そして一抹の後ろめたさを感じていた。
―――
「こんな場所に眠らせるのは忍びないが」
何処もがアスファルトで覆われた基地内の地面にあって、倉庫の裏手に畑だったらしい場所がある。アルマはシャロンの遺体をそこに埋め、墓標代わりに彼女の散弾銃を突き立てた。ロミーも一緒に眠らせたかったが、遺体は見つからなかった。
手を合わせ、祈りを捧げる。終始ガスマスクを装着していた彼女の素顔を見たのは、アルマにとってもそれが初めてだ。死に顔は安らかだった。
「お前の明るい性格がなければ、あのキャンプ内での指揮は取れていなかっただろう。私よりも、お前の方がよほど向いていたのかもな」
気付けば、天使達のうち数人がアルマの後ろにいた。作業を中断して来たのだろう。同じように手を合わせていた。
「小隊長。これからも、私達の傍にいてくれますよね」
天使の一人がそう言った。アルマはそれを聞き、振り返って言う。
「なあ皆。言っておくが、私は身勝手だ。シャロンよりも……誰よりもここから生きて帰りたいと思っている。その為には、どんなことでもするかもしれん。それでもいいか」
天使達は頷いた。アルマも頷いた。
「みんな、そう思ってます」
「よし。ではついて来い。この戦いを生き抜き、勝利を皆で共に勝ち取ろう」
―――
「ねえ、サーニャ。そこいると濡れるよ」
マゴットは咥えた煙草に火もつけず、雨の中で佇むサーニャの後ろ姿を見ていた。傍にいたシアリィも不安そうに視線を彷徨わせている。
「アメリア、アンタを庇って死んだんだってね」
「……」
「アタシだって沢山の死を見てきたんだ。死んじゃったのもいたけど、救えた命もある。アンタのことも救った」
「そ、そうです! シアリィだって、友達がやられちゃったけど、これからもっと頑張るんですから!」
ばたばたと手を振るシアリィ。
「だからさ、生きなよ、精一杯。みんなの分までさ」
らしくないことを言っているな、と思った。
ややあって、サーニャがくるりと振り向いた。
「そう、ですよね」
「うん」
「――そうですよ。サニーも、サーリャも、アメリアも、そう言ってました」
「え」
穏やかな顔でサーニャは自らの胸に手を当てる。
「私の中で、みんなが言うんです。もっともっと殺せって」
シアリィが、何かに怯えたように身を縮こませる。
「そうです。みんな言ってます。今度は、自分がみんなを守る番だって。もうみんなを死なせたくないから。その為には、近づく奴らを、私が一人残らず殺さなきゃいけないって」
「サーニャ。アンタ……」
「ね? だから、大丈夫です。ロジーナさんも、マゴットさんも、みんな私が守ります。私の中には三人の命があります。だから、負けません。今度は私の番です。ふふ……そう、私達の番なんです」
―――
雨を吹き飛ばし、爆音が基地内に轟く。天使や獣人の亡骸を巻き込み、弾薬庫から天高く火柱が上がる。間もなく、この結果は敵味方両方の耳に入るだろう。
死闘の末、ファイアスターター作戦はここに完了した。
昼を過ぎ、基地から出発した輸送車と数台のATVが、島内を走ってゆく。
「おい、ありゃ味方じゃねえか」
輸送車を運転するオードリーが前方の人影を見つける。ロジーナはハッチから顔を出し、それを確認する。三人、いや、一人が背負われている。四人だ。遠目からでもわかる。ロジーナは彼女らの事を知っていた。
こうして、ロジーナ達はスカー分隊と合流した。
朝から降り出した雨はここにきて止み、雲は薄くなりはじめていた。




