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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 4 _ オペレーション・ファイアスターター
53/91

#16

 地下、弾薬庫内。


「やだ、やだ! しっかりしてよ、ねえ、アメリアぁ!」

「さ、サーニャ、ごめん。気ィ抜いちまったし……」

「いやあああああああ!」

 背後ではナイトアイズが、片足を振り上げたままじっとそれを見下ろしている。

「……ホロロロロロロ……」

 どうだ。再び仲間を失う絶望は、どんな気分だ?

 ナイトアイズの両目が明滅する。

 後ろに敵がいることも忘れ、サーニャは半狂乱になってアメリアの手を握る。相当深くまで斬り込まれたのだろう、アメリアの腹部からは血が溢れ出している。身体が、徐々に重くなっていく。

「……」

 やがてサーニャはゆっくりと立ち上がり、ナイトアイズに向き直った。

「ホロロロロロ」

「……これが、狙いだったとでもいうの」

「ホウ。ゴッホウ。ホウ」

 うなだれたサーニャに、ナイトアイズは挑発的な鳴き声で答えた。振り上げた足先の刃が光る。

「ッホウ!」

 弧を描き、刃がサーニャに振り下ろされた。――だが切っ先は目的を果たすことなく、床に突き刺さる。サーニャの姿はそこにない。


「殺す」


 背後から殺意に満ちた声。ナイトアイズは身体を捻り、もう一方の足で後方に向けて蹴撃を繰り出す。サーニャは左義手でこれを容易く受け止め、カウンターとばかりに右義手でナイトアイズの顔面にフックを放つ。

 攻勢は止まらない。よろめくナイトアイズに、続けて左で鳩尾に打撃を叩き込む。ナイトアイズはしかし素早く後方へと宙返りし、距離を取――。


「殺す、殺す! 殺すぅううううッ!」


 サーニャは身を屈め、弾けるように前方へ跳躍、宙返りするナイトアイズを逃がさず、全身からぶつかっていく。二人はもつれあうように弾薬庫の床を転げる。

「ホロロロロロロ!」

 先に立ち上がったのはナイトアイズだ。そこにもはや手加減はなく、爪を禍々しいまでに光らせ、サーニャに突き立てようとする。だがサーニャはその脚めがけ、ブレードを低空で一閃させる。両断されたナイトアイズの右脚が宙を舞う。

「お前はッ! お前だけはッ!」

 片足でなお倒れずにバランスを保つナイトアイズの首を右手で掴み、サーニャは左義手のブレードを腹部に突き刺す。引き抜く。

「ギッ、ィイイイイイ!」

 断末魔の叫びが弾薬庫内に響く。それでもナイトアイズは倒れず、組み合うように爪でサーニャの首を狙う。

「サニーが! サーリャが!」

 サーニャは素早く右手を首から離し、切り裂いたナイトアイズの腹部に突っ込む。内部で解錠用の機構が展開し、ナイトアイズの臓物を掻き回す。

「私の中の二人がッ! 殺せと! 言って! いるんだあああッ!!」

 獣のような叫びと共に、サーニャは内臓を絡ませた義手を渾身の力で引き抜いた。


 ――そうしてズタズタに裂かれ、崩れ落ちたナイトアイズの身体を、サーニャはその後もブレードで斬り続けた。ようやくサーニャが立ち上がる頃、ナイトアイズの身体はもはや原型を留めぬ肉塊に成り下がっていた。


―――


 涙を流し、一心不乱に叫ぶサーニャの頬を、アメリアは血に濡れた掌で撫でる。薄れゆく意識の中、アメリアはその光景に既視感を覚えていた。どうしてだろう。見覚えがある。そういえば、前にもこんなことがあった。

 でも……そうだ、その時に掌を濡らしていたのは、自分の血ではなく、大切な……あの子の血だった。


 仕方なかった。ああするしかなかった。あのひとがいなくなって、二人ではどうしようもなくなって、あの子と一緒に死のうと決めた。


 殺めたのは自分だった。あの子を殺して、自分も死ぬ気でいた。冷たくなったあの子の頬を、ずっと撫で続けた。それがアメリアの取り戻した前世の記憶だった。守りたい人を守る。たったそれだけのことを出来ずに、結局、ああなってしまった。だからこそ、この戦場に来て、自分はもう一度やり直すと決めた。

 手で触れた頬はまだ温かい。よかった。自分は過ちを繰り返さなかった。罪を償えた。

「……良かった。アタシ、あんたのこと、守れたし」

「やだ、いやだ、死なないでよ」

「今度こそ、守れたし」

「待ってよ。やだ。ねえ……アメリア」


「だから――…………フミカ……もう一度、アタシを……」


―――


 動かなくなったアメリアを前に、サーニャは呆然と立ちすくんでいた。

「アメリア。ねえ、アメリア、なんで?」

 繰り返し、サーニャは答えを求めた。

 なんで? 助けになんて、きてほしくなかった。

 なんで? 自分のことを庇ってなんて、してほしくなかった。

「どうして、何も答えないの?」


 ――フミカって、誰?


 アメリアは答えない。

「起きて。ねえ。私はサーニャだよ。フミカじゃない。誰? 答えて?」

 サーニャはアメリアの頬に伸ばす。義手の掌からは、温かさも冷たさも、何も伝わってこない。続けて肩を揺さぶる。

 アメリアは答えない。

 どこに触れても、体温が伝わってこない。サーニャは両義手でアメリアの身体をくまなく撫でる。起きない。さらに揺さぶる。アメリアの首ががくりと反り返る。サーニャは気付いた。彼女の瞳に光がないことを。その瞳が何も見ていないことを。自分を見ていないことを。

 アメリアは最期に自分の名前を呼ばなかった。自分の知らない誰かの名前を呼んだ。一体誰だったのか、答えを知る術はもうない。答えを語る口は、もう二度と動かない。

「サニーを、サーリャを、私達を、ラズベリーを――もしかして“代わり”にしていたの?」

 アメリアが守っていたのは自分ではなかった。気付いた。気付いてしまった。フミカとかいう“誰か”の代わりにされて、自分は利用された。ずっと守ってくれると思っていたのに。だから、自分もアメリアを守ろうと思っていたのに――そんな、自己満足みたいな理由で――。


 サーニャの中で何かが切れた。


「そんなわけないよね、アメリア?」

 アメリアがそんなことをするはずがない。彼女はいつだって自分を守ろうとしてくれた。

「……だってアメリア――まだ死んでないんだもんね?」

 そうだ。彼女は死んでいない。サニーやサーリャと同じように、まだ生きている。そして二人は自分の中にいる。中にいれば、ずっと自分の傍にいる。

 アメリアの腹部からは赤黒いものが露出している。それは紛れもなく“彼女自身”だ。一掴み。温もりも冷たさもない。けれどわかる。彼女は生きている。

 口元に運ぶ。ゆっくりと咀嚼し、嚥下する。実感は? まだわからない。もう一口。一口。猛烈な不快感が喉からせり上がってくる。

「うえ、うえええっ……げほっ! がはっ!」

 口に運ぶ。食べる。喰う。貪る。吐き戻し、咽びながらも、サーニャは行為を止めない。


 それから十分あまりが経ち、サーニャは来た道をひたひたと戻っていた。

 義手も、口元も、身体も、全身が血で汚れている。


 右手には、ナイトアイズの首が握られていた。


―――


 地上、倉庫階。


「あと少しッスよ! ここを片付ければ、作戦は完了するッス!」

 銃声の響く中、威勢を取り戻したロジーナが声を張り上げる。


 アルマはその後すぐにオーバーローダーの効果が切れ、今は輸送車内で横になっていた。その反動は凄まじく、今や車内は吐瀉物まみれになっている。

 実のところ、アルマの言葉にはいくらかのブラフが含まれていた。“戦力は残り僅か”。本当にそうなのかどうか、状況判断も正確ではない。それでも、先程と比べれば明らかに獣人達の勢いは落ちている。切り札である特異種を軒並み潰されたことが、指揮の低下にも繋がっているのだろう。

 一方、アルマの声により天使達は最後の気力を振り絞り、指揮を高めつつある。星4つのアルマが戦闘不能になった今、指揮の役目を取るのはロジーナだ。キレを取り戻した彼女の狙撃は、瞬く間に獣人達の身体を貫いていく。

「わ、わたしだって……ひぐっ……生きなきゃ、って!」

「そうよ。とっとと片付けて帰ろう!」

「ヘタに怪我でもして、またあの気持ち悪い治療なんか受けたくないからね」

「ちょっと! 気持ち悪いって言ったの誰よ!」

 一方、横づけされた輸送車からは、銃手ガンナーをつとめるシアリィが獣人達の動きを牽制している。ATVに備え付けられたそれとは違い、機関銃の左右には防盾が装着されており、正面からであれば銃弾を受け止めることができる。

「ここ、弾が来ないからいいんだけど……でも、シアリィ、何かフクザツな気分……」

「うるせぇ! バカなこと言ってねえで撃ちまくれ!」


「……それにしても、ロジーナが元通りになってくれて良かったわよ」

 負傷者の救護に当たっていたマゴットが、傍にいるロジーナに声をかける。

「そりゃ、アルマがあれだけ言えば、ボクだって」

「本当に? あのガサツなコが傍に来てから、なんか目の色が変わったみたいだけど」

「う、うるさいッスね」

「何があったのか、聞かせてもらわなくちゃね。もしアンタが言わなくても、アメリアに教えてもらうけど」

 ロジーナは苦笑いで答える。

「……そッスね。早いとこやっつけて、二人を探しに行かないと」


 やがて襲撃の波が去り、天使達は体制の立て直しに入る。弾薬庫内に入るメンバーと、地上で襲撃を食い止めるメンバーをより分けていく。

「ボクとマゴット、それからシアリィ」

「え、シ、シアリィもですか!」

「そうよ。アタシのこと、ちゃんと守りなさいよ」

 その他二人の天使を選び、ロジーナが近くのエレベーターのボタンを押そうとすると、押す直前にボタンのランプが点灯した。

「?」

「なによ、どうしたのよ」

「や、エレベーターが勝手に」

 瞬間、ロジーナを含め、近くにいた天使が一斉に身構える。ごうん、ごうん、と重い音を立てて、足元からエレベーターがせり上がってくる。


 間もなく姿を現したのは、全身血塗れの天使……ナイトアイズの首を手にしたサーニャだった。

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