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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 4 _ オペレーション・ファイアスターター
52/91

#15

「シャロンとロミーが、か」

 オードリーの口から別働隊の被害を聞き、アルマは目を閉じて唸る。

「死んじゃった、んですか?」

「ああ。何度も言わせんなよ」

「……ごめんなさい」

 怯えるシアリィの言葉に、オードリーは苛立つように返す。

 対空砲施設からアルマ達をピックアップし、兵員輸送車はスピードを上げて基地内を走る。獣人達はそこら中からわらわらと湧いてくる。一刻も早く合流しなければ。

 やがて弾薬庫前に着こうとする頃、輸送車のハッチから頭を出したアルマは、周囲に獣人が集まっているのを目にした。遠目にも分かる。建物の影、屋根の上、あちこちにいる。

「これじゃ、悠長にシャッター開けて入場とはいかねえみてぇだな」

 オードリーがシャッターの一部分、大穴が開いている場所を見やる。ロミーが命がけで開いた部分だ。

「あそこから入るしかねえ。近くに停車して、先に降りるか」

「あまり長く停まるのは危険だろう。爆発物を持っていないとも限らん」

「弾薬庫を前にして、ンなアブねーもんをぶっ放すとは思えねーんだがな」

「油断は禁物だ。常に最悪の状況を想定しなければ」

 オードリーは舌打ちする。

「わかってんだよ……そんなこと。じゃ、どーするってんだ。もう着いちまうぞ」

 アルマはしばらく逡巡した後、ポーチから何かを取り出した。横にいたマゴットがそれを見てぎょっとする。

「……ちょっと、なんてモン持ってんのよ、あんた」

「知ってるのか、これを」

「これでも生物学者のアタマがあんのよ」

 アルマが取り出したのは、黄色い筒型の注入器インジェクタだ。マゴットは、かつてそれを使う天使を見たことがあった。

「まさか、とは思うけど」

「タイミングを見計らっていたが、使うなら今しかあるまい。シアリィ、今の時間はわかるか?」

「え、あ、はい。ええと……6時5分、です」

「わかった。皆、後は任せるぞ」

「一体、どういうことだってんだよ」

 小銃を持ち、不穏な事を言って立ち上がるアルマに、車内が騒然とする。

「心配ない。死ぬつもりはないさ。ただ……」

 言葉を止め、輸送車上のハッチを開ける。

「――ちょっと、複雑な代物なものでな」

 輸送車の上に立った一人の天使が、周囲の獣人達の注目を集める。

 アルマは道路上に倒れている天使を見た。歪んだ盾、集中砲火を受け、動かなくなった身体。シャロンだろう。

 おもむろに襟元を降ろし、露わになった首筋にインジェクタを押し当てる。

「アルマ……で、あんたは“何分持つ”の?」

 マゴットが諦めたように声をかける。

「10分だ。“後は任せる”。回収を頼むぞ」

「バカやって、英雄気取りで死なないでよ。このコ達にはあんたが必要なんだから」

「大丈夫だ。こんな所で死ぬ気はないからな」


 愛しいねこちゃん。待っていてくれ。私に幸運を。

 アルマは祈るようにそう呟き、インジェクタを持つ指先に力を込めた。

「推して、参る!」


―――


「うし、全員降りたか」

「え、はい」

「はい、じゃねえ。お前も降りろっつーんだよ、シアリィ」

「だって、みんな降りたら、これが使えないじゃないですか」

 シアリィはそう言って、上部を指差す。ハッチの横に備え付けられた汎用機関銃だ。

「だーッ! “星無し”のペーペーの癖に、どうして揃いも揃ってアブねえことばかりやりたがるんだ」

「それを言ったら、オードリーだって同じじゃないですか」

「テメー、後で覚えてやがれよ。それと、撃たれて死ぬんじゃねえぞ!」

「シアリィも、こんな所で死ぬつもりはないです。怪我は……ちょっとだけしてもいいかなって思いますけど。へへへ」

「気持ち悪い笑いしてんじゃねえ! ああクソ……行くぞオラァ!」

 後部のドアが閉められたのを合図に、オードリーがアクセルを踏み込む。その頭上では、アルマが空中を飛び回りながら、周囲の獣人達を次々と仕留めていた。


―――


「チェエエエエイイイ!」

 急速反転したアルマは一筋の槍の如く急降下、屋根上で狙撃銃を構える獣人を貫く。それは先刻、シャロンの肩を撃ち抜いた獣人だった。

 間をおかず、素早く羽ばたきと共に急上昇。空中で倒立し、下で銃口を向ける獣人に銃弾の雨を降らせる。重力を無視したかのようなその空中戦は、まさにおとぎ話に出てくる天使の飛び方そのものであった。

 強制賦活剤オーバーローダー。アルマが自らに打ち込んだのは、天使達の間でもごく一部にしか出回っていない薬品である。それは一時的に強烈な力を与え、ただでさえ戦闘力の高い天使の身体を極限まで高める効能を持つ。“A”の特性である背中の羽もまた強化され、アルマに常軌を逸した挙動を可能にさせていた。

 空中でひらりと滞空しながら弾倉を交換、次なる標的を探すべく、アルマは目を光らせる。一刻も早く。一体でも多く。

 真下では、輸送車が不規則に動き回りながら機関銃を撃っている。

 建物の影に、大きな武器を構えた獣人が見えた。挙動を変え、壁を蹴り、獣人の真上まで急行する。――やはり、いた。獣人が持っていたのは使い捨ての対戦車無反動砲。既に発射準備に入っている。アルマは獲物を狙う鷹のように羽を畳み一直線に降下、獣人の脳天に銃剣を突き刺す。

「貴様に目的は果たさせん!」

 噴き出す返り血がアルマの顔を汚す。だが獣人はそれでも無反動砲を離そうとしない。アルマは続けてトリガーを引き、獣人の身体を完膚無きまでに破壊する。

 無反動砲を奪い、建物の間を三角飛びの要領で蹴りあがる。続けて全身を鱗甲板で覆った特異種を確認。アーマジロだ。アルマは手にした無反動砲を空中で構え、真下に照準を合わせる。発射。上空から高速で飛来するHP弾頭の直撃を受けたアーマジロは自慢の装甲で防ぐことも出来ず、鱗甲板を撒き散らしながら粉々に吹き飛んだ。


 鍛え上げられたアルマの身体をもってしても、オーバーローダーの効能はもって10分。発揮時間を過ぎれば猛烈な不快感と脱力感で、30分はまともに動くことが出来なくなる。

 それまでに輸送車が弾薬庫内に入り、自分も帰還しなければならない。

 目的は果たす。仲間の仇も討つ。だが囮になるつもりはない。英雄になるつもりもない。自分が戦う理由は、生きるためにこそ。


―――


 一方、弾薬庫内に侵攻した天使達は、中にいたロジーナ達と合流していた。

「何よこれ……」

 庫内の惨状を目にし、マゴットは戦慄する。

「マゴットさん! シャッター開けないと!」

「え、ええ。あのレバーでいいのよね、ロジーナ?」

「うん……」

 重々しい音がして、焦らすように、シャッターはゆっくりと開いていく。

「なにボーっとしてんのよ! 撃たれたいの!?」

「ん……」

 脱力したロジーナを引きずり、マゴットは物陰まで移動する。ここにいたのではシャッターの隙間から飛び込んでくる銃弾にやられかねない。他の天使達もまた、同じように仲間の手を引いていく。

「うえ、血の臭い」

 対空砲施設で戦っていた天使の一人が、無惨に転がる天使の死体を見て顔をしかめる。

「ねえロジーナ。答えて。ここで何があったの。アメリアは? サーニャは?」

 ロジーナは無言で地下への入口を指差す。

「まさか、二人で?」

 こくん、と頷く。

 庫内にいた三人の天使は、合流を果たした一団とは対照的に、誰もが皆一様に戦意を失っていた。かすり傷程度の怪我ではあったが“M”の魔法も精神面の治療は出来ない。

 どうにかこれまでの状況を聞き出したマゴットは、ロジーナの肩を揺さぶり、喝を入れようとする。

「ロジーナ。もうすぐシャッターが開いて車が入ってくる。そしたら皆で地下に入って、二人を探しに行けばいいの。わかった!?」

 こういうのは自分の役目ではないと知りつつも、マゴットは現状を精一杯理解しようとしていた。

「……」

 ぼんやりと視線を虚空に彷徨わせるロジーナの頬を、マゴットは平手で叩く。

「ちょっとねえ! アンタがしっかりしないでどうすんのよ! おおかた、また自分のせいで作戦が崩れたとか思ってんのかもしれないけどね、予定通りにうまくいく作戦なんか一つもありゃしないのよ!」

 前線に出なくても、否、前線に出ていないからこそ、マゴットはこれまでの戦いの惨状を人一倍実感していた。無念の声を、誰よりも聞いた。それは“M”の宿命だ。

「それでも、みんな何とか生き延びようと必死にやってんの! わかったらとっとと――」


 その時、シャッターの隙間から、激しいスキール音と共に輸送車が滑り込んできた。


 輸送車の上には身を屈めたアルマが立っていた。オーバーローダーの効果時間も残り少ない。アルマはその目に天使達の動揺を捉えるや、頭痛を堪え、息を大きく吸い込み、庫内に声を轟かせる。

「皆、よく聞け! 私は――否、我々は見事対空砲を制圧し、あの憎きワイバーンを撃墜した! 獣人達の戦力も僅か、残る目標はこの弾薬庫のみ! 勝利は目前である!」


 輸送車の運転席から降りたオードリーは庫内の隅でうなだれるロジーナを見つけ、傍まで駆け寄っていく。装着していたゴーグルを額まで上げ、そして言った。


「よぉロジーナさん。俺ァ、ちゃんと役目を果たしたぜ」

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