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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 4 _ オペレーション・ファイアスターター
50/91

#13

 ATVの“突入”から一刻後。


 分厚いシャッターの一部分、爆破と共に吹き飛んだ勝手口に入り、ロジーナ達は包囲網から逃げ込むことに成功していた。

「はーっ、はーっ……」

 柱に寄りかかり、各々が息を整える。

「……結局、二人とも、ッスか」

「言うなし。今は後ろを向いてる時じゃねえし」

 アメリアはポーチからガムを取り出し、口に放り込む。興奮を抑えるように数回噛みしめ、包み紙に吐く。

 本来であれば、中に入る前に別働隊と合流する手筈だった。だがあのままでは倉庫の外で総崩れとなっていただろう。獣人達の襲撃が激しかったこと。これが作戦通りにいかなかった原因であった。そして、彼女の“突入”もまた、予想外の事態だった。

「さっきの、ロミー、だよね」

「……見ちゃった。シャロン分隊長、倒れて……」

「私達、どうなるの?」

 残り数人の新兵達も、目の前で起こった事に動揺を隠せていない。彼女らはシャロンの盾に守られ、二度の襲撃からは潜り抜けられた。だが、今はまだ作戦の途中に過ぎないことを、ここにいる誰もが知っている。

「サーニャ?」

 サーニャは足元をじっと見つめ、その場に固まっている。

「……ううん、何でもない」

 目の前で天使が吹き飛んだ。あの光景がフラッシュバックしたのだろうか。アメリアは倉庫に入ってからずっと、彼女のことを気にかけている。


「ロジーナさん、庫内に反応は?」

「ないッスね」

「入ったはいいけど、ほとんど空っぽじゃない……」

 アメリアとサーニャが勝手口付近を警戒している間、ロジーナとオードリー、それから残りの天使達は庫内の捜索に当たっている。庫内はがらんとしており、特に弾薬らしいものは見当たらない。

「このレバー、何かな」

「シャッター開くやつじゃねーの。やたらに押すなよ。獣人どもが来るぞ」

「あれ、こっちは地下?」

「――あっ、そこから先はちょっと待つッス!」

 庫内の端には地下へ続く階段と、ぽっかりと開いた穴が開いていた。傍にはいくつかのボタンがついた機械が備え付けられている。エレベーターだろう。


 誘爆による損害を防ぐ為、弾薬庫が作られる場所は限られている。山や谷をくり抜いた洞窟か、あるいは地下だ。厳重な倉庫で囲われたこの建物も地下へ向かう道が存在し、弾薬庫はその先にあるようだった。

 制圧か、あるいは塞いでしまうか。やりようはいくらでもある。

「……」

「どしたんスか、オードリー」

 オードリーはしかし地下への入口ではなく、ある一点をじっと見つめている。


 視線の先には、機関銃の取り付けられた四輪の装甲車があった。


―――


「動かせそう?」

 装甲車の運転席に潜ったオードリーに、ロジーナが声をかける。

「なんとかなるだろ」

「よくイジれるッスね」

「手癖っつーのかな。自分でもわかんね」

 弾薬庫を前にして、ひとまずアルマ達と合流することにした。これからの突入に際し、アルマやマゴットの手は欠かすことができない。庫内に駐車していた装甲車は多くの人数を輸送する為の頑丈な兵員輸送車両であり、迎えに行くのにはまさにうってつけといえた。徒歩でも数分とかからない距離。だがそこまでの道は、限りなく遠い。

「……あのさ、オードリー」

 装甲車の傍らで、ロジーナが小さく呟く。

「さっきは、その……助かったッス。なんつーか、色んなこと、思い出しちゃって」

「あー。俺も夢中になっただけ。エイプリルのこととかな。でも、いくらロジーナさんが先輩でも謝る気はねーから」

「や、いいんスけどね」

「どしたん、ロジーナさん」

「……ううん。何でも」

「?」

「お。動きそうだぜ」

「その、一人で大丈夫ッスか」

「これ以上、人手を割くわけにもいかねーだろ。俺のドライブテク、見たっしょ。なあに、ロケットでも飛んでこなきゃ、なんとかなるって」

「物騒なこと言うのは無しッスよ……」

 施設へ向かう装甲車はオードリーが一人で担うこととなった。頑丈な装甲車とはいえ、基地内を走り抜ける危険な役目だ。

「すっかり、一丁前ッスね」

「あれだけ目の前でドンパチやられりゃ、覚悟キメるしかねーからな。それに俺ァ、銃を撃つのはヘタクソだ。つまり適任だろ」

 合理的な判断と割り切っていても、ロジーナには不安がつきまとう。それが杞憂に終わってくれれば良いのだけど。心中に生まれた感情を、彼女はうまく飲みこむことが出来ないでいた。

「オードリー」

「あん?」

「……気を付けて」

「あいよ」


―――


 推測通り、倉庫内で発見したレバーは開閉装置だった。装甲車を出す為に分厚いシャッターが音を立てて開き、そして閉まっていく。

「あとはオードリーが戻るのを待つだけ、と」

「あんだけゴツい車なら大丈夫だし。それよりロジーナ、さっき何の話してたし?」

「え……ううん。何でもないッスよ」

「ほんとに?」

「しつこいッスね。ボクはただ……」

 ごうん。

 倉庫の隅、何かの機械が駆動する音。

「!」

 いち早く反応したのはサーニャだ。腰に下げたPDWを抜き、姿勢を低く、辺りを警戒する。

「サーニャ?」

 返事はない。

 ごうん。ごうん。

 物音は地下へ続く穴から。エレベーターが作動している。サーニャに続き、アメリアとロジーナも武器を構え、叫ぶ。

「誰か、エレベーターを動かしたッスか!?」

 周りの天使は一様に首を振る。

「……警戒! 警戒! 誰かが昇って――」


 その瞬間、エレベーターの穴から、黒い影が垂直に飛び出した。


 弾かれたようにサーニャが飛び出し、空中を舞う影に向かってPDWを撃つ。

 黒い影は空中でくるくると回転、銃弾を避けながら軌道を変え、倉庫上部に張り巡らされた鉄骨の上に着地する。露わになるシルエット。右肩から腕のない、特殊部隊のような細身のスーツに身を包んだ、フクロウ頭の獣人。

 ――見覚えがあった。その場にいた天使のうち、その名を叫んだのは、二人。


「「ナイトアイズ!」」


 ロジーナとサーニャがほぼ同時に照準を合わせ、引き金を引く。ナイトアイズは鉄骨の間をひらりひらりと飛び渡り、やがて何かを投擲する。

「――ゴッホウ。ホウ、ホウ!」

 投擲され、地面に落ちたそれは、肩から切り取られた誰かの右腕だ。ナイトアイズのもの? 違う。誰かの……天使の、右腕。

「ひっ!」

 右腕はスモークグレネードを握りしめていた。間もなく大量の煙が吹き出て、倉庫内に充満していく。

「や、なにこれ!」

「煙? ちょっと、何も見えないっ」

 立ち込めた煙の中で、マズルフラッシュの光があちこちに瞬く。

「待つし! ヘタに撃つんじゃねえし!」

 煙を切り裂き、ナイトアイズが倉庫内を飛び回る。

「どこ、どこよ、敵は?!」

「待って、どういうこと、これ――ぎゃああああっ!」

 いたずらに発砲する新兵の一人を、ナイトアイズは音もなく仕留める。

「またボク達の前に……この……ッ!」

 センサーを働かせ、ロジーナはナイトアイズの動向を捕捉する。だが速い。狭い部屋での至近戦だった前回と違い、広い倉庫内を飛ぶナイトアイズの位置を捕捉できても、撃つことがままならない。

「早い……当たらないッ!」

「待って、待ってよ、どこなのよ、どこ――……ぎっ!」

 そうこうしている内に、再び天使の悲鳴が響く。

「やっぱりお前か! よくも、よくも……お前ぇえええええええええっ!」

 怒りに任せてサーニャが駆け出し、あたり構わずPDWを乱射する。

「サーニャ、止めるッス! 味方にも当たる!」

「ここにいた! お前だけは、お前だけは! 私達がああああっ!」

 ロジーナの制止も、サーニャの耳には届かない。


「あ……あ…………」

 そんな中、アメリアはぼうっと立ち尽くし、ただの一発も撃つことができないできた。

「ま、待つし。危ないから。危ない、って」

 白く霞む視界。銃声と悲鳴が遠く聞こえ、ぐるぐると周りを回る。一瞬の間に、場の全てが混乱に陥った。

「止めるし。サーニャも、ロジーナも、みんなも」

 そうだ。サーニャは足元を見ていた。何かを気にするようにずっと。それは天使の死に俯いていたのだと思っていた。実際は違った。彼女は地下に、かすかな気配を捉えていた。その時はロジーナさえも察知できなかった、忌むべき宿敵の気配に。何故言わなかったのか。言えなかったのか。何故、自分はそれに気付けなかったのか。


 煙が薄れ、うっすらと視界が戻っていく頃、ナイトアイズは階段へと潜り込み、地下へと姿を消そうとしていた。

「逃がすもんか! お前だけは!」

 激昂したサーニャはそれを見過ごすことなく、単身でナイトアイズを追おうと走り出す。

「サーニャ! 待って!」

 アメリアもまた、反射的にサーニャを追って地下へと向かう。

「アメリア! サーニャ! 突っ込むのはマズいッス!」

 ロジーナは再び制止するが、やはりその声が二人に届くことはなかった。


―――


「……残ったのは?」

「はい。私と、このコ」

「っぐ、ひぐっ……うえええ……」

 静寂を取り戻した倉庫内に、天使が三人。ロジーナと、かろうじてナイトアイズの襲撃を免れた新兵が二人。

「泣かないでよ。こっちだって辛いんだから」

「だって……だって、みんな死んじゃったよおおお」

 血飛沫に汚れ、薬莢の散乱する倉庫内に転がっていたのは、腹部を切り裂かれ、また頭部を刎ねられた天使の死体が二つ。それから、誰かの右腕。

「えっ、ぐっ……あの腕、って……」

「たぶん、リタさんの、だと思う。ほら、一人で基地に行って、帰ってこなかった―ー」

「なに、それって……やられちゃったってことなのぉおお?」

「考えたくない、けどさ」

 二人の会話をよそに、ロジーナはシャッターに拳を叩きつける。血が滲む。渦巻く感情がロジーナの胸を締め付ける。これでは作戦も何もない。まただ。またやられた。どうしてこんなことに。

「あの時、ボクがあいつを仕留めていれば……」


 この状況では弾薬庫内に入ることもできない。三人の天使は呆然と立ち竦む。

「うっく……ひっく……」

「どうすんのよ、これ……ねえロジーナさん。あたし達、どうすればいいのさ?」

 この中で“星無し”でないのはロジーナだけだ。だが彼女もまた、どうしようもない無力感に硬直しきっている。

「ボクは……」


 そして倉庫の周りに、獣人達が追撃の為に再び集結しようとしていた。


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