#2
「というわけで、だ」
スカーレットに促されるまま移動して5分ほど。林の開けたところにキャンプが一つ。
着くやいなや、スカーレットはずかずかと歩きだし、アリスを手招きした。
「あっ……た、隊長、お帰りなさい!」
焚き木の傍に、緑髪をした少女が膝を抱えて座っていた。少女はスカーレットを見ると、立ち上がって駆け寄ってくる。
「ミント、と……あいつはどうした」
「いえ? いますけど」
「こっちだっての、こっちー。見張ってんだっつの」
頭上、木々の間から声が聞こえる。
「いたか。おい、ちょっと降りてこい」
「登り直すの、めんどくさい」
「じゃあ、そこでいい。一人拾ってきたから、紹介するぞ、ほら、出て来いよ」
アリスは周囲を見ながらキャンプへと歩みを進める。
「俺の隊もみんなどっかに行っちまってな。仕方ねえから生き残りを拾って臨時で隊を組んでたんだ。つーわけで、自己紹介しろ」
「はい。3番機降下隊モニカ分隊、アリスです」
そう口にした瞬間、頭上の木々がガサガサと揺れた。
「はあ!? 3番機降下隊?」
声の方を見る。太い枝の上に、少女が一人。見覚えがあった。
「あんた、生きてたの!?」
レイチェルだった。
5番機降下隊の生き残り、スカーレット。
アリスと同じ3番機降下隊の生き残り、レイチェル。
「7番機降下隊ローザ分隊、ミントです。“羽付き”さんなんです、ね」
ミントと名乗る少女は、おっかなびっくりという素振りでアリスを見る。
背はアリスより少し上くらい、今まで見た天使達の中では少しだけ長身だが、顔立ちは幼く、その挙動にもまた落ち着きがない。緑色の髪はおさげにまとめている。
「よ、よろしくお願いします!」
言うや否や、ミントはアリスに抱きつく。
「うぎゅ」
その体格の中で一際主張の激しいミントの胸元に、アリスの顔がうずまる。
「あーっ、あーっ、何だよミント! 私にはやってくれなかったくせに!」
レイチェルが騒ぐ。
「え……だってレイチェルさん、なんか目怖いし……」
アリスはしばし為されるがままにされていたが、やがて顔に当たる妙に硬いものに気付く。
「あの。痛いんですけ、ど」
「あっ! えと、その、ごめんなさい……!」
ミントは素早く離れ、自らの胸元を触る。
「痛かったですよね……結晶」
結晶、と言われて、アリスはモニカのことを思い出した。彼女の胸元にも水晶のようなものがあったのを見ていたからだ。どうもそういう種らしいとアリスは納得する。
「おい、もういいか」
横でスカーレットが腕を組んでいた。
「「「はい、ごめんなさい」」」
―――
スカーレットにD-10ポイントの確認を促したのはレイチェルだった。
そこには誰もいなかったらしい。
見切りをつけて出発したか、それとも対空砲火でまるごと消滅したかは定かではない。
ともあれ、他に行くあてもないアリスは、スカーレット分隊に合流することに決めた。
「……なるほど、記憶喪失ね。んで、あんまり細かいことを知らねえと」
「はい、すいません」
スカーレットは首を振り、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。
ゆっくりと一口吸い、上向きに紫煙を吐く。
「謝ることはない。お前のおかげでこの分隊もバランスよく4種が揃った。いい機会だしここで説明してやるか」
「よろしくお願いします。スカーレット隊長」
「スカーでいい。その方が、俺も気に入ってる」
「はい、スカー隊長」
焚き木に薪をくべながら、アリスはスカーレット……スカーの説明に耳を傾ける。
天使には4種が存在する。
一つは、羽を生やした種。自動小銃を主な兵装とし、羽を用いた高機動で歩兵戦を得意とする。通称は“A”“羽付き”。金色の髪を持つ。アリスはこれにあたる。
一つは、右、左ないし両腕を義手に換装された種。散弾銃や拳銃を主な兵装とし、閉所での近接戦や特殊工作を得意とする。通称は“S”。赤い髪を持つ。スカーはこれにあたる。
一つは、胸元に水晶を埋め込まれた種。軽機関銃を主な兵装とし、味方の援護を担当する。通称は“M”。緑色の髪を持つ。ミントはこれにあたる。モニカもそう“だった”。
一つは、頭に角および何らかが生えている種。狙撃銃を主な兵装とし、斥候、偵察を得意とする。通称は“R”“角付き”。黒い髪を持つ。レイチェルはこれにあたる。
言い終える頃、スカーの煙草は3分の1まで短くなっていた。
「というわけで、俺達は最初から担当分野を区切られてるわけだ。それが得手か不得手かに限らず、まるで押し付けられてるみてえにな」
苦々しげに煙を吐くスカーの言葉には、どこか含みがあった。女性らしからぬその様。
「で、お前のような“羽付き”がそうであるように、俺やミント、レイチェルもそれぞれに特技を持つ。そいつは」
「たーいちょーう」
「うるせえぞレイチェル。俺はこの新人にだな……」
レイチェルが木の上で、くい、と何かのハンドサインをする。
それに気付いたスカーは言葉を区切り、煙草を足元に捨ててブーツで踏み消す。
「おいアリス。説明は後だ。銃を取れ」
「?」
「大きな動きをするなよ。……レイチェルが、何か嗅ぎ付けた」
―――
“R”あるいは“角付き”の特技は、特徴である角に由来する。
一角獣のような角でも、機械的なものにせよ、それは、云わばレーダーだ。
音、風の流れ、光度。あらゆるものを感知するその複合レーダーは、情報をダイレクトに脳神経へと伝える。そうして“角付き”は周囲の情報を正確に把握するのである。
勿論、範囲と感受性能には個人差がある。レイチェルのそれは、どちらも兼ね備えた優秀なものであった。
(獣人。たぶん三体、か、四体。あたしが向いてる方向の逆側。距離300。動きからしてまだ気づいてはいないけど、どうせすぐ気づかれる)
(了解。動きがあれば枝を三回揺らせ)
レイチェルとスカーとの間にハンドサインでやり取りが交わされる。
アリスは何となく飲み込めた様子で、ミントは“何か来るらしい”ということだけは理解したようだった。
「ミント、この前みたいに安全装置の解除を忘れるような真似はするなよ。今のうちにレバーに手をかけとけ」
「はぃい」
ミントは背負っていた軽機関銃を構える。空挺部隊用の、コンパクトにまとめられたモデルだ。構え方は引けていたが、10kgに迫るその重量は苦になっていないようだった。
アリスは言われた通りにゆっくりと銃を引き寄せ、スカーの背中ごしに襲撃の方向を見る。
スカーは義手の右腕をだらりと下げ、低く腰を落とした。独特のホルスタードローポジション。
(奴らが気づいた。肉眼でも見える)
(ぎりぎりまで引き寄せろ。お前の狙撃でこっちも動く。タイミングは任せる)
レイチェルが了解の合図をして、狙撃銃のボルトを引いた。四人に緊張が走る。
タァン!
夜の林に反響する高い銃声。レイチェルの狙撃銃だ。それを皮切りに四人が動いた。
ミントが後方で軽機の二脚を立てて伏せ、レバーを引く。
レイチェルは軽い身のこなしで木を降り、素早く陣地転換する。
アリスは自動小銃のトリガーに手をかけ、襲撃方向に銃口を向ける。
スカーは腰を落とした姿勢のまま動かない。
「グ、グゥググググ」
「グガァ、ガアアーッ」
接敵。一度に、三体。一体はレイチェルが仕留めたか、今それを確認する暇はない。
「左に飛べ!」
スカーが叫ぶ。
アリスは銃を構えたまま、大きく左手に飛び退く。
スカーは右後方に走った。
射線が通る。ワンテンポ遅れて、ミントの軽機が火を吹いた。
軽機の役目は制圧射撃である。木々を凪ぐ軽機の射撃を受けて、獣人三体はそれぞれ、左に豚の頭をした獣人が一体、右に豚頭と熊頭の二体に別れた。軽機の銃弾は一発も当たっていない。
基本的に、獣人は銃や武器は手にしていない。最大の特徴は恐るべき身体能力だ。
その動きは素早く、正確だ。気を抜くと視界から消え去りそうなほどに。
―――
左に抜けた豚頭がアリスの相手だった。一直線に突っ込んでくる相手ではない。
アリスは素早く銃をフルオートに変え、胸から足元に向けて撃つ。
豚頭の右腿に被弾。浅い。速度は落ちない。脂肪のある皮下に阻まれたか。
脂肪に包まれていても、その動きはおよそ重さを感じさせない。
近接戦向きの自動小銃とはいえ、肉薄されればこちらの負けだ。
アリスは即座に銃口を下げ、豚頭の突進に目を凝らす。
「アリスさん!」
ミントが叫ぶ。
その瞬間、アリスは素早く後方へステップ、流れるように背部を羽ばたかせた。身体は風の力を借り、およそ通常の跳躍では為しえぬほど遠くに後退する。風圧で焚き木が爆ぜ、埃が舞う。掴みかかろうとする豚頭の大きな腕が虚しく空を切る。
5mほど後ろに着地した後、地を踏みしめ、再び走り来る目標に向け射撃。豚頭の身体から血が噴き出る。だが勢いは止まらない。
アリスは突進を紙一重で交わすように右に避けた。そして羽を用い、空中で挙動を変えて反時計回りに旋回する。銃口はぴたりと目標に向けたまま。
脇腹、背部、そして後頭部。トリガーを絞り、銃弾を叩き込む。全身にワンマガジン分を食らった豚頭は前のめりに転倒し……とうとう動かなくなった。
“A”あるいは “羽付き”は、その外見から天使の代名詞ともなっている。
だがおとぎ話にあるような自由な飛び方が出来るわけではない。この戦場においては、ただ優雅に飛び回る必要などないからだ。この羽は主に跳躍力の増強や空中での姿勢制御を可能にし、高所への突入あるいは高機動戦闘に用いられる。
当然、その力を制御するのは容易いことではない。少しでも動作を誤れば、バランスは崩れ敵に大きな隙を晒すことになる。裏を返せば、熟練した“羽付き”は、他の種に真似の出来ない動きによって一人で戦況を覆す存在ともなるのだという。
ある程度予測していたとはいえ、己の保身を顧みない獣人達の突撃に対し、アリスのとった挙動は玄人のそれであった。ギリギリまでひきつけてからの後退、回避。
タイミングがズレていれば、豚頭の判断を許すことになっただろう。
「あいつ、キレのある動きをしやがる」
スカーは口元を歪め、目の前の二体を見据えた。