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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 4 _ オペレーション・ファイアスターター
49/91

#12

「撃って開く扉じゃなさそうッスね」

「弾薬庫って、爆発した時の為に周りの壁を厚くしてるって聞きました。その代わり屋根は薄く作って、爆風を抜けるようにしてあるって」

「……ロミー、よく知ってるし」

「え、あ、その……何となく、思い出したってだけで」

「これじゃ、突入なんて……」

 分厚い扉を前に天使達が途方に暮れる中、サーニャは冷静に扉の周りを観察する。これでは咄嗟の時に内部からも出ることは出来ないだろう。何かあるはず。何か……。

「あ」

 サーニャが気付き、天使達の元に戻ってくる。

「どうしたし?」

「うん、あの部分にドアがある。多分、あそこなら」

 天使達がざわめき、サーニャの指差した先へと走り寄っていく。そこはシャッターの一部分だけくり抜かれた、人だけが通る勝手口のようなドアだった。

「よく見つけたッスね」

「でも、鍵がかかってるんじゃねーの?」

「……私の義手には解錠機能が付いてます。やってみます」

 サーニャはPDWを腰に収め、右義手をドアノブに近づける。右掌から細長い枝状のものが伸び、ノブを囲むように蠢いていく。


 だが。

「……やっぱり、ダメそうだし?」

「はい……すみません」

 数分後、サーニャは額の汗をぬぐい、そう答えた。ドアは一般的なシリンダー錠ではなく、電子式の、あるいは別の何かで開くタイプだった。こうなると物理的にピッキングするのは難しい。

「謝ることはないし」

「あのバカそうな獣人どもに、こんなハイテクな仕掛けが使えるってーのかね」

 オードリーが呟く。

「あいつら、そう見くびるものでもないし」

 アメリアが眼帯の周りを指で掻きながら言う。見くびっていたからこそ、アメリアは左目を失った。

「でもどうするよ? ここまで頑丈なら撃っても開きそうにねえ。……全力でぶっ壊すか?」

「……ブリーチングの義手を持ったコなら、いるはず」

 オードリーの言葉に、壁に背をあずけ、息を整えていたシャロンが応える。

「マジか」

「シアリィ。でも今は、向こうの対空砲施設に行っちゃってる」

「なんてこった」

「待つか、迎えに行くか」

「余裕ないッスよ……ここでまた戦力分断させるのはマズいッス」

「じゃ、どうするし」

 倉庫まで場所を移す算段を立てたのはロジーナだ。だが状況は芳しくない。脳裏に、前の戦闘の記憶が蘇る。倉庫前は物陰が少ない。このままここで待っていたのでは消耗を招くだけだ。出来るなら入ってしまいたい。しかし。

「手立てもなく倉庫に向かうって判断したのがマズかった、ッスかね。ボクがもう少し判断できていれば」

「……ンなこと言ったって仕方ねーだろうがよ、ロジーナさん」

「でも」

 ロミーが手を挙げる。

「――あの……アレ、使いましょう」


 切り札は、ロミーの運転していた1号車に搭載された、いくつかのC4爆薬。元はキャンプにいた一人の“S”が携行していたものだ。彼女は爆撃で命を落としたが、ロミーはそれを起爆装置と共に持ち込んでいた。

「取りに行きます。み、皆さんはここに残っていて下さい」

 目指す先は、数十メートル離れたATV。

「私が行こうか?」

 サーニャが提案する。

「いえ……あれは、私の車です。あの、わ、私が整備した、一番カワイイ子なんです」

 ゆっくりと首を振り、ロミーは答える。

「おいおいロミー、テメーは新兵だろうがよ。今、そんなことを言ってる場合じゃ……」

「――わかった。ロミーちゃん。それじゃ、あたしも一緒に行く」

 オードリーの言葉を遮り、シャロンが前に出る。

「シャロン!」

「身体はもう大丈夫かし?」

「うん。それに……あたしもあのATVのクルーだからね」


「わかった。それじゃ、シャロン、ロミー……爆弾を。任せたッス」


―――


「あった?」

「はい」

 近くて遠い数十メートル。警戒を続けながら、二人は停車したATVの元に戻る。

「……すみません、私のワガママで」

「謝らないでいいよ。ロミーちゃんを守るって、あたし言ったからね」

「で、でも私なんかじゃなくて、他の人達も……」

「あたしは、言った事は守る主義なの」


 獣人達が来る気配はない。ロミーはATVのエンジンをかけ、背後に回り込む。

「ねえ、作業しながらでいいから、ちょっとお喋りしない?」

「え」

 ATVにもたれかかったシャロンが、周囲の警戒を続けながら言う。

「あのさ、ロミーちゃんに“前世の記憶”ってあるよね」

「……こういう事が出来るって記憶だけは。でも、自分がどういう暮らしをしていたかまでは思い出せないんです」

 ロミーはザックの中からC4を取り出し、ニッパーを出して手早く起爆装置をつなぐ。獣人が来ない今のうちに配線を施し、次の行動に素早く移れるようにする為だ。

「あたしにもあるよ。やっぱりボンヤリした記憶だけど。なんかね、皆に見られる……見てもらえるような仕事をしてたの。ライトが当たって、きれいな舞台でさ」

 ロミーに話すようでいて、それはほとんど独り言に近いものだった。

「だから顔に火傷を負った時、すごくショックだった。左腕がこんな義手になってたのも堪えたけど、やっぱりね……」

「それで、マスクを」

「うん。でも、戦いに勝てばきっとあの日常に戻れる。この身体じゃなくて、元の身体にも戻れるはず。そうしたら、またあたしは舞台に立つんだ」

「わ、私も、観に行っていいですか?」

「大歓迎」

 ロミーは配線を終え、起爆装置を手元に据える。

「獣人の姿は?」

「見えないよ」

「こちらは終わりました。……そ、それじゃ行きましょう。乗り込んで下さい」

 促され、シャロンは助手席に周り込む。


 その右肩を、一発の銃弾が貫いた。


「――ッ!」

「シャロンさん!」

 ロミーは身を屈め、うずくまるシャロンに叫ぶ。

「大丈夫! 盾を開いて、このまま乗り込むわ!」

 シャロンは義手の機構を作動させ、装甲板を展開する。

 ぎし。ぎし。……ぎっ。

 装甲板は中途半端な位置で止まり、展開も収納も出来ない状態で固定された。“ファイア”の度重なる突進攻撃で、複雑な機構に歪みが生じた為だった。

「開かないッ!」

「の、乗り込んで下さい! ここから撤退します!」

 歪んだ盾を下げたまま、シャロンはATVに乗り込もうと動く。その脚を、再び銃弾が貫く。向かいの建物の屋根から甲高い音……狙撃銃だ。

 シャロンが、その場に崩れ落ちた。


―――


「シャロン!」

 弾薬庫前で異変に気付いたアメリアが叫ぶ。

「張ってやがったか……ロジーナさん、撃てるか!?」

「死角に入られてるッス!」

 スコープを覗き込んだロジーナが唇を噛む。

「こっちにも来たッ!」

 サーニャが叫び、PDWを構える。シャロンを撃ったその一発を契機に、あちこちから獣人達が現れた。

「みんなは物陰に入って! 応射!」

「シャロンさん達はどーすんだよ!」

「まずここを乗り切らないと、蜂の巣になるだけだし!」

「私が行く!」

「サーニャ、危ない!」

 飛び出そうとした矢先、足元のアスファルトに数発の弾が突き刺さる。獣人達も彼女の機動力を知って、封じ込めようとしているのだろう。釘づけにされた状況だ。

「あいつら、分断されるのを待ってたし」

「ボクの判断ミス、ッスね……もう少し、察知出来ていれば」

 狙撃銃を降ろし、ロジーナは肩を震わせる。……すると、銃弾が飛び交う中、オードリーが小銃を構えながらロジーナの元に近づいていった。

「泣き言ぬかしてんじゃねーよ、ロジーナさんよ!」

 激昂したように、オードリーはロジーナの肩を強く掴み、詰め寄る。

「こうなっちまったもんは仕方ねーだろ!」

「お、オードリー……」

「やるしかねーんだ。ここをブッ飛ばさねーと、エイプリルや他の奴が何の為に死んだんだかわかんねーだろ!」

 ロジーナの肩を激しく揺さぶる。

「私も、そのコの言う通りだと思う」

 弾倉を交換し、慎重にPDWを構えるサーニャが言う。

「うん。今はこの包囲を片付けるのが先だし」

 アメリアもそれに応える。


「もう……これ以上、誰かを亡くすのは……見たくないから」

 最後にサーニャが小さな声で呟いた一言が、轟く銃声にかき消される。


 しかし彼女達の願いも虚しく、戦場は非情な現実を突きつけていく。


―――


 周りを囲んだ獣人達の目標はシャロンに向けられていた。右肩を撃たれ、脚を撃たれ、歪んだ盾を振り回して必死に防ごうとするも、集中砲火の前では為す術を持たない。

「行って! ロミーちゃん、早く! あたしが引きつける!」

 おびただしい量の血を流しながらも、シャロンはロミーとATVを庇うように動き続け、散弾銃を闇雲に撃つ。

「で、でも」

「その爆弾がないと、皆が先に進めない! ……だから」

 チューブ内の散弾が底をつき、シャロンは散弾銃を放り投げる。

「出来ません! お。置いていくなんて、そんな!」

 盾を構えた状態では、装填もままならない。

「そっか」


 一瞬、銃火が止む。


「ね、こっち向いて? ロミーちゃん」

 やがてシャロンは一転して穏やかな口調になり、ロミーに声をかける。

 空いた右手でガスマスクに手をかけ、ゆっくりと外してみせる。


 その下から現れたのは、優しい目をした少女だった。

 右半分が火傷で爛れ、それでも愛らしい顔でロミーへ笑いかけている、一人の少女。

「―――――」

 シャロンの唇が動き、ロミーに向けて何かを伝えた。


 再び獣人達の激しい銃火が再開し、シャロンの身体を容赦なく引き裂いていく。ロミーの瞳から涙が溢れる。左腕で涙をぬぐい、ATVのハンドルを握り、アクセルを踏み込む。

 遠ざかるシャロンの姿。彼女は未だ倒れることなく、最後まで己が身を盾にロミーを庇い続けている。


 弾薬庫に向けて走り出したロミーの背中に、獣人の放った銃弾が突き刺さった。


 激しい衝撃と共に、全身の力が抜ける。それでもロミーはアクセルを踏む。シートから血が流れ、足元まで伝っていく。視界がブレる。ハンドルを握る手が痺れていく。

 決して離さない。このATVは自分達のモノだ。乗り込んだ二人の天使はもういない。残ったのは自分だけ。何の為に残ったのか。先陣を切り、部隊の目になり、盾になり、そして最後の役目を果たすため、その為に自分が残った。

 弾薬庫前では、残った天使達が獣人と戦闘を開始している。目の前には分厚い壁が見える。悠長に降りて取り付けている時間はない。あらかじめ配線しておいたのが功を奏した。何ができる? 導き出される答えは一つだけ。ロミーは左手で起爆装置を取り出す。ハンドルを切る。スキール音と共に身体が揺さぶられる。ただ一点、突破すべきドアに向けてスピードを上げる。


 頭上の空で轟音がした。対空砲が地平に向かって放たれた音だ。

 別働隊は制圧に成功したらしい。みんな無事だと良いのだけど。


「―――――」

 シャロンが最後に言ったその言葉を、ロミーは口に出して繰り返す。

 結局、元の世界に戻ることはできなかった。でも、自分はこの戦場で誰かの為に知識を役立てて、最後まで活かすことができた。

 それに、シャロンの顔を見たのは自分だけだ。目を閉じて、彼女の顔を思い出す。

 あのひとの笑顔を見れたのは自分だけ――それだけで、充分。


 衝突の勢いで身体がATVから放り出される。その瞬間、ロミーは手元の起爆装置を握り込む。二度、三度。


 かちん。

 かちん、かちん。


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