#11
無いはずの左目が疼く。覆われた包帯を外し、左手で掻く。痛みはない。ごろごろとした不快な感覚がアメリアを襲う。
難しいことはわからない。ただ腹をくくって、これまで戦ってきた。戦って戦って戦い続ければ、こんな馬鹿げた世界もそのうち終わるだろう。アメリアが考えていたのはそれだけだ。
そうして過ごすうち、心の中に、いつの間にか情が生まれた。それは仲間を想う気持ち。奥底から湧き出す衝動。無視できなかった。
正体はわからない。何故そんな気持ちになるのかわからなかった。それでもいい。何でもいい。バカはバカなりに、ただこの衝動に身を任せるだけだ。
―――
「サーニャにばっか構ってんじゃねーし、このウマ面野郎!」
アメリアが走り出した。サーニャにターゲットを変えた“プロペラ”に小銃を構える。目を離せば視界から消えるほどの速度で動くターゲットに、なんとか照準を合わせ、ひたすらに撃つ。サーニャをこれ以上危険に晒すわけにはいかない。
「こっちはサーニャを援護するし。ロジーナ達はもう片方をやれし!」
シャロンは防戦一方で、とても手が出せる状況にはない。火力のバランスを取るにはこの振り分けが妥当な判断。
“プロペラ”はその身にいくらかの銃弾を受けながらも、怯むことなくサーニャを狙う。驚くほどのタフネスだ。だが、サーニャもかなりの時間動き続けてなお、息を切らせることもなく攪乱し、攻撃を続けている。
二人で討つ。出来るはずだ。
「あたしを、無視すんじゃねーーーしッ!」
弾倉を交換し、フルオートで小銃を乱射する。強い反動で銃身が暴れる。さすがに鬱陶しく思ったのか“プロペラ”が向きを変えた。アメリアはこちらへ突進してくる“プロペラ”に向けて射撃を行う。暴れる銃身。肩にストックが食い込むほどの衝撃。弾倉からあっという間に弾が吐き出し尽くされ、アメリアの小銃が沈黙する。“プロペラ”の勢いは止まらない。
「アメリアっ!」
サーニャが叫び、独特の低い姿勢で一直線に走り出す。“プロペラ”が野生の馬なら、サーニャもまた獰猛な肉食獣さながらのハンターだ。義手のブレードが展開し、地表すれすれに銀色の軌跡を残す。速度で鋭さを増した刃が、まさにアメリアへと突進を仕掛ける直前の“プロペラ”の脚部を切り裂いた。
絶叫と共に“プロペラ”が躓き、地面を滑る。サーニャはそのまま急反転し、倒れた“プロペラ”PDWを構える。ぞっとするほどの冷たい視線は、離れた先の“ファイア”に向いている。
「――……あなたも思い知ればいい。片方を亡くす、その痛みを」
そう呟くと、サーニャは“プロペラ”の頭部に向けて無慈悲に銃弾を叩き込んだ。
「アメリア。大丈夫?」
血の海に沈んだ“プロペラ”を一瞥することもなく、サーニャが駆け寄ってきた。先ほどまでの冷たい視線は既になく、彼女はただアメリアの無事を心配する。
「サーニャ」
「なあに?」
「……なんでもないし」
「いいの。私はアメリアを守るって、そう決めたの」
サーニャははにかんだように笑う。
また助けられた。自分は何も出来なかった。そう思うと同時に、アメリアはサーニャに対して一抹の不安を覚えていた。あの戦闘マシーンじみた挙動の変化に。獣人に止めを刺す時に見せた冷たい視線に。
―――
「何で当たらねーんだよッ!?」
オードリーは小銃のトリガーを闇雲に引きながら、悔しそうに叫ぶ。アルマと同じブルパップ式の小銃はキャリングハンドル付のタイプであり、携行性に優れる反面、照準を安定させるにはコツが求められる。
「ああ、くそ……こうすりゃいいのか?」
オードリーは手元のスイッチを切り替える。渡されたマニュアルはろくに目を通していなかったが、独特の機構があることだけは覚えていた。三点バーストだ。タタタン、とリズミカルに銃弾が発射される。いくぶん安定したが、それでも“ファイア”にヒットすることはない。
「オードリー、へたくそッスか?」
「うっせー!」
とはいえ、ロジーナも似たようなものだ。何しろ、早い。射撃のタイミングがあるとすれば、シャロンにタックルをかけた瞬間だけ。だが誤射の危険がある。ロミーや他の天使には射撃を止めさせた。
突然、オードリーが弾倉を交換し、前に飛び出す。
「あっ! ちょ、迂闊に出るのはマズいッスよ、オードリー!」
「ヘタクソでも、撃たなきゃシャロンさんが危ねーだろーがよっ!」
数度のタックルを受け、シャロンの疲労は限界に来ている。あと何回耐えられるか。早急に仕留めるしかない。そうでなければ……あるいはターゲットを他に向かせるかだ。
「少しでも、こっちに向かせりゃいいんだろうが……こっちだよ、単細胞のクソ馬ヅラ野郎!」
離れた場所では、アメリアが“プロペラ”を引きつけるべく動いていた。どうも、オードリーもそれをやろうとしているらしい。
「どいつもこいつも、無謀な奴なんスからっ!」
ロジーナもまたその位置を離れ、“ファイア”の挙動を見据えながら動く。ラン・アンド・ガン。激しくブレる照準を巧みに計算しながら撃つ、ロジーナほどの腕がなければできない芸当である。“ファイア”のターゲットがどちらに向くか。オードリーが“ファイア”を対処しきれるとは思えない。注意を引きつけるべく、ロジーナは出来るだけ派手に撃つ。
だがオードリーの罵りが聞こえたのか“ファイア”はオードリーの方を向き直り、突進を始めた。何を言われているのかはわからなくとも、罵倒されていることだけはわかるらしい。
「そうだ、こっちに来やがれ!」
ロジーナが突進を止めるべく、“ファイア”の足元に向けて銃撃する。間に合うか。間に合わない。止まらない。オードリーが直前でたたらを踏む。避けきれるか。いや――。
その瞬間、転倒していたはずのATVから“ファイア”に向けて大量の銃弾が浴びせられた。
煙を吹くATVの機関銃。その後ろ、すがりつくようにトリガーを握っていたのは。
「エイプリル!」
彼女は瀕死の体ながらも、渾身の力で“ファイア”に機関銃を放っていた。
「テメェ、生きて――」
「や……死んで、た、んだけど……オードリー、うっさいのよォ、耳元で……」
近付いたオードリーの耳元で、エイプリルはぼそぼそと喋る。
「なァに、ひとのゴーグル、着けてん……?」
「借りてただけだ!」
オードリーが精一杯の悪態をつく。
「別にいいけど、さァ」
エイプリルは苦笑すると、再びその場に崩れ落ちた。トリガーから手が離れ、ぶらりと腕が垂れ下がる。
「……そういうことで……アタシ、また、死ぬから」
「おい、何言ってやがる? おい!」
オードリーがエイプリルの肩を揺さぶる。
「まァまァ楽しかったよ……それじゃね」
そう呟き、エイプリルは今度こそ動かなくなった。
―――
こうして天使達は“ツインチャージャー”を倒し、周辺には短い静寂が訪れた。しかしこの騒ぎで、間もなく他の場所からも獣人が来るだろう。どれだけの兵力がいるのだろうか。
「向こうはまだ制圧出来てないし? どうするし、ロジーナ」
「とりあえず移動して、目的の倉庫まで行きましょうッス」
「……シャロン、呼んでくるし」
開けた場所の真ん中に立つシャロンに、アメリアとロミーが駆け寄っていく。シャロンはしかしそこからぴくりとも動かない。
「シャロン……シャロン?」
「――っ……ーっ……」
盾を構えたまま、シャロンは首筋に滝のような汗を流していた。ガスマスクごしでは呼吸がままならないのか、いかにも苦しそうだ。
「だ、大丈夫ですか、シャロンさん!?」
「ん……」
「マスク、外しますよ?」
「止めて!」
手を伸ばそうとしたロミーに、シャロンは声を荒げてぶんぶんと首を振る。
「……ごめん」
「あ、いえ」
シャロンは顔を見られたくないと言っていた。その思いはあくまで頑なだ。
「わかった。そのままでいいから、とにかく移動するし。ここにいると獣人どものマトになっちまうし」
「うん……」
シャロンはゆっくりと盾を持ち上げ、義手を作動させる。展開していた盾が金属音を立てて作動、再び義手へと格納される。
ぎぃ、ぎし、ぎし。
義手の接合部を通じて、小さく、軋むような音が響く。
「……」
「シャロンさん?」
ロミーが声をかける。
「……ううん、何でもないよ。大丈夫。あたしは大丈夫だから。さ、行こう」
「はい」
獣人達の迎撃の合間を突き、天使達が移動した先。ATVを降りた地点から数十メートル。近くで見るとよくわかる、他の建物とは違う、厚く塗りこめられた壁に囲われた倉庫。この“ファイアスターター”作戦における、攻略の最優先目標。それが、基地中央部付近に建つ弾薬庫である。
しかし。
「……扉が……」
朝にさしかかる夜明けの空。曇天の下、内部へと続くひときわ分厚い金属製のシャッターは、侵入を拒むように隙間なく閉じ、天使達の前に立ちはだかっていた。




