#10
基地内、建物が密集するエリアにあってやや開けた場所に、三台のATVが勢いよく走ってきた。
ドリフトして止まるATVからロミーとシャロンが飛び降りる。続けて残る二台のATVも同じように停車し、ロジーナ、アメリア、サーニャをはじめとした天使達が降りる。
「オードリー、降りないんスか?」
「俺ぁ、この機関銃で戦うぜ」
オードリーは運転席から降り、後部の銃座に回る。エイプリルの亡骸を傍らへ丁寧に横たえ、機関銃のトリガーを握る。
「狙われても知らないッスよ」
「そん時はロジーナさんが守ってくれって!」
「世話の焼けるやつッスね!」
「獣人達が集まってきてる。こっちは陽動だからね、みんな、時間を稼いで――死なないでよ!」
四方八方から敵が現れる。鉄火場に飛び込んだか。シャロンはロミーや新兵達に密集を命じると、義手を構えて大盾を展開する。
「後ろは任せるからねっ」
「わかってるし!」
シャロンの背後をカバーするのはアメリアとサーニャだ。ひとたび盾を展開すれば、その巨大さゆえにシャロンは素早い動きが出来なくなる。まして敵は正面からだけではない。
「正面、緑の屋根の建物に軽機!」
獣人を発見した天使が叫ぶ。シャロンは勢いよく盾を振りかざし、火線を遮るように立ちはだかる。
「後ろの倉庫から獣人! 二……いや、四体!」
「やらせねぇし!」
アメリアが小銃で応戦。だが距離が遠い。銃弾は拡散し、足元の地面に着弾する。
「ああもう……やっぱり、片目は不便だし……っ」
「私が行く」
「サーニャ?」
言うが早いか、飛び出したのはサーニャだ。姿勢を低くし、二挺のPDWを手に駆け出していく。懐に飛び込ませまいと応射する獣人達に対し、サーニャは不定期に挙動を変え、稲妻のような動きでみるみる接近していく。地を蹴り、前方へとダイブロールし、そのままの体勢から銃撃で大量の弾を叩き込む。
「軽機が狙いを変えた……サーニャ!」
シャロンに浴びせられていた軽機の銃撃が止み、火線はサーニャへ移る。
「だぁあありゃああっ!」
それを抑え込んだのは銃座に立ったオードリーの機関銃だ。
「っ! オードリー! 右! 狙われてる!」
「右ぃいっ? 右って、どっちの右だ!?」
不意の指摘に戸惑うオードリーの傍らで、ロジーナが狙撃銃の狙いを素早く移す。一発。屋根の上で狙いを定めていた獣人の眉間にヒット。ダウン。
「あっぶねえ……助かったぜ、ロジーナさん」
「撃つのにばっか気を取られてると死ぬッスよ」
「りょーーうかい」
「ったく、本当に世話の焼けるやつじゃないスか」
その後も次々と現れる獣人達を相手に、天使達は互いをカバーしながら応戦していく。中でも、制圧の鍵となったのはサーニャとシャロンだ。
サーニャはほとんど一人で、戦場のあちこちを駆けまわりながら獣人を仕留めていく。地上を這うような独特の走行姿勢は、飛び交う銃弾を避け、相手に狙いを定めさせない。そうした動きに気を取られる獣人を、アメリアやロジーナ、オードリーなど他の天使が片付けていく。
「シャロン! 前!」
振り向きざまにアメリアが声を上げる。気付けば、盾の目前まで大柄な獣人が近づいていた。その手には柄の長いハンマーが握られ、今まさに振り下ろさんとしている。
シャロンは地面を踏みしめ、ロングハンマーの殴打を盾で受け止める。防弾だけではなく耐衝撃にも優れた盾は、その強打を意にも介さない。シャロンは隙を見計らってショットガンを右側から突き出し、セミオートで三発叩き込む。至近距離で散弾を浴びた獣人はボロきれのように吹き飛んで倒れた。
「やるぅ……っと!」
アメリアがシャロンの反撃を見届け、素早く振り返る。獣人、二体。
「こっちも、油断してる暇なんかねーし」
アメリアは短く深呼吸し、小銃の照準を見据える。慌てるな。乱れた距離感は経験で補え。頭を無理に狙うな。胴体を狙え。冷静に。
強い反動と共に小銃から7.62mmが放たれ、獣人の腹部を抉る。ダウン。
「シャロンさん、その銃、貸して下さい。私がリロードします」
「うん。ありがと」
シャロンは背後のロミーに散弾銃を渡す。ロミーはシャロンの背部ポーチから12ゲージを取り出し、一発ずつ装填していく。弾を込めながら、ロミーはシャロンの横顔に視線を移す。ガスマスクに覆われた彼女の顔は見えない。誰も見たことのない、シャロンの素顔。かつての戦いで痕が残り、見せたくないと頑なに拒んでいた。どんな表情をしているのだろう。戦場の真ん中で、ロミーはふとそんなことを思う。
「だぁああっ!?」
突如、後方から悲鳴。天使達の視線が集まる。オードリーの乗った銃座付きATVが転倒していた。投げ出されたのはオードリーとエイプリルの亡骸。そして転倒したATVの横にいたのは――半裸の、異様なまでに膨らんだ左肩が目を引く、馬頭の獣人だ。
武器は持っていない。軽量とはいえ、それなりの重量のあるATVを一撃で倒したのは、まさにその左肩による強烈なタックルによるものあった。左腕には刺青でプロペラのような模様が彫ってある。
「んな……このっ!」
隙を突かれたロジーナが近距離で狙撃銃を撃つ。馬頭は左肩を振り上げ、貫通力に優れた高初速の弾丸を容易く受け止める。
「ロジーナ、オードリー……そいつはマズいやつだ、逃げろし!」
アメリアが叫び、ロジーナは咄嗟にオードリーの手を引いてそこから離れる。“プロペラ”は二人を追いかけるでもなく、そこから動かない。
その時、別の場所から銃声。長く乾いた音が周りに響き渡る。
「サーニャ!」
反対側からもう一体の馬頭が現れた。“プロペラ”とは左右対称の、右肩が膨らんだ獣人。右腕には、やはり刺青でファイアパターンが彫られている。
「同時に二体……双子の特異種!?」
――野生馬の如き荒々しい造詣を頭部に持つ、二体の獣人。常軌を逸した脚力と肥大化した肩から繰り出される、車さえ簡単に薙ぎ倒す突進攻撃を武器に戦場を蹂躙する双子の馬。彼らの名は“ツインチャージャー”。数日前、第二次基地防衛線の要として駆り出された特異種である。
「くぅううううっ!」
サーニャの銃撃をかいくぐって突っ込んできた“ファイア”のタックルが、シャロンの盾に真正面から直撃する。シャロンは後方に押し戻されながらも、足を踏ん張りこれに耐える。車さえ跳ね飛ばす強力な突進攻撃。シャロンの義手が軋み、背後にいた天使達の隊列が崩れる。
シャロンはロミーから散弾銃を取り返し、発砲。だがそこに“ファイア”の姿は既にない。見事な一撃離脱だ。
「ロミーちゃん……アメリアと一緒にこっから離れて。銃撃が止んだ今のうちに」
「そんな! シャロンさんは?」
「あたしがこいつを引きつける。援護を。お願い」
突入時からの度重なる防御により、シャロンは肩で呼吸しはじめている。平然と受け止めているように見えていても、その実、彼女にかかるプレッシャーは相当なものだ。
「ロミー、こっちだし! ロジーナ達の……あの倒れたATVまで走るし。早く!」
「は、はい!」
シャロンを残し、ロミー達は合流を始める。その時“プロペラ”がシャロンの背後を目がけ、再び突進を開始していた。
「やらせないっ!」
駆け出す“プロペラ”の正面を横切るようにサーニャが飛び出し、二挺のPDWで銃撃を浴びせかける。いくら強靭な右肩といえど受け止め続けるのは無謀と判断したか、“プロペラ”は方向転換し、距離を離していく。
一方“ファイア”もまた再度の突進攻撃を試みていた。シャロンは盾の脇から散弾銃を突き出し、数発続けて発砲する。だが狙いが定まらない。“ファイア”は散弾をかすめ受けながらも急接近、シャロンの真正面から強烈なタックルを敢行する。質量のある大盾が衝撃に揺らぐ。
「アメリアはどっちをやるッスか」
「最初にATVを転ばせたほう。シャロンがもう一方を受け止めてる間に、サーニャと二人でなんとかするし」
「どっちにしろ、長く持ちそうにないッスよ。早く倒さないと」
「わかってるし」




