#F
いつも通りやればいい。前の戦場でも、今回も、自分はいつだって、そうしてきた。
空を飛んでいる時は、全てを忘れられる。ここにいるのは自分と、このワイバーンだけ。煩わしいことも、難しいことも考えなくていい。言われたままにやればいい。それ以外のことは悩まなくていい。
彼の身体は、周りの連中とは違っていた。同じ特異種であるワイバーンを使役し、空を飛ぶことのできる能力。いつからか“フライトリザード”と呼ばれるようになった。
自分はどうも特別な存在らしい。お前の活躍が戦況を左右する、とまで言われた。かつての自分は平凡で、取り柄もなかった。それが悔しくて、他から認められるべくガムシャラに働いた。ここに来て、その地位はあっさりと手に入った。何をしたわけでもない。出世したわけでもない。突然その役目を負ったのだ。
だがそれを誇らしい、とは思わなかった。その立場に立ってみれば、何のことはない、結局はただ煩わしいだけだ。
何もかもが煩わしい。それでも空を飛ぶ時だけは考えずに済む。だから彼はこの空が好きだった。
―――
いつものように飛び立ち、いつものように爆弾をばらまいて帰ってくる。敵である天使ども。奴らを殺して帰ってくる。それだけだ。
何人殺したか。それを誇る奴らがいた。撃たれ、命乞いに泣き叫ぶ天使を見るのが快感なのだという。自分はそうは思わなかった。遥か上空から一方的に撃つだけ。機械のように殺すだけ。自分は何人殺したか。そんなことは覚えていない。記録する気もない。
天使どものキャンプに到達した。
フライトリザードは違和感に気付く。外に誰もいない。反撃もない。警戒されて中に入られたのだろうか。念のため、バンカー付近を重点的に爆撃する。ワイバーンの腹から爆弾が切り離され、地表からいくつもの火柱が轟音と共に上がる。バンカーの壁が吹き飛び、塹壕地帯の泥が巻き上げられる。反応はない。中で蒸し焼きになったか。
それでも違和感はぬぐえない。ワイバーンに旋回を命じ、いつもより早く基地へと戻ることにする。
―――
ワイバーンの飛翔性能はそれほど高くない。言ってみれば、グライダーのようなものだ。急な高度の上下は多大な負担がかかる。基地とキャンプを隔てる山を迂回して飛ぶ。
どうしようもない違和感。眩暈のような、不思議な感覚。何かがおかしい。とにかく一刻も早く帰還して、報告しなければならない。
そういえば、昨日から新しい上官が来た、と言っていた。それはいい。そんなことは後回しだ。
基地が見えた。山間の、上空から見ればちっぽけで小さな基地だ。
いつも通り? いや、何かが違う。フライトリザードはいよいよ神経を研ぎ澄ませ、状況を確認する。
何故、誘導の為の照明灯がついていない? 着陸をサポートする獣人達の姿もない。
何故、対空砲が動いている? 天使達の降下時間はまだのはずだ。
何故、対空砲がこちらを向こうとしている? 冗談にしては悪ふざけが過ぎる。
何故、基地の傍に倒れた獣人の姿が見える? 導き出される結論は一つ。
―――
あと二回、作戦を成功させれば、自分はこの任務から解放されるという。
特別扱いされている自分は、再び特別扱いされない自分に戻るのだろう。彼の不安は戦場よりも先のことに向けられていた。いつまでも戦場にはいられない。この姿ではいられない。だが戻ってどうなる? またあの日常に戻り、それから自分はどうするのか。それは解放と言えるのだろうか。さりとて、今においてさえ煩わしさは執拗につきまとっている。どこが自分の居場所なのか。どれが本当の自分なのか。
もしも、この戦場で果てるのならば。
いいかもしれない。だが死ぬのは恐ろしい。どちらがいいのかも分からない。決めるのは自分ではない。流されるままにここまで来た。
そして今、彼の運命は一つに決まろうとしている。
こちらを見つめる、大口径の連装対空砲。数多の天使を屠ってきた、獣人達の力の象徴。
目を合わせ、視線も外さず、彼は思う。
意思も希望も関係なく、一方的に全てを決められる――戦場とは、かくも因果なものなのだと。




