#9
――いきなり、戦えと言われても。
突然戦場に放り込まれたシアリィは、自分に押し付けられた運命を理解できずにいた。
戦う? 戦ってどうなるの?
けれども、その考えはある時を境に変わった。変えたのは、アルマでも、シャロンでもなかった。爆撃で負った傷をあっという間に治してくれた、あのお方。
魅せられたのはあの感触。ぞわぞわと這い回るような心地よい感覚。“それ”を与えてくれたお方。
シアリィは悟った。あのお方の傍にいよう。そして守るために全力で戦おう。あのお方こそが、自分にとっての救世主なのだから。
―――
「シアリィ!」
アーマジロに押し潰されながら、シアリィはマゴットの声を聞いた。
「あぐ、ぐっ……逃げ、逃げて……下さい……マゴット、さま……っ!」
シアリィは声を絞り出す。骨が軋む。息が出来ない。だが大事なのは自分の身体ではない。あのお方を逃がす為なら、自分はどうなったって構わない。シアリィは薄れゆく意識の中で思う。
……死ぬ? 自分が?
それでもいい。自分が死んでも、あのお方が逃げてくれれば構わない。
(本当に?)
ふと、シアリィは自分の考えに疑問を抱く。果たして自分は何の為に戦っているのか。マゴットの為。正しい。でも何か違う。それ“だけ”ではない。何故か。
――あのお方の治療をもう一度……否、何度でも受ける為。それが正解。それ“こそ”が真意。
ならば。
「……シ……ィは……」
ならば。
「シアリィは……」
ならば――自分は。
「こんなところで……」
咄嗟にシアリィは身をよじり、自らに圧し掛かるアーマジロの腹部に向けて右義手を突き出す。
この右手が持つ機能。初めて教えられた時は、そんな大袈裟な仕掛けなんてきっと使うことはないだろうと思っていた。
それは、今こそ使うべき機能。
「死ね! ない! ん! で! すッ!!」
義手の掌をぴったりと付け、残る左手で手甲に付いたレバーを引く――その瞬間、シアリィの右掌底から凄まじい衝撃が放たれた。二腕に仕込まれた炸薬によって轟音と共に射出した超硬質金属製の“杭”が、アーマジロの腹部を鱗甲板ごと貫く。
即ち、シアリィの義手に備わっていたそれは“パイルバンカー”であった。
「きゃああああっ!」
全身から体液を撒き散らし、アーマジロが絶命する。シアリィもまた射出の反動を受けて右肩が脱臼。同時に右義手のサイドカバーが開き、蒸気が勢いよく噴き出した。
シアリィの持つ義手の機能は、本来は"解錠用"その他の破壊工作の為に開発されたものであった。だが解錠どころかドアごと破壊せしめるその“多目的工具”はあまりにオーバースペックであり、また使用者の身体すらも破壊しかねないとして、それ以降の投入が為されることはなかったという。
「……し、シアリィ?」
弾け飛んだアーマジロの下で、体液まみれのシアリィがもぞもぞと身体を動かす。
「やりました。シアリィ、やりましたよぉおおお……」
弱々しい声でシアリィは答える。怖かった。身体中が痛い。でもこの痛みは、次のご褒美の為。戻ったら、またあの治療が待っている。それは至福の時。シアリィは来るべき悦びに打ち震える。
「ふへ、えへ、へへへへ……」
その戦いで負った傷……打撲と脱臼に“回復魔法”が効果を為さないことを彼女が知るのは、それから間もなくのことだった。
―――
「片付いたか。後ろから追手は?」
五階。対空砲内部。砲手と思しき獣人達を制圧し、アルマは状況を確認する。
「ありません。でも、あの子が……」
階段下で、腹部から血を流した天使が、壁にもたれてぐったりとうなだれている。アルマの背後にいた“R”だ。応射を試みた獣人達の流れ弾を受けたらしい。アルマは彼女に近寄り、傷を確かめる。短機関銃の弾が下腹部を直撃している。当たり所が良くない。動かすのも難しいか。
「がっ、ぐふ……」
「喋れるか」
「は、い……」
「君の的確な報告のおかげで、無事ここを制圧できた。感謝する」
「あ、あ、あり、がとう……ござ……ぐふっ」
下からは大量の出血が床を濡らしている。長くはないだろう。
「よければ、君の口から、もう一度名前を聞かせてほしい。私は二度とその名を忘れることはないだろう」
「ろ、ローザ、です」
「そうか。ローザ。ありがとう」
「はい。こちらこそ……」
そしてローザと名乗った少女は、ずるずると背中を滑らせながら倒れ、息を引き取った。アルマは掌でそっとローザの瞼を閉じさせ、立ち上がる。
「よし、いいか皆。彼女の……ローザの命を無駄にするな。最後まで気を抜くなよ」
アルマの命を受け、残る天使達は二人一組で行動を開始する。
一人が、珍しげに窓の外の景色を見やる。
「うっひょう。こうしてみると高いねえ、ここ」
「ばか。遊んでないでよ」
「思えばさ、この大砲が飛び降りてる私達を狙ってきたわけじゃない。ムカつくよね。ムカつかない?」
「まーね……」
止めに入ったはずの天使も、気付けば外を眺め、会話を始めている。
「気を抜くなと言ったろう。何か見えたか?」
「あっ、アルマ隊長! なんにも! なんにも見えませんですます!」
背後から声をかけられ、天使があたふたと答える。
アルマもまた窓辺に近寄り、くまなく周囲を見渡す。見渡す先には海と山。海の向こうには何も見えない。
続いて真下を見る。建物の傍に、数体の獣人が血を流して倒れていた。うち一体は大型の特異種か。突入後に攻めて来た追手だろう。いずれも倒されている。マゴット、いや、シアリィがやったのだろうか。
その時、視界の隅、隣の建物の影から再び何かが現れた。……獣人だ。
「あっ! 隊長、あれ!」
「わかっている。増援だな。あれだけ派手にやれば、さすがに集まってくるか」
横にいた天使もそれに気付き、指を差して叫ぶ。
「一階には、マゴットさん達がいるんですよね……助けに行きますか?」
アルマは冷静に数を確認する。銃を持った獣人が三体。特異種らしき影はなし。これなら。
「私が行く。ここで警戒を続けろ」
「え」
「あれしきの数なら、私一人が行けば済む」
―――
「うう……どうしますマゴットさま。また来ちゃってるんですけど」
痛む右肩を抑えながら、シアリィが言う。追手は三体。先ほどまでと違って特異種はいない。だがシアリィは全身を打ち据えられ、さらにパイルバンカーの影響で右肩を脱臼している。ろくに戦える身体ではない。満身創痍。応戦できるか。
「今度こそ、逃げたほうがよさそうかもね」
倒れたアーマジロ達の亡骸を確認し、三体の獣人はシアリィ達のいる側に銃口を合わせながらゆっくりと進んでくる。不意に飛び出すのは悪手だろう。
「でも」
「あのねシアリィ。勝てそうにない状況で戦うのはただのバカよ。バカにつける薬も、バカに施す魔法もないわ」
使命感を背負うシアリィは唇を噛みしめる。撤退しかないか。
「ほら、肩を貸してあげるから、さっさと――」
突然、三体の獣人が何かに気付き、上空へと視線を向けた。
「チィィィィイイイエストォオオオ!」
気合と共に、上空から直滑降で襲い掛かる純白の影あり。彼女は先頭にいた獣人にトリガーを引かせることもせず、落下の勢いのまま脳天に銃剣を突きたてる。
「は?」
マゴットとシアリィが目をむいた。
倒した獣人を蹴り、背中の羽を羽ばたかせ、宙返りして着地する天使。アルマだ。
「小隊長!」
残る二体の獣人がアルマに狙いを定め、ワンテンポ遅れて射撃を開始する。アルマは地表すれすれまで姿勢を屈めてこれを回避。流れ弾がシアリィ達のいる建物の壁に着弾する。
「その反応……致命的だッ!」
腰だめで小銃を連射し、獣人の一体を打ちのめす。残り一体。突然の事態に怯む獣人に、アルマはくるりと身を翻しながら接近、その勢いで獣人の顔面に銃床をめり込ませる。強打され、地に伏せた獣人の心臓部に、アルマは冷徹に銃剣を突きたてた。
「しょ、小隊長ぉおお」
「すまない。遅くなったな」
アルマは息一つ切らせることもなく、建物から外に出たマゴット達に向かって答える。
「これは、君が?」
少し離れた場所で倒れているアーマジロ達を見やり、アルマはシアリィに声をかける。
「は、その……」
「そうよ。ここにいるシアリィがやっちゃったの。すごかったのよ。ねえ?」
マゴットは笑い、シアリィの頭を叩く。
「あ、え、えへへへ」
シアリィは少しだけ驚いた顔をし、その後、にへらと笑う。
「あのコは……やられちゃったけどね」
部屋の隅に寄せた天使の亡骸の方に首を向け、マゴットは呟く。
「こちらも一人、倒れてしまった。やはり簡単にはいかないようだな」
「まあ、戦争だから」
制圧は完了した。後は一刻も早く別働隊と合流しなければ。
二人は外に出て、上空を見上げる。
そびえたつ大型の連装対空砲が、地鳴りのような音と共にゆっくりと向きを変えていた。
「……? あれ、動いてない?」
「動いているな」
―――
その頃、アルマのいない対空砲内部で、天使達は騒然としていた。
「動かし方、わかるの?」
「弾ァーどこだぁ!」
「おっもい! これ重い! ここに置けばいいの!?」
「マニュアル見れって」
「痛あああい! 指挟んだ!」
「そこ置け! そしたら、えーと……そのハンドル回して……早く!」
「うっひょう! 床が動いてるぅ!」
きっかけは、一人の天使の報告だった。真下の獣人へと強襲をかけるべく、アルマが飛び降りた直後のことである。
天使は、山の影から現れた一つの影を見た。遠くからでもわかる、その異形。あの“爆装ワイバーン”が戻ってきたのだ。
「あいつ……撃ち落とせるかな」
突然の事態に慌てふためく天使達の中で、一人がそんなことを呟いた。
それから先は早かった。彼女らは己が意思で行動を開始した。ワイバーンの帰還は作戦に少なからず影響を与えるだろう。
「当てられるの? あんなのに」
「どかーんと撃って、ばばーんと落としてやりゃあいいのよ」
「簡単に言うな」
彼女らにとっては、これが初めての戦場である。自分が何者かもわからない。何故戦うのかすらもわからない。……だが、一つだけわかることがある。それは無念と悔しさ、そして仲間を想う気持ちだ。
「さんざんにメチャクチャやられてさ。悔しくね? こんなの」
「あいつ、いいやつだったのに、爆撃で死んじゃったんだよ。目の前で」
「うちの隊長サンはお空で吹っ飛ばされた。このでっかい大砲でさ」
「お返しくらい、やってやらなくちゃあ」
「装填、完了……たぶん!」
「どれで撃つんだよ」
「その赤いボタンじゃない?」
「自爆装置だったりして」
「旋回、よぉーし!」
「角度、よぉーーし!」
「発射準備、よぉーーーし!」
「で、誰が撃つの」
「あたしやりたい」
「私も」
「ジャンケンしよ」
「恨みっこなしね」
「じゃーーーん、けーーーん!」




