#8
基地中央、連装対空砲の設置された、五階建ての細く高い建物。アルマを中心とした4,5号車はその真下までATVを走らせていく。獣人達が体制を立て直す隙を突いたのか、抵抗は少なかった。
「全員、降車!」
建物の入り口を守っていた獣人を速やかに射殺すると、アルマはひらりと助手席から飛び降り、叫ぶ。4,5号車はほとんどが“A”と“S”で構成されており、例外として“M”のマゴットが一名いるのみだ。
「4号車の天使は私と来い。地上階を制圧後、一気に駆け上がり対空砲の中まで攻め込む。階数は多いが一階以外のフロアは狭い。これは電撃戦だ」
「あたしはどうすればいいの」
「一階の制圧後に中に入ってくれ。そこで負傷者の救援に当たってほしい」
「武器なんて持ってないんだけど」
「そこはシアリィがお守りします!」
手を挙げたのはシアリィだ。
「任せたぞ」
「はい!」
マゴットが複雑な表情をする。
「大丈夫……?」
「平気です! マゴットさまのためなら、このシアリィ、全力で戦っちゃうんですから!」
「う、うん」
「それに、もし怪我しちゃっても、すぐ治してもらうんですから……えへ、えへへへ……」
マゴットの心配をよそに、シアリィはそう言って気色悪い笑みを浮かべた。
―――
「……皆、耳を塞いで口を開けろ。怯むなよ」
そう伝えてアルマが懐から取り出したのは閃光手榴弾だ。ATVの響かせたエンジン音は、既に建物内の獣人達を警戒状態にしているだろう。何の策もなく突入させるほどアルマは愚かな天使ではない。
3,2,1……。入り口から中へと投擲。甲高い爆音が鳴り響く。
「突入!」
アルマの声を合図に、武器を携えた天使達が次々と建物へ侵入する。
「制圧! 一人も逃がすな!」
ブルパップ式の小銃を構え、先陣を切る。アルマの予想通り、入口に控えていた獣人達は閃光と爆音により見当識を失い、悶え苦しんでいた。
「う……」
天使の一人が無抵抗の獣人に銃を突きつけ、一瞬、トリガーを引くのを躊躇う。アルマはそれを見るや、即座に小銃で獣人を殺傷せしめる。
「……すみません、小隊長」
「命を奪うことに抵抗があるのはわかる。だが今それを躊躇えば、君だけでなく他の天使達も危険に晒されるだろう。いいか、目標の達成だけに集中しろ」
「は、はい!」
「良い返事だ」
暇を見つけ訓練に励んだのが功を奏したか、初めての作戦ながら、天使達のチームワークはそれなりに質の高いものに仕上がっていた。アルマはその後も建物中を走り回り、新兵の援護に尽力する。ここで戦力を減らすわけにはいかない。
「ひ、ひぃい!」
別の部屋から銃声と天使の悲鳴。閃光を免れた獣人の抵抗。アルマはただちに急行し、支援に加わる。
「痛い、いたーーいいい!」
倒した机でカバーに入った獣人が二体。こちらの天使の一人は肩に銃撃を受け、苦痛に顔を歪めている。
「しっかりしろ! 致命傷ではない。外まで後退しろ、動けるか?」
負傷した天使はこくこくと首を縦に振る。
「外にマゴットがいる。治療してもらえ。いいな」
「は、え……あ、あの治療、ですか……?」
天使は怯えた声で答える。マゴットの治療の恐怖が傷の痛みを上回ったか。
「気持ちはわかる……が、彼女の腕は確かだ。死にたくないなら早くしろ」
注射に怯える子供のように、天使はおずおずと後退していく。
一方“M”の不在は倉庫側の陽動隊に影響を与えるだろう。制圧は迅速に行われなければならない。カバーの隙を見せた獣人の眉間を正確に撃ち抜き、その後もアルマ達は次々とクリアリングをこなしていく。
「クリア!」
「こっちもクリア!」
「敵はいません!」
「……よし、残弾を確認しろ。続いて上階の制圧に入るぞ。狭い場所での戦いになる。私を先頭に隊列を組め。……訓練の通りにやれ。そうすれば必ず勝てる」
アルマは凛とした表情で言い放ち、自身もマガジンを交換した。
「に、二階は敵はいません。その上に微弱な反応があります。……たぶん」
アルマの後ろに付いた新兵の“R”が獣人の反応を受け、アルマに伝達する。
「いいぞ。助かる。君も一人前の天使だな」
アルマは労うように“R”の頭をぽんと叩き、階段を駆け上がる。後に数人の天使達もアルマに続いていく。
三階に入った瞬間、物陰から手斧を振りかぶって豚頭が襲い掛かってきた。アルマは強襲に微塵もたじろぐことなく、腰を低く落として構える。そして――。
「チェストォ!」
腹部に向けて小銃の先――銃剣を突き出し、アルマは一突きに豚頭を貫いた。豚頭は鮮血を撒き散らし、その場に倒れる。
背後に控えていた“R”が感嘆の声を上げた。
「こういった場合は、撃つよりも突いたほうが早い。射撃だけが相手を制圧する手段ではない。各々、自身の武器をしっかりと把握しておくように」
度重なる戦いを潜り抜けた彼女の戦闘能力は群を抜いて高い。基本に忠実に、ただ純粋に磨き上げられたその技術は、咄嗟の判断において輝きを増す。
生体“兵器”である天使の肉体は戦闘用に強化されたものだ。扱い方さえ把握し、使いこなすことが出来れば、決して獣人に遅れを取ることはない。それがアルマの持論だった。
三階、クリア。続けて四階もクリア。
「最上階、敵反応は」
「何体かわかりませんが、それなりの数が。……すみません。こんなことしか」
「それだけで充分だ。各員、誤射に気をつけろ。トドメを刺すぞ」
天使達の瞳に勇気が満ちる。
こうして、アルマ率いる天使達は最上階の対空砲内部へと乗り込んでいった。
―――
その頃、一階ではマゴットとシアリィ、そして治療を終えた天使の三人が控えていた。
「マゴットさま。あのう、なんか嫌な予感が」
一階の窓から外を警戒していたシアリィが、不吉なことを言う。
「やめてよね……まさか、追手が来たとか言うつもりじゃないでしょうね」
「そのまさか、なんですけど」
「マジ?」
シアリィは姿勢を低くし、短機関銃を構える。隣の倉庫から数体の影が見えた。遅かれ早かれ何らかの追撃があることは予想の範疇ではあったが、ここまで早いとは。
「大丈夫です。シアリィが守ります」
「わ、私も……」
治療を終えて放心状態にあった天使も小銃を構える。さすがに二度目の治療で、あの感覚にも慣れたらしい。
「無理しないでよね」
上からは小さく銃声が聞こえる。最上階に辿り着いたか。アルマ達が上階を早く制圧して、降りてきてさえくれれば。……だが、それを待たずして姿を現したのは四体の獣人。斥候か、あるいは先発隊か。
――その内の一体は、身体中が装甲じみた鱗で覆われた大型の獣人だった。
「しゅううううう……」
一般的な獣人とは違う。長い鼻と鋭い爪を持ち、二本の足でどっしりと立つ獣人。あれも一種の特異種か。
「や、何ですかあれ、あのでっかいの! 堅そうなの!」
「さしずめ“アーマジロ”ってところね」
「なんです、それ!?」
「あたしが今考えた名前」
「あれじゃあ、私達の弾なんて」
「……でも、シアリィ達でやるしかないです!」
まだこちらの位置は気付かれていない。ならば先手を取る。シアリィは短機関銃を握り、決心を固めるように頷くと、窓からその身を乗り出して射撃を開始する。
「このぉっ!」
小気味良い音と共に短機関銃から銃弾が放たれる。隙を突かれた獣人のうち二体に銃弾がヒット。一体が頭部に被弾。ダウン。だが精度に劣る短機関銃の射撃では決定打にはならない。すぐさま銃を携えた獣人達によって反撃が行われる。シアリィは素早く窓辺に身を隠し、銃弾を防ぐ。
「私の銃なら、きっと!」
続いて小銃を構えた天使が横から支援射撃。獣人達は即座にアーマジロの影に隠れ、小銃の射撃をことごとく回避する。
「な、なんでぇ!?」
初手に失敗したのが響いたか。警戒に入った三体の獣人は、アーマジロを先頭にじりじりと距離を詰めてくる。
「せめてっ、一体だけでも!」
「ちょっとアンタ、迂闊に……っ!」
焦った天使は再び窓から上半身を乗り出し、獣人に向かって闇雲に小銃を撃つ。アーマジロは受け止めるように両腕を構え、これを全て受け止める。全身を覆う鱗甲板の中でも、腕部は特に分厚いようだった。
天使はマゴットの制止に構わず、さらにトリガーを引く。
「しゅうう……」
「あっ」
その瞬間、アーマジロの影から獣人の一体が姿を現す。手にした散弾銃が天使を睨む。
「隠れ――っ」
放たれた散弾が、天使に牙を剥いた。天使は勢いよく窓から吹き飛び、トリガーを引きながら地面に叩きつけられる。暴発した小銃の弾丸が数発、天井に着弾した。
「ま、マゴットさまっ!」
倒れた天使を見やり、マゴットは黙って首を横に振る。頭部を吹き飛ばされている。即死だ。
「シアリィ、もういいわ。後退するわよ」
「だ……ダメです。シアリィはマゴットさまをお守りする役目があるんです」
「見たでしょ? アンタだけじゃアイツらに勝てっこない。ましてあんなデカいのなんて」
「でも」
「逃げるわよ」
「でも、やるんです……やってやるんですからっ」
再び窓辺から身を乗り出し、左手で短機関銃を撃つ。アーマジロは立ちはだかるように構え、冷静に射撃を跳ね返す。息のあったチームワークで、背後の獣人が身を乗り出す。
「まだですっ!」
シアリィは咄嗟に足元の小銃を拾い、もう片方の、義手に換装された右手で射撃を行う。不意を突かれた獣人の一体が直撃を喰らい、その場に倒れる。
「これで二体目!」
「まだあと二体!」
「これだけならっ!」
ひらりと窓の縁を乗り越え、果敢に単身で走り出す。
「シアリィ!」
アーマジロは銃を携行しておらず、動きも遅い。ならば残る一体さえ仕留めればいい。あとは何とかなる。何とかなるはずだ。
「シアリィは、ぜったい負けたりしないんです!」
短機関銃と小銃を構え、アーマジロに対して一直線に走り、距離を詰める。途中で素早く地を蹴り、左にスライド。背後の獣人の側部を狙う。
「やって! やるん! ですっ!」
見えた。右手の小銃を素早く獣人に向け、狙いを待たずに撃つ。ヒット。だがまだ倒れない。続けて身体を捻り、左手の短機関銃を構える。撃つ。撃つ。ヒット。ヒット。ダウン。
一瞬の御業に、マゴットは息を飲む。シアリィの状況判断と行動タイミングは、新兵の動きのそれではなかった。単なるやぶれかぶれの愚行か、才能の開花か、はたまた本能の為せる技か。
だが。
「……!」
その瞬間、取り巻きを倒されたアーマジロの動きが変わった。突如として地を蹴り、シアリィの側面に向け強烈なタックルを見舞ったのだ。小柄なシアリィの身体が衝撃で吹き飛ばされる。両手に持っていた二つの銃が手放され、地面に転がる。
「しゅううう……しゅうぅーーっ!」
アーマジロは素早く倒れたシアリィの身体に圧しかかり、その体重でじっくりと押し潰さんとしていく。長い鼻先の下からちろちろと舌が伸び、両手の爪がシアリィの顔へと向けられる。
「ぎゃああああっ!」
「シアリィ!」
圧迫され、苦痛に悶えるシアリィの悲鳴を聞き、はっと我に返ったマゴットが叫ぶ。
「が、あぐ、ぐっ……逃げ、逃げて……下さい……マゴット、さま……っ!」




