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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 1 _ ア・パッチワークス・スクアッド
4/91

#1

 白い部屋。真新しいベッド。

 その上で、アリスは目を覚ました。

 洗い立ての白いパジャマ。ドアの向こうから声が聞こえる。

「起きなさいアリス。もう朝よ。今日も気持ちのいい天気」

 アリスはそれに応え、声を出そうとする。だが、出ない。

 仕方なく無言でベッドから起き、ドアを開ける。

 エプロンをつけた女性が掃除機をかけていた。

 ごうごう。ごうごう。

「お寝坊さん。ほら、パパが、今日は出かけようって。早支度しなさい」

 ごうごう。ごうごうごう。

 掃除機の音がやたらにうるさい。

「おい、アリス。準備で……た……? ……早…………ぞ……」

 アリスは女性の顔を見た。特徴の無い顔。見覚えの無い顔。

 白いエプロン。白いドア。白い部屋。白い掃除機。響く吸気音。

 ごうごうごうごうごうごうごう。


 アリスは首を傾げる。……あれは、誰だ?


 一瞬のノイズの後、白が、黒へと反転した。


―――


 雑木林の中で、アリスは目を覚ました。


 辺りは既に薄暗い。左腕にはめた腕時計を確認する。16:27。

 アリスは記憶を整理する。おそらく降下には成功したのだろう。だがモニカは対空砲の餌食になり、周りには分隊どころか他のメンバーもいない。

 ここがどこかもわからなかった。そもそも降下時刻から半日が経っている。

 アリスは身体を起こし、腕や脚、首、羽と一つずつ動きを確認する。

 衣類に多少の傷はあったが、自身の身体に外傷はなかった。

 ジャケットとボディアーマーに入れていた道具類も無事。無意識に不時着を成功させたか。

 少し先に落ちていた自動小銃を拾い、各部位をチェックする。歪みや破損はない。

 夢の事が気になったが、アリスはその考えを振り払い、その場を後にする。


 3番機降下隊の合流地点はD-10。

 地図で場所は確認したが、現在地点が知れなければルートの定めようがない。

 ひとまず、アリスはランドマークの発見を目標にして、雑木林を抜けることとした。まわりに道らしい道はなく、あっても獣道。薄暗い視界の中では目印も少ない。コンパスを手に、アリスはまず北へと進む。

 アリス達を出迎えた対空砲火の音も今は聞こえない。暮れてからの降下は中断しているようだった。


―――


 歩き始めて10分ほど、突如、銃声が響いた。


「………る…………こ……よぉーっ!」


 自動小銃の音だろうか、射撃音に統一性はなく無闇に撃っている。

アリスは自動小銃のセーフティを解除し、素早く身構えた。


 それからすぐに音は止み、次に悲鳴が聞こえた。


「うぎゃああああーーっ!」


 アリスは走りだした。声の大きさから、ここより少し離れたところ。

 少女の声。叫びを上げたのは生存者だろう。

 木々をかき分け、声の方向に向かってまもなく、それは見つかった。

“羽付き”の天使がうつ伏せに倒れていた。羽ごと切り裂かれたか、背中に大きな裂傷があり、生々しく血が噴き出している。一目で致命傷とわかった。

「う、うー。ううーっ」

 アリスの救護キットでどうにかなる傷ではない。少女はアリスの姿を確認すると、力を振り絞るように這い寄ってくる。

「ううー。うー。ごぼっ」

 何かを伝えたいのか、吐血に阻まれて声が出ない。アリスは少女をゆっくりと起こす。

「喋ることはできる?」

「うぐ、う……き、君はっ」

「3番降下隊モニカ分隊、アリス」

「わたっ、わたしは、アイ……ごほっ」

「名前はいいです。それより、ここは何処?」

 アリスは問うた。少女は不思議そうな目をした。

「ここのポイントは?」

「し、知ら……ない。ぜんぜん」

「そうですか」

 少女の顔が青ざめていく。アリスは少女を抱いたまま、その顔色を見続けた。


「……わ、私には……ふぐっ……帰りを待ってる、子が……だから……うげぐふぐふっ」

 少女は虚空を見つめ、振り絞るようにうわ言を呟く。


「………………ねこちゃん…………」


 血を吐きながら、それだけ言って少女は息絶えた。


 アリスは少女の死を見届けると、彼女から小銃のマガジンとドッグタグを取り出し、自分のポーチに入れる。そして少女の身体をゆっくりと寝かせる。

 場所は聞けなかった。だがこの近くに敵がいるのは確かだ。アリスは周囲を警戒する。


 間もなく敵は姿を現した。木々の向こう、約30m。遠くからでもわかるその異形。

「グ……グ……」

 少女を追ってきたのだろう、一匹の、熊の頭をした獣人だ。肩に二発の浅い銃創あり。

 唸り声をあげ、獣人はアリスを確認する。暗闇に光るその目に宿るのは、明らかな殺意。

「ググググゥーッ」

 殺意のおもむくまま、獣人は勢いよくアリスへと向かってきた。

 アリスは小銃を構える。アイアンサイトを覗く。照準は熊頭の眉間。


 タ、タン。タン。


 セミオートできっちり3発。眉間から血が噴き出し、熊頭は膝から崩れ落ち、地に伏した。

 アリスは銃口を熊頭に合わせたまま近づく。動きはない。即死だった。


 アリスは驚いていた。熊頭の存在にではない。反射的に動いた自分の身体にだ。

 ぶれる目標を前に、アリスは銃弾を正確に眉間へ撃ち込んでいた。

 考えるよりも先に、冷静に身体が作動した。

 自分はどこかで撃ったことがあるのだろうか。そうした訓練を積んでいたのだろうか。


 一刻ほど考えて、止めた。今はとにかく現状確認が先だと、アリスは判断した。


―――


 再び北へ向かって歩き出し、30分。まだ林からは抜けていない。すっかり日も落ちた。今日はもう動くのを止めたほうがいいだろうか、そう思案を巡らせた瞬間、アリスはまた木々の間に何者かの気配を感じた。

 素早く小銃を構えるアリス。それはまだ姿を現さない。アリスはぴたりと動きを止め、銃口の先を見据える。


「……まさか、こんなところで見つけるとはなあ」


 声が聞こえた。女の声だ。

「誰か」

「撃つなよ」

「止まれ。誰か」

「この島にゃ天使とバケモノしかいねえんだ。わざわざ誰何することもねえだろう」

 おどけた素振りで手を上げ、のっそりと出て来たのは、赤髪の女が一人。

「5番機降下隊スカーレット分隊、隊長スカーレット」

「3番機降下隊モニカ分隊、アリス」

「……と言っても、元々の隊は俺以外残っちゃいねえが」

 アリスは銃を降ろす。スカーレットはアリスに近づき、右腕を差し出した。無骨な、鉄色の義手だ。

「お前、降下ミスでこんなところに降りたか。災難だな」

 アリスも右腕を出し、握手を交わす。

 背はアリスと同じくらい、長い赤髪は後ろで一つに括っている。顔立ちはきつく、鼻筋には一直線に傷痕が走っている。フランクに笑ってはいたが、その目つきは鋭い。いかにも歴戦の士といった風貌だった。

 目を引くのはその装備である。降下用のジャケットを脱ぎ捨てた軽装に、左胸元、左脇、右腿、左腰、それから後ろの腰部にも、ホルスターを組み合わせるような形で拳銃が装備されている。

 おそらくサラと同等の種だろうとアリスは思った。


 アリスはスカーレットから座標を聞いた。

 集合地点であるD-10からはほど近い場所。ここから北西に行けば着くのだろうという。

「律儀に向かうのはいいんだが、行っても多分誰もいねえぞ」

「どうしてですか?」

「そりゃ、数刻前にそこを通ってきたからだよ。靴の跡はあったが誰もいなかった。もうしばらく時間も経ってる。望みは薄い」

「D-10を?」

「うちのメンバーにもお前さんの降下隊の奴がいてな。一応確認しときたいって言うから見てはみたが、成果ゼロだ」

「3番機降下隊の?」

「……質問ばっかだな」

「すみません」

「お前、今は一人なんだろう。こっちにゃ“羽付き”もいないことだし……うん、ちょうどいいな。うん」

「?」

「アリスっつったか。お前、とりあえずこっち来い、な?」

「はあ」


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