#4
やや肌寒い深夜の塹壕地帯を、アルマを先頭に、ロジーナ分隊とシャロンが歩いていく。
途中、数人の天使が見張りや休憩をしていたが、アルマとシャロンが通ると誰もが次々に声をかけていた。
そうして辿り着いたのは、離れにある小さなトーチカ跡。
「爆撃前、ようやく整備が終わったと報告があった。何とか破壊されずに済んだようだ」
アルマはそう言い、ロジーナ達を手招きする。
内部は他と比べてやや広々としており、隅には防炎シートに覆われた“何か”が存在感を示している。
「この臭いは……」
サーニャがすんすんと鼻を鳴らす。
「オイル……と、ガソリン?」
アメリアも臭いに気付いたらしい。
アルマとシャロンが歩き出し、両端を止めていたベルトを外してシートを捲りあげる。
ロジーナ達の前に姿を見せたのは、タンカラーの鉄パイプが目立つ四輪の小型軽車両……ATVだ。それも一台ではない。ずらりと五台ものATVがシートの下に隠されていた。
「わお」
ロジーナが驚嘆の声を上げる。
「これが私達の“策”だ」
アルマが腰に手を当て、ATVを見渡しながら言う。
「どうしたんスか、こんなもん」
天使と獣人達の戦いはもっぱら歩兵戦が主で、こうした車両が用いられることは稀である。ロジーナは存在こそ認識していたが、戦場に投入されたのを見るのは初めてだった。もちろんアメリアやマゴット、サーニャも同様だ。
「私達の後に続いた輸送機隊からパラシュート付で投下されたものだ。機内でのアナウンスでは試験導入と言っていた。おおよそが対空砲によって大破してしまったが、この地域周辺に運よく落下していたものをかき集めることができた」
「運よく……ですか」
サーニャが何かを考えるように呟くが、その言葉は誰の耳に入ることもない。
「破損して自走不能になってしまったものもあるがな」
「それでさっき修理が終わったって言ってたんスね。……でも、修理できる知識がある天使なんて……」
「それが、いたのさ」
アルマはトーチカの入口に視線を向け、手招きする。
「どうした? そこにいるんだろう。隠れずとも、早く出てくるといい」
アルマに促され、一人の天使がおずおずとアルマ達の前に現れる。
額の短く白い角、伏し目がちな細い目、長いお下げ髪に泣きぼくろが特徴の、細身の天使。
「……」
それは、先の爆撃でシャロンに守られ、一命を取りとめた“R”だった。
「あーっ、さっきの!」
シャロンが声を上げた。
「ラミーちゃん!」
「……ロミーです」
曰く、ロミーはこうした機械に対する知識を“何故だかわからないけど知っていた”のだという。これも前世の記憶の一つなのだろうか、とロジーナは思った。
星付きの天使達に囲まれ萎縮しているのか、ロミーは姿を見せてなお、俯いたまま緊張しているようだった。
「彼女が付きっきりで整備してくれたのだ」
「……やってみろ、と小隊長が言ったので……こんな私の知識でも、一応、役には立ったのかな、って、その……」
「謙遜することはない。よくやってくれた。君がいなければ、私達は作戦を考え直さなくてはいけなかっただろう」
「そうだよ! さっきラミーちゃんを助けてて、あたしも本当に良かった!」
アルマとシャロンに激励され、ロミーはさらに肩を縮ませる。褒められることに慣れていないようだった。
「工具も無しに、よくここまで直せたものね」
マゴットが関心するように言う。
「あ、こ、こういった車両の場合、マニュアルと大抵の基礎的な工具はボックスに備え付けられてるものでして。特にこの軽量タイプは収納位置が限られていますので、工具ボックスの位置もすぐ見つけられました。ほとんどは落下時に損傷した程度のもの、それも駆動に問題のないフレームの歪み等でしたし、駆動部の歪みとか、点火プラグのズレとか、あとエンジンも一般的なATVに使われている汎用型なので、マニュアルを見ながらの簡単な整備とかで――」
堰を切ったようにロミーがまくしたてる、
「あっ……」
やがてはっと気付いたように周りを見渡し、ロミーは再び大きく萎縮する。
「ご、ごめんなさいっ……その……私……っ」
「まあまあ。大した故障じゃないってことはわかったッスよ」
ロジーナはロミーの肩をぽんぽんと叩く。マゴットといいロミーといい、戦闘だけでなく色々な才能をもった天使がいるものだ。
―――
ロミーによれば、このATVは最大で前後二人ずつの最大四人乗り。操作方法はそれほど難しくなく、山の斜面を上り下りするくらいの性能は備えていて、強襲にはうってつけなのだという。四人乗りが五台。この塹壕地帯にいる天使をまとめて運ぶにはちょうどいい台数だ。何をもってしてこのタイミングでATVが投入されたかは分からないが、今は“渡りに舟”だ。活用しない手はないだろう。乗車メンバーを打ち合わせして、作戦決行の段取りは決まった。後ほど、アルマが他の天使達にも作戦を伝えるようだ。
「……シャロン分隊長」
「んー、どうしたの?」
打ち合わせ後、ロミーが小さな声でシャロンに声をかける。
「あの……先ほどは、助けて頂いて、その、ありがとうございました。私、お礼を言えなくて……」
「そんなこと、気にしなくてもいいのに」
「でも、分隊長まで危険な目に……。わ、私、もう自分の役目も終わったし……こんな私を助けても、何の役には立たないのに……」
伏し目がちにこぼすロミーの言葉に、シャロンはガスマスクの奥で瞳を瞬かせる。そして、おもむろに右手でロミーの左頬をむにっと掴んだ。
「ラビーちゃん!」
「ふぁ!」
「自分をそんな風に言っちゃいけないよ!」
不透明なガラスごしに、シャロンはロミーをまっすぐ見つめる。
「ひゃ、ひゃい」
「この戦場ではね、みんないつだって自分の役目があるの。あたしはこの盾でみんなを守るのが役目。だからラビーちゃんも守った。それは当然のこと。あなたにもまだまだ役目があるんだよ。アルマもさっき言ってたでしょ」
シャロンの言う通り、先ほどの打ち合わせにおいて、ロミーも運転担当に操作方法を指導する役目を担うことになった。新兵もベテランもなく、それはロミーにしか出来ないことだ。
「だから、ラビーちゃんも自分の命なんでどうでもいいなんて思っちゃダメなの。わかった!?」
厳しく、しかし優しい口調でシャロンはロミーを諭す。
「わ、わふぁりまひゅた……」
左頬をやんわりとつねられながら、ロミーはシャロンの言葉に深く頷く。優しく、頼もしい天使だとロミーは感謝した。
あとは、名前さえきちんと憶えてくれればいいのだけれど。
―――
「ひぃ、ふぅ、みぃ……18人、か」
ロジーナが指差しで人数を数えていく。アルマの伝達により、司令部トーチカの前に小隊のメンバー全員が集まっていた。
「数刻後、夜明け前をもって我々はこの拠点を放棄、目標地点である軍用基地への強襲作戦を開始する」
アルマの傍らにはシャロン、そしてロジーナ分隊の面々が並んでいる。この六人を除けば、全員が星無しの素人だ。
「我々はここに用意してある五台のATVに搭乗し、ここと軍用基地を隔てる山を越え、最短距離で目標へと向かう。操縦担当に任命された者は前に出てくれ」
集団の中からロミー、シアリィを含む四人の天使が手を挙げ、前へと進む。一方、サーニャもまた手を挙げ、前へと出た。
「ロミー」
「っ……はいっ!」
「作戦開始までに、彼女らに操縦を指南してくれ」
役目を任されたロミーはやや猫背になって俯きつつも、何かを決心したのか、顔を上げATVの元へと向かっていく。
「よろしくね、ロミー」
サーニャが右義手を差し出し、ロミーに挨拶する。
「よ、よろしくお願いします」
ロミーも両手で義手を握りしめ、これに返す。見た目や背丈こそロミーと変わらず、星も一つあるかないかでしかないが、そこには戦いを経験した者とそうでない者の差が顕著に現れている。
サーニャはこの操縦担当に自ら名乗り出ていた。何かの形で役に立ちたいと思ったのだろう、アメリア達は初めこそ心配していたが、実質的にロジーナ隊の中で適正があるのは彼女だけだった(アメリアは隻眼で距離感が取れず、ロジーナとマゴットは大の機械オンチということであった)。
「はい、はい! シアリィも! シアリィもやります! やるんですからっ!」
いつの間にか横にいたシアリィがぴょんぴょんと飛び跳ね、存在をアピールする。
「えっ、あ……はい。シアリィさんも……よろしくお願いします」
基地攻略にあたり、目下の問題は爆装ワイバーンである。だがこれまで三度の爆撃にあたり、アルマはワイバーンの行動に二つの特徴を見出していた。
一つ目は、およそ7~8時間毎に一度、約10分かけて飛来すること。当初アルマはリタを二度目の爆撃の直前に送り出し、いつワイバーンが再び出撃しても狙撃ができるよう位置に着かせていたが、飛来した間隔は同様だった。準備の関係か、どうもきっかり時間が決まっているらしい。
二つ目は、山を迂回して飛来すること。挙動から判断すると、ワイバーンは水平飛行は得意でも、高度を上下させるのが苦手なようだった。
もちろんあくまでこれは推測にすぎない。三度目の飛来からまもなく6時間が経とうとしているが、今この瞬間に飛来する可能性もゼロではないのだ。だが天使達にはこれ以上それらの行動を観察する余裕もなかった。
基地到着までにはタイミングと運が求められた。ワイバーンの出撃前に山の頂上付近まで小隊を移動させ、ワイバーンが飛び立つのを観測、その後に基地を強襲する。つまり、最終的にワイバーンの帰る場所を無くすのだ。山は全体を木々に覆われており、うまく潜り込んで待機できれば上空からは観察しづらい状況にある。
「――とはいえ、頂上付近で待機しているのをワイバーンに発見されない確証もない。加えて、基地内部の勢力は未知数だ。小規模な基地ではあるが、これまでの偵察で存在が確認されている弾薬庫、そして対空砲の範囲など、状況が不確かなところも多い」
よく通る大きな声で、アルマが作戦を説明していく。
「繰り返すが、これは完璧な作戦ではない。もちろん状況が悪化すれば撤退命令を下すこともあるだろう。だが我々には他に残された道はない」
耳を傾ける天使達はほぼ全員が不慣れな新兵ばかりであり、その表情も一様に固い。しかしその目には覚悟と決意が現れている。
「弾薬庫のある基地を落とせば、対空砲の供給も断つことができる。ラオ島攻略における大きな足掛かりとなるだろう。各員の奮戦に期待する。そして、無駄に命を落とすな。私達について来い。これ以上誰一人命を落とすことも、私は望んでいない。生きて作戦を成功させよう。いいな!?」
「「「はい!」」」
アルマの呼びかけに、天使達は大きな声で返事する。
「これは反撃の第一歩である。もはや我々は爆撃に怯え地を這う存在ではない。この一撃が発火点となり、奴らの尻に火をつけるのだ。作戦名は――『オペレーション・ファイアスターター』」




