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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 4 _ オペレーション・ファイアスターター
38/91

#3

 数刻後、シャロン、アメリア、サーニャのいるトーチカに、マゴットが顔を見せた。


「終わったわよー」

「うわ……なんか肌テカテカしてるし」

 アメリアが呆れながら言う。

「そんなことないわよ。軽傷ばかりだったけど、あれだけの人数を治療したんだもの、あたし、疲れちゃった」

「顔、にやけてるし……」

 こきこきと肩を慣らしてマゴットは近くの椅子に腰かけ、煙草に火をつけた。

「これであのコ達もなんとかなったかな」

「堪え性がないのがまだまだってところだけれど。……ええと、シャロンちゃん、だったかしら」

「うん。よろしく……マ、マ……」

「マゴットよ」

「あは、ごめんごめん。あたし、名前覚えるの苦手でさ」

 シャロンが頭を掻いて笑う。


 確保できた休息の時間は短い。あと一時間もすればアルマの召集がかかるだろう。各々が身体を休め、次の作戦に備えようとしていた時、一人の天使が突然トーチカ跡にやってきた。

「みっ、見つけた! ここにいたんですね、マゴットさん!」

 息を切らせて飛び込んできたのはシアリィだった。

「あ、チャーリーちゃんだっけ」

「シャロンさんもいたんですね! あとシアリィはチャーリーじゃなくてシアリィです!」

 シアリィは目を輝かせながらまくしたて、マゴットへ一直線に駆け寄ってきた。左手にはチョコレートを持っている。治療後に“ご褒美”として配給されたものだろう。

「……ちょっと?」

「マゴットさん!」

「な、何よ」

 威勢に押され怯むマゴットの前に立ったシアリィはさらに目を爛々と輝かせ、手にしたチョコレートを放り投げるやいなや、両手でマゴットの手をしっかりと握りしめた。

「治療、ありがとうございました!」

「え……あ、うん。別にいいんだけど」

「それで、その……ですね……」

 するとシアリィは一転して身体をもじもじさせ、顔を赤らめながら呟く。

「……?」

「あの……シアリィ……実は、忘れられなくて……」

「なにが」

「その、マゴットさんの“治療”が……」

「はあ?」

 声を上げたのはアメリアだ。

「シアリィの傷口を這いまわるような、ぞくぞくする快感……そして、マゴットさん、いえ、マゴットさまの美しいお顔が……」

 アメリアが噴き出した。気管支に入ったのか、げほげほと咽せる彼女の背を、サーニャが心配そうにさする。

「ですからッ! お願いです! またシアリィにあの治療を施してくれませんでしょうかッ!」

 マゴットがたじろぐ。

「あ、え、えーと、その、シアリィちゃんだっけ」

「名前を憶えて頂いて光栄です! シアリィはシアリィです!」

「いや、ほら、あたしの治療は負傷してないとダメだから……」

 珍しく、マゴットが怯んだ表情をしている。アメリアが咽せながら、ひきつった笑いを浮かべる。

「よ、よかったじゃん。その、喜んで治療させてくれるコが見つかって」

 フォローにもならぬフォローをいれる。

「傷を負ってないとダメなんですね!」

 合点がいった、とばかりにシアリィが目を見開く。

「では、今から!」

 すると彼女はポーチから折り畳み式のナイフを取り出し、躊躇なく自らの腹部に突き突けようとする。

「あーっ! わーっ!」

「ちょ、ちょっと何してんのよアンタ、馬鹿じゃないの!」

 奇行に及ぶ新兵を、アメリアとマゴットが慌てて制止に入る。

「ダメ、ですか……?」

「あったりまえでしょ!」

「わかりました……それじゃシアリィ、次の戦いで精一杯戦いますから! そしたらよろしくお願いします!」

 ナイフをしまい、シアリィは再び目を輝かせて言う。

「あ、うん……その、わざと怪我するような真似だけはやめてよね……」

 すっかりやつれた表情のマゴットが応える。

「それはもちろん! では! また後ほど!」

 言うだけ言って、シアリィはどたどたとトーチカを出ていく。そこにいた天使の誰もがぽかんとする中、サーニャは一人、床に落ちたチョコレートを拾い、隣にいたアメリアの顔を見た。忘れ物らしい。シアリィにとってのご褒美とは、チョコレートではなく、即ち治療そのものに他ならなかったのだろう。

「これ、食べていいですか?」

「……いいと思う」


「うん。生き生きしてるようで何よりね」

 静けさを取り戻したトーチカ跡で、シャロンが左義手の関節を確かめながら言う。

「あれをそう言っていいのかどうかわかんないし……」

 ようやく落ち着いたアメリアが手元にある水を口にする。

「あのコだけ治療中の表情おかしかったから変だとは思ってたけど、まさかあんなMッ気があるとはね……」

「マゴット、どうみてもSだから、それに惹かれたんじゃないかと思うし。まあ……どうでもいいけど」

「失礼ね」

 すると、黙ってもくもくとチョコレートを食べていたサーニャが疑問譜を頭上に浮かべ、ぽつりと言い放った。

「シアリィさんは“S”ですよね?」

「……?」

「シアリィさんがM? “S”なのに?」

「……」

「マゴットさんもS? “どうみてもM”なのに?」

「……」

「……考えたら負けだと思うし」

「???」


「と、とりあえずさ、なんかよくわかんないけど、休もう? ね?」


―――


 H-9軍用基地、地下。雑用倉庫内。

 天井から伸びる鎖に繋がれ、上半身を剥かれ胸を露わにしたリタと、それを囲む獣人が三人。リタの捕獲に参加したアヒル頭の一体と、脇に豚頭が二体。それぞれが固いゴム製の棒やペンチ、どこから出してきたのか、乗馬用のしなる鞭を手にしている。

 リタの左小指と薬指は爪が剥されており、滲む血が痛々しい。

「ぐっ……」

 アヒル頭がゴム製の棒でリタの脇腹を打擲する。リタは捕えられてこの場所に縛られ、数時間の間、代わる代わるに拷問を受けていた。

「言葉が通じなくて残念だったなァ……アヒルちゃんよ。ま、分かっててもあいつらの事なんて何一つ吐く気はねえが」

 リタが舌を出して挑発する。言葉が通じなくとも愚弄されているのはわかるのだろう、アヒル頭は続けて二度、三度と、肩、胸、背中を打擲する。死なないよう痛みだけを与えているのだ。どこで覚えたのか、ケダモノの分際にしては頭が回るらしい。

「っ……な、私がどんだけテメェらのお仲間をブッ殺したか、わかるか?」

 リタは顎でくい、と部屋の隅を差す。そこにはリタが使用していた愛用の狙撃銃が無造作に転がっている。その銃身にはナイフで刻まれた縦線4本に横線1本のマークが2つ。それに縦線が3本。計13本。

「快感だったぜ、なーんも気付かないまま頭をフッ飛ばされるのを見るのはよ。どいつもこいつもマヌケ面を張りつかせたまま死んだ。ちょうど今のお前らみたいな顔でな」

 刻まれた線がキルマークだというのは理解したのだろう、ペンチを持った豚頭が前に出てきて、リタの顔を殴りつける。喋る途中で殴られて舌を噛んだのか、口元から一筋の血が滴る。

「……人の話は、最後まで、聞け、って、ママに教わんなかったか?」

 豚頭の顔面にめがけて、リタは血混じりの唾を吐きつけた。それが怒りに油を注いだのか、豚頭は腕で唾をぬぐい、リタの上部に吊るされた左手中指をペンチで挟む。そして。

「ぐ、が…………っぐぅうううううっ!」

 耳障りな音と共に、爪が剥がされる。

 リタが荒い息を整える間もなく、もう一体の豚頭が鞭を振り上げ、背中に数発打ち付ける。線上の傷が一本、また一本と増えていく。リタは全身を巡る痛みを必死で堪え、なおも軽口を叩く。

「ママの悪口を言われたのがそんなに悔しかったか? なら、もっと本気でやってこいよ。なァ……!?」

 再びリタは舌を出し、獣人を睨みつけ、口元を歪ませる。すると豚頭がペンチを放り投げ、肩をいからせてリタに近づく。アヒル頭が右手で制止しようとするが、豚頭はそれを払い除け、リタのカーゴパンツに手をかけ下着ごと乱暴に引き下ろす。白く透き通る肌が埃臭い倉庫の中で露わになる。

「おっ、やるか、アア!? いいぜ、ヤってみろよ! どこに突っ込んだこともねえテメェの小さなナニで、この私をどうにか出来るっていうんならよ!」

 ほとんど裸体に近い恰好になったリタは、それでもなお声を荒げ、腰をくねらせて挑発する。豚頭の怒りはいよいよ頂点に達し、強引にリタの脚を掴み、自らの“それ”に引き寄せていく。リタは異物の挿入に耐えるべく、唇を噛みしめる。

「――……ッ!」

 その時、背後で倉庫のドアが開き、一体の猪頭がのっそりと顔を出した。倉庫内で見つけたのか、ボディアーマー付の迷彩ジャケットに身を包んだ大柄な獣人だ。

 直後、二体の獣人が動きを止め猪頭に注視、行為に及ぼうとしていた豚頭もリタから離れ、それぞれ倉庫の隅に移動して直立姿勢になった。まるでそれは上官に対するような行動のようにも見えた。

「グ、ガ、グァ?」

「ガァ……ググ……」

「グ……」

「グガァ」

 四体の獣人の間でやり取りが行われる。

「なんだよ……何喋ってんのかさっぱりわかんねーんだよ、ブタ野郎ども……」

 気勢を削がれたリタが呟く。猪頭が何かの命令を伝えたのか、三体の獣人はリタの身体を惜しむような目線を向けた後、倉庫から姿を消した。


 後に残るは、リタと猪頭のみ。おそらくこの猪頭の立場は今までの奴らより高い位置にあるのだろう、とリタは推測する。

「見た目にゃどいつもこいつも一緒だな」

 言葉に耳を貸すでもなく、猪頭は黙ってリタの全身をじっと見つめる。そして鎖に縛り付けられた手首を掴み、その顔を近くまで寄せた。

「なるほど、後は自分一人で“お楽しみ”ってか。どうでもいいが、おこぼれくらいは部下に残しておいてやれよ……?」

 リタは口元を歪め、猪頭に言葉を吐いた。


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