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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 4 _ オペレーション・ファイアスターター
37/91

#2

 一日目。アルマ分隊とシャロン分隊、そしてその他いくつかの分隊からなる天使小隊は、フォーリン・エンジェル作戦開始から早々に合流、やがて獣人達の基地を発見する。これの攻略を第一目標に据えた小隊はH-7の塹壕地帯を臨時拠点として構え、基地攻略の橋頭堡とした。

 偵察の結果、基地には連装対空砲のうち一基があることが判明した。これまで降下される天使を次々と撃ち落してきた悪夢の代物だ。さらにその傍には各地の同対空砲に弾薬を供給している弾薬庫までがある。この基地を落とせば、解放軍にとっては有効な第一歩となるだろう。そこまでは良かった。

 だがアルマとシャロン、そしてリタを除けば、お世辞にも練度の高い部隊ではなかった。所属しているのはほとんどが“星無し”の新兵ばかり。しかもいかなる運命のいたずらか、負傷者の救護にあたる“M”が一人もいないという状況であり、さらに基地から定期的に飛来する特異種“爆装ワイバーン”の被害が攻略を困難なものにさせていた。


 作戦の成功を盤石なものにするため、分隊を率いる小隊長であるベテランの天使アルマは、まず優秀な狙撃の腕を持つリタをワイバーンの討伐任務に当たらせた。だが彼女は帰ってこず、代わりにワイバーンが再度飛来してきた。

 またそれと同時に、アルマは拠点にあった小型の無線送信機を使用していた。この強襲作戦のチャンスは一度しかない。戦力は多ければ多いほどいい。特に“M”の不在は致命的となる。だからこその救援要請だ。


 かくしてロジーナ分隊はその無線を拾い、このH-7臨時拠点に導かれたのであった。


―――


「ひぎゃあああああああ!」

「なにこれぇ……なに、なにこれええ!?」

「いやぁあ! きっ、きもちわるぅうういぃいいいいい!」


 隣のトーチカ跡の一基から、絶えず悲鳴が聞こえる。断末魔の如き声を聞きながら、アルマは怪訝な顔で眉根を寄せていた。

「彼女の腕前を疑うつもりはない。が、その……作戦に支障は出ないのか?」

「それについては何とも……まあ、作戦前にトラウマ作っちゃうのは問題ッスよね……」

 ロジーナは視線を背け、左の頬を指で掻く。医療用として設置しなおしたあのトーチカの中ではおそらく阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっているだろう。そしてその中心で楽しげに治療をするマゴットの顔も容易に想像できる。

 優秀な“M”であるマゴットの腕は確かなものだ。だがそれと引き換えに、治療された者は心に深い傷を負う。通称“マゴット・セラピー”。治療時に「蛆虫が傷口を這い回るような」不快感を伴う、治療者にとっては厄介な性質の魔法だ。しかも施術主も嬉々としてそれを楽しんでいるのだから、余計タチが悪い。

 医療トーチカの前では治療待ちの天使が何人か並んでおり、内部からの悲鳴を聞いて既に泣き出している者もいる。その中にはシアリィの姿もあった。

「しっかし、よくこれだけ集めたものッスねえ。さすが星4つ」

「世辞はいらないさ。私は何もしていない。皆が協力してくれたからこそ、ここまで整った。どんなことがあっても作戦を成功させようとする、皆の意志だ」

 アルマは首を振り、笑ってみせた。真っ直ぐで、迷いのない瞳だ。

「……少なくない被害も出てしまったがな」

 アルマ達のいる司令部トーチカの後ろには、ここに来るまでの小競り合いや、ワイバーンからの爆撃で命を落とした天使が眠る墓がある。戦場において墓の下に眠ることが出来るのはまだ幸運なのだろうか、とロジーナは思う。ラズベリーの遺体も、あの通信施設の傍に埋めてきた。


「本当は、ボクがそのワイバーンとやらを撃てれば良かったんスけどね」

 これまでの概略を聞き、ロジーナが苦々しい顔をする。ラズベリーから引き継いだ狙撃銃は軽く性能の良い銃だが、距離800を撃てる腕前はロジーナにはない。自分自身が一番よくわかっていたことだ。

「謝ることはない。こうして君達が来てくれたことだけでも、我々にとってはありがたいのだから」

 アルマが機先を制してフォローする。

 ロジーナは“R”の中でも異色の、開所より閉所を得意とする近接戦闘能力の持ち主である。一方、彼女のレーダーは認識範囲が狭く、事前の偵察には向いていない。

 もちろん小隊の中にも“R”はいる。しかし誰もが練度不足で、これ以上の偵察行動は戦力をいたずらに消耗するだけだとアルマは判断していた。

「ということは、その……やっぱりタイミングを見て一気に攻め込むしかないってことッスかね」

「そうなるな。来てもらったばかりで申し訳ないが、すぐに決行することになるだろう。このままここにいたのでは、ジリ貧だ」

「策は?」

 ロジーナは問う。攻略目標の基地は低い山を隔てた先だ。前の戦いのようにすぐさま奇襲をしかけることは出来ないだろう。ましてや二十人近いこの人数では。

 するとアルマは鼻を鳴らし、その疑問に答えてみせる。

「ある。後でシャロンや君達が集まった時にでも案内しよう。だが、ひとまず皆の治療が終わるのが優先だ」

「あー……治療……」

 ロジーナは再びマゴットの顔を思い返す。アルマの心配はもっともだ。“アレ”で士気が下がったりはしないだろうか。

「治療を終えた者には、甘いものでも支給させておくさ」

 するとアルマはまたロジーナの懸念を見抜き、苦笑しながらも穏やかな顔をしてみせた。

 強い天使だ、とロジーナは思った。

「うまくいくといいッスね」

「そうだな。何としても作戦を成功させよう」

 アルマとロジーナは席から立ち上がり、トーチカの小さな覗き窓から外を見る。幾度もの爆撃で抉れた地面が残る塹壕地帯は、まもなく夜の闇に覆われようとしている。

「何より、私自身が生き残って帰りたいと思っている」

「これでラスト、ッスもんねえ」

 星4つ。つまり、このフォーリン・エンジェル作戦が成功に終われば、アルマは晴れて兵役から解放される。そういう決まりだ。

「そう。私はここから帰らねばならない」

 アルマは力強く言う。

「そこまでして、何が?」

 ロジーナの問いに、アルマは少しだけ間を置き、そして言った。


「…………ねこちゃんが、おうちで私を待っている」


―――


「そのグリス、もらえるかな」

「はいよ」

 別のトーチカでは、シャロンが自身の左義手を取り外し、メンテナンスを行っていた。傍らでは、休息に入ったアメリアとサーニャがそれを興味深く見ている。

「マスク、どうして取らないし?」

 アメリアは工具箱からグリスを渡す。シャロンは右腕だけで器用に義手にグリスを塗布していく。

「恥ずかしいからね。顔見られるの」

「……それ言ったら、アタシも同じようなモンだし」

 アメリアは顔に巻いた包帯を指でなぞる。包帯に覆われた左目は摘出され、既に眼窩にはない。通信施設奪還作戦における負傷の跡だ。

 あれ以来、距離感がうまく掴めない。“A”としては致命的だ。

「ごめんごめん。そういう意味で言ったんじゃないのよ。あたしは前の戦いで黄色い変なガス浴びちゃって、それで顔が爛れちゃってさ。いやあ、アレばっかりは盾でも防ぎようがなかったからねえ」

 シャロンは屈託なく打ち明ける。おそらく皮膚を腐食させる糜爛びらん剤を含んだガスだろう。それは、戦場における人道的なルールなど存在しないことの証明でもあった。

「……変なこと聞いてゴメン」

「いいのいいの! 謝らなくていいって!」

 シャロンはぶんぶんと手を振る。お互い謝るような格好になって、二人は笑う。

「それより、そっちの義手もメンテしてあげようか? 二つもあるから大変でしょ」

 シャロンがサーニャを差して言う。

 サーニャは両腕が義手に換装されている。マゴットの“結合”の結果だ。

「ううん。平気です。自分で出来ます」

 サーニャはやんわりと申し出を断る。

「このコの分は、私がメンテしてあげなくちゃ……」

 そう言いながら、サーニャは両腕をいたわるように撫でる。

「? ……まあ、自分の腕だしね」

「ええ。“私達”の腕ですから」


 ロジーナ分隊がここに来るまでの間、二度ほど獣人達との遭遇戦があった。左目を失いまともに戦えなくなったアメリアに代わり、サーニャはその分をカバーするように懸命に戦った。自分が守ると言ったわりに、守られてばかりだ。アメリアの苦慮を悟ったように「もう誰も失いたくないですから」とサーニャははにかんだ。

 サーニャは自らの身体に素早く適応していた。天使ならではというべきかは分からない。

 本当は“どちらの身体”なのか。アメリアの心配をよそに、サーニャは今のところ平常心を保っている。だが、その精神にはどこか言葉にしようのない危うさがあった。


 やっぱり、サーニャはあたしが守らなくちゃ。


 アメリアは己の身体の心配をよそに、再びそう誓った。


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