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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 4 _ オペレーション・ファイアスターター
36/91

#1

 F-20防衛拠点陥落からしばらく前のこと。


 今にも泣き出しそうな空の下、生い茂る森にその身を横たえたリタは、待ちに待ったターゲットをスコープに捉えていた。


 狙撃位置について既に7時間は経ったか。

 H-9地点の山間部に、金網に囲まれた小規模軍用基地がある。そこにはいくつかの倉庫や施設、空を睨む連装対空砲が設置されており、要害としての役割を果たしている。

 そして、敷地内には猫の額ほどの小さく開けた場所がある。今まさに、そこには巨大な翼を持った特異種……ワイバーンと、傍でゴーグルを装着するトカゲ頭の獣人“フライトリザード”の姿があった。

 倉庫からは数体の獣人が大きなコンテナを持ち出し、ワイバーンへ向かっている。

 距離は800。勝負は一度きり。このターゲットを仕留めれば戦況は変わるだろう。まずはフライトリザードを撃ち、しかる後にワイバーンを殺る。最低でもあのトカゲ頭さえ撃てれば良い。

 リタは首筋に星3つをもつ優秀な“R”であった。ところどころ跳ねた、クセのある長い黒髪と、薄い唇。小柄な体型の多い“R”の中では比較的背の高い天使であり、スコープを覗くその目は冷たい輝きを放っている。

 彼女の頭から生えている伸縮式のアンテナは精度が悪く、それほど役に立つものではない。代わりにリタは狙撃手として高い腕をもち、もっぱら重要なターゲットの狙撃を担ってきた。もちろん、今回も同様だ。

 スコープの先のターゲットを注視する。フライトリザードはワイバーンの背に跨り、出撃の準備を整えている。動きを止める瞬間を待つ。

 目標を捉えてから10分。獣人達による出撃の準備が終わり、フライトリザードは真っ直ぐに先を見据える。チャンスは今。リタがトリガーに指をかけ、スコープの中心にリザードの頭部を合わせる。


 突然、フライトリザードは何かを思い出したように天を仰ぎ、それからこちらを見た。

 見た。見られた。こちらを? 自分を? リタの背中に冷や汗が流れる。と同時に、固いものが背中に押し当てられる。

 ――気付けば、リタの背後には数体の獣人が姿を現していた。


「……熱くなりすぎたな、まったく。わぁったよ、降参だ、降参」

 集中しすぎて警戒を疎かにした結果か、リタは小銃を持った獣人に囲まれながら、両手を上にあげていた。アヒル頭の獣人達は銃を突きつけながら、互いにグワグワと何かの言葉を話している。もちろんリタに分かるわけもない。

「何を話してるんだか知らねえが、こっちの負けだ。抵抗なんてしねえからよ」

 リタはこの状況にあっても取り乱すことなく、うっすらと笑いながら嘯いてみせる。

 アヒル頭の獣人はリタの長い髪を掴み、無遠慮に地面へと伏せさせる。そしてどこからか取り出した手錠を両手にかけ、再び引き起こした。

「痛ぇな……クソ。なあ頼むぜ。ナントカ条約に乗っ取って、ジンドウテキな扱いってやつをお願いしたいんだがな?」

 リタは顔に似合わぬ荒い口調でそう語り掛ける。だが言葉が通じるわけもない。


 姿を見せず一方的に相手を仕留める狙撃手は、敵の恨みを買いやすい役割であるとされる。ましてこの戦いにおいては“ナントカ条約”も“ジンドウテキな扱い”も存在しない。リタは手錠をかけられ、髪を引っ張られながら連行されていく。これから自分が何をされるのか、知ってか知らずか、リタはニヤニヤと笑いながら時おり痛みに顔をしかめていた。


―――


 一方、軍用基地から北に数キロ先。小高い山を隔てた先にあるH-7地点は旧大戦におけるトーチカの跡がいくつか残る地帯であり、周りには塹壕が張り巡らされている。大戦時の生々しい爪痕を残すそこは、長い時を経た後、天使達の軍用基地侵攻拠点として今再び戦火に晒されていた。


「来たわよ、5時の方向!」

 そばかすの目立つ“A”の一人が双眼鏡から目を離して叫ぶ。

「嘘っしょ?」

「うそじゃない! マジで来たっての!」

「どこ? どこよ?」

「出るな! 出なくていい! とりあえずひっこめ!」

 混乱のさなか、外に出ていた数人の天使は相互に連絡を取りながら近くのコンクリート製のトーチカ跡に引き込み、襲来に備える。

「小隊長、報告です。その……またワイバーンが」

「そうか。総員襲撃に備えろ。手は出さなくていい」

 ひときわ大きなトーチカ跡内部に組んだ即席の作戦司令室の奥、天使の一人から報告を受けた“A”、アルマは机に両肘をついたまま眉をひそめた。

「あのぅ、やっぱり、これって……」

 伝令の役目を負った天使は不安げに言葉を漏らす。半端に長い赤髪を両端で短く結んだ、低い鼻立ちにあどけなさの残る“S”だ。

「わかってる。だが対策はひとまず先だ。君、名前は?」

「え、あの、シアリィ、です」

「いい名前だ。……シアリィ君、怪我をしているな?」

 アルマはシアリィの左片腕の袖に血が滲んでいるのを見た。

「あっ、これは、その、前の爆撃の時に、破片が飛んできて……でも、大丈夫です!」

 精一杯の表情で、シアリィは答える。重傷ではないが、救急キットの応急処置だけですぐに治る傷でもないだろう。

 せめて回復魔法を使える“M”が一名でもいれば。アルマは現在の状況を思案し、シアリィに悟られぬよう軽くため息をつく。

「そうか、すまんな。……ひとまず、君はそのままここにいるがいい。ここは安全だ」

 アルマは席を立ち、つかつかと歩き出す。

「小隊長は?」

「様子を見てくる」

「危ないですよ!」

「無理はしないさ。確認したらすぐに戻る」


 アルマはボブカットのひときわ明るいレモンイエローの髪、大きな羽、そして凛とした佇まいをもつ大柄で長身の“A”である。その首筋には星が4つあり、歴戦の天使であることを証明している。

「……失敗、か」

 トーチカを出たアルマは双眼鏡でワイバーンを見据え、表情を崩さずにそう呟いた。


―――


「ひぃいいいいっ!」

 一方、別の場所では、黒髪の“R”が一人、塹壕の中で腰を抜かしていた。

「ばっか! こんなとこにいると吹っ飛ぶぞ! 早く立つんだよ!」

「やあっ!」

 傍にいた“S”が檄を飛ばし立ち上がらせようとするが、腰を抜かした天使は首を振り、錯乱状態に陥っている。危険な状況だ。

 すると、そこにまた一人の“S”が駆けつけてきた。

「し、シャロン分隊長!」

「ほら、何してるの? ここにいるとやられちゃうよ、行こう!」

 シャロン、と呼ばれた“S”は混乱の中、つとめて明るく言った。

 蛍光色のバレッタで大きく後ろにまとめた赤い髪。小柄な体格に見合わぬ巨大な左義手。そして最大の特徴は、顔を覆う無骨なガスマスク。

「え、ええ。ですがその、こいつが動かなくて」

「うーん」

 ガスマスクごしのくぐもった声で、シャロンは唸る。

「とりあえずさ、早く逃げよ? このコはあたしがなんとかするからさ」

 促されるまま、一足先に“S”は近くのトーチカに走っていく。

 シャロンは空を見上げる。ワイバーンはすでに目視が可能なほど接近している。その腹に括りつけられた鉄の塊。……爆弾だ。あの恐るべき爆装ワイバーンは、既に二度、南の基地から襲来してこの塹壕地帯を散発的に爆撃しているのだ。

 対空砲火を潜り抜け、奇跡的に二十人近い天使を集めることができたまでは幸運だった。だがワイバーンの爆撃により、少なくない数が命を落としている。これ以上の消耗は避けなければならない。

「ね、君、名前は?」

 シャロンは物々しい恰好に似合わぬ優しい声をかける。

「ろ、ロミー……」

 声を震わせながら、ロミーは答える。

「そっか! ロビンちゃんね! いい名前!」

「……ロミー」

「? まあいいや。とりあえず、あたしに任せて! リラックスしてていいから!」

「え、あ、その」

 シャロンは答えも聞かずひょいとロミーの肩を組み、二人三脚のように歩き出す。巨大な義手にくわえ天使一人を担いでなお、その足取りは軽い。

「しゃ、シャロン分隊長! 危ないですよ!」

「もうすぐ爆撃が!」

「だぁーいじょうぶだって! ほら、君達も早く逃げな!」

 横を走り抜けていく天使達に応えながら、シャロンはロミーと共にトーチカへ向かう。頭の上からは空を切り裂く猛々しい羽の音。思ったより接近が早い。

「シャロン分隊長、も、もういいです……」

 正気を取り戻したのか、ロミーは小さな声で言う。

「ダメだよ、ロビンちゃん」

「このままだと、一緒にやられちゃいます……いいです、私のことはいいですから、分隊長だけでも……」

 爆撃を防ぐことができるトーチカ跡の下まではあとわずか。確かにこのままロミーを置いて走れば間に合うだろう。しかし、シャロンはそれを良しとしない。

「いーや、ダメ。あたしは“任せて”って言ったのよ?」

「でも」

 ワイバーンの羽音が近づいてくる。こちらに狙いを定めたか。シャロンは逡巡する。できれば奴らに“手の内”を見せるタイミングはもう少し後にしたかった。だが、今はこの天使を守るのが最優先だ。先のことは後で考えればいい。

「分隊長! わ、ワイバーンが!」

 ロミーがようやく異変に気付き、叫ぶ。甲高い音を響かせながら、直上からワイバーンの投下した爆弾がシャロンとロミーに迫りくる。

「大丈夫」

 シャロンが左肩に力を込める。

「この、あたしに……」

 咄嗟にロミーを地に降ろしたシャロンは左義手を振り上げ、構える。

「――任せなさいッ!」

 刹那、がしゃがしゃがしゃがしゃがしゃ、と巨大な左義手から何枚もの装甲板が展開、凄まじい金音を立てて変形する。

 瞬く間にシャロンの左義手は大型の“盾”となって、二人の天使を傘のように覆った。

「……ッ!」

 ロミーが目を瞑り、唇を噛む。シャロンは脚を踏みしめ、衝撃に備える。投下された爆弾がシャロン達をめがけて迫りくる。

 いけるか。このコを守れるか。イチかバチか? 否。大丈夫だ。確信があった。

 何故なら……。


「あたしの盾は、どんな弾だって通さないんだから」


 轟音と爆炎の中、ガスマスクごしに、シャロンはにやりと笑った。

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