#15
見つけた。見つけた! とっておきの“イカレ野郎”を!
マリアは右手に斧を構え、もう片方の手で股間をまさぐる。快感に身体が疼く。
「きひ。わかるよ。わかるんだなあ。あんたも……きっと、私と同じだぁ」
「……」
「ボケっとしてるようでもさ、わかるんだよねぇ。戦うことが好きで、大好きで、しょーがないって雰囲気がさあ?」
「……」
口元を歪め、笑う。そしてマリアは一直線に駆け出し、消火斧を横薙ぎに振るう。ペーパーバッグは素早く後退し、その反動で地を蹴り、距離を詰める。斧のリーチを見極めたか、だがマリアは器用に斧を反転させ、柄での殴打を行う。脇腹。ペーパーバッグはこれに怯むこともなく、マリアの右肩へハンマーを振り下ろす。その一撃を食らってなお、マリアも攻撃の手を休めない。
「きひひひ! あんたも、痛みなんて感じないってーのね!?」
頭部を狙うハンマーの強打を斧の柄で受け止める。踏みしめる脚が泥にめり込む。重なる連戦で筋肉は軋み、銃創はさらに開いている。構うものか。
「でも!」
身体ごとペーパーバッグにぶつかり、強引に距離をとる。
「あんたは! ここで! 死いいいいぬんんだぁあああッ!」
ゆらりと重心を崩す。身体をコマのように回転させ、遠心力を味方につけた渾身のスイング。だがペーパーバッグは地表すれすれまで身体を屈め、そのまま低高度タックルを敢行。腰部を掴まれたマリアは仰向けに倒され、ペーパーバッグに乗りかかられる。跳ね上がる泥が二人の全身を汚す。
「……」
ペーパーバッグは乗りかかったまま、右手のハンマーを振り下ろす。マリアは咄嗟に斧から手を放し、左手でハンマーを持った方の手首を掴む。さらに残った右拳でペーパーバッグを殴りつける。殴る。さらに手首を掴んだまま、右の肘を首筋に叩き込む。ペーパーバッグもまたこれに応じ、左手でマリアの顔面を殴打し、頭を振り上げ、頭突きを見舞う。一度。二度。マリアの鼻から血が溢れる。鼻骨が折れたか。構うものか。二人は泥まみれになりながら、お互いをしきりに殴りつける。
紙袋からのぞくペーパーバッグの瞳。その奥にある“衝動”をマリアの本能が見出す。
「やっぱりそうだ! 戦うのが大好きでしょーがないんだ! 私も! あんたも!」
右膝を滑りこませ、ペーパーバッグの鳩尾へめり込ませる。続けて身体を捻り、残る左脚で痛烈なサイドキックを見舞う。ペーパーバッグは衝撃で横へと転がる。
ようやく身体が離れ、お互いは立ち上がる。常人ならば、この時点でどちらもふらついているところだろう。だが二人はなおもしっかりと地を踏みしめる。
その時、森からは数十体の獣人が次々と姿を現し始めていた。どこかに隠れていたか。マリアもペーパーバッグもそれに気付いてなお、一瞬も気を取られることはない。
「きひひひひ」
その場に残る天使はマリアのみ。それでもいい。なんでもいい。どうでもいい。
「……」
もっと戦おう。何度でも、イくまで。何度でも、飽きるまで。再び足元の消火斧を拾い、マリアは恍惚に震え、笑う。
戦いこそが私の価値。私が見出す価値は、戦いの中にこそ。
「――私は! 私で! 私なんだぁあああッ!」
いまや無人となった拠点を背に、マリアは雄叫びを上げた。
―――
拠点地下。
アリスを抱えたスカーと、ミントを抱えたレイチェルは拠点一階から逃げ延び、地下トンネルを進んでいた。
――撤退命令。まもなく拠点には多数の獣人が来る。“紙袋”との戦いの最中、レイチェルだけでなく、スカーもそれを感じていた。この場は長く持たないだろう。東と西、拠点を囲む森の中にどれだけの軍勢が潜んでいたか。元より、これだけの人数で守りきれるものではなかったのだ。
もっと早くに撤退を判断していれば、少なくとも誰かは生き残れたのかもしれない。今となっては取り返しがつかないこと。わかっている。わかってはいるが。スカーは苦々しげに顔をしかめる。
「あいつは囮ってことね」
レイチェルが呟く。悪意などないのだろう。だがその言葉は、スカーにとって重い一言だった。
「……ああ」
最後まで、あの天使の名を聞くことはなかった。狂気に満ちた、一人の天使。
「おれもヘタすりゃ、ああなってたのかもな」
トンネルへの入口を開け、中に入りながらスカーは言う。
「……何か言った?」
「いや、何でもねえ」
「とりあえず、ロジーナ達と合流するか」
スカーは黴臭い通路の中を歩きながら、背後のレイチェルに声をかける。
「ええ……マジで?」
レイチェルが苦言を呈す。
「合流して、体制を立て直して、いい加減に対空砲を潰す。このままじゃジリ貧だ」
「あんなヤバそうなところに?」
「対空砲を潰すか、周りから攻めるか。いずれにせよ、今回のでわかった。人が少なすぎる。そうでなきゃ俺達は勝てない。だから合流だ。文句言うなよ」
「……いいけどさ」
嘆息と共に、レイチェルが合意する。
このトンネルがどこに続いているのかはわからない。だが次の目的地はロジーナ達の向かったH-7。どこに出ようと、ひとまずそこを目指す。無線受信機はまだ役に立つだろうか。
「……あのさあ、隊長」
レイチェルが、小さな声でぼそりと呟く。
「何だ」
「エイミーが死んだとこ、見た?」
「見た」
あれほど無惨な殺され方はなかった。いや、実際はこれまでにもあった。気に留めないようにしていただけだ。今回はそれが出来なかった。直視してしまった。
戦いに馴染めない天使だった。それでも、最後はスカーの言うことを聞こうとした。凝り固まった自尊心が傷つくのを不満に思いながらも、不器用にやってみせようとはした。たまたま、悪い状況が重なっただけだ。彼女の不機嫌な顔を、スカーはまだ覚えている。
「あたしさ。あいつが死んで、ちょっとスカッとしたんだ」
「……そうか」
「気に食わないやつだった。あたしの大嫌いなタイプだ。ああいう小さなお山の大将は、いつか仕返しが来るってさ。因果応報ってやつ。実際、そうなった。……隊長がどう思おうと、あたしは別に、同情なんかしないからね」
それが本心だったのか、スカーにはわからない。
「まあ、それでもいいさ。……俺達は、人間じゃないんだからな」
ふと、スカーは背負ったアリスのことを思う。
アリスは平然と言った。――隊長が“役立たず”だと言ったので。
スカーは確かにそう言った。あの時は思わず口をついて出てしまっただけのこと。だがアリスはその一言を受け取り、冷淡なまで判断を下し、戦いの最中、実行に移した。
(アリス。こいつは一体、何者なんだ?)
初めての戦場にして、異常な戦闘能力。それだけではない。割り切りや判断力でもなく、レイチェルのような憎しみでもない“何か”をアリスは持っている。おぞましいほどの冷たい何かを。
アリスはスカーの背中ですうすうと息を立てている。頭から血が流れているが、鼓動と脈は安定している。気を失っているのか、それとも寝ているだけのか。
天使のような寝顔。
その掌だけが、ひんやりと冷たかった。




