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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 3 _ キック・アス
32/91

#15

 見つけた。見つけた! とっておきの“イカレ野郎”を!


 マリアは右手に斧を構え、もう片方の手で股間をまさぐる。快感に身体が疼く。

「きひ。わかるよ。わかるんだなあ。あんたも……きっと、私と同じだぁ」

「……」

「ボケっとしてるようでもさ、わかるんだよねぇ。戦うことが好きで、大好きで、しょーがないって雰囲気がさあ?」

「……」

 口元を歪め、笑う。そしてマリアは一直線に駆け出し、消火斧を横薙ぎに振るう。ペーパーバッグは素早く後退し、その反動で地を蹴り、距離を詰める。斧のリーチを見極めたか、だがマリアは器用に斧を反転させ、柄での殴打を行う。脇腹。ペーパーバッグはこれに怯むこともなく、マリアの右肩へハンマーを振り下ろす。その一撃を食らってなお、マリアも攻撃の手を休めない。

「きひひひ! あんたも、痛みなんて感じないってーのね!?」

 頭部を狙うハンマーの強打を斧の柄で受け止める。踏みしめる脚が泥にめり込む。重なる連戦で筋肉は軋み、銃創はさらに開いている。構うものか。

「でも!」

 身体ごとペーパーバッグにぶつかり、強引に距離をとる。

「あんたは! ここで! 死いいいいぬんんだぁあああッ!」

 ゆらりと重心を崩す。身体をコマのように回転させ、遠心力を味方につけた渾身のスイング。だがペーパーバッグは地表すれすれまで身体を屈め、そのまま低高度タックルを敢行。腰部を掴まれたマリアは仰向けに倒され、ペーパーバッグに乗りかかられる。跳ね上がる泥が二人の全身を汚す。

「……」

 ペーパーバッグは乗りかかったまま、右手のハンマーを振り下ろす。マリアは咄嗟に斧から手を放し、左手でハンマーを持った方の手首を掴む。さらに残った右拳でペーパーバッグを殴りつける。殴る。さらに手首を掴んだまま、右の肘を首筋に叩き込む。ペーパーバッグもまたこれに応じ、左手でマリアの顔面を殴打し、頭を振り上げ、頭突きを見舞う。一度。二度。マリアの鼻から血が溢れる。鼻骨が折れたか。構うものか。二人は泥まみれになりながら、お互いをしきりに殴りつける。

 紙袋からのぞくペーパーバッグの瞳。その奥にある“衝動”をマリアの本能が見出す。

「やっぱりそうだ! 戦うのが大好きでしょーがないんだ! 私も! あんたも!」

 右膝を滑りこませ、ペーパーバッグの鳩尾へめり込ませる。続けて身体を捻り、残る左脚で痛烈なサイドキックを見舞う。ペーパーバッグは衝撃で横へと転がる。

 ようやく身体が離れ、お互いは立ち上がる。常人ならば、この時点でどちらもふらついているところだろう。だが二人はなおもしっかりと地を踏みしめる。


 その時、森からは数十体の獣人が次々と姿を現し始めていた。どこかに隠れていたか。マリアもペーパーバッグもそれに気付いてなお、一瞬も気を取られることはない。

「きひひひひ」

 その場に残る天使はマリアのみ。それでもいい。なんでもいい。どうでもいい。

「……」

 もっと戦おう。何度でも、イくまで。何度でも、飽きるまで。再び足元の消火斧を拾い、マリアは恍惚に震え、笑う。


 戦いこそが私の価値。私が見出す価値は、戦いの中にこそ。


「――私は! 私で! 私なんだぁあああッ!」


 いまや無人となった拠点を背に、マリアは雄叫びを上げた。


―――


 拠点地下。


 アリスを抱えたスカーと、ミントを抱えたレイチェルは拠点一階から逃げ延び、地下トンネルを進んでいた。

 ――撤退命令。まもなく拠点には多数の獣人が来る。“紙袋”との戦いの最中、レイチェルだけでなく、スカーもそれを感じていた。この場は長く持たないだろう。東と西、拠点を囲む森の中にどれだけの軍勢が潜んでいたか。元より、これだけの人数で守りきれるものではなかったのだ。

 もっと早くに撤退を判断していれば、少なくとも誰かは生き残れたのかもしれない。今となっては取り返しがつかないこと。わかっている。わかってはいるが。スカーは苦々しげに顔をしかめる。

「あいつは囮ってことね」

 レイチェルが呟く。悪意などないのだろう。だがその言葉は、スカーにとって重い一言だった。

「……ああ」

 最後まで、あの天使の名を聞くことはなかった。狂気に満ちた、一人の天使。

「おれもヘタすりゃ、ああなってたのかもな」

 トンネルへの入口を開け、中に入りながらスカーは言う。

「……何か言った?」

「いや、何でもねえ」


「とりあえず、ロジーナ達と合流するか」

 スカーは黴臭い通路の中を歩きながら、背後のレイチェルに声をかける。

「ええ……マジで?」

 レイチェルが苦言を呈す。

「合流して、体制を立て直して、いい加減に対空砲を潰す。このままじゃジリ貧だ」

「あんなヤバそうなところに?」

「対空砲を潰すか、周りから攻めるか。いずれにせよ、今回のでわかった。人が少なすぎる。そうでなきゃ俺達は勝てない。だから合流だ。文句言うなよ」

「……いいけどさ」

 嘆息と共に、レイチェルが合意する。

 このトンネルがどこに続いているのかはわからない。だが次の目的地はロジーナ達の向かったH-7。どこに出ようと、ひとまずそこを目指す。無線受信機はまだ役に立つだろうか。


「……あのさあ、隊長」

 レイチェルが、小さな声でぼそりと呟く。

「何だ」

「エイミーが死んだとこ、見た?」

「見た」

 あれほど無惨な殺され方はなかった。いや、実際はこれまでにもあった。気に留めないようにしていただけだ。今回はそれが出来なかった。直視してしまった。

 戦いに馴染めない天使だった。それでも、最後はスカーの言うことを聞こうとした。凝り固まった自尊心が傷つくのを不満に思いながらも、不器用にやってみせようとはした。たまたま、悪い状況が重なっただけだ。彼女の不機嫌な顔を、スカーはまだ覚えている。

「あたしさ。あいつが死んで、ちょっとスカッとしたんだ」

「……そうか」

「気に食わないやつだった。あたしの大嫌いなタイプだ。ああいう小さなお山の大将は、いつか仕返しが来るってさ。因果応報ってやつ。実際、そうなった。……隊長がどう思おうと、あたしは別に、同情なんかしないからね」

 それが本心だったのか、スカーにはわからない。

「まあ、それでもいいさ。……俺達は、人間じゃないんだからな」


 ふと、スカーは背負ったアリスのことを思う。


 アリスは平然と言った。――隊長が“役立たず”だと言ったので。

 スカーは確かにそう言った。あの時は思わず口をついて出てしまっただけのこと。だがアリスはその一言を受け取り、冷淡なまで判断を下し、戦いの最中、実行に移した。

(アリス。こいつは一体、何者なんだ?)

 初めての戦場にして、異常な戦闘能力。それだけではない。割り切りや判断力でもなく、レイチェルのような憎しみでもない“何か”をアリスは持っている。おぞましいほどの冷たい何かを。

 アリスはスカーの背中ですうすうと息を立てている。頭から血が流れているが、鼓動と脈は安定している。気を失っているのか、それとも寝ているだけのか。


 天使のような寝顔。


 その掌だけが、ひんやりと冷たかった。

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