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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 3 _ キック・アス
31/91

#14

「――……ぃぃぃぃいいいいはあああああッ!」


 奇声と共に、マリアはタンクへ向けて一直線に飛び降りた。

 狙うは頭部。勢いと共に消火斧を振り下ろす。落下スピードを乗せた赤い刃がタンクの頭頂部に深く刺さる。固い頭骨を砕く手ごたえが柄を通して伝わる。これよ。これ。マリアの下半身が快楽にうずく。

「グガアアアアッ!」

 タンクの口、鼻孔、耳朶、眼窩から衝撃で血が流れ出る。マリアはそのままタンクの頭部に取り付き、刺さったままの消火斧から手を離す。

「きひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!」

 取り付いたマリアを振りほどこうと、タンクが滅茶苦茶に暴れる。マリアはロデオのように頭を掴み、決して離さない。続いてマリアは両手の親指を両眼窩に突き刺し、ずぶずぶとめり込ませていく。両目を潰されたタンクが凄まじい絶叫を上げてさらに暴れ狂う。

「痛い!? さすがに痛いか! 痛いよねえ!? 治してあげようか!? きひぃっ!」

 愉悦に笑いながら、マリアは差し込んだ両親指に意識を集中させる。露出したマリアの水晶と両手が強い光を放っていく。それは間違いなく“M”のもつ魔法であった。


 ――“M”の特殊能力である回復魔法は、対象の生命力を高め代謝を促すものだと言われている。適切な処置を行えば、それは傷ついた天使達にとって有用なものとなる。

 では“適切でない”処置を行った場合、どうなるか。度を過ぎた代謝。対象の限界を超える生命力を注がれた場合。その末路。

「ガアアアアアアアアアアアアッ!」

 タンクの頭部、穴という穴から鮮血が勢いよく噴き出る。眼窩に突き刺されたマリアの両手から異常な生命力が迸り、身体中を掻き回していく。続いて腕、胴体、背中、脚に穿たれた無数の銃創からも出血。決して“癒し”ではない。内部から破壊を促される激しい“暴力”。それが彼女の編み出した狂気の手段であった。


 マリアの“M”はMedicではない。彼女の“M”は……即ちMadnessの“M”だ。


「きっひゃあっはァっ!」

 絶頂に極まったマリアがタンクの頭部を蹴り、離脱する。タンクは全身を痙攣させ、視力を失ったまま闇雲に暴れまわる。血飛沫を撒き散らし、剛腕が空を切る。その勢いは次第に弱まっていき――やがてタンクは自らの血の海へと仰向けに倒れ、それきり動くことはなくなった。


―――


 西側二階。


「げっほ、げほ……ぐえ……ぐ……」

 どれくらい気を失っていたのか、レイチェルが瓦礫の下から這い出てくる。幸いにも大した傷はない。ミントは? いた。同じく怪我はないが、気を失っている。これ以上の戦闘は無理だろう。とっさにミントを押し倒して避けたのが功を奏したか。

「ま、おっぱい揉ましてもらったし……これくらいはね?」

 レイチェルは苦笑し、窓の外を見る。今まさにマリアがタンクの眼窩に“回復魔法”を注ぎ込み、破壊せんとするところだった。

「ったく、どいつもこいつも、イカレ野郎ばかり」

 とはいえこれで当面の危機は去った。東側からも交戦の様子はない。西側に広がる森も異変はない。これで終わったか。スコープを見ながら周囲を警戒する。頭に生えた角からも何も反応はない。

「……?」

 否。何かがいる。たった一人。何者かが。“ポンコツ”は倒れたタンクをじっと見たまま、呆けたように固まっている。アリスはマガジンを交換し、周囲に生きている獣人がいないか警戒している。


「アリス!」


 窓から頭を出し、レイチェルは咄嗟に声を荒げた。

 森の傍、ほんの近くにいる。なぜここまで接近されて気付かなかったのか。答えは簡単だ。殺気がない。だからここまで気付けなかった。わかってなお、この存在は何の意識も持っていない。まるで、ひょいとこの場に紛れ込んだだけのような。

 だがこいつはヤバい。レイチェルの本能が脅威を察知する。


 アリスはレイチェルの呼びかけに応え、小銃を咄嗟に森へと向ける。やがてがさがさと音をたて、それはゆっくりと森から姿を現した。

「……何よ、あれ」

 思わず、レイチェルがそう呟いた。


 濃紺の、安っぽいジャージのような服。

 右手に持った、釘抜き付きの小振りなハンマー。

 そして頭部には、目の部分だけ穴の開いた茶色の紙袋。

「……」

 アリスに小銃を突きつけられながらも、その“紙袋”は身構えることもなく、時おり左手で首筋をぽりぽりと掻いている。スコープごしに、紙袋の中からのぞく緑色の双眸だけが見える。あれは何だ。獣人には違いない。反応は明らかに天使のそれではない。

 獣人は通常、熊や豚、山羊といった、その名の通りなんらかの動物に似た体躯と頭部を有している。だが、あいつは一体“なに頭”なのか。紙袋。あるいは――“ペーパーバッグ”。

 考えても仕方がない。敵だろうとそうでなかろうと、味方でない奴は撃つだけだ。レイチェルは雑念を振り払い、狙撃銃のスコープを紙袋に合わせてトリガーを引く。


―――


 背後からの狙撃音がした瞬間には、対象は既にそこから大きく移動していた。放たれた銃弾は虚しく地上に着弾し、ペーパーバッグは恐るべき速度でアリスの側面に回り込もうと走り出す。アリスは素早く照準を向け、射撃する。入口付近にいたスカーも拳銃でこれを援護するも、ペーパーバッグは巧みに銃弾を回避、その後、倒れていた獣人の死体を引き起こし、肉の盾にした。そして死体を構えたまま、一直線にアリスへと距離を詰める。

 アリスの応射は全て死体に妨害され、相手に当たることはない。ペーパーバッグはおもむろに死体をアリスへと勢いよく放り投げる。アリスは羽を使った後方ステップでそれを避けようとするも、先ほど損傷した左羽のせいで思うように身体が動かない。死体はそのままアリスへと衝突する。

 ペーパーバッグは隙を見逃さず、アリスへと肉薄、ハンマーをアリスの頭部めがけ振り下ろす。アリスは小銃を間に滑り込ませ、殴打を防ぐ。だが殴打は一撃に留まらない。至近距離で横から上から振り回されるハンマーに、取り回しのきかない小銃でアリスは攻撃を防いでいく。そしてペーパーバッグはおもむろにアリスの手首を掴むと、小銃の銃口ごと真後ろに向けるように強引にねじっていく。

「……」

 紙袋からのぞく双眸とアリスの目があう。その瞳に宿るのは、怒りでも憎しみでも恐怖でもない。ただ目の前の敵を仕留めようとする、無機質な光。

 腕を捻られたまま強引にトリガーへ指がかかり、小銃が暴発する。着弾した先は二階の窓側。レイチェルが次なる狙撃を行おうとしていたのを、ペーパーバッグはアリスの小銃で強引に阻害せしめた。小銃はそのまま全弾を撃ち尽くす。

 アリスは腕を捻り返し、小銃を投げ捨て格闘戦に持ち込む。アリスは肘で頭部を狙うも、ペーパーバッグは咄嗟のスウェーで回避。スウェーの体勢のまま繰り出されるハンマーがアリスの腕部にヒット。鈍い音がして腕骨にヒビが入る。アリスは攻撃の手を緩めることなく、続いて左脚でローキックを放つ。ペーパーバッグは狙われた脚を上げ、この蹴撃を受け止める。

 格闘の腕はペーパーバッグが優勢。幾度かの攻防の後、アリスは首を掴まれ、組まれた姿勢のまま近距離で数回膝蹴りを見舞われる。鎖骨がやられたか、アリスは咳き込み、口から血混じりの唾を吐く。視界が歪む。動きが緩慢になる。力の抜けたアリスを解放し、ペーパーバッグは後頭部へとハンマーを振り下ろす。泥まみれの地に崩れ落ちる。

「……」

 息をあげることもなく、ペーパーバッグはアリスの後頭部を踏みつけ、そのまま踏み砕かんと力を込める。

「アリス!」

 だが、その試みは横からの射撃によって阻止された。拳銃を続けざまに射撃しながら、スカーがこちらへと駆けてくる。ペーパーバッグはそれを横目で見やると、アリスへの攻撃を止め、スカーへと向き直る。

「きひひひ! ずっるぅううういいい!」

 同時に、ペーパーバッグの背後から奇声と共に現れたのは、もう一体の天使。マリアだ。呆けていた意識が戻ったか、肉片のこびりついた消火斧を振り上げ、再び目を輝かせながら走ってくる。ペーパーバッグは素早くアリスの元から飛び退き、二人の天使を見る。

「なぁあああにを、勝手に! 面白いこと! してんのよぉお!?」

 スカーは隙をついてアリスを拾い上げ、その場から撤退していく。

 ペーパーバッグはこれを追撃しようとするが、後ろからは狂気に満ちたマリアが迫ってくる。

「私とぉ……」

 マリアのフルスイングした消火斧がペーパーバッグの頭頂部をかすめる。

「――戦えって! 言ってんのよぉ!」

 マリアが狂喜の雄叫びを上げる。ペーパーバッグはなおも無言のまま、マリアに意識を向け、ハンマーを掌でくるりと回転させた。

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