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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 3 _ キック・アス
29/91

#12  

マリアは元々戦闘に向かない、内気な性格であった。

 最初の戦場において、マリアの所属した分隊は敵の奇襲に遭遇した。覚えたての治療もむなしく、メンバーはマリアを残して次々と死んでいった。追い詰められた彼女はそこで一つの才能を開花させた。すなわち、殺すか殺されるか。戦場の中心に飛び込み、命を賭けて戦うこと。その悦びを己の中に見出した。

 一度ふっ飛んだ頭のネジが元に戻ることはなかった。普段のマリアはまさしく“ポンコツ”である。ただ怯え、他人にすがるだけの無力な存在。だがひとたび戦場に出れば、彼女は豹変する。

 時には一人で戦い、時には利用された。それがいかなる理由であれ、彼女は気に留めることもない。任務のためでもなく、誰を守るためでもなく、衝動に身を任せ、ひたすらに暴れ狂う戦士。それがマリアである。

 首筋の星は四つ。この戦いが勝利に終われば、それから彼女は戦場に出ることはなくなるだろう。その事実でさえ、今のマリアには関係がない。今はこの戦場を楽しむだけ。それこそが生き甲斐。それこそが天使になった意味。


 欲望のままに戦う。生きるも死ぬも、紙一重。


―――


「きっひぃいいいいいい!」

 奇声を上げ、マリアは屋上から飛び降り、東側に着地した。

 跳ね上がった泥がマリアの顔にかかる。アメジストとルビーを退け、入口付近に殺到していた獣人達は、突然の闖入者に困惑する。

 分隊のリーダーと思しき山羊頭の一体がいななき、合図と共に周囲の獣人達が闖入者へと向かう。マリアは浴びせられる殺気に口元を歪め、二挺の機関銃を構えて射撃。正面から銃弾を浴びた獣人が数体、壊れた人形のようにダンスを踊り、地面へと叩き伏せられた。

 挟撃すべく、背後からも獣人が数体。マリアは身体を捻るように機関銃を左右にむけ、周囲を薙ぎ払うように掃射。真鍮の空薬莢が大量に舞い飛び、正面と背後にいた獣人の群れは横一文字に切り裂かれる。

「ゲエエエエエエッ!」

 真上から一体の獣人が跳躍し、上空から襲い来る。マリアは流れるようなハイキックでこれを迎撃、叩き落された獣人の後頭部に左手の機関銃の銃口を突きつけ、撃つ。一瞬で獣人の頭部は形を為さぬミンチと化す。

「何してんのっ!? 私はここよ、ここなんだから!」

「ゲエエ! ゲエエエエエエ!」

 高々と右手の機関銃を振り上げ挑発するマリアに、一体の獣人が果敢に襲い掛かる。掲げた機関銃は銃撃と共に振り下ろされ、正面を斜めに切り裂く。だが浅い。獣人は血煙を上げながらも狂人へ決死の一撃を見舞うべく走りだす。対するマリアは咄嗟の前蹴りで獣人を勢いよく蹴り飛ばし、後方の集団へ叩きつける。怯んだ集団に対し、二挺の機関銃が無慈悲に向けられる。引き金にかけた指に力がこもり、二つの激しいマズルフラッシュが恍惚とした顔を照らす。

 続いて左右から獣人の群れが襲い来る。まだいたか。おそらく西側へ回ろうとする一団が引き返してきたのだろう。マリアはおもむろに二挺の機関銃を足元に落とし、背中の斧に手をかける。

「いいねぇ、いいよぉお……どんどん来てよっ……もっと私を、楽しませてよっ!」

 喜びに打ち震え、消火斧を構える。銃もいいが、楽しいのは近接戦だ。マリアは地を蹴り、正面から獣人へ向かっていく。まずは右側。振り下ろされる斧が最前列の獣人の肩から斜めに分断する。凄惨な光景に怯む獣人達に、狂戦士は容赦なく踏み込む。胴、肩、脚、頭部。いずれも一撃。斬れ味などというものはない。鈍く赤い刃の消火斧はその重量をもって獣人達を“破壊”していく。

 やがて左側からの軍勢がマリアへと近づき、周りを取り囲む。一斉に襲い掛かり封じ込めようとする手か。マリアは動じる気配もなく、消火斧を水平に構え、勢いよく身を捻る。

「サーーークルクラーーーッシュぅうううッ!」

 一回転。遠心力で加速した赤い暴力の塊が、一振りのもとに周囲の獣人を水平に斬り捨てる。口をついたのは思いつきの必殺技名だ。これはいい。次から使おう。

 殺す。殺す。とにかく殺す。赤い刃がさらに赤く血に染まり、柄へと染み出す。

 視界の隅に戦闘意欲を無くした獣人の姿が見えた。ゆっくりと近付いてくる狂気の天使に、獣人はかぶりを振って後ずさる。壁に背をもたれ、その場にへたりこむ。マリアは顔を近づけ、舐めまわすように見る。

 獣人は決死の抵抗でマリアの顔を殴打する。一度。二度。マリアは殴られた頬に手を添えると、姿勢を落とし、獣人に顔を近づけて笑いを浮かべる。

「……きひ」

 そして斧の柄で獣人の腹を二発殴り、続けざまに顔を三発殴りつけた。

「ゲ……ゲ、ゲエエエエ……」

 さらに顔に三度。腹に四度。止めろ、止めてくれ、と言わんばかりに血反吐を吐き悶える獣人に、マリアは足の裏をぴたりとその頭部に当て、壁に押し付けるように思い切り踏み砕く。放射状に広がった血の華が壁を彩る。

 崩れ落ちる首無しの獣人を満足そうに見るマリアに、突如銃弾が浴びせられる。肩に二発。腰に一発。

 振り向けば、そこには二挺の機関銃を構え、腰を抜かした一体の獣人がいた。さきほど命令を下したリーダーだろう。地面に下ろした機関銃が奪われたか、しかしただでさえ片手で持てるような重量ではない汎用機関銃を二挺、それも射撃したとあっては、人間はおろか、力の強い獣人でさえまともに扱うのは困難だ。集弾性の悪い射撃は無防備な背中に三発を当てるに留まったが、撃てただけでも“まし”と言える。

「ひいーっ、きひひっ。そういう展開ねぇー……いいよぉ、そういうの。もっとさ……こう、刺激をね?ほら、撃ってきてよ。ねえ、ほらほら?」

 痛みに苦痛を上げることもなく、胸元の水晶をまざまざと見せつけ、両手を広げて挑発するマリアに、機関銃を持った獣人は再びトリガーを引く。腹部に三発、左脚に一発。計七発。こんなものか。獣人はやがて恐怖に凍り付き、機関銃を投げ出して逃げようとする。

「きひひ、なによもう……もう少し撃てば、倒せたかもしれないのに……さっ!」

 マリアは走り出し、獣人に向かって跳躍、そのまま馬乗りにのしかかり、再び斧の柄で殴打する。

「きひっ! きひひひひひひひひっ!!」

 ごっ。ごっ。ごっ。ごつっ。ごつっ。ごつっ。

 鼻を折り、眼窩を穿ち、頭蓋を砕く。それでもまだ獣人は生きている。撃たれた腹部から血が流れ出すのも構わず、斧を持ち替え、頭頂部に容赦なく振り下ろす。

 ごしゃ。

 脳漿と血と泥が爆ぜ飛び、マリアの顔を汚す。

 ――やがて突入から三分も経たぬ間に、マリアは外側にいた獣人の軍勢を全滅せしめた。

「弱ぁあい……ぃ!」

 残らず仕留めた獣人達に対し不満そうに呟くと、マリアは踵を返し、拠点の東側入口へと向かう。既に拠点にも獣人が侵入している。入口に立ち、廊下に向けて機関銃を掃射。中にいた獣人は避けることもできず、大量の銃弾をまともに食らって崩れ落ちる。

 手近な部屋の入口に獣人の背中が見える。盛大に響く銃声に気付かない間抜けな獣人か、その滑稽さに笑い、マリアは二つの銃口を背中にあてがう。

「ばぁーーーか」

 無慈悲に高速連射される銃弾が至近距離で獣人を引き裂く。相手が動かなくなろうとも、構わずに撃ち続ける。最後の一発を吐き出し、二挺の機関銃が沈黙する頃には、目の前の哀れな獣人は血肉のボロ雑巾へと姿を変えていた。


「?」

 ふと、視界の隅に天使が見えた。あれは誰だったか。知っているような気もする。でも、別に構うようなことじゃない。彼女はマリアに気付くと、一目散に駆け寄ってきた。

「あなた、あいつらをやっつけたの!? おっ、お願い、私とあーちゃんを助けて……私達を守って! 守ってよ! なんでもする! 身体だって、いくらでも抱かせてあげるから……ねぇ!」

 天使はマリアに抱き付き、跪き、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で懇願する。

「なに、なに、なによ、こいつ……うざったい。離してよ、このっ!」

 マリアは空になった二挺の機関銃を足元に投げ、取り出した斧の柄で天使の胸を乱暴に打ち据える。

「げほっ……ど、どうして? 待って、私達を……私を置いていかないで……」

 咳き込む天使を無視し、マリアはその場を後にする。


 わけのわからないものは嫌いだ。それに視界までぼやけてきた。

 失血のせいだろう。撃たれた傷から血が流れている。面倒だが仕方がない。マリアは各々の銃創に手を当て、集中する。水晶が輝きを増し、凄まじい回復力で銃創が見る間に塞がっていく。

 回復魔法は使い手の意識によって成り立つ。故に他人への施行にもっとも効果を発揮する。自分自身の回復は不可能ではない。だが普通の天使の場合、それは傷の痛みや失血によって阻害され、最大限の効果を望むのは困難なこととなる。

 マリアの身体が痛みを感じることはない。戦いを楽しむのに“痛み”は邪魔なだけだからだ。そんな無用な機能はカットした。だからこそ可能な、自分自身への回復。それはマリアが四度もの戦いを生き抜いてきた理由の一つだった。


 次はどこだろう。マリアの本能がさらなる戦いの場を求める。

 西からの銃声。そうだ。西側。そこにもっと強い敵がいる。確信がある。

「きひ、きひひひひ」

 マリアは悦びに笑いを押し殺し、拠点の中へと歩みを進めていった。


―――


 現れた“ポンコツ”に拒絶され、その場にうずくまっていたルビーが呻きと共に呟く。

「やっぱりそうだ。私には、あーちゃんが必要なんだ……」

 口の中に広がる血の味も構わず、ルビーは駆け出し、アメジストにすがりつく。もっと顔が見たい。すぐにでも。ルビーはアメジストの頭部を掴み、無作為に引きずりだす。

「ねえ、やっぱり私にはあーちゃんしかいないの」

 再度呼びかける。もちろん返答はない。

「どうしたの、あーちゃん。起きてよ。私だよ。ねえ、起きて。守ってよ。私のことを守ってくれるのは、あーちゃんだけなんだから。ほら」

 肩が出てきた。ルビーは肩を両手で掴み、揺する。アメジストの首ががくがくと力なく動く。寝ているのかな? そのまま一気に身体を引く。抵抗がない。やけに軽い。

 アメジストの身体は胸から下が無かった。気持ちの悪い内臓がびたびたとルビーの足元に零れ落ちる。嫌悪感にルビーは眉をひそめる。

「……」

 ルビーは話しかけるのを止め、ふいに立ち上がった。“恋人だったのもの”の亡骸。話しかけても答えない肉塊に見切りをつけ、ルビーはぼろぼろの上半身を足元に叩きつける。さらに脚で踏みつけ、ため息をつく。

 ダメだった。このひとも私を守ってくれない。あのひとも私のことを守ってくれない。そんなのは嘘だ。私は守られなきゃ生きていけない。身体を開けば、いつでも誰かが守ってくれた。誰かにそばにいてほしい。それが彼女の欲望だった。

 誰も守ってくれないなら、私は生きていくことなんてできない。どうすればいいの? どうすれば私はこの悪い夢から抜け出せるの?

 ――ああ、そうか。


「夢から覚めればいいんだ」


 虚ろな目で呟き、ルビーはこめかみに拳銃を突きつけた。

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