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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 3 _ キック・アス
28/91

#11

 東側入口。状況――防衛失敗。敵侵入。


「ぐ……」

 アメジストとルビーの抵抗もむなしく、獣人の群れは東側に到達し、アメジストとルビーは拠点内に撤退した。混沌の中、間もなく二人は離ればなれになり、アメジストは手近な部屋へと逃げ込む。そこに窓はなく、逃げ場もない。

 小銃の弾は尽きた。仕留めたのはせいぜい数体。壁際に追い詰められたアメジストに残された武器は一発の手榴弾のみ。もっと早くに気付くべきだった。後の祭りだ。手榴弾を使えば少なくともこの部屋にいる獣人達は倒せるだろう。だが自分も死ぬ。

「来るな。こっちへ来るな」

 言葉が通じるはずもない。じりじりと、数体の獣人がアメジストへとにじり寄っていく。アメジストは手榴弾のピンを抜こうとする。手が震えて抜けない。苦悶する。何をしている。ルビーを守ると言ったのは嘘だったのか。抜け。ピンを抜け。抜けない。死ぬのは嫌だ。恐怖に震えるアメジストを見る獣人達の目は爛々と輝いている。

 その色が示すのは――憐れで無抵抗な“女”を弄ぼうとする、狂気の目。


「来るな。来るな……来るなああああッ!」


 アメジストが叫んだ瞬間、獣人達がどっとアメジストへ押し寄せる。

 山羊頭の力強い前蹄が容赦なく振り下ろされる。だが簡単に壊すようなことはしない。その目的は明らかだ。ボディアーマーが剥され、服が引き裂かれる。アメジストは必死の抵抗で山羊頭を殴りつける。山羊頭はそれに動じることもなく、アメジストの腹を殴り、顔を殴る。整った中性的な顔立ちが血と痣で歪んでいく。

「やめろ……やめ……」

 山羊頭が群がる。

「ゲェエ。ゲェエエエエ」

 興奮にいななく。手を掴み、足を引き、アメジストの身体は玩具のように無遠慮に引っ張られる。獣のような臭い息が顔にかかる。

「むぐううっ!」

 突っ込まれる。痛みにむせぶ。屈辱。絶望。アメジストは不快感に戸惑う。

「かはっ……何をする、んだ……ぼくはっ……ごほっ!」

 味わったことのない、最悪の感触。身体に、精神に注ぎ込まれる容赦のない衝動。アメジストの本能が狂い出す。何故? 何故こんなことをされる。違う。やめろ、その汚い手を放せ。ふざけるな。アメジストは必死に抵抗する。こいつらには偽りの身体しか見えていない。


 ぼくは男だ。……男なのに!


 ひしめく獣人達の間からルビーの姿が見えた。部屋の入口。ルビーは目を見開いたまま、震える両手で獣人に向かって拳銃を撃つ。盛んにアメジストを食らっていた山羊頭の頭部が弾け飛ぶ。アメジストの顔に生臭い血飛沫がかかる。頭部を破壊された獣人の身体がぐったりとアメジストへのしかかる。

「あぎゃあああああああっ!」

 のしかかった勢いのまま、いまだ脈打つ“杭”をねじ込まれ、絶叫と共に悶える。その向こうでルビーは反射的に二発、三発と撃つ。アメジストの視界に血と体液の奇妙なマーブル模様が広がっていく。

「がっ……あがっ……」

 組み伏せられ、アメジストは獣欲の限りを尽くされていく。否応なく、異物が身体のあらゆる場所を掻き回していく。屈辱。さらなる屈辱。こんな身体にされて、こんなところに連れてこられて、どうしてぼくはケダモノ共に乱暴されなければいけないのか。男なのに。ぼくは、男なのに。

 あいつだってモノにした。守ってやる。そう言えば簡単に落ちた。ぼくはどんな時だって“する”方だ。決して“される”方じゃない。この場から抜け出して、あいつを思うままに抱きたい。いや、誰でもいい。誰かを抱きたい。めちゃくちゃにしたい。

 それが無理なら、早くこの地獄から解放されたい。

 アメジストの掌に冷たいものが触れる。足元に落とした手榴弾。覆い被さられる。注ぎ込まれる。汚される。こんな真似は許さない。このぼくが、ケダモノ共にめちゃくちゃになんかされてなるものか。ピンを抜く。


 くたばれ。


「……?」

 蠢いていた獣人の真ん中で、パン、と弾け飛ぶ音。

 部屋の隅。獣人の群れはぐったりとうなだれ、動かなくなっている。弾けた破片は獣人の身体に阻まれ、ルビーにまでは届かない。

 ルビーは拳銃を下ろし、おぼつかない足取りで歩き出す。

「まったくもう。ダメだよ。そんな風に乱暴しちゃ。あーちゃんは私だけのものなんだから。あーちゃんは私を守ってくれるひとなんだから」

 血肉を削がれた獣人をどかし、アメジストを探す。もう一度顔が見たい。もう一度抱いてほしい。そしてまた私のそばにいてほしい。ルビーは焦点の合わなくなった目で、一心不乱に肉塊を掻きわける。あーちゃん。あーちゃん。早く起きて。私を助けて。

 間もなく、獣人達の死体の中から、アメジストの頭部が見えた。

「……あーちゃん?」

 呼びかける。返答はない。

 殴られ、変形し、目や鼻から血を流すアメジストの顔に、既に生気はなかった。


 周りを見失ったルビーの後方で、遅れて乗り込んできた山羊頭が現れた。

 山羊頭は気づかれぬよう、ルビーへと近づく。まだ生きている天使。先に行った奴らばかりにおいしい思いをさせてなるものか。この天使を汚すのは自分だ。期待と欲望に山羊頭は舌を舐め、低く唸る。

「ゲェエエエエ……ゲエエ……――ゲッ!」

 後方から、ごり、と背中に冷たいものが当たる。


 ルビーの背後に獣人……その背後に、二挺の機関銃を構えた天使が、一人。


―――


 一方、西側。

 タンクの脚が破壊されたことを確認し、二人は射撃を止め、窓から離れていた。

「レイチェルさん。手当します。今なら大丈夫ですから」

 ミントは胸の水晶を露わにし、レイチェルの肩口へと手を当てる。あてがった手から光が漏れる。“M”の能力である回復魔法。天使達の生命線。銃創を負ったレイチェルの肩が熱をもっていく。レイチェルは失血で朦朧としながらも、ミントの顔、そして胸をぼんやりと見つめている。最初に出会った時から思っていた、彼女の、見事なまでのそれを。

「ねえ、ミント」

「はい」

「あたし、死んじゃうのかなあ?」

 レイチェルはミントに、弱気な口調で呟いた。

「だ、大丈夫です。これくらいの傷、私が助けますから」

「……あのさ、ミントにお願いがあるんだけど」

 一呼吸おき、言葉を切り出す。

「胸、揉ませてくれない?」

「え?」

 回復魔法の光が途切れ、慌ててミントは再度手に力を込める。

「な、なにを? レイチェルさん、冗談言ってる場合じゃないです……」

「あたし、死んじゃうかもだよ。ちょっとでいいからさ」

 レイチェルは懇願した。弱気に、同情を誘うような口調で。

「ね、いいじゃん」

「う……」

 ミントは回復を続けながらも逡巡し、やがて小さく呟く。

「負傷してない方の腕、だけですよ……片腕だけ、なら……」

 ミントは小さな声でそう答えた。答えを引き出した。簡単なものだ。レイチェルは衝動を抑えながら、出来るだけゆっくりとミントの形の良い胸へ手を伸ばす。

「……く……」

 触れた瞬間、ミントの回復魔法に乱れが生じる。戦闘服ごしにでもわかる、大きくて形の良い胸。これぐらいのことがないと、とてもマジメにやってなどいられるものか。

「あたしの身体とは全然違う。天使の身体同士なのに、どーしたらこんな違いが出るんだろうね」

「……あ、あまり動かないでください」

 レイチェルは止めない。傷む傷も構わず、ここ数日間、溜まっていた衝動を解消させるかのように手を動かす。ミントは複雑な表情をしながらも、されるがままでいる。彼女の中にある“M”としての義務感がそうさせているのだろう。そのことがよりいっそうレイチェルの本能をくすぐっていく。はは。柔らかい。レイチェルの中の“男”が――劣情を煽っていく。ミントは気付くだろうか。おそらく“気付かないふり”をするだろう。

 下の階からは銃声が聞こえる。アリスとスカーはタンクを仕留めるべく銃撃を続けているようだった。

「んくっ!」

 血が泡立ち、肩口の傷は次第に癒えていく。治療の刺激で、ついもう片方の腕にも力がこもる。ミントは唇を噛みしめていた。

「……ごめんね、ミント。でもさ、アリスもいきなりエイミーを投げ捨てたり、わけのわかんないことばっかりやっててさ……あたしも、やってられないわけよ」

 言い訳じみたことを言う。だが半分は本音だ。アリスは二人のいる隣の部屋から、エイミーを投げ捨てた。それだけに留まらず、逃げ出そうとする彼女の脚すらも撃った。誤射ですよね? とミントは言ったが、あの正確さを持つ腕であからさまな誤射などするものか。ミントはそこでも“気付かないふり”をした。ミントの不安は最高潮に達しているだろう。だから自分はそこに付け込んだ。どうせ借り物の身体。多少のことは構うものか。


 獣人達だけではない。天使もまた、この状況下において己の欲望を露わにしようとしている。戦場という混沌が、そうさせている。

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