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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 3 _ キック・アス
26/91

#9

 西側から敵襲確認。姿は見えず。移動速度は遅い。距離と速度から考えて、森から姿を現すまでは――およそ5分。

 間もなく奴らはやってくるだろう。レイチェルは入口の頑丈なドア付近に立ち、森の向こうの気配を逃さぬよう、感覚を集中させている。

「なんであたし達んところには、こんな面倒ばかりやってくるんだか」

 レイチェルは誰に言うでもなく呟く。初めから信用のならないことくらいわかっていた。迂闊な仲良しごっこなど、ろくな結果にはならないというのに。

「……どうケジメをつけるんだろーね、うちの隊長さんは」


 レイチェルの背後、ドアの中では、スカーがサヴァナに銃口を突きつけていた。横では、アリスに腕を掴まれたエイミーの姿。他のメンバーは敵襲に備え、既に所定の位置についている。

「後をつけてたんだよ。自分が何してるか、わかってんのか」

「わかっていますとも」

 銃口に怯えるでもなく、サヴァナは事も無げに言う。

「俺とエイミーに対していらんことを言って、さんざんワケのわからんことをやって、あまつさえ敵襲を知らせることも放棄した。お前のやってることは、ただの裏切りだ」

「ええ」

「ちょっと、何言ってんのよ。嘘でしょ、サヴァナ」

 エイミーは腕を掴まれた格好のまま、もがく。その表情には絶望の色が浮かぶ。

「いえ。わたくしは最初から、あなた方を混乱させるつもりでした」

「お前のような奴は初めてだ。何か目的があってのことか、それともただのイカレ野郎か」

 怒りを押し殺すように、冷たく低い声でスカーは言葉を続ける。対照的に、サヴァナは明るく、さも当然のように返す。

「“イカレ野郎”ときましたか。確かに、わたくしは狂っているのかもしれません」

「サヴァナ……!」

「だってそうでしょう? いきなりこんな戦場に放り込まれて、見知らぬ他人と一緒に見知らぬ敵と戦えだなんて。そんなの、わたくしは耐えられませんでした」

 サヴァナの顔が狂気に歪む。アリスはそんな彼女を、ただじっと見据えている。

「だから、わたくしは思ったのです。うふ。どうせなら、誰かの壊れるところが見たい」

 スカーが眉根を寄せた。

「うふ。うふふ。エイミーさん。本来であれば、わたくしはあなたを裏切り者にするつもりでした。戦いの間際、自分勝手に脱走して、皆から非難を浴びるところが見たいと思ったのです」

「え、あ……」

 悲痛な顔をしたエイミーを横目に、サヴァナの口から引ききった笑いが漏れる。

「ふふふ、うふふ、うふふふふ。見知らぬ“仲間”同士が醜く争う姿」

「……」

 サヴァナの目が見開かれる。

「それが――……それこそが、わたくしの! 見たかったものッ!」

 刹那、サヴァナがコートの下から散弾銃を抜き、スカーに向ける。

「!」

 反射的にスカーの義手が手首から伸び、散弾銃の銃口を真上に跳ね上げる。大きな音と共に、撃ち出された散弾が天井のコンクリートを砕く。スカーは一歩も怯むことなく、サヴァナの手から散弾銃を奪い取る。そして。

「もういい」

 二つの銃口がサヴァナを睨む。スカーは躊躇いもなく引き金を引く。一瞬でサヴァナの頭が爆ぜ飛ぶ。

「もう、たくさんだ」


「あ……」

 ――死んだ。サヴァナが死んだ。スカーに、殺された。

「……や……」

 その事実を前にして、エイミーの中の何かが壊れた。

「いやぁああああああああああああああっ!」

 そして狂ったように叫ぶと、アリスの拘束を振り払い、脱兎の如く逃げ出す。

「追います」

「ああ」

 アリスは無言で頷き、エイミーの逃げた方に向かって駆けていく。


「殺ったの?」

 やがて入口のドアが開き、レイチェルがひょっこりと顔を出す。

「な、レイチェル。俺のやったことは正しかったと思うか」

 足元の血溜まりに沈んだサヴァナの亡骸を見下ろしながら、スカーは問いかける。ここにミントを連れてこなくて正解だった。少なくとも彼女にはこんな光景を見せずに済んだ。こんな自分を見せずに済んだ。

「ルール違反を犯した奴は、キックされるのが基本でしょ」

 レイチェルは淡々と言い切った。

「キック……?」

「正当防衛というか、まあ、キックというか、MPK野郎をPKKしたというか……でも、それが正しいかどうかなんて、今のあたし達にゃ答えられないわよ」

 わけのわからないことを言う。だが、言いたいことは伝わった。


「それより、ドアを閉めるからね。……来るよ、もうすぐ」


―――


 木々をなぎ倒し、地を踏みしめ、それは拠点へと迫っていた。

 丸太のように太い腕。濃い緑色に変色した肌。元の生物がなんであったか推測できぬほどに歪んだ顔。3mはあろうかという巨大な体躯。ただ敵を壊滅させるために生まれた異形の身体。殺せと教えられた。だからそうする。壊せと命じられた。だからそうする。その名は“マッドタンク”。あるいは“狂戦者”。全てを蹂躙し、破壊するために生まれた特異種。


 木々の隙間に鈍色の建物が見えた。周りを取り巻く獣人が、各々唸りを上げる。近づけ。一気に行け。そして奴らを皆殺しにしろ。そうだ。それだけでいい。最高だ。シンプルだ。考える余地もない。マッドタンクは口から蒸気を吐き、腕に荒縄のような血管を浮かび上がらせる。待ちに待った、戦いの予感に。


―――


「ターーーンク!」


 スカーが叫ぶ。力づくで森を開き、目の前に現れたのは、信じられぬほど大きな怪物。二階で配置についていたミントの口から悲鳴が出かかる。あれは何? “タンク”?

 巨人は咆哮を轟かせ、西門入口に向かって一歩、また一歩と歩いてくる。

「ミント!」

 レイチェルが走ってきた。狙撃銃を素早く構え、タンクの頭部に向かって撃つ。放たれた7.62mmは、しかし振り上げられた腕によって弾かれる。

「な、なんなんですか、あれ!」

「タンクよ。タンク。文字通りの、戦車みたいな野郎!」

「知ってるんですか」

「特異種よ。ミントも名前くらいは聞いたことあるっしょ」

 ミントは頷く。幸か不幸か、彼女のいた戦場でそれを目にすることはなかった。だが名前だけは知っている。一体で戦況を変えかねないほどの、恐るべき存在。先の通信施設でもロジーナ達がそのうちの一種と交戦したという。ミントも、話だけは聞いていた。

「あいつはマッドタンク。鉄火場をくぐってきた天使なら知ってる奴はわりといる。やたらにデカくてやたらに固い。シンプルそのもの。でも」

 レイチェルが再び狙撃する。タンクはその肉体で弾を易々と受け止め、気にも留めずに歩き出す。

「――あいつをブッ倒すには、山ほど弾丸がいる」

 焦っている。どんな状況でも冷静に対応するレイチェルが、焦っている。ミントは軽機を窓の縁に乗せ、勇気と共に引き金を絞る。マッドタンクは高速連射される弾丸を浴びてなお、一向に怯みもしない。やがて巨体の影から数体の獣人が現れた。

「そのまま! そのままあのデブを撃ち続けて! あたしは取り巻きをやる」

「でも……」

「いいからっ!」

 拠点に備え付けられた重機は東向きのものしかない。拠点の防衛密度の穴を突かれた格好だ。本当に効いているのか。銃身はもつだろうか。でも今は言われた通りにやるしかない。スカーは一階で応戦している。きっと何かいいアイディアをもってきてくれる。それまでは。

「オォオオオオオオオオオ」

 再びマッドタンクが咆哮を上げる。こちらの戦力は? アリスは、エイミーは、サヴァナは、あの二人は、一体どこに? それに、さっき聞こえたあの二発の銃声は? 一心に軽機を撃ちながらも、ミントは不安に押しつぶされそうになる。本当にうまくやってくれるのだろうか。

 マッドタンクの肩から一体の獣人が登ってくる。手にしているのは――小銃。

「レイチェルさん!」

 タタタタン、と乾いた音がして、横にいたレイチェルが尻餅をついた。

「あぐっ」

 銃火器は持っていない。そう聞いた。だがあれは……おそらく“天使爆弾”にされた彼女が持っていた銃だろう。レイチェルは肩口を撃たれ、地面へ血を流していた。急所は外しているが、治療が必要だ。軽機を撃ち止め、治療に取り掛かろうとするミントを、レイチェルが振り払う。

「あたしの事はいい! それより、あの武器持ちを!」

 ミントは言われるままに軽機で獣人を狙い、撃つ。応射を避けきれなかった獣人は全身に銃弾を浴び、タンクの肩から落ちていく。だがタンク自身は意にも介していない。その歩みも一向に止まる気配がない。

「っ……なぁにをしてんのよ! アリスも! あいつらもっ!」

 痛みに顔をしかめ、レイチェルが苛立たしげに叫ぶ。ミントの中の不安も、それに呼応して次第に膨らんでいく。逃げたい。でも、撤退命令はまだ出ていない。ミントの足はそこに張り付けられたように動かない。

「……隊長……私達、本当に大丈夫なんですよね……任せて、いいんですよね……?」


―――


「――こちらF-20! こちらF-20! 誰でもいいから、早く来なさいよぉっ!」

 三階。送信室。無線機を手に、すがりつくような声で叫ぶエイミーの元に、アリスが来た。エイミーを見つめる瞳は、ただひたすらに冷淡だ。

「何をされているんです」

「応援よ! 応援を呼んでるのッ!」

「今からでは間に合わないかと思いますが」

「だからなんだっていうのよ! あたしにどうしろって言うのよ!」

 発狂したエイミーが、送信機を床に叩きつける。

「応戦するべきです」

「嫌よ、絶対に嫌! あたしは戦いたくなんてない!」

「では、どうするのですか」

「決まってんでしょ……ここから逃げるの! あたしだけでも!」

 アリスをきっと睨みつけ、エイミーは送信室から駆け出そうとする。だがアリスは全身で受け止め、逃走を防ぐ。

「どいてよ!」

「私は、隊長にあなたを連れ戻せと言われました」

 恐怖にとらわれたエイミーの身体を、アリスは片腕でひょいと担ぎ上げた。

「西から敵が来ています。一緒に戦いましょう」

「ちょっと……嫌っ! いやいやいやいやぁ! 嫌だってばぁああ!」

 エイミーは手足をばたつかせて抵抗する。肩を蹴られ、背中を叩かれる。アリスは動じる様子もなく、送信室を後にする。


 嫌だ、あたしは戦いたくない。送信室になんて行かず、さっさとトンネルに向かえばよかった。こんな拠点も、こんな奴らも、どうなろうと知ったことじゃないのに。乱れた呼吸で目の前が霞んでくる。エイミーはアリスに担がれたまま、なおも必死の抵抗を試みる。

 アリスは平然と歩きだし、階段を下り二階へ向かう。ミントの軽機だろう、小気味よい銃声が響いている。あの隊長はサヴァナを撃ち殺した。まさか自分もそうなるのではないか。

「こいつ! 放して! はなしてよ! 外に行かせてったら!」

 ふいに、アリスの足が止まる。


「……外、ですか」


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