#8
昼過ぎ。厚い雲は島に居座り続け、雨が止む気配はない。
スカーは分隊のメンバーを連れ、エイミーとサヴァナ、“ポンコツ”のいる部屋へ来ていた。
「申し訳ありませんでした。ですが、本当に気分が優れないように見えましたので」
「俺が言いたいのは、せめて余計に心配をさせるような真似はよしてくれ、ってことだ」
サヴァナに向かい、スカーは冷静に言い放つ。
あの時、ルビーが慌てて来たのに驚いたのか、アメジストまでもが見張り台から離れてしまっていたらしい。つまり襲撃はその隙を突かれた格好だ。たった一度のミスが思わぬ結果を招いた。
「仕方ないじゃない。あの二人、初めての戦いだっていうんだから」
エイミーが口を挟んだ。
「初めてでもないくせに奥に引っ込んでたアンタが言う?」
レイチェルがそれに対し、毒を吐く。
「ッ!」
「止せ、と何度も言っただろう、レイチェル。エイミーの役割は拠点内での待機だ。あの場は俺達だけでやれた。状況がヤバそうなら呼んでただろうし、それはもういい」
「けっ」
「何度も言うが、俺達は軍人じゃねえ。たまたま俺が場数を踏んでたから配置を決めただけで、それだって全てが正しいとは思ってねえ。だが各々の持ち場を離れるってのはそれと別問題だ。ましてや身内で混乱を招いて、勝手に動いちまうようなことはな」
「あのさ。……本当に、このやり方で合ってるの?」
ぽつり、とエイミーがこぼす。
「気に入らないか」
まずいな、とスカーは思う。戦場においてもっとも脅威なのは敵の勢力ではなく、連携が取れなくなることだ。それは前線の瓦解を招き、各個撃破という最悪のシナリオに繋がる。素人の集まりなのは理解している。それでも、力を合わせなければ皆で死ぬだけだ。
(一時は、何とかなると思ったんだが)
「不肖ながら、配置替えを提案します。見張り台に立つ役目は、わたくしに任せて下さいませんか」
手を挙げたのはサヴァナだ。
「……次はルビーに立ってもらおうと思ってたんだが」
「こうなったのはわたくしの責任でもあります。それに、あの二人はやはり近くに配置させた方が良いかと」
「お前、目は」
「眼鏡をかけていますからね。それなりに」
フレームに指を触れ、サヴァナが言った。
ひとまず、サヴァナとアメジストを入れ替え、配置はそのまま、ということになった。次の襲来まで、おそらくそれほど時間はないだろう。根拠はなかったが、誰もがそう感じていた。
スカー達が出ていった後、部屋にはいつものように三人が残った。
「あたし達、駒みたいには動けないのよ」
「わたくしもそう思います。彼女達には申し訳ないのですが、やはりこの場は戦い慣れしている方々に任せたほうが良いと思います」
「“利用するだけ”」
「そうです」
「……あのさ。サヴァナは、あたしのこと、裏切らないよね」
「もちろんです。わたくしも、この場に辿り着き、門を開いてもらっていなければ、とっくに死んでいたでしょうから」
傍らではかちかちと“ポンコツ”が爪を噛んでいる。先ほどの戦いで変化があったのか、その挙動はますます不安定になっていた。
「あたし達はあたし達だ。何が来たって、絶対に生き残ってやる」
「ええ……そうですね」
―――
「アリスさん」
「何でしょう」
会話を終え、各自が配置につく中で、ミントはアリスに声をかける。
「アリスさんは、どう考えてますか? 隊長の……みんなのこと」
言葉が口をついて出た。それを知ってどうなるわけでもないが、言わずにはいられなかった。
「隊長の判断は合理的かと思います」
「うん。私もそう思います。でも……これでいいのかなって、思う時もあります」
「私は隊の一員です。それに従うだけです」
アリスはミントを見たまま、きっぱりと言い切った。そう割り切ってしまえばどんなに楽か。
「あの、アリスさん……私達、“仲間”です、よね?」
「はい」
ミントはこの戦いにおいてスカーや他のメンバーと出会い、絶対の信頼を寄せてきた。しかしミントは、ここにきて言いようのない感覚にとらえられていた
「私は、隊長、ミントさん、それからレイチェルさんの“命令”であれば、どのようにでも動きます」
どこかズレたアリスの感覚。
「きっと、みんながそうじゃないんです」
「?」
「……初めてこの戦いに放り込まれた人もいる。動揺することもある。そんな中で、皆がてきぱきと順応できるかっていうと、そうじゃない人もたくさんいるはずです」
するとアリスは首をほんの少しだけ傾げ、言った。
「ですが、それでは生き残れないのではないかと」
「うん……」
隊長も同じようなことを言っていた。理解はできる。
「でも」
「はい」
ミントは二の句が告げられなかった。言いたいことがうまく伝えられない。もどかしい。戦いの前の不安がそうさせるのか。迷いや悩みは禁物だと、頭ではわかっているけれど。
「……なんでもない、です」
こくん、とアリスは頷く。
アリスにとっては、今回が初めての戦場となる。なのに、彼女はこの混沌とした状況に対して完璧なまでに対応しきっている。行動原理はスカーとよく似ている。だが何かが違う。アリスの前世とは一体何だったのだろう。常に姿勢を崩さない、凛とした佇まい。不思議なひと。
アリスがミントの近くに寄ってくる。
「ミントさん」
「はい?」
距離は近く。
「失礼なことであれば申し訳ありません。ミントさんも、動揺しているように見られます」
アリスの顔が、さらに近く。
「やはり……“致しましょう”か?」
「え」
ミントは狼狽え……それと同時に、このまま彼女に抱き付いてしまいそうな感覚に襲われた。蓋をしたはずの感情が再び首をもたげている。
「や、あの、私は、その」
自分自身の抗えぬ欲求。前世の記憶。頭痛。いったい私は――。
「何してんだ、二人とも」
「ひっ」
突然スカーに声をかけられ、ミントは弾かれたようにアリスの元から飛び退く。
「た、たたたたた隊長!?」
「どうした、そんなに慌てて」
「いえ、ミントさんの心の体調が優れないようでしたので、私が“行為”を」
「……行為?」
「なんでもないです! なんでもないですからっ!」
訝しげに問い返すスカーとアリスの間に入り、ミントは慌てて制する。
「なんだそりゃ」
「そっ! それより、隊長、は……どうして、こんなところに?」
はぐらかすように訊ねるミントに、スカーは少し間をおき、こう答えた。
「見回りだよ。ちょっとな」
―――
やがて二時間が経過した頃。
見張り台のサヴァナが、雨の降りしきる窓の向こうを、交互に見つめている。
東。西。東。西。
時折、義手に換装された自らの腕と、コートに隠れるようにぶら下げている散弾銃を確認する。切り詰めた銃身の水平二連。自身に渡された武器はこれっきり。こんなもので一体どうやって戦えというのか。サヴァナは自嘲し、散弾銃を再び元の位置に戻す。
東、西……西。
「うふ」
見えた。西側。遥か向こうで、木々が不自然に揺れ動いている。まるで、大きな“何か”がそこにいるかのように。歩くようなスピードで、こちらへ。
「うふ。うふふ」
サヴァナは溢れ出る笑いを押し殺す。レイチェルもルビーもまだ気づいていない。ここに登らなければ気付けなかった。誰よりも先に気付けなかった。まさかこんなに早く機会がやってくるとは。“何か”は木々を押し分け、ゆっくりと、着実に近づいている。
言いようのない不安感が、ぞくぞくとサヴァナの背中をくすぐる。
「来た。来た来た」
サヴァナは口元を歪め、そのまま持ち場を後にした。
階を下り、静寂に包まれた廊下を歩く。辿り着いたのはエイミーの部屋。
「エイミーさん、入りますよ」
返事はない。数回ノックして、返事を待たずに入る。
「どこに! どこにいったのよ、あいつ!」
そこら中の物に当たり散らしながら、頭を掻きむしるエイミーがいた。
「どうなさいました」
「いないのよ、“ポンコツ”が! 目を離した隙に!」
「落ち着いて下さい。そんなことより、早く身支度を整えましょう」
気が動転しているエイミーを諭すように、サヴァナは人差し指を口にあて、にこやかに笑う。
「ここに、もうすぐ敵が来ます」
「はぁ? って、あんた、持ち場はどうしたのよ!?」
「敵が来ます。見張り台から見えました。先ほどまでのとは違う、大きな“何か”が」
「なに、それ」
「だから、逃げましょう」
「え……」
「わかりませんか? もう長くは持ちません。わたくし達だけでもここから逃げるのです」
サヴァナの出した提案に、エイミーは思わず言葉に詰まる。
「あ……あいつらはどうなるのよ」
「スカーさん達のことでしょうか? もとより“利用するだけ”のつもりだった。そうでしょう? ですから彼女達はここに残り、わたくし達が安全に逃げるための時間を稼いでいただくのです」
「アメジストとルビーは? それに、あの“ポンコツ”も」
「気になりますか? ですが、あまり時間はありません。行動するなら、迷いは禁物かと」
サヴァナは笑いを浮かべながら手を差し伸べる。眼鏡の奥の瞳が、まっすぐにエイミーを見据える。予想外のサヴァナの行動に、エイミーは絶句していた。と同時に、伸ばした手を掴みたい衝動にかられていた。
――サヴァナの言うことは、おそらく間違ってはいない。敵襲があの一度だけで済むとは思えない。次に来たら自分はどうする? 撃ったこともない銃で、出会ったばかりの天使と一緒に戦うことは出来るのか?
突然、サヴァナが真顔になり、すっと手を引いた。
「……サヴァナ?」
「そうですか。ならば、仕方がありません。エイミーさんがここで皆様と戦うおつもりであれば、わたくしもご一緒させて頂きましょう」
「!」
その瞬間、エイミーの脳裏によみがえったのは、あの“天使爆弾”の姿だった。自分が適当に命令して送り出したあの天使の末路。もし立場が違っていたら、ああなるのは自分だったかもしれない。一緒に戦ってどうなる? 得体の知れぬあの訪問者に、もしやいいように扱われるだけではないのか?
「どうしました?」
エイミーはごくりと喉を鳴らし、そして決心したようにサヴァナの手を取る。
利用するだけ。あいつらは、利用するだけの存在。自分はずっとそうしてきた。
「…………わかったわ。サヴァナ、あたしはここから逃げる」
そう答えると、サヴァナは再び笑みを返した。
「それでは、先に行って下さい」
歩き出そうとした矢先、サヴァナが足を止める。
「え?」
「一階から下に伸びたトンネルです。そこから逃げられます」
「一緒じゃ……ないの?」
「別々に出ないと疑われます。わたくしも、すぐに向かいます」
サヴァナが説得すると、エイミーは少し戸惑い、そして何かを振り切るように小銃を掴み、部屋から飛び出していった。
「……うふ」
部屋に取り残されたサヴァナは不敵な表情を浮かべる。
間もなく、下の階が騒がしくなった。西を見張っていたレイチェルが気付いたのだろう。サヴァナは気を取られることもなく、いたって穏やかな足取りで部屋から出ていこうとする。これでいい。後は――。
廊下にスカーがいた。
「よう」
サヴァナの額に、ぴたりと銃口が突きつけられる。




