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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 3 _ キック・アス
22/91

#5

「なんなのよ……なんなのよなんなのよ! あいつらはぁッ!」

 部屋に戻るなり、エイミーは怒りのままにソファを蹴り飛ばした。埃が舞い、横に座っていた“ポンコツ”が怯える。

「エイミー、だめ。怒るのはだめ。ぜったい。よくない」

「うっさいわね、このぶっ壊れ女!」

 エイミーは“ポンコツ”の方を向き、平手を上げる。

「ひっ!」

「落ち着いて下さい、エイミーさん。お気持ちはわかりますが、冷静に構えるのもリーダーの役割かと」

 平手を降ろし、再びソファを一発蹴った後、エイミーはソファにどすんと腰を下ろした。

 この状況が面白いわけがない。あの時、彼女らは爆薬が入っていることを瞬時に見抜き……結果的にそれは当たっていた。

 平野に火柱が上がった時、エイミーは恐怖にすくんだ。もしあれがこの建物に近づき、そして獣人の思い通りに爆破されたとしたら――。恐怖を覚え、それを周りの天使達に見られたことに腹が立った。

「どうして……? あいつら、どうしてあれが爆弾だってわかったのよ!?」

 エイミーはソファの傍から包みを取り出し、苛立ちまぎれに開ける。中に入っていた粒状のチョコレート菓子(熱で溶けないよう、糖衣でコーテイングされたものだ)を一握り掴み、口に押し込む。固い。まるで味がしない。

「……もしかすると、彼女らは、知っていたのではないでしょうか?」

 サヴァナは目を細め、そう呟いた。

「どういうこと」

「ここに来る前の彼女らの行動を、わたくし達は把握していません。だから、何をしていたか、何を知っているか、分からないのです」

 エイミーは空になった菓子の包みを握り潰し、傍にいた“ポンコツ”に投げつけた。

「ひっ」

「サヴァナ。何が言いたいってのよ。まさか爆弾抱えてこっちに来るよう、あいつらが命令したっていうわけ?」

「そこまでは申しません。例えば、爆弾を着けられる現場を目撃し、見逃していたのだとしたら? そして結果的に行き着いたこの場所に彼女がやってきてしまったのを見て……さも初めて見たかのように驚き、排除したのだとしたら?」

 サヴァナはゆっくりと、一言一言を確認するように言葉を紡ぐ。

「あくまで可能性です。けれど、そうでなければ……あの方が見抜いた理由がつきません」

 エイミーは眉をひそめる。星がひとつふたつ多いくらいで、どいつもこいつも気に障る連中。もしそいつらが、自分を差し置いてここを乗っ取るつもりだったら? あんな回りくどいことをするのも、もしそれが理由だとしたら。

「エイミーさん。外はわたくしが見張ります。今日はこのまま休んだほうがよろしいかと」

 サヴァナは踵を返し、優しい声で言い、外へ出ていった。


「……」

 本当にそうなのだろうか。そうかもしれない。あり得る。エイミーの疑心はますます膨らんでいく。

「エイミー、お腹いたいの? ねえ、おかしいの? 悩むのよくないです。私捨てない?」

 隣の“ポンコツ”は爪を噛みながら、エイミーを心配そうに窺っている。相も変わらず支離滅裂なことを言う。

「私がいるよ? エイミー、おかしくならないで。私。空気、よくない。ご安心?」

「なにが“ご安心”よ……」

 蹴飛ばす気力もない。

 この外套を被った名も知らぬ狂人は、拾ってからずっとこんな調子だった。ただ一度、この拠点に陣取っていた獣人どもに飛び込んでいった瞬間を除けば。

 部屋の隅に立て掛けてある武器。“あれら”を手に、狂人は制止するエイミーを無視して一人で拠点に突撃していった。それから、ほんの一時間ほどで“ポンコツ”は帰ってきた。無傷で拠点を制圧してしまったのだ。

 ぎらついた目。獣のような動き。後にも先にもエイミーがその姿を見たのは一度きり。かくして“ポンコツ”は今もエイミーの傍にいる。うるさい奴、邪魔な奴を捻じ伏せてくれる、都合の良い存在。

「どうしたの? 私、何かした? エイミー、何かされた? ずっと?」

 “ポンコツ”は焦点の定まらない目でエイミーを見つめた。

「……あんたなんかに心配されるほど、私は馬鹿じゃない」

 何かを振り切るように言い捨て、エイミーはソファの上で横になろうとした。


 扉が蹴飛ばされたのは、その時だ。


「――……やっぱりここでふんぞり返ってやがったか、このクソ女ぁ」

 般若のような形相で、レイチェルが現れた。


―――


 あの娘は目の前で爆死した。死の間際、目を見てしまった。光彩のない瞳の奥で、何を考えていたのか。誰かが目の前で死ぬのは、何度見ても慣れない。


 心臓がまだ、早鐘を打っている。ミントは休むことも落ち着くこともできず、固い床の上で横になったまま、窓から漏れる月明かりを眺めていた。

「ね……アリスさん」

「なんでしょうか」

 馴れた手つきで小銃を分解清掃していたアリスに、ミントが声をかける。横にはミントの軽機が清掃済みの状態で置いてある。自分の銃でもないのに、ガンオイルまで塗られ、完璧なコンディションに仕上がっていた。

「ううん、何でもない」

 この人は一体、誰なのだろう。戦い方も銃の仕組みも知っている。あの暗がりの中、爆薬が入っているのを見抜いたのもアリスだ。そのくせ、お菓子の食べ方も知らない。

 ……あの瞬間、“嫌な予感”がしたと、アリスに向かって口にしたのは自分。だが皆に提言したのはアリスだ。そして自分達は生き延びた。自分のせいではなく、アリスのせいにして、判断を人任せにした。これでよかったのか。ミントの感情は綯い交ぜになる。

「ね……アリスさん」

「なんでしょうか」

 ミントは身体を起こし、アリスの目を見た。

「ちょっと、散歩にいきません?」


 外に向かって備え付けれらた無骨な重機関銃が冷たく光っている。その傍を通り過ぎ、二人は無言で夜の拠点を歩く。

 アリスは一つ一つの部屋の位置を確認し、頭に入れていた。ミントはただ何も考えず、後ろをついていく。アリスはこんな時でも小銃を肩にかけていた。小銃がかちゃかちゃと鳴る音だけが響いている。静かな夜だ。眠れないというのがこんなに苦しいことだとは思えなかった。アリスのことが羨ましかった。

「……私、前の戦いでも、その前の戦いでも、人が死ぬのを見てきました。……人じゃない、のかもしれないけど」

 ぽつり、とミントが静かに語りだす。

「はい」

 激しい戦いが沢山あって、目の前で天使達が戦い、傷ついた。命を落とすこともあった。ミントは前線に出ず、軽機の引き金を引き、負傷者の看護に努めた。それが役割だからと自分に言い聞かせた。傷を癒して、感謝されることもあれば、当然のように扱われることもあった。

 助からない傷もあった。死ぬ間際、たいてい前世の記憶のことを口にした。もう一度会いたい。戻りたい。帰りたい。そんなことばかり言っていた。ミントにその記憶はなかった。からっぽの記憶。いつか、このまま生き延びて“元に戻れた”ら、何か思い出すのだろうか。悲しい別れはないだろうか。ひとりぼっちになっていたりはしないだろうか。

 戦いに慣れないのは、きっと命の重みを実感できないから。きっと覚悟も決意もないから。ミントは苦悩し、あらゆる物事を人に任せた。それが一番、楽だったから。けれど。

「でも結局、みんな死んでしまう。死ななくても、戦いが終われば、またどこかへ行ってしまう」

「はい」

「隊長も、アリスさんも……あとレイチェルさんも……また離ればなれになっちゃうんですよね」

「はい、でも」

 アリスが足を止め、振り向く。

「今は、一緒です」

「……はい」


「そろそろ戻りましょう」

 一通り拠点の中を歩き、二人は元の部屋に戻ろうとする。すると、ある部屋の前で、アリスがまた足を止めた。左手を挙げ「待て」のサイン。

 ミントは息を飲み、静止する。アリスのハンドサイン。

(この先の部屋から何か気配がします。確認します)

 ミントの鼓動が早くなる。まさか、敵? いつの間に? アリスは小銃を静かに構え、先の部屋へと忍び寄る。壁に背をあて、そろりと身を乗り出す。ややあって、またハンドサイン。

(こちらへ。一緒に確認をお願いします)

 音を立てないように近づき、部屋の中を見る。ミントは目を見開く。そこにいたのは天使が二人。アメジストとルビーだ。二人は一糸纏わぬ姿で、身を重ねていた。

「なっ!」

 声をあげかけたミントを、アリスの手が塞ぐ。アメジストの身体にルビーが覆いかぶさり、二人は暗闇の中で蠢いていた。時折、押し殺した呻き声が小さく耳に入ってくる。

 ミントは隣のアリスを見た。相変わらず、一切表情を変えていない。

「……」

「……あの」

「……」

「……」

「……二人は、何をしているのでしょう」

「はぇ?」

 素っ頓狂な声が出た。アリスは大まじめに二人を見つめている。

「あれは、何かの行為なのですか?」

 ミントは真っ赤になった顔を手で覆う。

「いえ、その、だって、あれ」

 ミントは指の隙間から二人を覗く。闇の中……“あれ”であることくらいは、ミントにもわかる。男も女もない身体で、なにをどうしてしているのだろう。固い床の上で、二人はこちらに気付くこともなく、一心不乱にお互いを貪っている。口元を乱暴に重ねている。何かにとり憑かれたように蠢動している。天使同士、あんなことをする場面は見たことがなかった。さっきまであれだけ強張っていたルビーの顔は、いまや恍惚に蕩けている。

「あまり体調が優れないように見えます。調子を窺ったほうが良いでしょうか」

「や、やや、や、それは止め……たほうがいいですかとかと? き、危険な行為? じゃないから?」

 二人はぐねぐねと身を絡ませ合い、行為はいよいよ激しくなっていく。

「あれは何なのでしょう。ミントさん、知っていますか」

「え、いや、あのその……あ、アリスさんは、け、経験、ないんです?」

 いったい何を聞いているのだ。と思った時には、既に口にしていた。

「経験? いえ」

 アリスは首を横に振った。

「でも、そ、そっとしておいたほうがいいかも……うん。不安だったんだろう、し」

 しどろもどろになりながら、ミントは応える。

「では、あれは精神を安定させる行為、ということでしょうか」

「そそそ、そうだと思う。思います、よ?」

 ふぁ! と、アメジストが一際高い声を上げる。ミントはびくっと身を跳ねさせ、いけないことと思いつつも、もう一度そろりと見る。互いに身体を預けあった二人は動きを止め、ぐったりしていた。

「……準備運動、のようなものでしょうか」

 とんだ出歯亀だ。

 だがそう思う一方、ミントは自らの感情に、ほんの僅かだけ気付いてしまっていた。何かが自分の中で、ぴくりと反応したような気がしたのだ。

 今はきっと思い出すべきではない“何か”。そしてミントは、正体も分からぬそれに蓋をした。


 ひとまず“危険な行為ではない”とアリスを納得させ、ミント達はようやくその場からこっそりと離れていった。

「あの」

「はい?」

「部屋に戻ってきましたが」

 いつの間にか部屋に帰って来たらしい。

「ミントさん。先ほど、彼女達が行っていた行為ですが」

「はあ」

「不安を解消させる為、ということはわかりました」

「……」

 アリスは何かを思案した後、ミントへ近づく。……顔が、近い。

「え、え、え、え、え?」


 人形のような整った顔立ち。白い肌。ガラス玉の瞳。薄い唇が小さく動く。


「失礼ながら、ミントさんも少々不安なように見えます。……私でよければ、先ほどの行為を実行しても構いませんが」


 ミントは茫然と、その場にしばらく固まっていた。

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