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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Prologue _ H.A.L.O.
2/91

#2

「……知ってる? HALO。ヘイロウ、って、天使の輪のことなんだってさ」

「私達には天使の輪どころか、幸せの一つも振りまくことだってないけど」


「天使だってのに、あたし達は落ちていくほう。何の冗談なんだか、わかんないよね」


「ところでさ。これって、夢じゃないよね? ね、」

「不安なら、自分の頬でもつねってみたら?」


「…………痛いし!」


―――


 降下では“羽付き”が最初に飛ぶのがルールだという。


 アリスもまた、分隊の先頭としてハッチの傍にいた。

 気流が乱れ、不規則に強い風が巻き起こっている。眼下には青い海原が広がっていた。

 そこからもう少し視線を移せば、目標地点となる島がぽつんと浮かんでいる。

 足元の現実離れした光景をじっと見つめながら、アリスは隣の喚き声を聞いていた。


「いいいいやああああーだあーーあーーあーあー!」


「うるせぇ! てめえ“羽付き”だろ! そっちが降りなきゃこっちだって降りられねえんだ、いい加減、蹴っ飛ばすぞ!」

「いやだやだやだやだーーーいやぁぁあだああああーー!」

「クッソ……おい、そっちのあんた! 準備は出来てんのか!?」


「はい」


 青筋を立ててメンバーの“羽付き”を叱咤していた別分隊の少女(レイチェルと同じく角が生えていて、肩に狙撃銃を担いでいた)が、姿に似合わぬ荒い口調でアリスを呼ぶ。

 叱咤されている当の“羽付き”は、ハッチの縁で腰を抜かし、首をぶんぶんと振りながら泣きわめいていた。小銃のスリングが身体に食い込むほどに暴れまわっている。

「順番はこっちの隊が先だが、何しろしんがりがこのザマだ。悪ィがうちの“ビビリ”の代わりにそっちから先に飛べねえか?」

「はい」

「随分とキモ座ってんな、あんたは」

「? あ、モニカ隊長、順番の件、いいでしょうか」

「いいよ。既に本来の降下開始時間も迫ってるし。それよりアリス、怖くないの?」

 アリスの肩に優しく手をかけて、モニカが言う。

「初めてなので、うまく出来るかわかりませんが」

 小銃が落ちないようベルトで調整しながら、アリスは言う。

「や、そういうことじゃなくてね……まあ、いいか。レイチェルとサラは?」

「行くんなら、とっとと行ってよ」

 サラは無言で頷く。

「OK。私達から飛ぼう。アリス、タイミングは任せるよ」

「はい。じゃ、3.2.1で」

 つとめて平静に応えるアリスに、三人は少しだけ身じろぎする。

(モニカ。こいつ、本当に初めてなの?)

 レイチェルがモニカに耳打ちする。

 サラはこくこくと首を振る。彼女は動揺していた。

(わからないね。よほど度胸があるのか、それとも、本人が言ってた「記憶が無い」ってのに影響してるのか)

 こればかりはモニカも思うところがあったらしく、やや言い淀みながらもそう応じた。

(うげ。なんか、キモ)

 三人を背中にして、アリスはハッチの縁に立つ。


 “ビビリ”はまだ泣き叫んでいる。それを横目に、モニカがアリスの肩を叩く。

「ちょっと待った、アリス」

「はい」

「飛んだら、ひとまず私と行動すること。リードする」

「ありがとうございます」

 軽機関銃を背負いながら、モニカが笑いかける。

「いいってこと。初めて、なんでしょ?」

 お互いに拳をぶつける。


「……飛びます。3……2……1……」


「「フォーリン・エンジェル!」」


 そしてアリスはカウントダウンを終え、躊躇もなく飛んだ。


―――


 上空1万メートル。

 アリスの身体はくるくると宙を舞う。

 くるくる。くるくると。目まぐるしく変わるアリスの視界。

 アリスの降下を皮切りに、輸送機から次々と天使が吐き出されていく。

 モニカ、レイチェル、サラ。

 続いて不格好な体制で飛び出したのはあの“ビビリ”だ。覚悟を決めたか、本当に蹴り飛ばされたか。いずれにせよ、輸送機のローターに巻き込まれるようなことだけは避けられたらしい。


 アリスの身体は反射的に動いていた。少しでも身体を動かすと、それだけで大きく体勢が変わる。羽をたたみ、空気抵抗を利用し、速度を加減しながら降下する。

 “羽付き”は他の種に比べ、空中でのコントロールが容易だ。咄嗟の姿勢制御も難しくない。これが最初に飛べと指定されたことの意味だった。

 アリスは冷静だった。雲は少なく、目標地点である島は上空からでもくっきりと見える。


 モニカの姿はすぐに分かった。向こうからアリスの方に近づいてきたからだ。

 彼女もまた手馴れた体勢で、ゆっくりと寄ってくる。

(大丈夫? 異常はない?)

 モニカはハンドサインでアリスに伝える。

 問題ありません、とだけアリスは応えた。モニカは笑って親指を立てる。

 付かず離れずの位置で、二人はぐんぐん落ちていく。


 突如、空気の轟音に混じって、島からけたたましいサイレンの音が聞こえた。

(対空。警戒して)

 ハンドサイン。


 数秒後、島の上空に、いくつもの華が咲いた。


―――


 アリス達の横を、一人の少女がきりもみしながら落下していった。

“羽付き”。一瞬のすれ違いでアリスはその姿を捉えた。

 降下直前に喚いていた“ビビリ”だ。

 対空砲火に動揺したのだろう、羽をばたつかせていて、ろくに姿勢制御が出来ていない。


 すぐに“ビビリ”は誰よりも先に対空砲火の中に突入した。


 ぼん。ぼん。ぼぼん。ぼん。


 花火のような音が反響する。


 ぼん。

 

“ビビリ”の身体が爆ぜた。

 黒とオレンジの華の中に、赤のインクがぱっと弾けて、すぐにかき消された。


 アリスはモニカを見る。

(砲火の穴を突く。ついてこれる?)

“ビビリ”の死にも臆することなく、モニカは冷静に判断する。

 アリスは頷いた。


 二人は速度を上げる。羽は付いていないが、前に出たモニカの機動は正確だった。

 まるで自分に向いている対空砲の向きを予測するかのような動き。

 アリスも、モニカのルートをトレースするようについていく。


 ぼん。ぼん。ぼぼぼん。ぼぼん。


 コンマ数秒前まで、アリス達のいたところが炸裂する。一瞬のミスで跡形もなく消し飛ぶ、極限の状況下だった。二人に気を回す余裕はない。

 だが対空砲火の嵐に入って数十秒、その攻撃は次第に薄くなってきている。

 想定された攻撃高度は抜けた。この嵐を超えれば、まもなく開傘高度だ。

 アリスは身構えた。モニカもまた背中のパラシュートに手をかける。

 一瞬、モニカの体勢が少しだけ揺らいだ。


 ごうん。


 一際大きな音が響く。目の前で、モニカが爆ぜた。

 アリスの羽とゴーグルに血しぶきがかかる。と同時に、衝撃波が彼女の体勢を大きく崩す。


 対空砲の攻撃高度は通過した。低射程の対空機銃の有効射程は一定の高度までしかない。だが島に潜む敵はその穴を補うべく、いつくかの装備を運用していた。山間に設置された大口径連装砲から上空にむけて放たれた榴散弾。それもそのうちの一つだ。上空で弾けた散弾は任意のタイミングで炸裂し、広範囲の目標を叩き落とすことができる。


 アリスは体勢を戻す。予定された高度到達まではあと数秒。

 少しでも速度を落とすタイミングが早ければ、カモ撃ちのカモになる。

 アリスの視界の隅に、次々と落とされていく少女達が見える。あのカーゴにいた少女達の誰かか、それとも別の輸送機の分隊か。いずれにせよ、やはり彼女に気を回す余裕などなかった。


―――


 アリスの傍を、次々と銃弾が通過していく。対空機銃だ。

 とっさに身体をよじり、曳光弾から軌道を予測する。避ける。避ける。

 地上は目前。開傘予定高度はとうに過ぎた。

 どうする。どうすべきか。アリスの思考がスパークする。


 アリスの弾道予測にも一瞬の乱れが生じた。


 放たれた機銃弾の一発が、アリスの羽をかすめ飛ぶ。

 白い羽根が舞う。体勢が大きく崩れる。もう間に合わない。


 どこか、降りる場所を。少しでも安全な場所を。

 アリスは呼吸を止め、判断を下す。


 そして彼女の視界は、真っ白になった。


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