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フォーリン・エンジェル  作者: 黒周 ダイスケ
Chapter 3 _ キック・アス
19/91

#2

 二日目も夕刻に差し掛かり、窓からは夕日が床に落ちている。


 スカーが現状把握にと行動している間、別の部屋ではミントがアリスを横にして見守っていた。採光用の窓があるだけの、灯りも家具もない物置に近い部屋だ。

「その方、眠っている、のですか?」

 ルビーがおどおどと話しかけてきた。彼女もまた、ミントにこの場所を案内してから、ずっとそばで座っていたのである。

「え、ええ。私も、天使が眠るなんて聞いたことないんですけど」

 アリスは目を閉じたまま、ゆっくりと呼吸している。

「ルビー!」

 と、そこへ大きな声と共に一人の“A”が部屋に入ってきた。やや癖っ気のある短い金髪。鼻が高く面長の顔立ちには、不安な表情が浮かんでいる。

 彼女は怯えた表情のルビーを見るなり、突然抱きしめた。

「ひゃ」

 ミントが声を上げる。

「あーちゃん!」

「ルビー。帰ったよ。ごめん、一人にさせて……」

「うん。私、怖かった。あーちゃん、どこかに行っちゃうんじゃないかって。……でも、見張りだったんでしょ? エイミーさんに怒られない?」

「ここに来た人達のうちの一人が、見張りを変わってくれるって。それで戻ってきた」

 レイチェルだろう。例によって面倒に巻き込まれまいとしたのか。

「あ、あーちゃん?」

 お互いに顔を近づける二人を見て、ミントは目のやり場に困り、あたふたとする。

「ミントさん、でしたよね。……ぼく、アメジストと言います」

「え、ええ。えと、アメジストさんに、ルビーさん」

「はい。ぼくら、二人で行動していたところでここを見つけて。戦いなんて初めてで。どうしていいか迷っていたところにエイミーさんが入れてくれたんです」

 そう語るアメジストの後ろでは、ルビーが両手で胸を抑えるような仕草をしながら縮こまっている。ようやく見知った天使と再会できた安心感だろうか、アメジストを盾にこちらを窺っている。


 ミントの横にあった無線受信機が、ざりざりと音を立てた。


「あのぅ、お二人は」

「ぼく達、恋人同士なんです。前世からの」

 真面目な顔で、アメジストが言った。

「はい?」

「ぼくは何があってもルビーを守ります。ミントさん、力を貸して下さい」

「は、いや、あの……その」

 困惑し、返答に詰まる。一体どう応えればいいのか。早くスカーがこの場に戻ってきてほしい、とミントはただ祈っていた。


―――


「申し訳ありませんでした」

 数十分後、膝をつき、深々と頭を下げるアリスに、再びミントは困惑していた。

「あ、頭を上げて下さい、アリスさん。私は別に……」

 あれからすぐ、アメジストとルビーは二人でどこかに行った。スカーもまだ帰ってこない。二人きりの状況だ。

「突然、力が抜けて気を失ってしまい……自分の身体の異変にも気づかず、隊に迷惑をかけてしまいました」

「寝ちゃっただけなのに、そんな」

「? …………寝ちゃった、とは?」

 アリスが首をかしげた。

「え?」

「はい」

 しばし、二人は無言でお互いを見つめる。

「わ、私達は眠らなくていい身体のはずですし……突然寝ちゃったのはびっくりしましたけど、でも土下座なんてそんな」

 アリスは理解できていない。どうも自分が“寝た”という行為そのものが飲みこめていないらしかった。

「いかな理由であれ、結果は結果です。ミントさん、私はどうすればよいでしょうか」

「どうって」

 どんな罰も受け入れよう、とばかりに毅然とした顔で言うアリスに、ミントは頬を掻く。やがて手が止まり、ミントはすっと息を吐き、口を開いた。

「……わかりました。じゃあ、アリスさん、しばらく私と一緒にいてもらえますか?」


 自分が何者なのか、どうしてここにいるのか、いくつかの戦場を過ごしてなお、何一つわからない。それがミントという天使だ。

 人見知りをする癖があるのだけは自覚していた。これまで所属してきた分隊のどこでも、ミントは他人との距離感を図るのが不得手だった。今回もそうだ。スカーは信頼のおける天使だと感じた。レイチェルは……忌避するほどではないが、正直、苦手な部類といえた(特にあの目だ)。まだ会ってから二日しか経っていないが、天使が戦場で過ごす時間は通常のそれよりはるかに濃密であり、関係が構築されるのもまた早い。

 だが気になるのはアリスだ。ミントはアリスに不思議な感覚を抱いていた。好きや嫌いという好みの問題ではない。優れた戦闘力を持ちながら、ともすればいたことすら忘れてしまいそうな“ただそこにいるだけの存在”。ミントはアリスにそんなイメージを持った。

 嫌な感じではない。気楽とすら言える。


 何度経験しても慣れない戦場。不安で擦り減る精神。そんな自分の真逆にいるアリスを傍に置こうと思ったのは、彼女にとってはひとまずの安心を得る手段であった。


「では隊長が帰ってくるまで、部屋の入口で警護します」

「え、いいですよ、他の人が見張りに立ってくれてるし……なんか、落ち着かないです」

「危険では」

「アリスさん、あの、お、お願いですから、従って下さい、です……」

「わかりました。そう言うのであれば、命令通りにします」

 アリスは規律正しく歩みを進め、ミントの傍に座る。落ち着かない、とミントは率直に思った。“自分が命令を与える側についたことがない”のと“スイッチが入ったように言うことに従うアリス”という二つの理由からだ。

 二人は部屋の隅に座り、ただじっとスカー達が帰ってくるのを待つ。お互いに一言も話さない状況がたっぷり十分ほど続き――そして口を開いたのは意外にもアリスの方からだった。相変わらず表情の読めない顔で、アリスはこう言った。


「ミントさん。仲間とは、どのようなものなのでしょう」


 ――ほんの十時間あまり前のことが、数日ぶりのようにも感じられる。

 アリスはあの通信施設での戦いにおいて、感じた事などをミントに聞かせた。アメリアがラズベリーや双子達のことを気にかける“仲間思い”であったこと。だがそれゆえに作戦無視であったり、不用意な動きをしてしまったりもしたこと。

「私にはわかりません。考えても、答えは出ません」

 日が落ちかけ、暗くなりはじめた部屋の中でアリスは言った。

「仲間とは、それほど重要なものなのでしょうか」

「……ちょっと答えづらい、です」

 偽らざる返事だった。スカーもレイチェルもアリスも生き延びるには重要な存在だ。だがそもそも、ミントにはこれまでの戦場で“仲間”と呼べた存在を思い出すことが出来ない。その定義とは一体何なのか。

「ミントさんは、私を“仲間”だと思いますか」

 もちろん、と言いかけて、ミントは言葉に詰まった。何故だか軽々しく口にするのが憚られた。察するかのように、アリスも言及を避ける。

「おかしなことを聞いてしまい、申し訳ありませんでした」

「ううん、私こそ」

 アリスは頭を下げる。


「ところでアリスさん、もしかしてまた、夢を見てました?」

 話題を切り替えようと、ミントはアリスに訊ねる。

「はい」

「やっぱり。たまに唸っていたから」

「すみません」

「謝らなくても……もしよかったら、聞かせてもらえます?」

 するとアリスは黙り込み、ややあって、言った。

「――あまり、覚えていません」

「夢ですしね」

「誰か、近しい人がいたような、そんな気もしますが」

 生前の記憶だったのだろうか。結局、アリスはそれ以上語らなかった。とはいえミントも似たような身だ。そして、過去がわかったところで何が変わるわけでもない。

「あの、アリスさん」

「はい」

「……お菓子、たべます?」

 ミントはポーチから、簡素な包みを取り出した。中に入っていたのは、鮮やかに着色されたゼリービーンズ。アリスはそれをまじまじと見つめ、緑色の一粒を手に取る。

「これは、噛んでいればいいのでしょうか」

「えっ。あ、うん」

 アリスは粒を口に放り込むと、もぐもぐもぐもぐと規則的に咀嚼し、やがて動きを止める。

「消えてしまいました」

「……それはそうですよ……」


―――


 数分後、部屋の扉がおもむろに開かれ、スカーが来た。

「隊長!」

 顔を見るや、ミントが声を上げる。

「悪い。遅くなった。アリスも起きたようだな」

「はい、すみませんでした」

「寝ちまったもんは仕方ねえ。だが今度からヤバそうな時は言え」

「はい」

 壁に背をもたれ、懐からタバコを取り出す。残りが数本なのを確認するや、スカーは火をつけず、くわえたまま話した。

「レイチェルは?」

「……見張りになるって、行っちゃいました」

 スカーが頭を掻く。

「あいつ、面倒事になるって踏んで、また逃げやがったな。もっとも、あの場に連れていかなくて正解だったか」

「どういうことですか……?」

「順を追うぞ。まず、この場所自体は申し分ない。収容数は多くて設備も整ってる。見晴らしも悪くないし、特に防衛用の重機まであった。もっと天使が集まれば、ここを拠点とするのもいいかもしれねえ。だが」

「何か問題が?」

 言葉を濁すスカーに、アリスが問う。

「ここにいる奴らが問題だ。まず戦闘経験がない。が、それだけなら俺が何とかできる。厄介なのは、そいつらの頭についてるエイミーって天使だ」

「さっきまでアメジストさんとルビーさんって天使がここにいて、その名前は話でも聞きました。あの方たちの話では、この場に迎え入れてくれたと」

「状況が飲み込めません。しかし、分隊同士、協力して備えれば良いのでは」

「……そいつはどうかな」

 タバコのフィルターを強く噛みながらそう呟くと、スカーは壁から離れ、部屋から出ていく。

「た、隊長?」

「心配そうな顔するなよ、ミント。見張りの終わりを待ってレイチェルを連れてくるだけだ。――なにしろ、この状況ばかりは、ちょいと気を張る必要がありそうだからな」


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