繧ィ繧ケ
ラオ島。B-11付近。小高い丘の上。
「距離1100、南に風速1.2m/sの乾いた風。約20秒後、予測地点にターゲット出現予定」
「了解」
ギリースーツを着込み、狙撃銃を構えるのは、赤髪の少女。その横には、双眼鏡を覗くもう一人の黒髪。“S”と“R”の天使だ。
「無理に頭を狙う必要はないですよ。当たればいいんですから」
狙撃銃を構える少女は、爪楊枝のような細いタバコをくわえている。
「火」
狙撃手がそう言うと、観測手は黙ってライターを差し出す。タバコに火がともる。
「あと10秒」
狙撃手がトリガーに指をかけた。その指は無骨な義手だ。
「5秒」
狙撃手はくわえていたタバコを思いきり吸い込んだ。細いタバコが瞬く間に灰になる。煙を吸い込み、狙撃手は息を止める。
やがてスコープの中にターゲットがうつる。森から出てきたのは、一体の猪頭。武器はない。逃げるのに必死でこちらに気付く様子もない。着弾のタイミングを読む。
距離1100。南に1.2m/sの風。右回りのライフリング。ゼロイン。
「ファイア」
こつん、とトリガーを引く。
凄まじい音量の銃声と共に、マズルブレーキからガスが噴出。埃が舞い上がり、草が勢いよく揺れる。スコープの先で、猪頭の胴体が両断された。
「ターゲット、ダウン」
狙撃手はそれを聞き、口から細く煙を吐く。
50口径の重狙撃銃による長距離狙撃。二人の天使は“いつも通り”にそれを成し遂げ、やがて緊張の糸を解いた。
二人の名はシエラとロメオ。ベテランの天使コンビだ。
―――
天使にはA.R.M.Sと総称される四つの種族に分けられる。
Assault。“A”。突撃兵種。
Recon。“R”偵察兵種。
Medic。“M”衛生兵種。
Special.Ops。“S”特殊兵種。
だが、シエラはそのどれにも属さない、特別な能力を有していた。
“S”の身体をベースとし“R”の狙撃能力を特化させ、それのみを専門として行う兵種。試験的に導入されたものの、あまりの局地的運用形態のため、ごく少数しか“生産”されなかったイレギュラーの天使。“S”であり“S”ではない。
頭文字が意味するのは即ち“Sniper”。その内の一人こそがシエラである。
―――
「シエラ、肩、こったんじゃないですか」
「こってない」
「無理はいけないです。またワタシが揉みましょうか」
「いい。いいから……ひゃ!」
シエラの小さな肩に手が触れ、シエラの身体がびくんとはねる。
ギリースーツを脱ぎ、狙撃銃を分解してケースに収めていたシエラは、ロメオの突然の行動に困惑していたようだった。
「……」
相棒はたまに、よくわからないことをする。
シエラは特注のギリースーツと重狙撃銃を用いる長身の天使だ。端整な顔立ちは常に表情を崩さず、冷静さを保ち、口数も少ない。彼女の両腕は狙撃時のブレを徹底的に防ぐ為、精密な構造を持つ義手に換装されている。
そんな彼女の観測手として同行するロメオは、男性的な名前に反し小柄な見た目の“R”である。シエラと対照的に、幼く物腰の柔らかい印象を持つ。その額に生えた一本角は観測手に必要な情報を全て備え、シエラの狙撃をサポートする。
二人はそれ以外の武装、能力を持たない。長距離狙撃のみが彼女達の任務であり、故に通常の小隊とは別に配属、行動していた。
ロメオの行動は時折シエラの予想を超える。シエラはペースを乱されつつも、彼女を大切なパートナーとして信頼していた。時としてそれは、戦場においての関係以上に。
「終わり」
シエラが懐からタバコを取り出し、先ほどとは一転、ゆっくりと味わうように吸う。
「シエラ、身体によくないです。控えないとダメですよ」
ロメオが諭す。シエラのそれは筋弛緩作用および鎮静作用の薬品を含ませた葉を用いた特殊なタバコで、ただの嗜好品というよりは精神薬に分類される代物でもある。
シエラは構わずにそれを一本吸い終え、深呼吸を行う。次第に力が抜け、脈拍が穏やかになる。狙撃とは長時間の集中とストレスを負う行動であり、専門兵種であれど完全に慣れることは出来ない。事実、二人は夜明け前からこの場所に伏せ、じっと“対象”の動向と周囲を見守っていた。数時間、同じ体勢を待機し続けていたのだ。
「それにしても、変な任務です。何の目的を伝えらずに、ただ“目標対象を作戦終了まで生き残らせること”だなんて」
「うん」
「……わお、スゴイですねシエラ。ここ、かっちかち」
観念したのか、シエラはロメオのされるがままに肩を揉ませていた。小さく細い手だが、ツボを把握しているのか、ぐいぐいと押される。
「……ッ!」
「声、出しちゃってもいいんですよ?」
ロメオはいたずらっぽく呟く。シエラは唇を噛みしめ、それに耐える。
「シエラ、胸を揉んでも?」
「殺す」
「冗談じゃないですか」
シエラの首筋には3つの星マーク。同じく、ロメオの首筋にも3つ。
「……星2つの授与なんて、聞いたことがない」
「ですね。まあ、ワタシ達に断る権利なんてありませんですし?」
「失敗も、できない」
「です」
首筋の星マークの下には、無骨な首輪が装着されている。作戦前、二人に付けられたそれは、彼女達の手ではどうあっても外せない。首輪は、二人の任務と運命を決める絶対的なものだ。
「“対象”の情報は?」
「まだ無いですよ。あの施設から当分は動かないかと思います、です」
「ん」
やがて二人は傍にあった木陰を休憩地点とし、しばらく待機することとした。
シエラが立とうと腰を上げる。だが立ってすぐ彼女はバランスを崩し、ふらついた。
「おっとっと」
「……ごめん」
「だから言ったんですよ、シエラ。任務外の服用はいけないです」
シエラは頬を膨らませる。だがそれはタバコの害によるものだけではない。
彼女の身体は、まともに動くことが出来なくなっている。
ロメオに肩を支えられ、シエラはひょこひょこと歩き出す。……その両脚は生身ではなく、簡素な義足だ。
「シエラ、ちょっと重くなりました?」
「殺す」
「冗談ですってば」
以前の戦いで失った両脚だ。自身ではほとんど動けない。その点においても、ロメオはシエラを文字通り支える役目となっている。四肢を無くした狙撃手。それがシエラだ。
「シエラ。終わったら、どっか行きましょう」
「どこに」
「お任せします、です。あれがしたいー、とか、これがいいー、とか、無いんです?」
「…………甘いものが食べたい」
「いいですね。甘いもの?」
「……チョコ」
「や、もっと豪勢にいきましょうよ」
「プリン」
「ケーキ」
「タルト。果物がのったやつ」
「もう一声」
「……いちごパフェ」
「いいですねえ」
ロメオは空を見上げる。銃声も爆音も聞こえない、穏やかな朝だ。向こうには海が見える。間もなく、二日目の降下が始まるだろう。
「生きて帰れたら」
シエラは首輪をなぞる。
「帰れるに決まってます」
言い切るロメオの言葉にシエラは無言で頷き、目を閉じた。
それから数時間後。
「“対象”が動いたみたいですよ」
ロメオの言葉にシエラは目を開け、素早く身なりを整えた。
「F-20に向かうそうです。こっちも行きましょうか」
「シエラ」
ロメオはシエラの前に立つと、背中を向けてかがむ。シエラは軽く息をつき、ゆっくりと立ち上がる。そして、そのままロメオに全身を預けた。
「情けない」
「いつものことじゃないですか。ワタシはシエラの相棒なんですから、もーっと頼ってくれていいんですよ?」
小柄な身体に似合わず、ロメオは軽々とシエラを背負う。肩にはシエラの狙撃銃も担がれ、その総重量はかなりのものになるだろう。
「……本音は?」
「シエラの身体が当たるの、気持ちいいなーって」
「殺す」
「冗談が通じないんですから」
こうして、二人はF-20に向け移動を開始した。
原則的に、天使達は戦場が変われば構成も変わる。どんなに優秀な小隊であろうとも、次の戦場で同じになる保障はない。シエラとロメオのような、あるいは“双子”のような例でもない限り(何をもってその条件が付与されるのかの基準は、当人達ですら思案の外の事である)。
今回、彼女達はある特務を命じられていた。それは“対象”であるアリスを「フォーリン・エンジェル作戦」の達成まで導くこと。また“対象”に悟られるのも避けろとも言われた。
成功すれば、特例として星2つが授与され、二人は一つ飛びで兵役を終えられる。
アリスが死亡すれば、彼女達の首輪が弾け飛ぶ。作戦そのものの失敗も同様の結果になる。二人に“次”はない。
軍上層部が何を考えているのかはわからない。“対象”がどういう意味も持つのかも知らない。見知らぬ天使との運命共同体。
だが、それは些細な問題でしかない。
「ロメオ」
「何です?」
「必ず、生きて帰ろう」
「……当たり前じゃないですか」
ただ任務を完遂するのみ。それが二人の決意だ。




